風土と食を考えるきっかけ
2010年2月 9日 11:00
元来食への関心がきわめて旺盛なほうである。グルメや貪欲という意味の旺盛ではない。また近代栄養学的な視点からのマニアックな健康志向でもない。きわめて素朴においしいものをゆっくり楽しく食べたいと熱望するのであり、旬という季節感や土地柄という風土への意識が底辺にある。今ではまったく後遺症のかけらもないが、五歳のときに事故で腎臓を患い、その後の一年間、無味な食事生活を強いられた。塩分、糖分、脂肪分がほとんどなく、超薄めに味つけされた野菜とご飯ばかりを食べていた。「余分三兄弟」のない食生活であった。今の食への思い入れは、その反動のせいかもしれない。
世間で言う「飯食い」ではないが、米食民族の一人としての自覚はある。ぼくにあっては、ご飯は必要欠くべからざる主食である。食べたいときには玄米や五穀米もいただくが、原則は白飯。但し、風土に忠実なので、本ブログでしばらく紹介していたイタリア紀行の折りには、"Quando siete a Roma, fate come i romani."を実践する。「郷に入っては郷に従う(ローマではローマ人のように振舞う)」だ。だからパンとパスタとトマトと肉食中心の二週間でも平気である。ミラノ名物リゾット頼みしてまで米を求めない。体調不良を来すこともない。
塾生の一人に米問屋の経営者Tさんがいる。給食業、弁当屋さん、飲食店向けに「おいしい炊飯」の啓発をおこなっている。米を買ってもらうための販売促進の一環ではあるが、情熱家はどこかで「損得抜き」の発想をするものである。彼のプレゼンテーションをお手伝いすることになった。彼いわく「炊飯技術が向上して家庭でのご飯が小量炊飯でも飛躍的においしくなった。米は大量に炊くほうがおいしいという通念があったが、業務炊飯はうかうかしておれない」。正直言って、おかずがおいしいけれど、ご飯が粘ってうまくないという店があって、がっかりする。これなら自宅の炊きたてのほうがうんとうまいと思ったりしていた。先週からこの仕事をきっかけに風土と食をあらためて考察している。
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二十歳前後からの愛読書である和辻哲郎の『風土』に次のような一節がある(前々段落でイタリアの話を書いたが、おもしろいことに和辻は『イタリア巡礼』という本を著している)。
「食物の生産に最も関係の深いのは風土である。人間は獣肉と魚肉のいずれを欲するかにしたがって牧畜か漁業かのいずれかを選んだというわけではない。風土的に牧畜か漁業かが決定されているゆえに、獣肉か魚肉かが欲せられるに至ったのである。同様に菜食か肉食かを決定したのもまた菜食主義者に見られるようなイデオロギーではなくして風土である。」
ぼく流に言い換えれば、主義主張で食材や調理を考えるな、ということになる。過食やバランスの悪い食事は「知識」によるものである。知識がバーチャルグルメを生み出して、わざわざ食べなくてもいいもの、さほどおいしくもないものに向かわせるのである。もう少し切実かつ禁欲的に語れば、その時期に手軽に手に入る食材の恵みに依存するということだろう。ちなみに食材には保存のきくものと鮮度勝負のものがある。米や小麦やイモなどは前者だから年中口に入る。ゆえに主食になりえているに違いない。
今日の話に特別なオチはない。以上でおしまいだが、昨日飛び込んできたキリンとサントリーの企業統合決裂のニュースは、めでたしめでたしである。食品製造業の企業がメガ化する必要などどこにもない。ましてや食と風土を持ち出すならば、キリンにもサントリーにも「飲食と企業風土」の固有の独自性があるだろう。もし統合が実現していれば、世界一の規模だがおもしろくも何ともない巨大企業に映っただろうに違いない。ヴィトンとシャネルが一つになると文化崩壊が想像できるように、食産業にあってももっとも重要な文化性がどちらの企業からも消えてしまうことになっていただろう。
「義理チョコ」の是非
2010年2月 8日 12:30
「義理チョコの是非」を本気でぼくが問うことは絶対にない。結論から言うと、是でも非でもなく、好きか嫌いかの話にすぎないと思っている。たとえ百害一利であろうと、はたまた百利一害であろうと、一人ひとりが義理チョコを贈るか贈らないか、あるいは貰うか貰わないかを、自分自身で判断するしかない。また、貰った義理チョコに対して一ヵ月後にお返しをするかしないかも男性諸君の判断に委ねるしかない。
バレンタインデーが近づいてくると、「バレンタインデーなんかいらない」という論題や「バレンタインデーの義理チョコをやめるべきである」という論題を思い出す。ディベートの議論のテーマを論題と呼ぶが、バレンタインデーとチョコレートは入門者向けの格好の価値論題になってくれる。実際、かつてぼくの二日間ディベート入門研修の初日に実施する「ミニディベート」では、バレンタインデーをネタにした論題をよく扱った(なお、ミニディベートとはぼく独自の簡易ディベートの命名で、ふつうは「マイクロディベート」と呼ばれている)。
