2008年10月アーカイブ

縮みゆくマーケット

2008年10月31日 18:00

 昔々の話。「隣の村まではどのくらいかのう?」と旅人がたずねれば、「そうさな、三里ばかりってとこかな」と村人が答えた。時間ではなく、距離で表現した。こんな時代が長く続いたが、今から40年前、突然「距離の破壊」もしくは「距離の短縮」という概念が登場した。

 世界的規模の交通網の発達により、距離はキロメートルという単位から時・分・秒という単位で計測されるようになる。国内においても新幹線や特急の高速化に加えて高速道路の整備で都市間の距離が縮まる。「時間地図」なるものも作られた。その地図によれば、大阪のすぐ東側に東京がくっついていて、物理的距離が近いはずの和歌山の新宮が大阪のはるか南方に位置していた。

 大阪の市街地から新宮までは距離にして約265キロメートル。他方、東京までは約550キロメートルだ(距離だけを見ても、同じ近畿内の新宮までが東京までの半分近くに達しているのにはあらためて驚かされる)。現在、大阪-新宮間は特急で3時間42分。これに対し、大阪-東京間は新幹線で2時間33分。飛行機を使えば、リムジンバスや待ち時間を加えても2時間程度だ。

 近畿一円をマーケットとしてとらえるよりも、大阪と東京を一つのマーケットとして見るほうが理に適っているだろう。だが、こんな解析はほとんど意味を持たない。なぜなら、以上のことは人の移動や物流に限られた話であって、ウェブではいつでもどこでも無形ソフト財をバーチャル移動させることが可能だからである。ウェブ上では、距離は完全に破壊され、時間もゼロに向かって縮む。そこには底無し沼のようなたった一つのマーケットが存在するだけである。

☆ ☆ ☆

 このような現象はマーケットの広がりと呼べるのだろうか。実は、マーケットは広大になったのではなく、凝縮されたのである。これまで広範囲にあちこちに点在していた店や商店街が一ヵ所に集められ、空恐ろしいほどの密度で商売をしているような状況だ。高密度集積回路のようなマーケットにあって、売り手と買い手の遭遇はほとんど偶然のごとき様相を呈する。

 効率よくマーケットにアクセスできる売り手側ではあるが、買い手もオプションを増やした。従来なら購買の検討の余地すらなかった遠隔地の売り手と縁組ができるのである。売り手にとっては、かつて競合しえなかった同業者もライバルになった。少々派手な露出をしても目立たなくなった。

 この縮みゆくマーケットは、ウェブ世界が初めてではない。その昔、都心部にはおびただしい数の店舗が集積した。商店街や公設市場は賑わっていた。そのマーケットのど真ん中あるいは周辺に大型店が参入し、過密化に拍車をかけた。顛末はご承知の通りだ。商店街はシャッター通りと化し、市街地の空洞化が始まったのである。焦った商店主たちはマーケティングの基本原則を置き去りにしてしまう。

 縮みゆくマーケットの渦中でビジネスを展開するとき、負け組へと墜ちた商店主たちを教訓にするべきだろう。彼らは、真の顧客を忘れて不特定多数を相手にし、品質よりも便利を売り物にした(これではコンビニに勝てるはずもない)。奉仕よりも儲けを優先し、店の個性をかなぐり捨てた(まるでセルフサービスのカフェだ)。品質と個性に支えられたプロフェッショナルの誇りこそが、過密マーケットを生き残る差異化だと、ぼくは考えている。   

『聞術(もんじゅつ)』というリテラシー

2008年10月29日 08:00

 ある人が提言する。現状の問題を取り上げて改革案なりを唱える。提言内容を別の誰かが検証し、しかるべき問いかけをしてさらに具体的な説明を求める。このような「検証-尋問-応答」という論戦ゲームを研修の論理実習でおこなっていて、一つ重要なことに気づく。

 それは、人というものがどれだけ他人の話を聞いていないか、という点である。よくもまあ検証の対象を見事に外すものだ。必然尋問が明後日の方向に流れ、わけのわからないことを尋ねられた提言者が応答に戸惑い右往左往してしまう。提言に接合しない検証者に非があるのだが、弱気になる提言者が議論の中身をなおさらお粗末にしてしまう。

 話すのに比べて聞くほうが難しいという事実は、外国語の学習を通じて体験する。自分が考えていることを自分の語彙の枠組みの中でこなせるのが「話す」という行為である。しかし、「聞く」という行為の対象範囲はべらぼうに広がる。知らない語彙や知識を聞かねばならないのだ。不幸なことに、話は発せられた直後に消える。議論のさなかにあっては、「ちょっと待った」と遮って話の内容を再生することなどできない。

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 聞くことがこんなに挑戦的な課題であるにもかかわらず、ぼくたちはそのスキルを真剣に鍛えようとしてこなかった。「聞き上手のすすめ」という類の指南がないことはない。だが、指導者と学習者双方が「話し方」に注ぐ膨大なエネルギーの足元にも及ばない。話術や話道があって、なぜ「聞術」や「聴道」は存在しえないのか。

 「聞く? そんなものにコツなどない」などと片付けられる。しかし、話すのには特殊なスキルが必要で、聞くのに技術などいらないなどというのは錯覚だ。こんな安易な姿勢がリテラシーにつまずく原因になっている。幼児期から少年期の言語体験を思い起こせばいい。聞く・読むという認知の質と量があったからこそ、話す・書くという表現の質と量につながったのだ。

 さらに悪いことに、人は人間関係上の力学によって傾聴の度合を変える。自分より格上の人の話にはとりあえず耳を傾けるが、相手が格下と見るやろくに話を聞かずに適当な相槌で済ます。横柄な態度は傾聴を「軽聴」にしてしまう。

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 かくいうぼくが聞くコツを処方できるのか。偉そうな意見を垂れながらも、精神訓としてはひとまず「一所懸命に聞く」としか言えない。「どんな話も初耳のように聞き、全身を耳にして聞いて聞いてひたすら聞く」としか言えない。「な~んだ」というため息が聞こえそうだが、ポイントが四つある。

 (1) キーワードと多義語(曖昧語)をしっかりと聞き、(2) 聞いているメッセージを箇条書きの要点メモに取り、(3) そのメモをできるかぎり画像(イメージ)に変換し、(4) 「ほんとうにそうだろうか?」と批判的フィルターをかけるのである。冒頭の「提言vs検証」というような議論においては、これらのポイントが効果的なのは実験済みだ。

 原則として人間関係は聞くことによって成り立っている。よく話すことよりもよく聞くことのほうがコミュニケーションの線をよりいっそう長く引くことができる。聞術こそがクリエーティブな話力の下支えになる。現在、傾聴をテーマにした新しいリテラシー『聞術』の構想をあたためているところだ。  

ヒューマンリテラシーの核

2008年10月28日 08:30

 「ノリヒビ」ということばを聞いたことがあるだろうか。「海苔ひび」。海中に立てる竹や粗朶(そだ)という木の棒である。この棒に胞子を付着させて海苔を養殖する。最初は遅々として目立たないが、やがてしっかり定着すればみるみるうちに海苔が繁殖していく。

