カフェの話(4) コーヒー vs ティー
2010年3月12日 11:00
言うまでもなくカフェとはコーヒーのことである。しかし、店の形態としてのカフェのことをわが国では長らく喫茶店と呼んできた。珈琲店や珈琲館とも言うが、一般的に親しまれた呼び名は喫茶店であった。文字面だけを追えば、お茶を飲む店である。コーヒーを主とするカフェで紅茶を飲むこともできるし、名前が喫茶店であっても紅茶ではなくコーヒーを飲むことができる。「お茶にしようか?」とか「茶でもしばこか?」(やや古いが稀に関西で耳にする表現)とかの「茶」は日本茶や紅茶とはかぎらず、コーヒーも含めたソフトドリンクの代名詞である。
ローマのバールでエスプレッソを飲んでいたら、イタリア系でも英米系でもないカップルが入ってきた(見た目では中欧系で片言の英語だった)。女性のほうが何かを注文した。バールのお兄さんは棚からタバコを一箱取って差し出した。タバコは、らくだのイラストで有名な、あのキャメル(Camel)だった。女性は慌てて「ノー、ノー」と言っている。入れ替わって男性のほうが何事かを告げた。お兄さんは無愛想にうなずいて、リプトンのカモミール(Camomile)のティーバッグを引き出しから取り出した。「キャメル」と「カモミール」の言い間違いか聞き間違いだったという話。
イタリアのバールで紅茶を注文するのは邪道? いや、決してそんなことはない。ちゃんとメニューにも掲げられている。けれども、カップにティーバッグを入れて熱湯を注いで出すのを目の前で眺めていると、エスプレッソやカプチーノと同じ値段にしては、まったくお得感がないように思われる。ワインとコーヒーを自慢とする国で、わざわざビールと紅茶を頼むことはないだろうと思うし、そうぼくに薀蓄を垂れたイタリア人もいた。
岡倉天心の『茶の本』に茶とワインとコーヒーとココアを対比する箇所があって、こう書かれている(太字はぼくの強調)。
There is a subtle charm in the taste of tea which makes it irresistible and capable of idealisation. Western humourists were not slow to mingle the fragrance of their thought with its aroma. It has not the arrogance of wine, the self-consciousness of coffee, nor the simpering innocence of cocoa.
ご存知ない方のために説明すると、上記の文章は日本語から翻訳された英文ではない。天心の『茶の本』は "The Book of Tea" が原題で、もともと英語で書かれたのである。「茶の味には繊細な魅力があり、それが人を引きつけ想像をかき立てる。西洋の(風流な)ユーモリストたちは、ためらうことなく自分たちの思想の香気と茶の芳香を融合させた。茶にはワインのように思い上がったところはなく、コーヒーの過剰な自意識もなく、ココアの作り笑いした無邪気さもない」(拙訳)。茶のさりげなさと対比するための極端な誇張だろうが、天心によればコーヒーは「自意識が強すぎる」らしいのである。意味深長である。今から「自意識を一杯」飲んで少し考えることにしよう。
通りかかった折に「雰囲気」を感じてカメラを向けたパリ界隈のカフェ。(左)セーヌ河北岸、ノートルダム寺院近くのカフェ。(中央)エッフェル塔から東へ少し。店を取り囲むように何十というテーブルが置かれている。(右)ボージュ広場の回廊にあるカフェ。この並びに紅茶を専門に扱う小売の老舗がある。昨日と同じ今日はない
2010年3月11日 12:00
電車通勤片道45分の生活から職住近接の生活にシフトしてから四年が過ぎた。地下鉄の駅間隔で言うと、一駅半くらいの距離。早足の徒歩で13分~15分。二つの長い信号と三つほどの短い信号の待ち時間次第で、2分の時間差が生じる。例外的な豪雨の日のみ地下鉄を利用するが、ほぼ毎日往復歩いている。こんな距離と時間でも、ふだん車に乗り慣れて歩かない人には、遠距離で長時間に映るようだ。
