自重と自制の日々

「自粛」。この文字をこれほど頻繁に目にしたのはおそらく初めて。これで書けなかったら「チコちゃんに叱られる!」

遠出したり外食したりするのを慎もうとの要請を機に、生活や仕事のこと、ものの考え方や見方、他人との付き合い方――ついでに、他人にとっての自分の不要不急度も――見直してみた。自粛が一段落した後に続いたのが「自省」の日々だった。

自粛じしゅく】自分の言動に対する反省に基づき、自分から進んで慎むこと。
自省じせい】自分の言動を静かに反省し、自ら責めるようにあれこれと検討を加えること。

『新明解』にあたってみたら、上記のようなニュアンスの違いがあった。しかし、語釈文の前段がほぼ同じ。後段の相違も明快ではないが、自省が反省の類語であることはわかる。

自粛し自省していると、他人と会わなくなり、会わなければことばを交わす機会もない。昨年新聞の月極購読をやめたので、世間の動向はテレビのニュースか時折り覗くネットで知る程度。あまり刺激を受けないので、本ブログでも極言しなくなったし、必死に持論をこね回すこともなくなった。自粛と自省から「自重と自制」へシフトしているような気がする。同じく『新明解』から自重と自制について。

自重じちょう】(品位を保つように)自分の言動を慎むこと。
自制じせい】むき出しにしたくなる自分の感情や欲望を抑えること。


大半は人畜無害だが、SNSという「自由メディア」らしき場では自重と自制がなりをひそめる投稿も少なくない。デリカシーに脇目もふらず、とにかく度を越して威勢よく吠える。吠えた自分の声に鼓舞されていっそうテンションが上がる。やがて持論が正論顔をして仮想敵への批判に向けられる。

言ったもん勝ちの様相を呈するのだが、おおむね言ったもん負けか言ったもんが消えて終わる。短気が作動すると品位を保てなくなる。品位は無視できない。ショート・・・・メッセージの発信だからといって、絡的であったり気であったりしてはいけないのである。

世相批評の基本は、怒ったり吠えたりすることではなく、呆れたり苦笑したりすることだろう。呆れたり苦笑したりしている時のほうが世相がよく見えるものだし、それぞれが正しいと考えている彼我の立場も認識しやすい。

憎き権威や体制に火炎瓶を放り投げるような弁舌ではどうにもならないのだ。そもそも何でもアンチとか体制という概念がとうの昔に陳腐化している。そんなものにいつまでも食らいついて批判するのを常としていたら、それこそ己でない何か別の存在に知らず知らずのうちに変えられていくのではないか。と言うわけで、自重と自制の日々。

隙間の時間に二字熟語遊び

仕事が予定通りに進まないとストレスがたまる。無駄な時間もできる。ところが、無駄な時間を「隙間の時間」と言い換えれば、逆縁転じて順縁となる。隙間の時間は「ちょっとした時間」なので、物語性のある読書には向かない。AIソフトと早指し将棋一局ならちょうどよい。そして、今日のこの、相変わらずの二字熟語遊びも隙間向きである。

二字熟語アイコン#9

【中年と年中】
(例)元日に「中年」だと認識されたら、その年の大晦日も依然として「中年」だろう。そう、中年は「年中」中年なのである。

青年や老年は何となく見当がつくが、中年ほど曖昧な概念はない。壮年というのもわかりづらいが、30代~40代の働き盛りだと承知している。いや、40代の後半になれば中年と呼ぶべきか。手元にある辞書を数冊調べてみた。「50代半ば~60代前期」「40歳前後~50代」「青年と老年の中間の年代」。ますます混乱している。

【音波と波音】
(例)ロマンを感じさせる文系的な「波音なみおと」は、実のところ、水中を伝わる音として知覚される、理系的な「音波」という波動にほかならない。

ものが振動すると音波が生じる。音波は空気中や水中を伝わる。水中を伝わる音波が波音だ。波は音を連れて、押し寄せては砕け、そして引いていく。上田敏の訳詩集の題になっている『海潮音』もまた波音だが、洒落た響きがある。