 何かが大きく成長するためには、この棒のような核が必要で、学んだことがどんどんまつわりついていかなければならない。ノリヒビはそんなたとえにも使われることがある。ヒューマンリテラシーにとって、ひびや胞子に相当するスキルとはいったい何だろうか。

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 学び手と学習メニューの関係は、身体とサプリメントの関係に似ている。毎日の食事さえバランスよくきちんと摂り、ほどよく運動して筋肉を鍛えていればおおむねオーケーとは、良識ある専門家が異口同音に唱えている。しかし、栄養に過多や偏りがあると体力に不安を覚え体調異変を感じる。そんなとき、とりわけ中高年はサプリメントに依存する。

 ぼくも例に漏れない。ウコンに卵黄ニンニク、納豆キナーゼにノコギリヤシ、マルチビタミンや各種ミネラルを試してみた(通販で買ったお陰でフォローの電話攻めにもあった)。やがて主客転倒していることに気がついた。栄養源は水で流し込むのではなく、よく噛まねばならないのではないか。きちんと食事をして年齢相応に身体を動かし、歩き、ストレッチをする。そういうふうに生活スタイルをシフトした。

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 ヒューマンスキルのサプリメントには何がいいのか。世の中には学習メニューが目白押し。摂取しても摂取しても効き目を実感していない人たちも多い(学習メニュー提供側のぼくとしても、大いに反省しなければならないと思っている)。

 食事同様、学習サプリメントはあくまでも副である。サプリメントとはもともと「補足」という意味だ。不足を補うものであって、主たる存在ではない。毎日の食事が主であるように、もっともよく使うスキルこそが主ではないか。そう、ヒューマンスキルの主食は「言語」なのだ。言語こそがノリヒビであり、ぼくたちは幼少の頃から「ことばの胞子」をずっと養殖してきた。

 日々振り返れば、生活も仕事も読み・聴き・話し・書くで成り立っている。言語の四技能というリテラシーを駆使して一日を過ごしている。いかなる専門スキルも言語の核にまつわりつく。肝心要の言語力が乏しければ、知識や情報を大量に取り込んでも定着しないのだ。 

週刊イタリア紀行No.15 「ルッカ(1) 城壁とプッチーニ」

2008年10月26日 22:00

 どの季節にその街を訪れるか。一人で行くか、誰かと行くか、団体で行くか。そこにどのくらい滞在するか。街のどこを見るか。他のどの街を訪問したあとにそこに行くのか、その街の次に訪れる街はどこなのか。条件によって街の印象は大きく変わる。そう、街との出会いは運命的なのである。

 数え切れないほどの特徴の組み合わせがあるにもかかわらず、紀行文はごくわずかな一面しかとらえ切れない。街の印象をしたためるのは個々の旅人の自由だ。そして、旅人の印象はたぶん偏見に満ちている。おっと、これは批判ではない。国勢調査員のような旅人であってはいけない、という意味だ。ルッカ(Lucca)についてぼくがこれから綴る内容も、実体を写実的に描写するものではなく、印象のスケッチにすぎない。

 前回、前々回のアレッツォと同様、ルッカが定番のイタリアツアーに入ることはまずない。オプショナルツアーとしても考えられない。フィレンツェから西へ準急で約2時間―これが、この街に出掛けてみようと思った「ホップ」。オペラ『蝶々夫人』のプッチーニの生まれ育った街―これが動機の「ステップ」。最後の決め手になった「ジャンプ」は、ルッカが戦争を知らない、イタリアでも稀有な街であることだった。思いを三段跳びさせないと、ルッカに行ってみようと決断するのは難しい。

 ルッカはトスカーナ州の北部に位置する、ローマ時代から続く歴史ある街だ。12世紀初頭に自治都市になり、16~17世紀に城壁が建設された。今も旧市街は高さ12メートルほどの城壁に囲まれている。完璧な城壁があったから戦火に巻き込まれなかったのではなく、まったく偶然の幸運だったようだ(地理的に恵まれたという説もあるが、ぼくにはよくわからない)。

 ルッカの駅に着くと、通りを挟んですぐに城壁が見える。遊歩道に沿ってドゥオーモから街へ入り、ナポレオン広場、サン・ミケーレ広場、中世の家、プッチーニの生家、円形競技場跡など主だったところを徒歩でくねくねと辿っても2キロメートルにも満たない。なにしろ街を取り囲んでいる城壁の長さが約4キロメートルだから、とても小さな街なのである。それでも縦横に伸びる細い通りで迷ったり、プッチーニの生家にはなかなか到達できなかった。いろんな人に尋ねながら歩いた。ルッカの人たちはみんな笑みをたたえた親切な人ばかりであったが、プッチーニの生家を示す指の方向はみんな違っていた。

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Toscana1 245.jpgToscana1 249.jpg〔左〕ルッカの駅から一本大きな通りを渡ると城壁が見える。サン・ピエトロ門をくぐり城壁に上がる。〔中央〕城壁の上は幅7、8メートルの遊歩道になっていて街を囲んでいる。〔右〕城壁の外側はグリーンのベルトがびっしりと埋め尽くされている。

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〔左〕大聖堂(ドゥオーモ)は「カテドラーレ・ディ・サン・マルティーノ」。聖マルティーノはルッカの守護聖人である。ロマネスク様式の1階ファサード部分の3つの大きなアーチが特徴とされる。〔右〕ファサード前がサン・マルティーノ広場。この日のルッカは、課外授業らしい中高生の団体や小グループの観光客で賑わっていた。いつもこんな賑わいなのだろうか。  Toscana1 213.jpg Toscana1 216.jpg Toscana1 217.jpg

〔上〕ナポレオン広場。戦争を知らないルッカだが、19世紀初頭にナポレオンの妹エリーザが収める公国になった。広々としたこの広場が気に入り、ピザを買ってきてここでランチ。〔左〕ファサードがドゥオーモと似たロマネスク様式のこの建物は、サン・ミケーレ・イン・フォロ教会。フォロ(foro)というのは公共広場跡のこと。〔右〕街と市民の生活の中心となるサン・ミケーレ広場。この広場がローマ時代の遺跡を利用してつくられた。

Toscana1 236.jpg Toscana1 241.jpg〔左〕街角で見つけたカフェは、その名も「カフェ・プッチーニ」。〔右〕サン・ミケーレ広場から100メートルほど歩くと、プッチーニの像が現れた。

Toscana1 244.jpg Toscana1 243.jpg〔左〕最後に出会ったおじさんが教えてくれたプッチーニの部屋。〔右〕大理石の銘板にもしっかりそう書かれている。 

学び学でリテラシーアップ

2008年10月24日 12:00

 手っ取り早く役に立つハウツーばかりに目を向けずに教養を身につけよ。いや、社会に出れば教養なんぞよりも実践的ハウツーだ。このテーマは議論伯仲すること間違いない。しかし、生意気なようだが、ちょっと一段高いところから見れば、どっちも正しいのだ。