塾生のKさんの足は車である。おそらくゴルフ場と町内の食堂にランチに出掛ける時以外はめったに歩かないだろう。彼は思い出したようにオフィスにやって来てぼくをランチに誘い出す。すでに店じまいをしてしまったが、歩いて2分弱のところに十割蕎麦の店があった。「近くの蕎麦屋に行こう」とぼくが言い、その店を目指して歩き始めた。店まであと30メートルかそこらの地点で、彼は口を尖らせて「どこまで行きますのん?」と不満そうに聞いた。どうやら彼には2分の距離が遠かったようである。
たとえ13~15分の距離でも、歩くルートのバリエーションは一桁の数ではない。東西南北を数十本の道が走っているのだから、何百何千通りの道程がありうるだろう。同じ道は飽きるから、真っ直ぐ行くところを手前の角で右折したり、右折してすぐの道を左折したりしながら、時には迷路を楽しむように、しかし当然オフィスの方向を目指して足を運ぶ。ぼくには手段や作業はもちろん、些細なことをするにあたって、同じするなら一工夫して楽しもうとする癖(へき)がある。この癖が嵩じると厄介な凝り性につながってしまう。
☆ ☆ ☆
道すがらにこれまた廃業した米穀店兼クリーニング店があった。店舗面積の80パーセントを閉じ、今ではクリーニングだけを扱っている。どんなルートを選んで歩いても、だいたいこの場所の前を通ることが多い。そして、米穀店を営業していたつい先月半ばまで、ぼくはその店の婆さんの「日課」をずっと目撃し続けていた。毎朝9時前後に路肩に置いてある植木のそばに米粒を一握りほど蒔くのである。待ち構えていたスズメが一斉に電線から降りてくる。餌蒔きの直前は、頭上からの糞に注意せねばならなかった。
ところが、もはや米屋は存在しない。ゆえにばら蒔く米もない。いや、住居も兼ねている様子なので自宅用の米はあるだろうが、シャッターが閉まってからのここ半月、婆さんを見かけない。つまり、長年にわたって餌付けされてきたスズメが朝食にありつけなくなったのである。スズメはどうしているのかというと、今もなお、ぼくが通り過ぎる時間帯に何十羽も電線に止まって米粒を待ち構えてピーピーと啼いているのだ。
実を言うと、前に住んでいたマンションには広いルーフテラスがあって、ぼくも好奇心からスズメに餌付けをしたことがある。ところが、糞を散らかすわ鳩までやって来るわで、近所にも迷惑がかかりそうなのでやめた。だが、やめてから何ヵ月も彼らが学習した習慣は続いた。スズメの体内時計は狂わずに決まった時間に餌をねだり餌にありつこうとする。昨日と同じ習慣が今日も正確におこなわれるのだ。婆さん不在の異変をよそに、餌中心のぶれない日々と言えば、なかなかカッコいい。しかし、彼らはまだ知らない、ある日突然、昨日と違う今日が、今日と違う明日がやって来たことを。何だか、ともすればノーテンキに生きてしまうぼくたちへの教訓のように思えてきた。
雨中のハプスブルク展
2010年3月10日 16:30
先週の土曜日は雨だった。雨降りが多いのを実感する今年の2月、3月だ。梅雨の季節と同じく、雨が続くと何だか日々の変化を感じにくくなってしまう。せっかくの休日の土曜日、会期終了間際ということもあって、「ハプスブルク展」を目指して京都国立博物館に行くことにした。実は、六年前にウィーン美術史美術館を訪れているので、今回の展覧会をパスしようと思っていた。というのも、その美術館所蔵の作品が多いからである。しかし、ブダペスト国立西洋美術館所蔵の展示作品も揃っていると知り、少なからぬ興味は持っていた。
七条駅から地上へ出ると少し肌寒い。雨の中を人がやけに大勢歩いている。駅員さんが教えてくれた、前売券を販売している書店兼タバコ屋では数人が並んでいる。「ほほう、最終週になるとこんな具合なのか」と気楽に構えていた。驚きはこの後で、博物館に着くと入口に「待ち時間90分」の表示が出ているではないか。本家のウィーン美術史美術館やピカソ美術館では待ち時間ゼロ、ヴェルサイユ宮殿はわずか10分、ルーヴル博物館でも5分も並んでいない。正直、とても1時間半も待てないと思った。手元の前売チケットを誰かに買ってもらおうかとすでに算段し始めてもいた。