バレンタインデーの由来にまで遡って論争するまでもないだろう。また、いつ義理チョコが始まったかを追及しても意味がない。国や地方自治体、あるいは職場で義理チョコを制度にしているわけではないから、嫌なら習慣に縛られなければいい。そう、義理チョコの是非は政策論などではないのだ。だいたいがチョコレートを贈るのに「本命」も「義理」もないだろう。ダイヤの指輪を義理でプレゼントする男性はいないだろうし、一人の愛する女性に贈るときに「本命ダイヤ」ということばが彼の脳裏をよぎることもあるまい。職場の好きな人にチョコを贈っていたが、その人だけに贈ると目立つので、カモフラージュするためにその他の男性にも配った。それを義理チョコと呼ぶようになっただけの話ではないか(一瞬、この時点でお中元・お歳暮論にも触れようと思ったが、チョコレートから脱線するので、やめる)。
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繰り返すが、義理チョコの是非は政策論ではない。広く容認された社会的慣習やしきたりでもない。あくまでも個人の判断に委ねられる年に一回のパーソナルイベントにすぎない。ゆえに、是非を議論するのなら、価値論でなくてはならないだろう。価値論は「本来白黒のつかないことを、白黒をつけるべく相反する議論を交わす」。最終的には本人が決めればいいのだが、せっかくだから遊び心で是非の白黒をつけようじゃないか―こんなふうに構えて議論するならいい。アームチェアーに座ってのディベートならともかく、実社会では成人が真顔で義理チョコの是非を論争したり論評したりしないほうがよろしい。あまりにも幼すぎる。
新聞に次のような四十過ぎの男性の投稿があった。
「『義理チョコ』をもらった男性が甘いものが嫌いだったり、お返しとかで経済的にも精神的にも負担をかけたりする場合があるからです。(中略)バレンタインデーにチョコを贈るのは製菓会社の商戦と割り切り、商魂に踊らされた贈り物、特に『義理チョコ』の習慣はやめるべきではないでしょうか。」
反論の内容よりも、下線部の問いかけが詮無いことなのである。制度でも何でもないのだから、投稿者が何と言おうと、義理チョコの習慣をやめるかやめないかは当事者たちが決めればいいことだ。いや、この投稿者だって「やめるべき」という個人的な意見を述べたにすぎないという見方もあるだろう。それならば、「製菓会社の商戦」とか「商魂に踊らされた贈り物」などという「社会的な理由」にまで論点を広げなくてもいい。バレンタインデーシーズンに限らず、製菓会社はいつでも商戦を繰り広げているし、商魂に踊らされた贈り物を持ち出すのなら、ビールも海苔もハムも同じだ。そもそも企業は商戦と商魂によって商売を成立させているのである。甘いものが嫌いな男性にチョコレートを贈るように、アルコールを飲まない人にビールを贈ることだってある。それが社交や交際の常である。
義理チョコ。贈りたければ贈ればよろしい。貰いたければ黙って貰えばよろしい。経済的・精神的負担になるなら贈らねばいいし、お返しが経済的・精神的負担になるならば貰わねばよろしい。そんなことをすると職場の人間関係がギスギスするなら、つべこべ言わずに、その程度の人間関係の職場だと割り切って義理チョコを贈り贈られ続ければよろしい。なお、聞くところによると、バレンタインデーが日曜日だとほっとする人が多いそうだが、案外その点にこそ義理チョコへの本意がありそうだ。
適者生存について
2010年2月 5日 12:30
オフィスのぼくの椅子の後ろの本棚に、ジェームズ・アレンの『「思考」が運命を変える』がずいぶん以前から収まっている。最近はこの手の生き方の手引き書をあまり読むことはないが、若い頃はデール・カーネギーなどを英文でよく読んだものだ。アレンの本も二、三冊読んだ記憶がある。「思考が運命を変える」という主張に対するぼくのスタンスは賛否五分五分。思考要因もあるが、環境や風土などの構造要因もあって、思考もその枠内で決定されるはずとも考えている。
その本のまえがきには次のように書かれている。
「進化論には『適者生存』という考え方があるが、思考や行動においても、よい思考や行動が環境にもっとも適した『適者』として生き残り、悪い思考や行動は滅んでいく。」
人類の歴史全体で見れば適者生存してきたかもしれない。また、好ましい思考や行動をする者が適者として残ってほしいという願望もある。だが、悲しいかな、現実が必ずしもそのようになってはいない。馬鹿げた思考をしたり愚かな行動に出たりする者が案外うまく立ち回って生き残り、適者を従えて威張ったりしている。アレンは「原因と結果の法則は完璧な法則」と言うが、部分的・個別に見れば、好ましくない原因が成功という結果をもたらしているケースが結構目立つのだ。