 精読か速読かという本の読み方にしても、いずれかが他方よりすぐれているわけではない。どちらにもそれなりの意義がある。読書という一種の学習行動は、青二才的に言うと、自己を高めるためである。精読だけが自己鍛錬の手段ではなく、即席ハウツーをスピーディに読みこなしていっても何がしかは身につくものだ。

 良し悪しは別にして、ぼくは独学主義者である。ここで言う独学とは、本や人から学ばないということではない。本や人から初歩的な手ほどきを学んだら、あとは自力で学ぶという意味である。独学の必要性は英語学習を通じて身に染みた。高度なレベルに達するには、早晩鍛錬の方法を自己流にシフトしなければならない。それならば、初心者の頃からその志で進めるほうがいい、と考えたのだ。

 先日このブログで紹介した拙著『英語は独習』もそんな動機から書き綴った。英語は独習できる、いや独習しかないという信念は今も健在である。強気なようだが、たいていのテーマは独習できると断言してもいい。

 拙著の出版当時、友人の一人に献本した。「なかなか読み応えがあるし、勉強になったよ」とうれしいコメントをしてくれたが、続けて「でもなあ、独習と言いながら、独習の方法を教えているのは矛盾じゃないか」と批評された。う~ん、これは微妙な感想なのだが、決して矛盾ではない。学び方を知らない人に学び方を手ほどきしたとしても決して独習論とは対立しない。独学のスタートを切るには、動機づけと初動のための方法が欠かせない。

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 ここ数年、ぼくは「学び学」というテーマを強く意識している(ほんとうは「学学」と表したいのだが、「ガクガク」と読まれては困る)。これは「手ほどき学」でもある。根底にある考え方はリテラシー。しかも、どちらかと言えば、言語能力と活用スキルを重視する、読み書き算盤的な「古典的リテラシー」だ。大仰なものではない。ちょっとした一工夫でその後の学びの成果が天と地ほど違ってくる。成果が天の方向になるように、学びの出発点で背中を押して初動エネルギーを集中させてあげるのだ。昔の人たちは、これを「指南」と呼んでいた。あくまでも手ほどきであり、一生面倒を見てあげるというものではない。

 どんな仕事をするにしてもリテラシー能力が問われる。そして、人間というのは頼もしいことに、リテラシーを高めようとする本能を備えている。知への好奇心、これをぼくは「知究心(ちきゅうしん)」と呼ぶ。一から十までそっくり誰かから学んでどうなるものか。最初の一つだけ学び方の手ほどきを受けたら、知究心を逞しくしてさっさと二からは独学に励む。機を見て、リテラシーアップにつながるヒントを本ブログで紹介していこうと思う。 

さりげなさと極論のはざま

2008年10月23日 15:00

 大分むぎ焼酎二階堂。時々たしなむが、特に熱狂的な愛飲者というわけではない。昭和レトロの空気を醸し出し、ちょっぴりノスタルジーに嵌まってしまう例のテレビコマーシャルがいい。何がいいかと言うと、二番煎じやステレオタイプな構成ものや大声・雑音ばかりの広告が続いた後にほっとする瞬間があるからだ。

 「イエスとノー。その二つの間には、何もないのだろうか。」

 このせりふを耳にするたびに、「いやいや、そんなことはないですよ」と心中つぶやくぼくである。肯定側と否定側に分かれて激論を交わすディベート指導をしてきた立場からすれば、イエスとノーで二律背反的に割り切ったらどうだ! と言いそうなものだが、そこまでディベート馬鹿ではない。だいいち、イエスとノーという二つの選択肢だけでは窮屈で、世の中を生きていくことなどできない。

 逆説的に言えば、イエスとノーの間に命題の落としどころを見つけるために、イエスとノーのいずれかを極論するのである。振り子は、一番左に振れたあとに一番右にもやってくる。その中間に真理というものがあるはずだ。つまり、一番左と一番右に振れた地点をよく見つめれば、そのはざまにある領域にも目配りができる。もっとも、その振り子が振れる範囲に真理があるという前提での話だが・・・・・・。人間が想定した範囲以外に人知を超えた真理がある場合には、イエスもノーも、はたまたその中間もまったく意味を持たない。

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 「筆を走らせたのは、宙ぶらりんの想いでした。 想いのかけらは朽ちることなく、ざわざわと心を揺らします」とくだんのコマーシャルは続く。なかなかいいではないか。悲しくはならないが、しみじみとした哀愁が漂ってくる。

 イエスとノーの分別ができるから何でも断言したり結論づけたりできるのではない。イエスとノーを明言してからこそが、悩みの始まりなのだ。そう、まさに「宙ぶらりん」の状態が続く。ところが、イエスとノーをはっきりさせない者ほど、すでに腹が決まっているなんてこともある。口先で「五分五分です」とか、「ケースバイケースです」とか、「どちらとも言えません」とか、「肯定も否定もしません」という輩にかぎって、心が醒めているものなのだ。

 イエスとノーという二律背反と、その中間にあるグレーゾーンは決して矛盾しない。「白黒をつける」と言うとき、白と黒は相反しているが、グレーゾーンを少しずつ辿っていくと白はやがて黒になり、黒もやがて白になる。イエスとノーの間のグレーゾーン、あるいは宙ぶらりんが「さりげなさ」というものだろう。「曖昧さ」と言ってもよい。これに対して、イエスとノーは極論である。グレーゾーンを排除するという点においては「明快さ」と言ってもよい。

 極論と明快さが必要な重要局面でずる賢くさりげない振る舞いを見せ、さりげなく済ませればいいことに対して白黒をつけたがる。そんな風潮が支配的になってきた昨今、一献を傾けながら、「イエスとノー。その二つの間には、何もないのだろうか」と時には自問自答してみるのも悪くない。

自分特有のことばの盲点

2008年10月21日 16:00

 タイトルに「盲点」と書いて、一瞬ドキッとしてしまう。「まさかこれは差別用語ではないだろうな」と。講演業においては、この種の「基本的人権にかかわる諸問題の一つ」に神経をピリピリさせねばならない。とりわけ、ぼくのような「言いたいことをストレートに表現するタイプ」は気を遣う。

 何かの本で「エスキモーは避けたほうがいい」と書いてあったので、「イヌイット」と言い換えて講義していた(いったい何の講義かと思われるかもしれないが、たわいもない文例である)。一人の受講生が手を挙げて「イヌイットって何ですか?」と聞くから、「あ、エスキモーですよ」と答えた。重罪ではないだろうが、簡単に口を割ってしまった。これではわざわざ避けた意味がまったくない。

 論理的思考研修の中で「私の家内は・・・・・・」という、これまたさりげない例文がある。講義の休憩時間中に運営担当者から一言あった。「家内ということばはお使いにならないほうがよろしいでしょう」と丁重に注意され、重罪ではないものの「諸問題の一つ」を逆撫ですることもあると説明を受けた。「私の妻は・・・・・・」と言うところらしい。