しかし、思い止まった。何をそんなに急(せ)いている? と自問し、正午を少し回ったところなので、近くのうどん屋に入って腹ごしらえすることにした。待ち時間が増えるのか減るのかはわからない。博物館前で案内をしていたアルバイトの青年に聞いても、団体観光客が押し寄せているので判断がつかないと言う。「午後2時過ぎなら待ち時間が短縮されているだろう」という自分の希望的推論に賭けて、七条通を挟んで向かいの三十三間堂の門を二十年ぶりにくぐることにした。国宝三十三間堂を時間潰しに使ったらバチが当たりそうなので、きわめて神妙かつ真剣に見学した。
☆ ☆ ☆
博物館に戻ったら、待ち時間が60分になっていた。一応賭けはうまくいったようである。雨も上がった。とは言うものの、行列の並ぶ店を敬遠するぼくにとって1時間は長い。そこで、館外の常設ギャラリーで本を買うことにした。ハプスブルク関係は数冊あったが、品定めをして『ハプスブルク帝国』を買った。税別650円の一番安価な文庫本だったが、安いからではなく読みやすそうだったから求めたまで。待ち時間60分の表示はほぼ正しく、本も第3章まで読めたのであっという間に時間は過ぎた。
中世から近世にかけての西洋絵画の最大テーマは宗教と人物である。宗教画と肖像画が圧倒的な数を誇る。ぼく自身は絵画の解説をヘッドホンで聞くオーディオサービスを受けたことがない。しかし、宗教画と肖像画を鑑賞するときだけは説明付きのほうがわかりやすいだろう。歴史の背景や人物の身上を通してこそ絵の見方が深みを増すことはたしかだ。たとえば、さほど有名でもない「フランドルのある青年」というタイトルの絵なら素通りする。しかし、肖像画が「マリア・テレジア」であり、彼女がオーストリア系ハプスブルク家の女帝であり、かのマリー・アントワネットの母君であることを知っていれば、あるいは神聖ローマ帝国や当時のヨーロッパの勢力地図の知識が少しでもあれば、単なる一枚の肖像画としてその前を通り過ぎることはないだろう。
いや、絵画は気に入るか気に入らないかがすべてだ、色使いや構図やタッチが好みに適い、鑑賞していて楽しければそれでいいではないか、という考え方もある。何を隠そう、ぼくなどはそういう意見に強く与するほうなのだ。だから、キリストや聖書を知らないと理解しづらい宗教画にはあまり関心がない。どの教会にも掲げられている「受胎告知」を見るにつけ、「あなたは妊娠しましたよ」と天使が余計な世話を焼くものだと思っているくらいである。ぼくの好みの絵画は街の風景で、理屈はいらないし、気ままに時代や生活を偲びながら楽しむことができる。なお、三十三間堂の千体観音や観音二十八部衆像も宗教がらみ、さすがに歴史の予備知識がないと厳しい。
心の琴線に触れる
2010年3月 9日 12:00
誰だったか忘れたが、「心の琴線(きんせん)に触れる」を口癖にしていた人がいた。何かにつけて感動しては心の琴線を持ち出す。顔も思い出せないが、耳に何度も響いた慣用句だったので、表現をよく覚えている。琴という楽器を見かけることはめったになくなった。ぼくが中学生になった頃、近所に大正琴のお師匠さんが住んでいて、町内のおやじ連中がこぞって習いに行ったものだ。ちょっとしたブームになっていたのだろう。そう言えば、当時は民謡も流行っていた記憶がある。
琴線と言えば琴の弦ゆえ、心の琴線という言い回しは比喩である。比喩ではあるが、琴の奏者とは違って、ぼくたちは比喩表現のほうにより親しんでいる。「心の琴線」と来れば、続く動詞は「触れる」である。浅学だからかもしれないが、これ以外の組み合わせを見たり聞いたりしたことはない。心の琴線を爪弾(つまび)いたり奏でたり調べたり掻き鳴らしたりなどとは言わないようである。
『「心」はあるのか』(橋爪大三郎)という問題提起があるくらいなので、もし心がないと仮定するならば、心の琴線がありうるはずもない。もし心があるのならば、どんなふうに琴線は心の中に設(しつら)えられているのか。あるいはまた、心というのは結局は脳のことだと解釈する場合には、脳の中で琴線はどのように張られているのか。いずれにしても、心か脳の奥深いどこかには感動したり共鳴したりする感情の弦があって、それに外部から何かが触れると反応して音を出すようなのだ。
☆ ☆ ☆
しかし、音の響き方は人によってだいぶ違うだろう。大仰に響く人があると思えば、微かな音すら立てない人もいるだろう。同じ対象を前にして琴線は鳴ったり鳴らなかったり、あるいはまったく異なった音色を立てる。そもそもこの慣用句は「触れる」までしか面倒見ていないので、音色がどんなふうに鳴るかまでは聞き届けることができない。共鳴の具合はそれこそ千差万別、人それぞれと想像できる。