【相手と手相】
(例)その占い師はろくに「相手」の顔を見ずに、ただひたすら手のひらだけを凝視して「手相」に性格と人生を見るのだった。

手相とは手のひらに刻まれた線であり、線が織りなす模様である。手のひらを見ると他人の運勢を告げたくなる人がいて、俗に占い師と呼ばれる。自分の手相でも誰の手相でも占えるらしいが、職業にするなら、わざわざやって来る客という相手の手のひらを見なければならない。

【奇数と数奇】
(例)「数奇」な運命を背負っている数字ではないのに、「奇数」を見ると、それがただ2で割り切れないという理由だけで落ち着かなくなる連中がいる。

どういうわけか知らないが、人間は81220だと落ち着き、91317を見ると心がざわつくらしい。奇数は数奇な何か――不運や不幸やかんばしくない転変――を連想させるのか。数奇の奇を「寄」に変えて「数寄すき」にすると粋で風流になるのだが……。

【始終と終始】
(例)「始終」と「終始」の意味は基本的に違うが、「いつも」とか「常に」という意味の重なりがある。

「一部始終」とは言うが、一部終始とは言わない。始終は最初から最後までのいろいろなコンテンツとそれらの流れを示す。他方、「終始一貫」とは言うが、始終一貫とは言わない。終始は最初の状態が最後までずっと貫き通されることである。
赤➔白➔黒➔青……と色の種類や変化を順番通りに示せば始終、ずっと赤➔赤なら終始。多色の始終、終始の一色である。


シリーズ〈二字熟語遊び〉は二字の漢字「〇△」を「△〇」としても別の漢字が成立する熟語遊び。大きく意味が変わらない場合もあれば、まったく異なった意味になる場合がある。その類似と差異を例文によってあぶり出して寸評しようという試み。なお、熟語なので固有名詞は除外。

アマトリチャーナとナポリタン

アマトリチャーナ

トマトの身も入っているトマトソースのパスタ。グアンチャーレという、豚のホホ肉の塩漬けがこの一品の味の決め手。パスタの名は〈アマトリチャーナ〉。ローマと同じラツィオ県の街、アマトリーチェ生まれのパスタと言われている。

おなじみのスパゲッティ〈ナポリタン〉が、ナポリではなく、日本生まれというのはよく知られた話。和製パスタのナポリタンは、味は違うが見た目はアマトリチャーナによく似ている。この一品にヒントを得て生まれたと言われることもあるが、仮にナポリタンの起源がアマトリチャーナだとしても、レシピを知らずに仕上がりを見て独自に解釈して創作したのだと思われる。

ナポリタンでは、高価なグアンチャーレに替えて、ハムかソーセージを使う。タマネギとピーマンとマッシュルームが入り、仕上げに粉チーズがかかる。茹でたての麺をフライパンで具材と和えるのが本場のパスタ。決して炒めない。他方、ナポリタンは茹で上げてから時間の経ったゆるい麺と具材を炒める。炒めて熱々の鉄皿にのせる。ナポリタンはケチャップ味の具だくさんの焼きうどんである。


レシピ無き自家製のナポリタン

年に何度かナポリタンを自作する。店で食べるならノスタルジーも一緒に食べたいからゆるい麺は大歓迎だが、自宅ではアルデンテの麺を使う。正統ナポリタン派からすれば、わが一品はナポリタンもどきなのだろう。

いつぞやスパゲッティ談義をしていて、話がナポリタンに移った。誰かが「ナポリタンの本来あるべき姿」と口走った。「なぜナポリタンに本来あるべき姿を求めるのかね?」と普段のぼくなら言いそうなものだが、黙っていた。後日、「人はなぜ『本来の姿』や『起源』を探りたがるのか?」と少し考えた。本来の姿や起源は個人の知識によって決まるのであって、唯一絶対のものではないと。

アマトリチャーナまで遡ることはない。学生時代に通った喫茶店で、タバスコの置いてあるテーブルに鉄皿で運ばれてきたあのスパゲッティこそがナポリタンの始まり。決して「あるべき姿」ではない。あの時代が起点となってナポリタンの系譜が今に続いている。「昭和の」とか「昔懐かしい」と形容されながらリメイクされるナポリタンは、すっかり垢抜けしていて味もグレードアップしている。麺好きとしては、創作性豊かな未来のナポリタンに大いに期待するところである。