 しつこいが、「教授の奥さまは・・・・・・」という引用文が出てくる箇所もある。これもダメらしい。「えっ? 奥さまがダメなら何と言えばいいんですか?」と聞いたら、「教授の妻です」とおっしゃるので、「う~ん、それは勇気がいるぅ~」と唸っておいた。差別用語か何か知らないが、用語に敏感になる前に、使い手に悪意ある差別心があるかどうかを見極める眼力を身につけていただきたい。

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 さすがに「片手落ち」とはぼくも言わない。しかし、「手短に」というのは相当性根を入れないと、ふと洩らしてしまう。「要約すると」とか「かいつまむと」ということばが使えないわけではないが、英語をよく勉強した時代に"briefly" "in brief"を「手短に」と覚えてしまっているのだ。完全に刷り込まれているので、ブレーキをかけるのが難しい。

 個々人には「語彙の地図」があって、あるところはものすごく詳しく、別のところは漠然としているのだろう。あることばに神経質になったりへっちゃらになったり、丁寧になったり乱暴になったり、よく知っていたり知らなかったりと、様々な濃淡や陰影があるに違いない。

 差別用語とは無関係だが、二十代までのぼくは午前と午後を使い分けて12時間で時間を認識していた。午後7時と言うのが常で、19:00を使うことはなかった。いきおい、「13時に」と告げられて、午後3時と錯覚することはよくあったものだ。

 以来30年近く経ったので、さすがに大きな混乱はしない。13:00も14:00も15:00も、それぞれ午後1時、午後2時、午後3時と当然判読し、何の不自由もない。19:00から22:00までも何の問題もない。ところが、ぼくには一つ盲点がある。どういうわけか「17:00」に弱いのだ。たいてい午後5時と瞬時に理解するのだが、少し油断をしたり集中力が欠けているときは「午後7時」と思い込んでしまう。

 研修タイムテーブルはおおむね「9:00始まりの17:00終了」であるが、この17:00を勘違いする。「おっと、あと一時間で17:00だ。これは午後5時であって、午後7時ではないぞ」と言い聞かせるときがある。何かのきっかけでトラウマになったのだろうか。

週刊イタリア紀行No.14 「アレッツォ(2) 記憶に残る街景色」

2008年10月19日 10:00

 「無印良景」ということばがあってもよい。観光ガイドにも載っていないし、地図のどこにも印すらない場所や建物。写真に撮ってみたものの、写っている光景や風景の固有名詞を後日調べるすべもない。そんなシーンが街外れの一角に忽然と現れると、自然と鼓動が高まる。

 前回抜け落としてしまったが、ここアレッツォは詩人ペトラルカの生誕の地でもある。地図を調べてみたら、生家の前を間違いなく通り過ぎているのだが、写真には収まっていない。その先の大聖堂(ドゥオーモ)や市庁舎を目当てにしていたからだろう。とりわけ、この日は骨董市がぼくの視線と視野をいくらか不安定にしてしまっていた。目抜き通りでは、人混み越しに建物や通りをゆっくり眺める余裕はなく、人の流れに従うのが精一杯だったのだ。

 ところが、名前も位置も知らぬままに何気なく撮影した写真なのに、突き止めることができたのもある。サント・スピリトの稜堡がそれだ。「りょうほ」と読むこのことばは、かつての城壁の突出部分を指すらしい。もう一つ、イタリア通りから東の方向に150メートルほど歩いていくと、絵本によく描かれるような教会が姿を見せた。外観をじっくり眺めるだけで内部に入らなかったので名前がわからない。場所を地図で照合した結果、「サン・アゴスティーノ教会」ではないかと、勝手に推測している。

 初めて訪れる街について事前に知識があるほうがいいのか、それともまったく知らないほうがいいのかは微妙である。ただ、この日のように半日に限って散策するときは「不案内ゆえのときめき」に遭遇できるだろう。知ったかぶりをせずに「知らざるを知らずとせよ」という教えにしたがえば、自分なりの、あるいは、自分だけの発見があるに違いない。お洒落なリストランテ、自治会の案内板、街外れの質素な教会、迷い込んだ通り、帰路に見つけたキメラの噴水・・・・・・。アレッツォの知識は未だに大したことはないが、不思議なほどこの街の道すがらの光景はよく覚えている。 《アレッツォ完》

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〔左〕市庁舎。骨董の品定めに疲れて一息つく人たち。どこの街に行っても市庁舎前で市民は憩っている。〔右〕ゴシック様式の大聖堂。ファサード側よりも鐘楼側が素朴で印象に残った。

 

 

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〔左〕賑やかな通りから一本隣りへ入れば閑静な風情。〔中央〕町内ニュースやお知らせを告示する案内。〔右〕メディチ家の紋章が装飾された壁。トスカーナ大公国統治時代の建物だ。                                    Toscana2 051.jpgToscana2 058.jpg                                                           〔左〕暖色系のほんわかリストランテ。〔右〕たぶんサン・アゴスティーノ教会。  Toscana2 064.jpg          Toscana2 062.jpgToscana2 066.jpg 〔左〕エトルリア時代の稜堡。〔中央〕ローマ時代の円形闘技場跡。入場料は無料だが、入場しなくても外から十分に見学できる。〔右〕 ギリシャ神話由来のキメラの像。

刺激を与え刺激を受ける

2008年10月16日 08:00

 先週末の私塾で「閾値」の話をしたら、優秀な塾生の一人KTさんが早速自身のブログで取り上げていた。閾値を知らない塾生が大半なので話をしたのだが、彼にとってはこのことばは初耳ではない。これまでも何度か考察をしてきたはずである。

  初めて聞くとわかりにくい概念だが、何度か自力で考え経験に照らしてみると理解できるようになる。KTさんは自身の経験をいくつか振り返り、閾値突破の過程を描いている。「テーマ選び、深い悩み、継続」が重要な条件だとしたうえで、次のように続けている(以下引用)。

 「閾値を超え、当該分野におけるプロフェッショナルと言われる職業人になるためには、これらの条件を満たさなければならない。(中略)閾値とは、一種のコツを習得する瞬間であり、プロフェッショナルの条件でもある再現性を保証する瞬間である。

 どうやら閾値に関する理解の閾値を超えたようである。「プロフェッショナルの条件でもある『再現性』」とは、身体で覚えたスキルが黙っていても何事かを正確に何度も何度もやり遂げてくれることだ。これは「暗黙知」に似通っている。「ことばではうまく理屈を言えないが、勘や身体や指先の技能などが創造的に働いてくれるような知」を暗黙知という(たとえば、折り紙の折り方をことばで説明することはできないが、勝手知った指先がものの見事に形を仕上げていくような技能的知識)。

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 ちなみに、「閾値」という漢字は「いきち」または「しきいち」と読む。「閾」単独でも「いき」や「しきい」だが、「敷居」にも通じる意味をもつ。敷居のこちら側と向こう側を隔てるのはわずか数センチだが、この差がきわめて大きい。

 さて、15年前に拙著『英語は独習―自己実現に迫る英語カウンセリング塾』の中で、「閾」についてぼくは次のように書いた。

 いき)」という言葉があります。刺激がだんだんと増えて、ある点に達すると、そこを境にして感じたり感じなくなったりすることです。

 これを英語学習に当てはめるとどうなるか。

 まず、初心者の場合。苦労に苦労を重ねて勉強する。いくらやっても、なかなか上達感がわいてこないが、ある日突然、手応えを感じる。いったんこの手応えをつかむと、あとはトントン拍子で伸びていく。努力が達成の喜びとして感じられるようになるのです。