よく考えてみれば、心の琴線に触れるというのは「待ちの姿勢」ではないか。己の琴線の感度が悪ければ、どんなに対象が迫ってきてもうんともすんとも共鳴しない。誰かがやさしく声を掛けてくれたり感動的な話を披露してくれても、ぼくの心の琴線に触れないかもしれない。心の琴線に触れないのが、ぼく自身の鈍感な感受性の問題ゆえなのか、他方、対象そのものが感情を揺さぶるほどの域に達していないからなのかはわからない。
どうやら、「私の心の琴線」という捉え方に据え膳に甘える目線がありそうだ。心の琴線に触れる何かを待つかぎり、感動を他力にすがっているような気がしてくる。むしろ、まず「他者の心の琴線」に触れるべく振る舞うことが、やがて自分自身の琴線にも触れることになるのだろう。それこそが共振であり共鳴であり共感である。人や言や物に感じて心を動かせるには、それら外界の存在に備わっている琴線に触れてみるべきなのだ。「感応(かんのう)」という表現がそれをぴったり表してくれる。あてがわれた感動ばかりで、自発的な感応がめっきり少なくなった時勢を最近よく嘆いている。
カフェの話(3) 苦味の魅力
2010年3月 7日 14:30
左の写真は、その名も"Espresso"という題名の本の表紙だ。香りの小史やカップ一杯の朝という項目が目次に並ぶ。コーヒー文化とエスプレッソのバリエーションに関する薀蓄が散りばめられており、高品質の写真もふんだんに使われている。この中に詩人でノンフィクションライターのダイアン・アッカーマンのことばが紹介されている(『感覚の自然史』からの引用)。曰く、「つまるところ、コーヒーは苦く、禁じられた危険な王国の味がする」。う~ん、どんな味なんだろう。何となくわかるような気がして、喉元までそれらしい表現が出てきそうで出てこない。ことばでは描き切れない味だ。
紀元前から醸造されてきた長い歴史を誇るワインに比べれば、コーヒー栽培の起源はかなり新しい。自生種を栽培種として育て始めたのが13世紀頃だし、ヨーロッパの一部で流行の兆しを見せたのが17世紀だ。アッカーマンが比喩している「危険な王国」とはどこの国なのだろうか。エチオピア? それともアラビア半島のどこか? 野暮な類推だ。仮想の国に決まっているではないか。
いずれにせよ、ぼくたちは「禁じられた味」をすでに知ってしまった。だから、大っぴらに飲んではいけないと言い伝えられたかもしれない頃の禁断のイメージを、今さら浮かべることは容易ではない。ただ、高校を卒業した頃に喫茶店で飲んだ最初の一杯からは、たしかにレッドゾーンに属する飲料のような印象を受けた。コーヒーの味は誰にとっても苦い。子どもだから苦くて、大人だから苦くないわけではない。「おいしい? おいしくない?」と子どもに聞けば、おいしいと言うはずがない。子どもに気に入ってもらうためには、コーヒーの量をうんと減らしミルクと砂糖をたっぷり加えてコーヒー牛乳に仕立てなければならない。
苦味が格別強いエスプレッソには、ブラック党でもふつうは砂糖を入れる。イタリアのバールでは、小さなカップにスプーン一杯の砂糖を入れて掻き混ぜ立ち飲みしている。話しこまないかぎり、さっと注文してさっと飲んで出て行く。なにしろ立ち飲みなら一杯100円からせいぜい150円の料金だ。ところで、砂糖を入れるのは苦味を抑えるためなのか。苦味を少々抑えたければミルクの泡たっぷりのカプチーノのほうが効果がある(カプチーノを頼んでも30円ほどアップするだけ)。実は、砂糖を入れても苦味はさほど緩和しない。むしろ砂糖の甘みが、ストレートの苦味とは異なる別の苦味を引き出すような気がする。説明しがたいが、何となくそんな気がする。
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(左)エスプレッソのダブル(シエナのカンポ広場)。イタリアのバールでは"カッフェ・ドッピオ"と注文する。(右)パリのカフェの店内。パリのカフェでは通常一杯のエスプレッソがイタリアのダブルよりも分量が多い。