梅雨の時期のネタ切れ

毎日毎日雨が降る。雨が降るという穏やかな表現がまったくふさわしくない時間帯もある。

目が覚める。軽く身体を動かしてから朝食を済ませ、「さあ、何をしようか」と思い巡らす休日の朝。雨が降っている朝は特に所在なさげにそう思う。日記をやめてからもう何十年にもなる。なぜやめたのかと言えば、ネタ切れを起こしたからだ。仕事もライフスタイルもだいたい似たような日々が繰り返され、おまけに今のような梅雨が毎日続いて書くことがなくなったある年の6月か7月。

日記を「今朝も雨が降っている」から始めるか、「梅雨の合間らしく少々蒸し暑い」で始めるか、あるいは「梅雨にもかかわらず、今朝は過ごしやすい」と書くか……定型は一つではなく、三つ四つとあるが、梅雨にまつわる所感以外になかなか思いつかない。日記と言えば天気と相性がいいのだが、それこそがマンネリズムの原因になっているのではないか。


30年程前に発行された『直観術』(フィリップ・ゴールドバーグ)という本がある。総じていいことが書いてあるが、「正しい直観をとらえよう」という章の〈直観日記〉はいただけない。1.日時、2.直観した内容、3.対象分野から始まって、14項目が並ぶ。これらを直観した時点ですぐに記入する。

これだけではない。時間が経ってからでもいいので、「習慣や権威に反することか」「分析してみたか」「他人の見解を求めたか」など、さらに20の問いに答えよという。「徒然なるままに(……)心にうつりゆくよしなし事をそこはかとなく書きつくれば」の正反対の、おぞましき助言である。

梅雨の時期にそこはかとなく書こうとしてもネタがなくなる。いや、四季のいつであれ何をしていようと、日記というものはネタ切れになるのが常なのだ。ネタがなくとも根気よくマンネリズムを恐れずにルーチンとして何とかやりくりする一種の修行である。

徒然に書くのも大変で、ましてや直観日記のようにルール化すればなおさら大変だ。それでも日記を日々綴り続けている知人がいる。いつの季節もさぞかし書くことに困っているに違いない。しかし、困りながらも無神経に書き続けようとする惰性を日記習慣を支えるエネルギーに変えている。これは敬意を払うに値する苦行である。

風と土から……

仕事場の窓際に二十ほどの植木鉢があり、窓を開け放つと葉が風に揺らぐ。そよと小さな鉢のも一人前の「風土」を装っている。

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「風土が人間に影響する」と和辻哲郎が言い、賛否両論が巻き起こった。戦中戦後の話である。100パーセントではないが、人間は多少なりとも風土の影響を受けてきたのは間違いない。わが窓際のミニ風土で気分が変わるのだから。

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食は風土の最たるものだろう。人は好きなものやうまいものを食ったのではない。行き着いて定着した場所で食ったものをうまいと感じて好きになったのである。つまり、「Foodフードは風土」であった(幕内秀夫『粗食のすすめ』)。

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風土に関わるようになった人は原風景を切り取って愛で、あるいは自ら風景を創造した。たとえばサンマルタン運河沿いには樹木があり花壇がある。そこで人は遊歩人になり、絵描きになり、詩人になる。稀にホームレスとして生きていく人もいる。

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西向きの窓からの風に葉がまだそよいでいる。風のことを紡がず、土のことを詠まず、カフェテラス気分で飲む午後のコーヒー。かけがえのない休憩。

記憶と認識

3月、4月、5月と会議や打ち合わせや対話がなく喋る機会が激減したので、口はマスクで封印され黙して語らず。今月に入って来客を迎えて34人による打ち合わせを3回おこなったが、喋る勘が戻らない。頭は言語を覚えているが、筋肉が発声に戸惑っている。

3月、4月、5月は受注していた仕事が流れたり、延期になったり、テレワークの多い先方の都合で遅延したり。仕事はさほど減っていないが、予定が立たなくなった。仕事が動くのか止まったままなのか、その日の朝にならないとわからない日々が続いた。

6月中旬になって、ようやく動き出した。しかもすべてが同時に。複数の仕事をこなせるのはタイムラグがあるからだ。1週間や半月のズレを利用できるから何とかやりくりできるのである。ところが、今回ばかりは一斉に再起動である。この数年でもっとも慌ただしい日々になっている。数カ月ぶりに再開する仕事をどこまで進めていたのか、うろ覚えである。再開までのリハビリにも時間を要する。