 次に、少し力がついてきた人の場合。単語や構文を意識して覚えていく。しゃべるときにも、頭のなかであれこれと単語を組み合わせる。しかし、あるところから無意識に使えるようになってくる。基本的な事柄はある程度機械的に口をついて出てくる。こうなると、もはや英語を感じなくなるのです。中略

 グラスに水を注ぐ。当然のことですが、なみなみと注がないと水はあふれません。ギリギリまで注いでも、表面張力の仕業でなかなかこぼれない。そろりと一滴を加える。それでも水は踏んばる。もう一滴。まだこぼれない。しかし、こうしているうちに、何滴目かの一しずくが一気に水をあふれ出させます。

 ほとんどの英語ダメ人間は、あふれるほど水を注ぐ前にあきらめたり頓挫してしまっているのです。少し注ぐだけでは、次に注ぐまでに前の分が蒸発してしまう。グラスが一杯に満たされるまで、集中して、真剣に、しかもある程度一気に注がないとダメなのです。

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 長い引用になってしまった。まずまず説明できていると思う。英語学習を他のテーマに置き換えても通用する。一点補足すると、閾値とは「最低限(最小限)これだけのことをしないと一皮むけない」という変化反応点である。昨日までにっちもさっちもいかなかったことが、ある境界線を越した瞬間、みちがえるほどうまくいくようになる。数年間まったく変化がなかったのに、ある日の一時間で何段階も一気に昇り詰める。「読書百遍意自ずから通ず」や「只管朗読」にも通じる現象だ。

 適性やセンスやそれまでの経験というものもあるから、最小限どれだけのエネルギーを注がねばならないかは人によって違う。時間量が重要なのではない。だらだら時間を費やしても閾値には達しない。時間とエネルギーの集中度こそが鍵をにぎる。

 ぼくが与えた刺激をしっかりと増殖・増幅してくれたKTさん。それがUターンする波動のごとく新たな刺激となってぼくのところにやって来る。このような知的切磋琢磨が、閾値突破の一助となること、間違いない。 

顔―この神妙なる正面

2008年10月15日 09:00

 「立てたと思えば潰したり、曇らせたり、赤くしたり、出したり、合わせたり繋(つな)いだりするものなあ~に」となぞかけされると、意外に難しい。顔は「面目」であり、「表情」であり、「怒りや恥じらい」であり、「自分自身」であり、「関係」であったりもする。

 解剖学的に言えば、顔は頭部の一部である。後頭部が背面で顔が正面ということになっている。後頭部ということばはよく使う。しかし、用語が存在するにもかかわらず、あまり「前頭部」とは言わない。わたしたちは、それを顔と呼んでいる(「きみ、もう四十歳になったのだから、自分の前頭部に責任を持ちなさい」などと部下を説教することはない)。

 顔。それは、「おでこと眉と目と鼻と口が存在している側」である。顔は名刺代わりにもなり、それゆえに責任を持たねばならないのだろうが、後頭部は名刺代わりにはならないし責任も持ちにくい。顔には複数の部品とやや複雑な起伏もある。それらが千変万化のバリエーションを演出し、人物を認識する際に後頭部よりも多くの材料を提供してくれるのだ。

 慣れ親しんだ人物ならば、後姿を見るだけで特定することも可能だろう。場合によっては、後頭部の形状と髪の刈り込み方やスタイルを見て、「よっ、〇〇さん!」と肩を叩くこともできる(もちろん時たま人違いなんていうこともあるが、相当に親しいからこそ「よっ」と声に出して肩に触ろうとするのだ。自信の裏打ちがあるはず)。それでもなお、顔に比べれば後頭部の情報は圧倒的に少ない。

☆ ☆ ☆

 したがって、後頭部ではなく、人物の正面、つまり顔を自動販売機に認証させようとしたのは正しい試みである。どんなに立派なセンサー機能をもつ自販機であっても、後頭部から年齢を認証せよと命じられても、いかんともしがたいだろう。後頭部なら、とりあえずカツラでしのげそうだし、人毛のカツラであれば自販機は見破れないだろう。

 もしわずかのズレやムレ具合を感知させようとしたら、莫大な開発費がかかってしまう。いや、それがカツラであることがわかったとしても、年齢認証にはつながらない。二十歳以上のれっきとしたオトナのカツラを見破って「あ・な・た・は・カ・ツ・ラ・で・す」とか「バ・レ・バ・レ・で・す」などと音声合成で告げてもお客を怒らせるだけだ。それは、自販機に課せられた顔認証の仕事ではない。自販機の仕事は、二十歳のラインの上下を見極めることなのだ。

 繰り返すが、人間も自販機も人物を顔によって認識するのが正しい。しかし、丸刈りの六十歳の男性は「二十歳未満」と認識されたためタバコを買えなかった。その自販機はには「丸刈りイコール中高生」という偏見がプログラムされていたのだろうか。他方、高校生が顔をしかめるようにクシャクシャにしたら、オトナと認識されてタバコが買えた。自販機は皺だらけの高齢者と丸刈りの青少年だけしか認識できないのではないかと疑ってしまう。

 オトナと子どもに年齢差があるのは当たり前だ。しかし、顔というものは年齢に必ずしも比例しない。老けた十代もいるし、童顔の二十代もいれば、若さを自慢する三十代もいる。しかしだ、二十歳以上と二十歳未満の認識は人間にも機械にも無理だろう。

 街角で時々見かけるが、自販機の前ですまし顔をしているのは滑稽である。まるで自販機におべっかを使っているみたいではないか。顔というものは、自販機に正しく認証されるために首の上で正面を向いているのではない。この顔、決して威張れるほどではないにせよ、機械なんぞに認められてたまるか! そんな自尊心だけは持ち続けたい。自販機の失態事例を聞くにつけ、神妙にして不思議なる顔への関心が強まる。

週刊イタリア紀行No.13 「アレッツォ(1) 美しい人生の舞台」

2008年10月13日 20:00

 アレッツォ(Arezzo)という街について詳しいわけではない。フィレンツェから南東へ普通列車で1時間少しなので、日本を発つ前からリストアップしていた。前知識としては、映画『ライフ・イズ・ビューティフル』の撮影舞台であること、毎月第一日曜日に骨董市が出ること、エトルリア時代の面影を残していることくらいであった。この街の名物は何と言っても「サラセン人の馬上槍大会」だが、開かれるのは6月と9月の年二回。訪問したのが3月なので、観光的にはシーズンオフだった。

 純粋に街の散策に徹することにした。駅から旧市街までは徒歩10分。メインのイタリア通りをぶらぶら歩きする。骨董市の日だったので、大勢のアンティークマニアで石畳の狭い小道がごった返していた。一見してプロと思われる人々も品定めをしている。買い付けに来ている数人の日本人にも出会った。