(左)シニョリーア広場のカフェ(フィレンツェ)。観光客が朝から夜まで絶えない有名な広場だが、光景を眺めているだけで飽きることはない。このようにテラスのテーブル席に座ると、コーヒーの値段は3倍になる。
刻一刻の「追思考」
2010年3月 5日 12:00
「追体験」ということばはすっかり定着していて、みんなよく知っている。誰かが体験したことを自分なりに解釈して、あたかも自分が体験したかのように再現してみせることだ。たとえば芭蕉の『奥の細道』やゲーテの『イタリア紀行』を読み、自分なりに解釈しながら旅を疑似体験してみるのが追体験。旅程を辿って実際に旅をするという意味は含まれない。あくまでも、誰かの体験を想像上ないし机上で追うことが追体験である。
めったに耳にしないというか、ほとんど聞かないのが「追思考」というマニアックなことば(何かの本で見たので、ないことはない)。実を言うと、追体験よりも追思考のほうをぼくたちは日々頻繁におこなっている。今夜の会読会でぼくは小林秀雄を取り上げるが、読書という行為はまさしく追思考そのものなのだ。著者の考えたところをなぞるように、あるいは追っかけるように考えていく。原思考者と追思考者の間に絶対能力の差があれば追いつくことはなく、原思考をそっくり再現できるはずもない。結局は、自分の理解力の範囲内での追体験ということになる。
昨日「できる人の想像力」について書いた。その後、夜になって自宅でそのことについて考えてみた。偉い人の思考を辿るのも追思考なら、自分の考えたことをもう一度自分自身がトレースするように追ってみるのも追思考の一種だろう。なぜなら、今日考えている自分からすれば昨日考えていた自分はどこか他人のようでもあるからだ。自分による自分の追思考をしてみると、結果的に「再考」することになるが、いったんきちんと思考経路を追ってみて再生しようとするところに意味がある。
☆ ☆ ☆
昨日はプロフェッショナルを賛美するようなタッチで書き、専門性の源泉に想像力を求めた。自分で書いた記事を読み直し追思考した結果、想像力は源泉ではあるものの、それだけではやっぱり一流にはなれないことに気づいた。想像力豊かな専門バカもやっぱり存在するからである。日々良識をもって真偽や是非を感知する能力を実践しなければ、想像も根無し草のごとき空想で終ってしまうのだろう。
めったに先行開示はしないが、今夜ぼくは小林秀雄の『常識について』を取り上げることを敢えて明かしておこう。そして、小林秀雄にはもう一編『常識』というエッセイもあることに気づき、本棚から引っ張り出して読み始めた。そこに次のような文章がある。「常識を守ることは難しいのである。文明が、やたらに専門家を要求しているからだ。私達常識人は、専門的知識に、おどかされ通しで、気が弱くなっている。」 ここから読み取れるのは、専門家の知識によく見られる「良識の不在」への批評精神だ。
この時点で、ぼくの考えは想像力から離陸して、同じエッセイの中の別の箇所を追思考していた。少し長くなるが丸々引用するので、興味のある方は小林秀雄の追思考をしてみてはどうだろう。
「生半可な知識でも、ともかく知識である事には変りはないという馬鹿な考えは捨てた方がいい。その点では、現代の知識人の多くが、どうにもならぬ科学軽信家になり下っているように思われる。少し常識を働かせて反省すれば、私達の置かれている実情ははっきりするであろう。どうしてどんな具合に利くのかは知らずにペニシリンの注射をして貰う私達の精神の実情は、未開地の土人の頭脳状態と、さしたる変りはない筈だ。一方、常識人をあなどり、何かと言えば専門家風を吹かしたがる専門家達にしてみても、専門外の学問については、無智蒙昧であるより他はあるまい。この不思議な傾向は、日々深刻になるであろう。」
昭和34年のエッセイゆえ、言葉の狩人にいちゃもんをつけられそうな表現が一部あるが、そんな些細はさておき、プロフェッショナルと想像力と常識に関してぼくの眼前の視界はだいぶ広がったような気がしている。小林秀雄の炯眼には感嘆する。
できる人の想像力
2010年3月 4日 12:00