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というふうに、一見アレンにイチャモンをつけたようだが、原因と結果の法則がほぼ完璧に当てはまる例がある。それは飲食業界である。「まずくてぼったくり」は不適店であり必ず淘汰され、「うまくてリーズナブル」は生き残る。顧客獲得競争にあって、前者は滅びてしまうのである。年が明けてから、出張も少ないので、プチマーケティング研究を兼ねてオフィス近くの飲食店をつぶさに観察し、実際にランチに立ち寄ってもみた。この界隈で創業してから23年目、飲食店事情には店舗側のオーナーや料理人以上に精通していると自負している。
アレンの適者生存論が見事に当てはまる。勝ち組と負け組の鮮明な構図が浮かび上がるのだ。現在は勝敗が明確になって、負け組が閉店・廃業しつつある。つまり、店舗減少期にさしかかり、少数の勝ち組が生き残って、それらの店に客が集中している状況だ。競合激化から寡占共存の様相を呈している、と言ってもよい。隣のビルの地下のテナントなどはこの一年で三回変わった。現在の店も風前の灯、まもなく消えそうな雰囲気だ。おそらく、しばらくは少数の勝ち組だけが客の常連化に成功したり、客を奪い合うのではなく分かち合って繁栄していくのだろう。勝つ者は鬼のように勝ち続け、負ける者はあっけなく滅びてゆく。
ところで、朝青龍はどうだったのだろう。最後の一事は論外だが、ある価値観から見た好ましくない行動の数々にもかかわらず、彼は頂点に君臨してきた。そういう意味では絵に描いたような「最適者生存」の例であった。だが、意に反して相撲界引退という幕切れは、彼が結果的に適者ではなかったことを意味する。彼に同情することはないかもしれないが、記者会見を見ていてぼくは思ったのだ。世界に出て行き活躍しているわが国のアスリートたちの、いったい誰があのような場面でその国の言語で質疑応答がこなせるのか。わずかに中田がイタリア語でヒーロー会見したのを知っているだけである。
見誤ってはいけない。顔は日本人のようで同じアジア人と思ってしまうだろうが、彼は騎馬民族の末裔、大草原で生まれ育ったモンゴル人なのである。思考構造は日本人とはだいぶ違うのだ。その彼の言語能力にぼくは舌を巻く。問われているのは、彼の品格や身の振り方なのではなく、相撲界という鎖国社会の中途半端な規範主義なのではないか。国技なのか国際的格闘技か? 日本固有の古典的興行なのかオープンなスポーツなのか? 自らの適者生存の危うさに気づかねばならないのは、相撲協会のほうだろう。
能力について考えた一週間
2010年2月 3日 09:00
ブログにはコメントをいただく。「ブログ上にコメントしにくい」という人たちは、メールや口頭で意見を寄せてくれる。この一週間は、まったく偶然なのだが、人および人の能力について考察する機会が多かった。言いっ放しにしておかないで、余燼が熱いうちにアトランダムに少し振り返っておこうと思う。
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昨日の、アイデア不足を精神主義でごまかす話にはコメントをいただいた。企画性の高い仕事をしている人なら誰もが経験するだろうが、アイデアは出ないときにはどんなに足掻(あが)いても出ない。現ナマの札束を目の前に置かれようと何十発の鞭に打たれようと、どうしようもない。焦る。焦ってどうするかというと、内からの叱咤激励系のコトバの鞭、すなわち「何が何でもやるんだ! 頑張るんだ!」で身体を打つ。もちろん効果などない。精神主義とは、ある意味で「玉砕的」であり「自爆テロ的」であることを知っておくべきだろう。アイデアが出ないとき、ぼくは着実な作業に打ち込む。精神に向かわず現実に向かう。一年前のレジュメを書き直したりパワーポイントのフォントや色をいじったり。とにかくコツコツ作業を積み重ねる。アイスブレークの最良の方法は作業か、散歩だと思っている。
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先週の金曜日に「ぼくは決して遅れない。足りない才能を納期遵守力でカバーするタイプである」と書いたら、「そんな心にもないことを」と言われた。「足りない才能なんて思ったことはないでしょ?」という意味である。いやはや、謙遜でも何でもないから、困った。人が一度読めばわかることを二度読まねばならないし、断片的で雑多な知識はまずまず持ち合わせているが、体系的に知を組み立てるのは苦手である。「かく仕上げたい」と思う方向に文章も書けていないし、仕事も運べていない。企画をしていながら、私塾のコンセプトを伝えるのは不器用である。ぼくは理想とする才能への道未だ険しと痛感しているのである。但し、確実にできることはその日のうちにやり遂げるようにはしている。その一つが「期限を守る」なのだ。あり余る才能があっても、期限を破ればすべておしまい。ゆえに期限を守る。
