その時、たしかに時間はゆったりと流れていた。もちろん食事に満足したのは言うまでもない。しかし、時間も至福であった。
2006年9月の終わりから10月半ばにかけて、フランス、イタリア、スイスを旅した。イタリアでの拠点はミラノ。ある日、北東へ列車で約1時間の街、ベルガモへ出掛けてみた。正確に言うと、この街は二つのエリアに分かれている。駅周辺に広がる新市街地のバッサ(Bassa="低い"という意味)と、中世の面影を残すアルタ(Alta="高い"という意味)だ。バッサはアルタへ向かうバスから眺めることにし、ケーブルカー駅へと急いだ。ここから標高約336メートルの小高い丘アルタへ。
足早に街を散策する。ランチタイムに地産地消のスローフードを堪能しようとするくせに、「足早」とは日本人特有の習性か!? 情けない。なにはともあれ、しばらくしてベルガモ名物料理店らしきトラットリアに入る。ハウスワインの赤を頼み、じっくりとメニューから三品。どれも一品千円見当である。
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〔左〕お店自慢のご当地チーズの盛り合わせ。芳醇な風味が鼻に広がり、舌と喉元に滲みていく。〔中央〕前菜は生ハムとサラミの盛り合わせ。濃い赤身の薄切りは濃厚な猪の肉。脂身のハムは見た目はガツンときそうだが、思いのほか淡白だ。〔右〕餃子のようなラヴィオリの一種。うろ覚えの記憶ではアニョロッティ。ひき肉、チーズなどを詰め込んでいる 。
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以上のスローフードにたっぷり2時間。日本では考えられない間延びした時間だ。ちなみに"slow food"はイタリアで造語された英語。イタリア語では"cibo buono, pullito, e giusto"というコンセプトで、「うまくて、安全で、加減のよい食べ物」というニュアンスになるだろうか。
かつてのイタリア料理のように大量の前菜、大量のパスタ、ボリュームたっぷりのメイン料理にデザートとくれば時間がかかるのもわかる。しかし、これもすでに過去の話。一品か二品をじっくりと2時間以上かけて食べるイタリア人カップルやグループが多数派になりつつある。現在イタリアでもっとも大食なのは日本人ツアー客だ。朝も昼も夜も大食いである。残念ながら、ドカ食いとスローフードは相容れない。大量ゆえに時間がかかってしまうのと、意識的に時間をかけるのとは根本が違う。
スローフードは"slow hours"(のろまな時間)であり、ひいてはその一日を"slow day"(ゆっくり曜日)に、さらにはその週を"slow week"(ゆったり一週間)に、やがては生き方そのものを"slow life"にしてくれるのだ。
ベルガモの体験以来、ぼくの食習慣は変わっただろうか? 正直なところ、まだまだ道は険しい。でも、少しずつではあるが、毎回の食事に「時間」という名の、極上の一品をゆっくり賞味するよう心掛けるようになった。



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