まだ一ヵ月ほど先の仕事だが、二部構成の講演がある。第一部と第二部の講師は別、というのが通常だが、どちらもぼくが担当する。第一部がプロフェッショナル論で、第二部がマーケティング論。同一講師が別のテーマを語るケースは少ないが、これがぼくの馴染んだ欲張りパターンだ。聞く方も話す方も一テーマ4時間よりは二つのテーマを各2時間のほうが集中しやすい。別にテーマ領域の広さを自慢しているわけではない。一見異なった二つのテーマには共通のコンセプトや考え方が横たわっているものである。同日ゆえ学習の相乗効果も高い。何よりも、同額報酬で二本立てだからお得だ。
第一部のプロフェッショナル論については、ここ数年、仕事の作法やプロの仕事術、あるいは発想の達人などの名称で講演と研修をしてきた。動機はいたって素朴だ。その道の専門家はどのようにして一人前になっていくのか、ひいてはどのように学べばそのようになれるのか、その学び方にぼくごときが少しでも関与して自己訓練を手伝えないかという思いがある。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見て感心することが多いが、特に番組に大きく影響を受けた結果ではない。
当然のことながら、仕事ごとにプロフェッショナルの極意や流儀は異なる。これまでにNHKが取り上げた専門家で言えば、たとえばマグロの仲買人と今週の遭難救援隊員とでは技も道も精神も大いに違っている。おそらく一人前になるのに要する歳月も長短あるだろう。にもかかわらず、プロフェッショナルの誰もが等しく達している境地を窺い知ることはできる。共通の感覚や精神や頭脳の働きなどが一つの「型」として浮かび上がってくるのだ。いろんなプロフェッショナルと出会い観察し雑多に本も読んだ。そして未だ行く手に険しい道があることを自覚しつつも、少しずつ成長しているぼく自身の体験をもなぞっているうちに、数年前から「鍵を握っているのは想像力だ」という確信を得るようになった。
☆ ☆ ☆
「いやいや、年季や経験や場数こそがものを言うのではないのか」という異論が立つかもしれない。しかし、よく考えてみれば、その類が高度な専門性の証になるとはかぎらない。天与の才を論うとキリがないから、同等の能力でその道に入った二人を仮定しよう。同年数で同経験を重ね同じ場数を踏んだとしても、そこにプロフェッショナル度の差が出るのはなぜだろう。固有の経験は、確実な積み重ねであるだけに基礎固めに力を貸すが、他方、偏ることもあるし融通性を欠くこともある。経験が未知の領域で応用力を発揮するためには、基礎的な技術が想像力と出合わねばならないだろう。
ここまでかたくなに難しく考えなくてもいい。ぼくたちは、その人のキャリアによって専門家や名人を感じることは少ないのだ。いたずらにキャリアだけを積みながら、プロフェッショナルからは程遠い凡俗はいくらでもいる。協力会社の新人が何度もミスを重ねるので一言、二言意見したら、「今後は御社にはベテランを起用しますのでご容赦ください」と謝罪されたとしよう。それであなたは諸手を挙げて小躍りするか。否である。そのベテランが「できる人」という信憑性は、年季と経験によるだけでは確約されない。
ぼくの知るプロフェッショナルたちは、決して経験に安住しないし、技量そのものにもこだわらない。彼らはほぼ共通して機転が働く。みんなよく先を読んでいる。先を読むが、ありとあらゆるシミュレーションを立てるわけではない。そんなムダをするのはアマチュアだ。プロフェッショナルは暗黙知によって要所だけを読む。結果の両極を読み、その間に起りうる状況をつぶさに想定せずとも、ものの見事に対応してみせる。それこそ想像力の手並みなのだ。プロフェッショナルはつねに期待される以上の成果を生み出す。その能力の拠り所を信念や使命感ととらえてもいいが、もっとも具体的でぼくたちが自己研鑽できそうなのが想像力だと思うのである。
カフェの話(2) BGMとコーヒー
2010年3月 3日 11:20
コーヒーと音楽は切っても切れない関係にある。カフェとくれば洋楽だが、常連ばかりが集まる場末の喫茶店では稀に演歌がかかっていたりする。コーヒーの香りが「炙ったイカ」に変じるわけではないが、味わいが微妙になるのは否めない。そう言えば、ボサノバのCDをかけているイタリア料理店でも違和感が漂う。かつてよく通ったその店で「カンツォーネを流さないの?」と尋ねれば、「正確に言うと、うちは地中海料理なので」とオーナーシェフ。地中海だからボサノバというのがよくわからない。店名がイタリア語だからシャンソンも合わないだろう。素直に「ぼくはボサノバが好きなんです」と答えておけばいいのに。