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「あ、この人、自分がわかっていないなあ」と感じることがないだろうか。たとえば、自分のことを笑わせ上手だと信じきっている人がいる。ジョークを言ったりはしゃいでみたり、タイミングを見計らっては笑わせようとする。また、間違いなく笑わせることができると確信している。もちろん彼は自分自身をおもしろい人間だと思っているから、ナルシストよろしく自分のネタにも笑う。やむなく周囲も苦笑い。こうして、彼は「オレは笑わせ上手」を生涯疑うことがない。他者が描く像と自画像の間には落差がある。「パーセプションギャップ」というが、自分はこうだと思っているほど、他人の眼にはそう映ってはいない。よく自戒しておきたい。
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いろんな会社を見てきた。いろんな経営者も見てきた。成功法則はわからない。無策でもうまくいくし、諸策万全にして潰れていく企業もある(逆も真なり)。水が方円の器に随うように、人材は組織の大小やカラーに柔軟に適合するわけではない。水も固体、液体、気体と大きく変化したり多様な顔を見せるが、人材の多様性はそれどころではない(つくづく十人十色とはうまく言ったものだと思う)。企業システムと人材には相性がある。あるシステムにどんな人材も適応するようなら、そのシステムそのものは平凡で、十人一色的特徴を持っているのだろう。システムから入るのではなく、人から入る。ぼくは「企業は人なり」よりも「人が企業なり」に分があると思っているので、人間の勉強をする。システムの勉強には熱心ではない。
無策ゆえに精神主義
2010年2月 2日 11:20
これまで多種多様な企画を手掛けてきて、自分なりにある種の確信を抱くようになった。目的・願望と手段・方策の関係には、人間の弱さからくる法則があるようなのだ。この法則は仕事だけに限らず、人生全般にも通じるように思われる。
一つのゴールに対して手段が多いとき、人は数ある選択肢を前に決断に悩む。将棋の専門棋士が語っていたが、手が多く、しかもどの手を指しても良さそうなときほど迷うらしい。アイデアが浮かびすぎて困るというケースが実際にはありうるのだ。これとよく似た経験がぼくにもある。ディベートで相手の論点が脆弱であったりゆゆしき矛盾を抱えているとき、「どんな切り口でも論法でも容易に論破できそうだ」と直観する。ところが、豊富な選択肢は最上級思考へと流れて、結果的に決断を遅らせることになってしまう。AかBかの二者択一なら、比較級思考するしかないからそれほど逡巡しない。
もっといいのは、一つの目的に一つの手段、一つの願望に一つの手立てだろう。できるできないはともかく、方法が明確な一つの場合、ぼくたちはそこに集中することができる。但し、一つの小さくて具体的な目的・願望が条件である。小さくて具体的だから、講じるべき手段も取るべき行動も明確になって功を奏しやすくなるのだ。「立派な人間になる」とか「幸せになる」などの、茫洋として掴みどころのない願いが、一つの具体的な策で叶うはずもない。
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いいのか悪いのかよくわからないが、ぼくたちはおおむね大小様々な目的を定めたがる。あれもこれもしたいという願いはどんどん膨らむ。試みに、これまでしようと思ってできなかったこと、これからやってみたいと思うことをリストアップしてみればよろしい。あっという間に一枚の紙が埋まってしまうだろう。大はマイホームから小はランチで食べたいものまで、枚挙に暇がないはずだ。同時に、目的や願望を威勢よく掲げるわりには、日々の努力が足りず、先送りしている自分に気づくに違いない。
仮に十ほどの目的や願望を列挙したとして、それぞれに「対症療法」がありうるならば、時間はかかるかもしれないが、早晩達成や実現に近づいていける可能性はある。しかし、そもそもうわべだけ「したつもりやその気になるだけの」対症療法だ、成果はたかが知れているだろう。それに、十の対症療法を小器用に使いこなして日々施していくほどの根気が続くかと問えば、大いに疑問である。
そう、願望が大きくなったり増えたりするのに比べて、それらを叶えていく手段や方策を思いつかないのが人間というものなのだ。「したいけれど怠けてしまう」あるいは「したかったけれど熱が冷めた」という万人共通の性(さが)。言い換えれば、願望にアイデアがついていかないのである。したがって、理想と現実の埋まりそうもない乖離を一気に何とかしようとして、「為せば成る!」と叫んだり「何が何でも頑張るぞ!」と精神主義に陥ってしまう。具体策があれば確実に実行する。無策だから実行のしようがない。ゆえに精神主義でごまかす。何ともならないのは、「やる気」の欠如よりも「具体的方策」の不在に負うところが大きい。
人それぞれのテーマ
2010年1月31日 10:00