 くだんの映画の主演・監督を務めたロベルト・ベニーニの故郷がこのアレッツォで、その縁もあって舞台になったのだろう。映画に頻繁に出てきたグランデ広場に興味津々だったが、アンティークのにわか屋台が埋め尽くしていて、場に臨みながらも臨場感には乏しかった。「グランデ」は「大きい」という意味なのだが、映画のシーンで感じたほどの広さではない。

 歴史上の有名な芸術家がこのアレッツォで生まれ育った。グランデ広場は別名「ヴァザーリ広場」と呼ばれており、ルネサンス後期の芸術家兼建築家のジョルジオ・ヴァザーリにちなんだものだ。もちろん、本人が広場の設計に携わった。他にも絵画に初めて遠近法を採用したピエロ・デッラ・フランチェスカもこの街の出身である。

☆ ☆ ☆

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Toscana2 002.jpg〔左〕鉄道駅アレッツォの正面。旧市街北東の方向にあるプラート公園へはモナコ通りかイタリア通りを経由する。 〔中央〕イタリア通りに入ると骨董屋台が立ち並ぶ。〔右〕ガラクタなのか掘出し物なのか、判然としない品々が所狭しと並ぶ、いや雑然と放り出されている。

Toscana1 356.jpg P1020449.JPG Toscana2 027.jpg 〔左〕使用済み絵はがきを売る店。何語かわからない時代物に価値あり? 〔中央〕その店で買った昔の雑誌広告。1頁単位で売っている。〔右〕そこかしこの通りが人で溢れかえる。Toscana2 003.jpg                      

Toscana2 012.jpgToscana2 014.jpg〔上〕古い建物の外観をリフォームしたカフェレストラン。"Vita Bella"は「美しい人生」。映画の題名を拝借した? 〔左〕グランデ広場の一角に存在感を示すヴァザーリ設計のロッジェ館。一階部分が高い天井の柱廊になっている。 〔右〕骨董屋台が広場全体を占拠して空間の広がりがよくわからない。骨董市は楽しいが、期待していた広場だけに少しがっかり。

Toscana2 007.jpg Toscana2 015.jpg 〔左〕イタリア通りの街角。アレッツォの建物の壁色はベージュとグレーの色調という印象がある。〔右〕グランデ広場から臨む脇道。修復中だろうか、家具が通りに無造作に置かれている。 

背伸びと踏み台

2008年10月10日 08:00

 過去10年分の研修レジュメを整理していると、「あれ、こんなこと書いたり喋ったりしていたかな?」という項目に出くわす。なんと無責任な! と咎められてもしかたがない。

 言い訳をするならば、底辺に流れる考え方が同じであっても、なるべく今という時代にシンクロする話題やエピソードを盛り込みたいという願望がある。それゆえ、たとえば『企画力』や『マーケティング』の研修はほぼ毎年バージョンアップすることにしている。

 というわけで、数年以上経ってしまうと、自分が書いた「あれ!?」というネタに遭遇することもある。もちろんたいていは覚えている。なかにはわれながら再発見したり、「これはリメークしてもいいのではないか」というネタも見つかる。その一つが「背伸びと踏み台」というテーマ。学習と固定観念にまつわる話だが、気に入った別の切り口が見つかったので、この話はもうだいぶ前にお蔵入りになっていた。しかし、学び下手な人には役に立つかもしれない。

☆ ☆ ☆

 大学在学中には英語研究部に所属していた。入部してきた新1年生を3年生が指導する仕組みになっている。根っから英語のできない学生は数少ない。ほとんどが、英語が三度のメシよりも好きか、高校時代に英語を得意科目にしていた連中である。ぼくの世代がいきなり与えられた教材は中級編であった(習得すれば英米人と対等に会話や対話ができるほどの高度な内容である)。

 ところが、当時の2年生は1年生時に初級教材から学習を始めていて、まだ終えていなかった。つまり、一年上の2年生は初級の後半を学習していたが、ぼくたち新入生は中級からスタートを切ったのである。一年後、それぞれ3年生、2年生となったが、実力においてはすでに逆転していた。つまり一年後輩たちのほうが英語力が身についていたのだ。

 その後、二十代の数年間、実社会の英語教育の現場で指導と研究に携わってきた。その経験から確実に一つ言えること。それは、たとえ入門→初級→中級→上級と段階を踏んで学んでも、成果はその順番で獲得できないということだ。さらに言えば、高いレベルを目指すのであれば、いつまでも入門や初級あたりをウロウロしていてもダメなのである。

☆ ☆ ☆

 ぼくの研修や私塾の内容は、すこぶる難しい。「入門」と銘打っていても、「どこがいったい入門なんですか?」と問われることさえある。それもそのはず、意識して精一杯レベルを高く設定しようと心掛けているから。「難解だが愉快」を講義の特徴にしている。なぜか? 相手が社会人だからである。さらには、すでにわかっているレベルの事柄をわざわざ学んでもらうのは、エネルギーと時間と費用のムダになるからである。

 自分の今のレベルより一段でも二段でも高いところを目指す。これを「自力による背伸び」と呼ぶ。そのレベルに達するための支援を「他力による踏み台」と呼ぶ。題材や教材を工夫して踏み台よろしくジャンプしてもらい、現在の自分を精一杯背伸びさせてより上級の領域に指先をタッチさせる。

 いくらでも上達できるチャンスがあるのに、今の自分が余裕で理解できるレベルに止まっている人たち。難しいとか役に立ちそうもないといつも不満をこぼしては、未知の領域への挑戦を拒んでいる人たち。こういう人たちに対して、ぼくは講義を通じて次のようなメッセージを送り続けている・・・・・・。

 「すでにクリアできている高さのバーではあるけれど、もう一度越えることができたら、それはそれでうれしいでしょう。しかし、実際は、学んだ気になっただけで、新たな学びにはなっていません。」

 「今のあなたがもう一段階スキルを伸ばして一皮むけるためには、バー自体を跳んだことのない高さに設定したほうがいいのです。」

 「つま先を立てて背伸びをすれば届くかもしれないのに、じっとしている。いや、すぐに届かなくてもいい。背伸びという自助努力をしていれば、成長を促してくれるぴったりした踏み台が見つかるものなのです。」

 「あなたが現在到達している実力。その記録を塗り替えるのはあなた自身です。確実に越せるバーにいつまでもこだわらないように。越したことのないバーを越そうとすることが真の学びなのです。」

年がら年中、毎日が記念日

2008年10月 8日 10:00

 一ヵ月溜め込んだ新聞。もちろん目ぼしい記事には目を通しているのだが、そっくり捨てる前にもう一度ざっと見る。切り抜きにして残しておく場合もある。切り抜くに値する記事かどうかの基準は「おもしろい」と「誰かに教えてあげたい」と「ばからしい、または呆れる」。

 今週金曜日は大阪での私塾の日。10月10日である。10月10日は何の日? 「体育の日」だった・・・・・・何年か前までは。もちろん、その日が1964年の東京オリンピックの開会式の日であることは知っている。今では体育の日はハッピーマンデーとなり、10月の第二月曜日になった。