マスクをしていない男性が向こうから歩いてきて、マスクをしているぼくの方を見ているような気がした。ぼくの横を通り過ぎるまでぼくを見ていたように思ったし、軽く会釈したようにも見えた。見たことのない顔なのだが、もしかするとどこかで会っているのかもしれない。

ぼくはその人の顔を知らない。しかし、その人はぼくのマスクをしている顔を知っている。ぼくはその人のマスクをしている顔なら見ているかもしれない。そして、その人はマスクを外すぼくの顔も知っているに違いない。いったいどういうことかと想像していくと、マスクを外さない歯医者とマスクをしたりマスクを外したりする患者との関係がこれに当てはまることに気づいた。記憶があっても認識できないということはよくあることだ。

お互いマスクをしての初対面だと、マスクを外して道で出くわしても認識できずに通り過ぎるだろう。そもそも道で通り過ぎる人々のほとんどの顔は初めて見る顔である。つい先日会ったのに今は知らん顔して通り過ぎる。ぼくたちは顔をどの要素――または要素のどんな組み合わせ――によって個人を認証しているのか。マスクの有無で顔認証は大いに異なるはずである。

と言うわけで、初対面の人とはマスクを外して数秒間顔を真正面で見せ合い、その後マスクを着けて名刺交換することにしている。目は口ほどに物を言うというが、目だけでは顔認証はできそうもない。

小雨/細雨/霧雨の日の雨読

雨が降った先週の金曜日。仕事が一段落して少し時間ができたので、午後は図書室で背表紙を眺め、気楽に「のほほん・・」と読めそうもない本を手に取っては、小雨こさめっぽく糸雨しうっぽく霧雨きりさめっぽく雨読した。


数年前に古書店で偶然出合った『ソフィストとは誰か?』 詭弁術の売人などと散々悪口を言われてきたソフィストだが、ああ言われればこう言い返すスタイルは必ずしも彼らの専売特許ではない。ソフィストらと論争したソクラテスもよく似たスタイルで弁じたのは明らかだ。

「ドーナツ(=哲学)を食べると「ドーナツの穴(=詭弁)」も口に入る。哲学には詭弁がついてくるのである。もっとも、ソフィストに言わせれば、詭弁こそがドーナツで、哲学が穴なのかもしれない。

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ドキュメンタリー映画を観た後に珍しく買ったパンフレット。薄っぺらいので本棚に寝かせてある。映画の題名は『世界一美しい本を作る男――シュタイデルとの旅』(原題“How to Make a Book with Steidl”)。このドイツの小さな出版社には、三つのポリシーがある。

①依頼主と直接会って打ち合わせをする。
②全工程の製作・印刷と品質管理を自社でおこなう。
③商品ではなく、作品づくりのつもりで仕事に臨む。

テレワークをしていたら、こんなことはできない。テレワークに流れようとしている仕事のやり方でいいのかどうか、他人の話に流されずに検証しておかねばならない。今、すぐに。

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図書室には詩集もかなり置いてある。詩集は拾い読みに最適だ。詩は文字であるとともに音でもある。思いや心象の声を精細に聞く。その声の聞き分けがうまくいかないと、詩はリズムを持たず、ただの文字列に終わる。

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「(人は)自分のことにせよ他人事にせよ、わかったためしがあったのか。」
「記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう。」

昭和17年に書かれた小林秀雄の『無常といふ事』の文章。太平洋戦争を挟み、いくつもの歴史の変節点を経て80年近く立った今も、人のわかりよう、思い出しようはさほど変わっていない。人は時の過ぎゆくこと、万物が移ろうことをすぐに忘れてしまう。つまり、無常ということがわからない。常なるものを見失えば、無常がわかるはずもない……こういう趣旨である。

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本で一番目立つのは表紙ではなく、実は背表紙である。表紙で書名を確認する前に、たいてい背表紙で書名がわかる。書店の棚がそうであるように、ジャンル別に本を分類するとよく似たタイトルが並ぶ。自分で蔵書を好きなように並べると、異なったジャンルの背表紙が隣り合わせになって、一風変わった眺めになる。本文は少しも記憶に残っていないのに、背表紙――つまり、本のタイトル――には見覚えがあって、じっと見ているうちに記憶を呼び覚ましてくれることがある。背表紙を眺めるのも読書術の一つだ。

ナマコを最初に食べた人はえらいか?