休みの朝だが、少し調べたいことがあって本を読み、ついでに関連項目をネットで拾っていた。電源オフの直前、知り合いのブログをいくつか覗いた。更新頻度はいろいろあるが、みんな頑張って書いている。ぼくはと言えば、ブログを始めてから今年の6月で丸二年になる。ほとんどの読者はぼくを知っている人たちだと思われる。そんな読者のうち、数人の知人もしくは塾生は驚きを示す。驚きは、「感心する」と「呆れる」の二つの意味を含む。
感心してくれる人は褒めてくれている。表現はいろいろだが、おおむね「よくもまあ難しいテーマについて週に四日も五日も書けるものですね」に集約される。呆れる人は必ずしも貶しているわけではないのだが、なぜもっと小さな記事にしたり写真を入れたりしてフレンドリーにしないのかという意味を込めて、「よくもまあ難しいテーマについて週に四日も五日も書けるものですね」と評するのである。そう、いずれの人たちもコメントの内容は変わらない。
ぼくの筆頭読者はぼく自身なのである。まず自分のアタマを整理するために文章化している。文章化の第一義は、あくまでも考えを明快にして筋道を通すためであり(できているかどうかは別問題)、それをメッセージにして第三者に伝えるのはその次の段階だ。「よくもまあ難しいテーマ」と言われるが、難易の感じ方は人それぞれである。また、ぼく自身小さなノートにメモしている事柄を発展させた話が中心なので、自分ではまったく難解なテーマだとは思っていないし、よそ行きにアレンジしているわけでもない。
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ぼくだって問い返したい、「よくもまあ、自分のことや身の回りのことなど、どこにでもありそうな話を毎日毎日書けるものですね」と。昨日は誰々と飲食し、会社では何々をして、自宅で子どもや犬と遊んで、風呂に入って寝た、明日から旅行だ、楽しいな・・・・・・このような体験と感想の羅列だけなら、ぼくなどもう何も書けなくなってしまう。ほとんど毎日がきわめて日常的な「ケ(褻)」の連続で、非日常的な「ハレ(晴れ)」などめったにないから、たちまちネタ切れを起こしてしまうに違いない。
辛辣なアイロニーのつもりはない。若い頃何度も日記に挑戦したが、日々の出来事や思いを徒然なるままには書けなかったのだ。明治の文豪たちの筆致、たとえば「檜屋にて山本と飯を食らふ。日高くして酒を一合ばかり煽(あお)る。ほろ酔い気分の儘、外気に触れるや否や小便を催すなり」のような文章が、精細に丹念に筆書きされたのを羨ましく眺めたものである。平凡な日常を観察する習性を持ち合わせてはいるが、そこまで接写的に感想を連ねるのは苦手だった。やむなく、気づいたり考えたり想像したりすることを書くようになったのである。
作家の阿刀田高も講演で同じようなことをユーモラスに語っていた。正確には再生できないが、「自分はミステリーなどの創作ばかりを手掛けている。創作は大変だろうと同情されるが、そんなことはない。自分からすれば私小説なるものを書く人間のほうがずっと大変だと思う」という話があった。まったく同感なのである。「私」の視点から日々の行いや小さな事件や思いつきを真面目に書き綴ることはぼくにはできない。
自分のこと、身の回りのことを諄々と書く私小説家には、マンネリズムにびくともしない逞しさを感じてしまう。「朝六時半に起きた。寒い朝だ。トイレに立って小便をする。洗面で髭を剃り顔を洗い髪をセットして着替え、妻とトーストを食べた。昨日はイチゴジャム、今朝は黒ゴマペーストであった」。仮に一度こう書いたら、別のページで二度と同じことを書けない。また、この程度のことを文飾豊かに言い換えようとも思わない。ゆえに、ぼくは体験や知識から触発された考えや意見を主として書く。それならいくらでも書けるからだ。決して偉ぶっているのでもなければ、私の日々を徒然記す作者を馬鹿にしているわけでもない。「テーマは人それぞれだ」と思いなしている次第である。
書きたいこととタイミング
2010年1月29日 15:00
非売品を別として、ぼくが公に上梓した本は二冊。二冊目を書いてからすでに十数年が経過する。「なぜ本を書かないのか」と聞かれること頻繁であり、「なぜ書けなくなったのか」と失敬な(?)詰問を浴びせられたこと一、二度ではない。本が書けないならブログも書けないはずではないかと反論したいところだが、これは反論になっていない。なぜなら、本を書くこととブログを書くことの間に緊密な連鎖関係があるとは思えないからだ。
わが国のブログ投稿数は世界一。しかし、本も同時に書いているブロガーはごく一部だろう。また文筆・著作で飯を食っているプロの誰もがブロガーであるわけでもない(あれだけ多忙で自著の多作な茂木健一郎が英文も含めて三、四種類のブログを毎日午前七時台に更新しているのは驚嘆に値する)。それはともかくとして、ぼくは本を書かないと決めたわけでもなく書けなくなったわけでもない。事実、こうして綴っているブログ記事を発想ネタとして原稿を編集したり推敲しているし、まったくブログで公開する意図のない文章もせっせと書いてもいる。書く気は大いにあるし、いつでも書けるようスタンバイしている。ただ、心理や経緯はどうであれ、ここ十数年書いていないというだけの話である。