 ある新聞記事に、その10月10日は「転倒予防の日」と制定され、『日本記念日協会』に正式に登録されたと書いてあった。10月を"テン"と英語読みし10日を"トウ"と日本語読みする。合わせ技にて"テントウ"で一本! ちょっとずっこけてこっちが転倒しそうになった。「予防」というニュアンスがどこにも見当たらないので、10月10日だけだと「転倒の日」になりはしないのか。

☆ ☆ ☆

 それにしても『日本記念日協会』とはすごいではないか。NPOや任意団体がどんどん増えてますますニッチなテーマに入っていく。ぼくも18年ほど前に『関西ディベート交流協会』という任意団体を創始したが、ニッチであった。ニッチの上に、「日本」と欲張らずに「関西」と控えめにしたから超ニッチな存在と言える。

 その『日本記念日協会』の10月10日を検索してみて、もう一度驚いた。「転倒予防の日」のほかに13もの記念日が登録されているのだ。いくつか拾ってみる。

 貯金箱の日、お好み焼の日、トマトの日、和太鼓の日、空を見る日、充実野菜の日、パソコン資格の日、トレーナーの日、銭湯の日・・・・・・

 貯金箱にはコイン投入口がある。それが1に見え、0がコインに見えるから10月10日。感心するか苦笑いするか、ちょっと迷ってしまう。

 お好み焼を仕掛けたのはオタフクソース。「ジュージュー」というシズルの音がそのまま10月10日。これはわかりやすいが、「焼肉の日」でも「ステーキの日」でもいいわけだ。

 トマトと和太鼓は微妙な語呂合わせ。「10と10」で「トマト」と読む(10の間に「と」で、「10間と=トマト」という意図か)。和太鼓は、「10と10」で「ドンドン」と読むらしいが、何のこっちゃ!? という感じ。「~と読む語呂合わせ」と解説されているのだが、「~と読め!」と命じられているみたいだ。語呂が合っているというよりも、語呂がこじつけられると思うのだが・・・・・・。

 「10月10日午前10時10分に日本じゅうで空を見上げて美しさを語り合いましょう」とは「空を見る日」の動機。10は英語で「テン」で、「天」に通じるとのこと。私塾の講義は午前10時スタートなので、残念ながら空を見上げることはできない。

 次いで伊藤園が仕掛けた「充実野菜の日」は、調べる前からおおよその見当がついた。これは、実りの秋の10月にやってくる10日を「ジュウジツ」と読ませる。

 パソコンは0と1の2進法を使うから10月10日は「パソコン資格の日」。ならば10月11日でも11月10日でも1月10日でもいいことになる。好意的に考えれば、1と0がそれぞれ二つずつというのがこだわりなのだろう。

 トレーナーの「ト」が10で、トレーナーの英語であるスウェットの「ト」が10。だから10月10日は「トレーナーの日」なんて、この記念日はちいと苦しくないかい!? 

 これに比べれば、「1010」を「セントウ」と読ませる語呂合わせは悪くはない。旧体育の日に汗をかいて、それを銭湯で流すのだから辻褄も合っている。

☆ ☆ ☆

 もちろん10月10日だけではなく、365日がこんなふうに複数のなんとか記念日で彩られている。少し茶化してしまったのは反省するが、こうした記念日を小馬鹿にしているのではない。語呂合わせでもダジャレでもいいし、実際の意味ある記念でもいいから、暇な折りにファミリー独自の記念日を365日分作ってみてはどうだろう―と提言する次第だ。ご覧の通り、「何でもあり」だから気楽にできること間違いなし。

 ちなみに、本日10月8日は「入れ歯感謝デー」ほか5つの記念日が登録されている。108は「百八」だから、ぼくは「煩悩の日」と名づけることにする。  

パラドックスと表現のあや

2008年10月 7日 10:00

 「この壁に貼紙を貼らないでください」という注意書きの貼紙がパラドックスである。この注意書きそのものが「言語表現的に矛盾した内容」を含んでいて、論理的に成り立たない。つまり、貼紙を貼るなと主張しながら、それ自体が貼紙になっているという点がパラドックス。

 論理的にはそうかもしれないが、現実の話としては、注意書きとそれに背いて貼られる紙を同列扱いにしなくてもよい。「矛盾だ!」という指摘に恐れおののいてはいけないし、及び腰になる必要もない。

 年末に執行を迎えた死刑囚。「お前もそろそろだ。最後に願いを叶えてやろう。但し、死刑を免れたいという願いは聞き入れないぞ」と申し渡された。「何とか生き延びたい。何かいい妙案はないものか」と死刑囚は考えた。あくる日、「さあ、願いは何だ?」と執行人が聞いてきた。「来年のボジョレヌーヴォーが飲みたい」と死刑囚は訴えた。

 「なかなかアタマのいい奴だな。ボジョレヌーヴォーが出るまであと11ヵ月か。要するに、11ヵ月でも生き延びたいというわけだ。可愛いもんだ」と内心つぶやき、「よし、わかった。来年の新酒のワインを飲ませてやろう」と約束した。

 翌年の11月になった。執行人は約束通り、グラスになみなみと搾りたてのワインを注ぎ、「さあ、思う存分飲め。お代わりしてもいいぞ」と言った。しかし、死刑囚は首を振った。「わたしが飲みたいのは来年のボジョレヌーヴォーです。注いでくださったのは、今年のボジョレヌーヴォーじゃありませんか」。今年から見た「来年」は、来年になると「今年」になってしまう。つまり来年のボジョレヌーヴォーは永久に飲めない代物なのである。巧みなパラドックスを使った死刑囚はこうして無期懲役になったとさ。

 「来年のボジョレヌーヴォーが飲みたい」に対して、「よし、2009年のボジョレヌーヴォーだな」と念を押しておけばおしまい。一年後には死刑を執行できた。

☆ ☆ ☆

 汚染米の検査も薬物使用の人体検査も、「来週検査をしま~す」と予告してはいけない。当然「抜き打ち」でなければならない。しかし、ここにも古典的パラドックスがある。

 「来週中に抜き打ちテストをする」と先生が予告。アタマのいい生徒がパラドックスに気づいた。

 もし木曜日までにテストがないと、自動的に金曜日に実施ということになる。木曜日の下校時点で生徒全員に「テストは明日」ということがわかるので、これでは抜き打ちにならない。というわけで、テストは木曜日までに実施せねばならない。ということは、水曜日までに実施していないと、木曜日も抜き打ちではなくなる。以下同様。結局月曜日に実施しなければならないことになり、それでは抜き打ちテストではなく、月曜日指定テストだ。

 賢い生徒がパラドックスを逆用して先生をやり込める。論理学のテキストでおなじみのパラドックスだが、先日新聞でも紹介されていて、このパラドックスを「やっかい」と評していた。さて、ほんとうに「やっかい」なのだろうか。