チーズケーキ
ある日、あるカフェにて。
「こちらケーキセットのチーズケーキになります。カロリーも甘さも控えめの手作りケーキでございます」
う~ん、おいしさもかなり控えめだった。

ガツとセロリ
めったに手に入らない豚の第一胃、ガツ。すでに茹でてあるものを買う。一口サイズに切って塩・コショウ・酒で下味をつけ、片栗粉を混ぜ合わせて炒める。次いで、適当に切ったセロリを――セロリのみを――加える。おろしにんにくを好みで足すが、他の野菜はガツの邪魔になるので一切入れない。火が通った頃を見計らって、あらかじめ合わせておいたナンプラー・オイスターソース・酒・水を少しずつまぶしながら炒める。調味料はすべて目分量。

ナマコ
「ナマコを最初に食べた人はえらいと思う」という声をよく聞くが、最初に食べた人を特定するのは不可能。何千年か何万年前か知らないが、ネットも新聞もない時代にナマコを最初に食べたのが自分であるという自覚ができたはずがない。

ある者がナマコというものを見つけた。手に取った。食べられるものかどうかはわからないし、他の人間が食べているのかどうかもわからないが――いや、こんなことすら考えもせずに――とにかく腹が減っていたので口に運んでみた。うまいと思ったわけではないが、食って食えないものではない。その者が、その後、誰にも言わずにこっそりナマコを一人で食べ続けたとは考えづらい。おそらく集団とシェアして食ったはずである。こんなことが、ナマコが棲息する各地でシンクロニシティのごとく起こったと思われる。

しかし、ナマコはメジャーにはならなかった。今のわれわれのナマコとの付き合いを見ればわかる。集団でナマコを常食するような食習慣は世界のどこにも見当たらない。小料理屋で旬の季節に、オヤジが一人、ナマコの酢の物を酒のつまみにする程度の消費である。

ともあれ、「ナマコを最初に食べた人」の、食べた勇気をえらいと称えるには及ばない。食べるものに困った人類は、躊躇したり気持ち悪がったりせずに、後先を考えずに貪ったのである。

トウモロコシとパスタ
ぼくの「飲食店応援アクティビティ」のイタリア料理部門で優先上位の店。パスタはリングイーネ。使う具は生トウモロコシのそいだ実だけ。イネ目イネ科の共演である。これで勝負するのは勇気がいる。「なんだ、コーンだけか……」と言われかねないからだ。

しかし、パスタとはパスタという主役を食べる料理であって、パスタの顔を潰すような具沢山の脇役はよろしくない。ランチを注文すると、この店は野菜やハムや魚をふんだんに盛り合わせた前菜を出す。だから、パスタはシンプル。仕上げにチーズと黒胡椒を振る。

鶏のカラアゲ
めったに待たないが、揚がるのを待つことにした。待っている間に脳裏であの曲が流れた。

♪ ジョニーが来たなら伝えてよ 
2時間待ってたと
割と元気よく出て行ったよと
お酒のついでに話してよ
友だちならそこのところうまく伝えて

遅まきながら「ジョニーのからあげ」の初体験。替え歌を作ってみようと思ったが、そんなに時間はかからなかった。

“Eats Journal” 創刊号

食に関する記事カテゴリーがなかったので新規で作ってみた。そして、最初の記事をそのカテゴリー名と同じ、“Eats Journal”イーツ・ジャーナルと題して書くことにした。気ままな「食日記」のことである。


飲食店応援アクティビティ  

店も客も自粛が続いた。店の自粛が解除されても客にはまだ余韻が残っている。どこの店も客の入りはかんばしくない。

と言うわけで、5月に入ってから週末にはランチを――稀に夕食も――外食するようにしている(週末の外食は今に始まったわけではないが……)。手当たり次第に応援するわけにはいかないので、チェーン店ではない、何がしかの所縁ゆかりがある、徒歩圏内の近場という条件で絞り込む。税込み1,500円以上の貢献という条件も考えたが、ランチは千円前後が多いし、980円のうまそうなメニューを見つけてしまうと悔しいのでやめた。

今では年に一度か二度しか行かないが、かつてお世話になった店。不義理にしているのに、店じまいされると一抹の寂しさを覚えてしまいそうな店。どなたかをお連れしたくなる店。今でも交わした会話を覚えている店、等々。料理のジャンルは問わない。