この十数年編んできた研修・私塾用テキストの総数は、書籍にすれば優に三十冊に達するだろう。何でも出版すればいいというわけではないが、気に入ったものだけを厳選しても確実に五、六冊にはなる。実を言うと、見えない読者を想定して本を書くよりも、目の前にいる聴き手に語るほうに力を入れてきたまでである。語りと著作は両立するのだが、一方的に語りに傾いたという次第だ。なぜそうなったのか。二冊目の後に書き始め、原稿が半分以上完成した時点でストップした一件がきっかけになっている。
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出版社も決まっていた。テーマも仮題ではあるが方向性は明確になっていた。それは、当時世間を騒がせていたカルト宗教や霊感商法や詐欺などで素人を罠に嵌める悪人ども、さらには今で言うパワーハラスメントや業者泣かせの企業や詭弁・屁理屈で弱者を虐げる連中に負けない「強い論理と賢い眼力」にまつわるテーマである。ぼくがディベートを熱心に指導していた頃なので、とある出版社がやって来て、「実践的なディベート技術の本を書きましょう」ということになったのだ。
手元の原稿には仮題が二案記されている。一つは、『眼力を鍛えるサバイバル・ディベート』(帯の案として「悪徳商法、強引な勧誘、ゴリ押し説得を論破するテクニック」)。もう一つは、『世紀末を生きるディベート武装術』。後者のほうが最終案になったような記憶がある。なにしろ全ページ分の素材がメモ書きしてあるし、章立ても詳細な目次も出揃っていて原稿も半分できているのだ。章だけ紹介すると、第1章「是非を見分けるディベート発想」、第2章「あなたの近くに忍び寄る世紀末症候群」、第3章「悪意や虚偽に負けない看破と論破のテクニック」、第4章「人生の歯車を狂わせない自己危機管理」。
今なら絶対に用いないと思われる表現が目次の小見出しで踊っている。少々ではなく、だいぶ気恥ずかしい。ともあれ、計画は中止になった。出版側が挫折したからでもなければ、原稿が遅延したからでもない(ぼくは決して遅れない。足りない才能を納期遵守力でカバーするタイプである)。出版社の社長と話をして、「この本は時節柄ちょっとまずいのではないか」ということになったのである。恫喝や脅迫、場合によっては物理的嫌がらせすらありうると考えたのである。さほどその類の恐怖の影に怯えることはないが、結果的に断念することにした。前後して、「正論」を吐いた人たちが悪意ある連中に威嚇された事件が相次いだので、中止は賢明な判断だったのだろう。
その出版企画の話をしたら、「完成させましょう」と言ってくれた人がいる。もう結構、一度外したタイミングへの未練は禁物である。人はなぜいともたやすく騙され、疑うよりも信じることに走り、誰が見ても胡散臭い人物に傾倒し、ありえないほどうますぎる話に乗っていくのか・・・・・・正直言って、今も関心のあるテーマだし、いつの時代も「旬」であり続けるだろう。しかし、寝食忘れてまで執拗に追いかけてこそテーマが意味を持ち、書くに値し書きたくてたまらないテーマへと昇華する。今はこのブログを書きながら、「よし、これだ!」というテーマとタイミングを狙っている。そして、タイミングがテーマよりも重いことを痛感している。
巨人の肩に乗っているか?
2010年1月28日 11:45
「巨人の肩」の話、知っている人なら読売ジャイアンツの豪腕投手の肩でないことはお分かりだろう。これは万有引力でおなじみのアイザック・ニュートンの言だ。「もし私がより遠くを眺めることができたとしたら、それは巨人の肩に乗ったからである」とニュートンは言った。巨人の肩とは、人類が引き継いできた知の集積の比喩である。
人はこの世界に手ぶらで生まれてくるが、まったくのゼロ状態ではない。すでに遺伝子の中に数百万年前の人類とは異なる、「進化した可能性」を秘めている。他の動物と大きく隔たる潜在能力を発揮できるかどうかは別問題としても、何がしかの踏み台を保有していることは間違いない。やがて、学習と経験を通じて知識を蓄え世界を少しずつ広げていく。具体的に言えば、学校にはカリキュラムという踏み台があり、図書館や書店には書物という踏み台がある。こうした踏み台は時代を追うごとに性能がよくなり高くなっていく。
この踏み台が巨人の肩なのである。ぼくたちは地面に立って世の中を見渡す必要はなく、先人たちの知をうまく活用して一気に高いところから展望する機会に恵まれている。江戸時代の寺小屋で学ぶ子どもたちも誰かの肩に乗っただろうが、肩の高さがだいぶ違う。いつの時代も、後世は前時代までの叡智を活用できる。しかも、巨人はどんどん大きくなり数も増えていくから、理屈の上では人類はより遠くより広く世界を眺望できるようになっていくはずだ。