入りびたるほどではないが、月に一、二度行く喫茶店はプレスリー専門。オーナーが長年のファンで詳しい。どちらかと言えば、バラード調を中心に編集している。ところで、お気に入りの音楽には聞き耳を立てる。お気に入りでなくても、一人でコーヒーを啜っているときは音楽がよく耳に入る。読書に注意が向いているときは、BGMは途切れ途切れにしか聞こえない。しかし、本からふと目をそらしたりペンを休めたりする瞬間、メロディへと注意が向く。昔のジャズ喫茶ではコーヒーよりも音楽が主役だったのだろう。あるいはタバコをくゆらすためのコーヒーだったかもしれない。行ったことはないが、歌声喫茶ではみんな一緒に歌ったと聞く。コーヒーの味など二の次だったのではないか。
ヨーロッパのカフェやバールではあまりBGMを流さない。会話の邪魔になるから? かもしれない。生演奏のカフェで印象的だったのは、ヴェネツィアはサンマルコ広場のカッフェ・フローリアン(Caffè Florian)。創業者のファーストネームであるフロリアーノ(Floriano)に由来する、ヴェネツィア随一の老舗カフェだ。なにしろ創業が1720年。広場の一隅のオープンテラスでカフェラテかカプチーノかを飲みながら四重奏風仕立ての旋律に耳を傾けた。ふつうのバールならエスプレッソ10杯分に相当する値段。せっかくの旅なのだから、けち臭いことは言わないほうがいいか。
晴朗きわまる空と海、世界一美しいと評判のサンマルコ広場と寺院、聳え立つ鐘楼、ドゥカーレ宮殿、行き交う観光客・・・・・・ゆったりと目で追いながら音色を楽しみコーヒーを口に運ぶ。昼間の屋外のカフェは実にのんびりできる。春でも秋でも夜になると急激に冷え込んでくるが、黄昏時の広場にはラグーナからの海の匂いが入り込み、散策気分を演出してくれる。テーブルに座らず(つまりコーヒーを飲まず)広場に佇めば、カフェの生演奏の競演をただで楽しむことができる。題目の大半はイージーリスニング系だ。
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(左)広場の一角を占めるカッフェ・フローリアンのテラス。もちろん室内でもコーヒーを飲める。右手の回廊から建物内に入れば、古典色の強い調度品に囲まれて喫茶を楽しめる。(右)見ての通りのパイプづくりのテーブルに椅子。座り心地は決してよくないが、タキシードを着用した男前のカメリエールにはチップをはずむことになる。
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(左)ラグーナ側から見るサンマルコ広場付近。建物と建物の間のアプローチを抜けると広場が広がる。カッフェ・フローリアンは鐘楼のすぐそば。ご覧のような海際との位置関係だから、高潮(アックア・アルタ)になると膝下まで海水が溢れることがある。そんなとき軽量のパイプ椅子やパイプテーブルだと片付けが楽なのだ。(右)夜になっても生演奏が続く。これはカッフェ・フローリアンの向かいのカフェ。広場に面するカフェは同時に演奏しない約束になっているようである。
読書しながら世話を焼く
2010年3月 2日 11:00
「春眠不覺暁」の盛りまではまだしばらく時間がある。春の眠りは心地よくて朝が来たのもわからないという、この生理機能の前に、ぼくの場合は「本を読んでいると眠くなる」という兆しが現れる。読書だけでなくテレビを見ていても考え事をしていても、季節が寒から暖へと移り変わる頃はついうとうとしてしまう。歳のせいかもしれないが、この習癖(?)は若かりし時代も同じようにあった。顕著なのが就寝前なので、本を読みながらそのまま熟睡に入るのはまんざら悪いことでもないだろう。
昨年から"Savilna(サビルナ)"を冠にした会読会を始めた。知の劣化を読書と書評によって食い止めようという試みで、「錆びるな!」を捩(もじ)った名称だ。この会読会を意識して読むべき本を選別することはまったくない。ぼくなりに読みたい書物の今年のテーマはあるわけで、それに背いてまで受けを狙うような本の読み方はしない。とは言うものの、今年に入って読了した何十冊かの本の中からどれを書評するかという段になると、ただ自分が気に入ったり動かされたりしたという基準だけでは選び切れないのである。