会社を創業した33年前から毎月一度は通った鰻屋。時を経て値段は何度もうなぎのぼりしたので、ここ15年は年に一度か二度という具合。以前の上うな丼は赤だし付きでたしか1,500円だった。それが300円か400円刻みで何度か値上がりし、今は2,800円。ちなみに、上客と一緒の時のみ注文する特上うな重は4,000円。

いつぞや久しぶりに行ったら、すでに先代が退いていて、30年前に出前担当していた若手が店を継いでいた。その若手も白髪交じりで貫録十分。傘寿をとうに過ぎた女将は現役続行中。ぼくはもうすっかり忘れられた存在なので、一見感覚でのれんをくぐる。

汁物には吸い物と赤だしがある。吸い物には肝が入っている。いわゆる「肝吸い」。かつてよく通っている頃に併せ技の裏メニューを知り、以来「キモアカ」を注文する。肝入りの赤だしである。これを注文すると、顔に見覚えはないが、この店に来たことのある客だと古株の店員なら察するはず。

上うな丼を注文すると、女将は誰にでも決まってこう言ったものだ。「半分くらいお食べになったら、身を細かくほぐしてどうぞ」。その日もいつものルーチンをこなした。鰻の並だと小さな身が二切れということがあるが、ほぐして食べるとかさが増して食べ応えを感じる。財布事情が並しか許さない人にはいきなりのほぐしをおすすめしたい。

句読を切る

もう35年程前の話。夜遅くに電話が鳴った。拙宅であることの確認の後に、神戸市の何とか警察署だと名乗った。いまキム・モンタナというアメリカ人がいる、もめごとがあった、夜も更けたので帰らせるわけにはいかない、聞けばあなたが身元保証人だと言う、それは間違いないか……」というような内容だった。

当時のぼくは勤め人で、海外広報の会社の国際部マネジャーをしていた。英文コピーを書くネイティブライターが数人いて、一応ぼくの部下だった。カリフォルニア州出身のキム・モンタナはその一人である。コワモテだが根はやさしい男で、広告文はあまり上手でなかったが、技術系企業のプロフィールになるといい文章を書いた。身元保証人ではなかったが、そういうことにして、翌日にひとまず解放するようにお願いした。

段落パラグラフのことで議論したことを覚えている。第一段落と第二段落は同じテーマを扱っているから一つの段落にすべきだと指摘したところ、彼は「それだと長すぎる」と言った。いやいや、段落は長いとか短いとかの見た目で決めるものではないと言えば、彼は「ちょっと長いぞと思ったら、息継ぎのつもりで変えればいいのさ。それが段落」とすまし顔をした。


あまりよく知らないことを聞かれると、ネイティブはプライドゆえかつい屁理屈を言うものだ。あの時、ピリオドとコンマはどうなんだ? と追い打ちをかけたら、それも息継ぎだと言ったかもしれない。しかし、後日、広辞苑で句読点(マルとテン)の説明を見て驚いた。「句は文の切れ目、読は文中の切れ目で、読みやすいように息を休める所・・・・・・」と書いてあったのだ。まるでキム・モンタナではないか。

あの「。」と「、」を句読点と呼ぶのを知ってからしばらく、どう考えても句点のほうが「、」で読点が「。」と思えてしかたなかった。文章の句だから途中に「、」を付け、読は読み終わりなので「。」を打つ。そのほうが「らしい」のではないか。ところで、句読点と言えば「付ける」か「打つ」だが、単に句読と言うなら「切る」である。句読を切るという言い方をしてみると、単なる息休めではなく、文に対する何らかの意思を感じる。息苦しくなったから、適当に「、」を打っているのではない。

田辺聖子のエッセイに「話はえんえんと続く、句読点もないままに」というくだりがあった。悪文ほど句読点が少ない傾向があるが、かつての古文などはそんなもの関係なく延々と書き綴ったのである。西洋の哲学者には数ページにわたって段落を変えずに書くスタミナ思考の猛者がいる。切るに切れないほど一本の線でものを考えているに違いない。

特に息苦しくなって息を継ぎたくなったわけではないが、これ以上続けるだけのネタもないので、ここで句点を打つことにする。