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だが、話はそう簡単ではない。たとえば物理学の世界。なるほど相対性原理は人類史上最大級の巨人だから、その肩に乗れるアインシュタイン以後の物理学者の望遠力は、アインシュタイン以前の先輩を圧倒しているだろう。けれども、これら先輩たちは別の巨人の肩に乗っていたわけで、自分たちよりも後にさらに大きな巨人が現れることを想像することはできなかった。つまり、残念がりようがなかった。素人考えでは、アインシュタイン以前と以後で学徒の研究労力は天と地ほどの差があるように思える。
言語学ではソシュール、哲学ではデカルトなどのように、歴史の節目となる巨人があらゆる分野で出現した。発明なら、火薬、羅針盤、活版印刷、蒸気機関、自動車、コンピュータ・・・・・・。そのたびにより大きな巨人の肩へと乗り移ってきたわけだが、そのように乗り移って際立った望遠力と視界を手に入れたのは、一握りの人々に過ぎないのではないだろうか。たとえば、書物を読まず文書も残さず、ただひたすら論争だけに明け暮れたソクラテスの肩をぼくたちはうまく乗りこなせていると言い切れるか。
いや、逆に、巨人の肩に乗ることによって知の重要な何かを落としてしまっているフシがある。人類全体に関してはニュートンの言う通りかもしれないが、個としての人間の能力はここ一万年、確実に高まったと言いうるかと問えば、ぼくは少し怪しい気がしている。すぐれた巨人の肩に乗れる後世の人々がつねに優勢であることを示す証拠は乏しい。ソクラテスばかりで恐縮だが、文字を通さずに誰が何を語ったかを逐一記憶して議論するなど、想像を絶する知力ではなかったか。
巨人がいても、肩に上らねばしかたがない。仮に肩に乗っても見渡さなければ意味がない。巨人の肩はいくらでもあるし、いつでも乗せてくれるのだが、乗ろうとしない時代のようである。現在、月平均読書量が一冊以下の人々が過半数を占めるらしい。本一冊読むのに重い腰を上げねばならないのだ。巨人の肩に乗って遠くを見晴らす以前に、現代人はまず肩に乗ることから始めなければならないようである。
正解は創り出すもの
2010年1月27日 14:30
悩ましいテーマを取り上げる。時代も市場もいっこうに晴れ間を見せず、みんな迷っている、みんな困っている。講師仲間は言う、「講演も研修も半減した」と。ぼく自身もそうだ。減りこそすれ、増えてはいない。東京のメーカー系中小企業の社長が語っていた、「昨年は一昨年より20パーセントダウン、今年は昨年の20パーセントダウンだ」と。つまり、この下降ぶりでは、三年で売上が半減することになる。ゆゆしき死活問題である。環境を変える力のない個人は、己の身の処し方によって生き延びるしかない。動物界ではそれが常である。
「ピンチはチャンスなんだ」という自己暗示も「ピンチをチャンスに変えよ!」という叱咤激励も、なんだか気休めのように聞こえてくる。気だけ急いても精神力を逞しくしても、人には自力(=地力)というものがある。火事場の何とか力が発揮されることはあるだろうが、いかにも心細い可能性に賭けるわけにもいくまい。つまり、できることとできないことの分別なくしては、どんなに何かを信じてもどんなに気合を入れても限界があるのだ。
講師業の先輩にA先生がいる。この人のポリシーは単純明快で、古典的な「入りを量りて出ずるを制す」を実践している。収入であれ資源であれ、持ち分の範囲で生活設計を立てることだ。単なるケチではない。身の程を知って、分相応に自力を発揮するような意味である。ただ、この先生は少々極端で、「出ずる」要因すら徹底的に排除する。行き着くところは自給自足になってしまうだろう。実際、都会から田舎に転じてそれに近い生活をしておられると聞く。入りを量ることはするけれども、入りを促す策すらいっさい講じない主義である。
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塾生のTさんが、「今年はアグレッシブ」を宣言し、最近のブログでは「攻撃は最大の防御」をうたっていた。同じく塾生のMさんは「景気の悪い年は、遠慮をするな、金を使え」と書いていた。これまでやらなかったことをするのだから多少の勇気はいる、宣伝広告や接待、研究開発に投資しておけば、景気回復さえすれば生きてくるという論拠だ。二人ともぼくよりも経営に精通した経営トップである。だから、単純に「ピンチはチャンス」と考えたうえでの主張などではない。賢明だから「ピンチはピンチ」という腹積もりもあるだろう。
どんな事態を前にしても、リーダーの進む道には、自分で事態を解釈して決断を下す以外の選択肢はない。正解があってそれを探しに行ったり誰かに教わるのではなく、正解を自ら創り出すのがリーダーの本分である。うまくいくかどうかはわからない。だから企業経営にはプロフィット(益)もあればロス(損)もあるのだ。ただ、ぼくは思うのである、攻めるか守るかの二者択一などではないと。Tさんには、アグレッシブ(攻撃的)でもなくディフェンシブ(防御的)でもない、プログレッシブ(進歩的)という道があると伝えた。守りながら攻めの手を睨む、着実な一歩一歩という方法だ。Mさんには、攻めの広告でもなく守りの無広告でもなく、累積的な広報(パブリックリレーションズ)があると伝えたい。