☆ ☆ ☆
有志が集まる会読会で彼らが読んでいない本について書評するような決まりがなければ、読書ほど私的で自由な楽しみはないだろう。書誌学者や評論家でもあるまいし、好き勝手に読んで大いに自分だけが学べばよろしい。しかし、レジュメを一、二枚にまとめてメンバーに配り、さわりの引用文と書評を紹介しようとすれば、読もうと思い立ったときの本の選択基準とは別の読み方を強要されてしまう。生意気な言い方をすると、ぼくにとっては別段教訓的でもないが、彼はこれを知って目からウロコだろうとか、別の彼には仕事上のヒントになるのではないかという思惑が読書中に働いてしまうのである。
勉強のため、あるいは楽しみのためにその本を選んで読むことにした。にもかかわらず、読書を通じて自分自身が学んでいるのではなく、「この件(くだり)をみんなに知っておいてほしい」などと、まるで親が幼い子どもに昔話を読み聞かせるような心境になっている。「この箇所は、ぼくがくどくど説明するよりもそのまま引用したほうがよさそうだ」と思っていることなどしばしばなのだ。えらくお節介を焼いているものである。
しかし、考えてみれば、企画業や講師業という仕事にサービス精神は欠かせないのである。振り返れば、会読会が始まるずっと前からぼくの読書の方法は、自他のためだったような気がする。本を読みながら自分がよく学び楽しみ、その学び楽しんだテーマや文章を誰かと分かち合いたいと願うのは当然至極だろう。「自分の、自分による、自分のための読書」の純度に比べて、第三者を意識した読書の純度が低いわけではない。ついでに世話を焼いているだけの話だ。それはともかく、年に何十冊も本を読んでいながら片っ端から忘れてしまう読書人にとって、書評をまとめたり発表したりするのはプラスになるだろう。読みっぱなしよりもたぶん記憶は深く濃密である。
カフェの話(1) エスプレッソの香り
2010年2月28日 22:30
数年前に家庭用のエスプレッソマシンを買った。どういうわけか、冬の時期にはあまり使わない。少し暖かさを感じ始める頃から一日に一杯飲むようになる。それが秋の深まる季節まで続く。自宅で飲まない日でも外で飲む。必ずというわけではないが、オフィス近くのカフェで飲む。ランチの後はだいたいエスプレッソ。朝一番の場合はカプチーノかカフェラテにすることもある。ただエスプレッソ至上主義ではないので、ふつうのブレンドコーヒーも二、三杯飲む。
寒い時期は、知らず知らずのうちに大きなカップ一杯の熱いコーヒーで温まろうとしているのだろう。ご存知のようにエスプレッソはごく少量の濃いコーヒーで、器もそれに応じて小さい。出来上がってから30秒でも時間を置こうものなら、あっという間に温度が下がる。自分で作っても店で出されても、好みの分量の砂糖をさっと入れ素早くかき混ぜてぐいっと飲み干すのがいい。
エスプレッソの焙煎・熟成は微妙だ。同程度に微妙なのが挽き具合。蒸気を噴きつけるのでできるかぎり細かく挽くのがいい。家庭で飲む分には、市販で挽いてあるのが便利だが、封を開けてからの劣化が早い。だから自前でそのつど挽くのがいいのだが、市販のように細かく挽くのがむずかしい。
ぼくにとってのエスプレッソの季節がやってきた。昨日たまたま通りかかった、輸入品を多種扱う有名スーパーで豆を買い、レジで挽いてもらった。「これはいい豆だ」と直感した。まったくその通り、自宅で封を開けたら濃厚な香りがたつ。いつものようにいったんイリィの缶に入れ替えた。久々に秀逸のエスプレッソに巡り合った。なお、イリィとは、1930年代にエスプレッソマシンを開発したフランチェスコ・イリィゆかりの名称。バールで飲むエスプレッソと同じように挽いた粉が缶入りで売られている。何度か買ったが値が張るので、リーズナブルでおいしいものをいつも探している。
(左)イリィのバール(ヴェネツィア)。カウンターの中で手際よくエスプレッソを作る。注文してから待たせないのが職人バリスタの腕の見せ所だ。(右)店と歩道の境目がないカフェ(パリ)。季節が暖かくなってくるとカフェのテラス部分にはテーブルが置かれ、客たちは競って通路そばのテーブルに陣取る。