攻めるか守るかという決断は、一対一という戦いでの話なのだ。そこにはすでに地力の力関係がある。守勢に立った弱者には勝ち目はなく、逆転の目があるとすれば強者がミスをする場合に限る。ところが、ぼくたちが現在置かれている市場環境は決してマッチプレーなのではない。それどころか、誰かと戦っているわけでもない。不確実な市場環境にいる顧客との関係づくりをどうしていくかというテーマなのである。
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一対一の関係はもとより、ありとあらゆる状況に対処する正解創造の法則は、おそらくジタバタもせずグズグズもせず、腹を据えて自力をきっちりと用いることなのだろう。二十代半ばの頃、このことをぼくは勝海舟の『氷川清話』の一節から学んだ。
「一たび勝たんとするに急なる、忽(たちま)ち頭熱し胸踊り、措置かへつて顚倒(てんとう)し、進退度を失するの患(うれい)を免れることは出来ない。もし或は遁(のが)れて防禦の地位に立たんと欲す、忽ち退縮の気を生じ来たりて相手に乗ぜられる。事、大小となくこの規則に支配せらるのだ。」
平易に解釈してみよう。一丁やってやろうと気張ってアグレッシブになると冷静さを失い、やること成すことが裏目に出てしまい、にっちもさっちもいかなくなる危険に陥る。かと言って、綱渡りは御免とばかりに守り一辺倒になると、今度は意気がしぼんでしまって、相手(もしくは環境)のペースに嵌まってしまう。世の中はだいたいこんなふうになっている。
攻めか守りかではなく、攻めと守りの両方を臨機応変に行ったり来たり、時には併用する策こそが正解なのだろう。そして、表現を変えて繰り返すならば、その正解を創り出すのは、強がりな可能思考なのではなく、不可能をあらかじめ潔く認めておく「沈着冷静な可逆思考」なのだろう。
今日と明日のつながり
2010年1月26日 10:15
寝て目が覚めたら朝がくる。今日があって、昨日が過ぎて、おそらくまた明日がくる。こんなふうに日々が巡り、平均すると三万回前後繰り返すと、やがて朝のこないその日を迎える。大人なら誰もが重々承知しているはずの命の生滅の摂理。しかし、そのことを日々自覚して「今日この日」を憂いなきようしっかりと生きることは、頭で理解しているほどたやすくない。
「今日すべきこと、今日できることを明日に延ばすな」とよく教えられたものである。共感するに値する律儀な人生訓だが、根っからの怠け者やグズにとってはハードルが高い。おそらくこうした連中が「明日があるさ」と楽観的に今日から逃避し、分別ある良識人がわけの分かったような顔をして「あくせくしなくていいじゃないか」とグズを励ますことになる。♪Que será s
のんびりとスローライフで日々を過ごせれば本望だ。だが、ぼくたちは社会の中で複雑に編み込まれた共生関係を生きている。そこには必然ルールが存在する。大半のルールは怠け者やグズを戒めるように作られているから、今日できることを今日済ませるほうが望ましく、今日できることをやみくもに明日に先送りすることを歓迎しない。そして、ぼくの観察であり経験からくる法則だが、今日できることを今日パスして、明日に何とかしようと目論む者ほどスローライフから程遠い日々を送っている。どちらかと言えば、自力を用いて潔く決断し、明日に仕事を持ち越さない心構えが余裕を生む。
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うつ病の人たちへの処方を元気な人間が都合よく利用する。「頑張らなくていいんだ、明日でいいじゃないか」―ぼくも自律神経が失調気味になった四十代半ばから五十前後にかけては、時折りそのように心身を緩めるようにした。だが、過度の頑張りもよくないが、都合の良すぎる弛緩も都合が悪い。そういう体験から、「きついリハーサル、楽々本番」をモットーにしてきた。人前では頑張らずに余裕綽々、しかし一人になれば緊張感を漲らせて仕事に励み大いに勉強する。
いずれにしても、何事も程々がいいのだろう。ぼくの知り合いに涙腺の甘い感動人間が何人かいるが、束の間の感動ぶりは見事である。ところが、今日の大いなる感動はなかなか明日に続かない。次の日には余燼すら消えうせて、昨日はまるで何事もなかったかのようにけろりとしている。今日を明日につなげることはままならない。ぼくたちは油断すると点を生きることに偏し、昨日を今日に、今日を明日にとうまく線的に生きることに不器用である。
今日なくして明日がないのは否定できない。「今日がダメなら明日があるさ」は慰めで、今日がダメならだいたい明日もダメだろう・・・・・・と、昨夜こんなことに考えを巡らしていて、次のようなアフォリズムを作ってみた。
一手間かけない怠け者。
一日の面倒を惜しんで三日を無駄にする。
怠け者は変化しないことによって怠け者であり続け、知恵ある者は変化し続けることによって知恵者であり続ける。