 表現のあやの揚げ足を取られるのは、告げるほうが矛盾をしてしまっているからである。「抜き打ち」とは「予告なしに突然おこなうこと」であるから、ごていねいにも前の週に抜き打ちテストを予告することが間違っているのだ。「抜き打ちテスト」は存在するが、「予告する抜き打ちテスト」はありえない。抜き打ちの背景にある思想はたぶん性悪説なのだろうが、それはそれ。疑わしきものに対しては、黙って抜き打ちでよろしい。

週刊イタリア紀行No.12 「フィレンツェ(6) エトセトラの魅力」

2008年10月 5日 10:00

 ルネサンスは14世紀から16世紀にかけて興った文芸復興。"Renaissance"と綴るが、実はこれは英語だ。発祥の地イタリアでは"Rinascimento"(リナシメント)と言う。ルネサンスの香りは街のどこからでも漂ってくる。にもかかわらず、これまでメジャーな場所ばかり紹介してきたのは、ひとえにその他の写真を撮り損ねたからに他ならない。

 観光客気分のあいだはどんな被写体にもカメラを構えるが、数日経って街の光景に自分自身が溶け込んでくると、次第にカメラ離れをする。カメラと同時に地図もホテルに置いてくるようになる。超有名な名所から、市民が生活をしている場所へと散策経路が変わる。建物の2階部分の装飾や大きな門扉のドアノブや工房の水道の蛇口などにも視線を注ぐようになる。

 サンタ・クローチェ地区には『神曲』を書いたフィレンツェの詩人ダンテ・アリギエーリの生家がある。比較的閑静な広場に面するのは、格調高いファサードのサンタ・クローチェ教会。サン・ロレンツォ地区へ足を伸ばせば市内バスの発着に便利なサン・マルコ広場と同名の美術館。今は美術館になっている15世紀の捨て子養育院はルネサンス初期の建築で、ブルネレスキが設計を手掛けた。このヨーロッパ最古の孤児院は、身分を明かさずに子どもを預けることができた「赤ちゃんポスト」だ。

 サン・マルコ広場から市内バスで約25分、標高300メートルの丘にはフィエーゾレの街がある。そこはフィレンツェの街を一望できる抜群のロケーション。前回も今回も行ってみたが、残念ながらいずれも花曇りの天候で、鮮明な絶景とまではいかなかった。とても小さな街で人影もまばらだが、紀元前8世紀に住み始めたエトルリア人の文明の面影に加えて、その後のローマ時代の遺跡も残っている。

 フィレンツェの良さはフィレンツェだけにとどまらない。何と言っても、日帰りであちこちの街へのアクセスを可能にしてくれる。引き続き次回からトスカーナや周辺の街を取り上げてみたい。 《フィレンツェ完》

☆ ☆ ☆

   Toscana2 112.jpg Toscana2 114.jpg Toscana2 115.jpg                                                    

〔左〕捨て子養育院から臨むドゥオーモはまるで合成写真のように見える。〔中央〕噴水の後ろの柱とアーチに目を凝らすと、メダイヨンと呼ばれる青色のレリーフのメダルが嵌め込んである。〔右〕ブルネレスキが設計した孤児院の建物。

  Toscana1 186.jpg Toscana1 185.jpg                                                   〔左〕サンタ・クローチェ教会。〔右〕教会ファサード前の広場。

Toscana1 254.jpg Toscana2 081.jpg〔左〕サンタ・マリア・ノヴェッラ駅の構内の発着案内掲示板。〔右〕サン・マルコ広場のバス停留所。        Toscana2 084.jpg Toscana2 093.jpg〔左〕教会へ続くフィエーゾレの坂道。〔右〕瀟洒な佇まいのサン・フランチェスコ教会。 

Toscana2 087.jpg Toscana2 109.jpg〔左〕フィエーゾレから眺望するフィレンツェの街。花曇りの景色中央にドゥオーモが薄っすらと見える。〔右〕こちらはフィエーゾレのドゥオーモ「サン・ロモロ」の時計台。 Toscana2 105.jpg Toscana2 110.jpg 〔左〕フィエーゾレのプチホテル。壁色の組み合わせやコントラスト、入口、窓など細部にわたり落ち着いた意匠を凝らしてある。〔右〕フィレンツェ発着で一日乗り降り自由のツアーバス。

   Toscana2 153.jpg                                                          〔左〕フィレンツェ空港からフランクフルトへ帰路に就く。眼下には街の郊外から田園地帯が広がっている。

知らないだろうという想定

2008年10月 2日 19:00

 出張でホテル生活。二泊になると夕食の選択に迷う。二回くらい何を食べてもよさそうなものだが、今は違う。というのも、8月に5kg体重がオーバーしていたのが判明し、朝食を野菜ジュースだけにしているから(ホテルのビュッフェスタイルは今のぼくにとってきわめて危険な舞台装置だ)。加えて、ストレッチ体操と足腰の鍛錬で現在どうにかこうにか元の体重に戻せた。リバウンドしたくないのはもちろん、あわよくばあと2kgは落としたい。昼食は研修先で出てくるので選択の余地なし。こういう経緯上、出張時に自己判断で決められるのは夕食のみなのである。

 とてもせこい話になるが、外食すると自腹を切ることになる。宿泊しているホテルで食事をすれば部屋ヅケできる。毎度毎度ホテルでは食傷気味になるので、2回に1回は外に出掛ける。昨夜は外に出たので、今夜はホテルで食事をすることにした。

 これまたせこい話だが、チェックイン時に「ご宿泊のお客様限定」と銘打った割引券をもらった。その名も"Drink Ticket"だ。指定されたレストランで食事をすれば、食後にコーヒー、紅茶、オレンジジュース、一口ビールのいずれかをサービスしてくれる。このチケットを使わない手はない。

 券面の説明を読む。「パスワードでお食事されたお客様にお飲み物をサービス致します」と書いてある。パスワード? これは何だろう。どこかに書いてあるパスワードを注文時に伝えれば、サービスにありつけるのか? なぜこのチケットだけではダメなんだろう? こんなふうに不思議がりながら、宿泊カードを見てみた。パスワードが書いてあるのならそこだろうと見当をつけたが、部屋番号以外に数字らしきものはない。パスワードはアルファベットの可能性もあるので、探してみた。パスワードだけに部屋のどこかに秘密の記号みたいに隠されているのか? まさか!?

 本来単純明快であるはずのことをなかなか解せないというのはストレスが溜まるものである。一つのことばから何かを感じたり勘を働かせたりするのは得意なほうなのだが、研修の疲れもあって思考停止状態であった。あれこれパスワードに思いを巡らしてしばしの時間が経つ。判明した! 一杯のコーヒーのために情けない探偵ごっこをしたものだ。

 『パスワード』はホテル1階のカフェの店名であった。「パスワードでお食事をされたお客様にお飲み物をサービス致します」―とても明快である。明快であるが、パスワードが「ホテルズカフェ」ということを客が承知しているという前提に立っている。「パスワードと言えば、何のこと?」と連想クイズを出されたら、今時はネットがらみの事柄に思いを馳せる。あるいはJALやANAの暗証番号。ついこのあいだネットでJALのチケットを購入するときに、パスワードが思い出せなくて苦労したばかりだ。どこの誰がご丁寧にも「パスワード? それはこのホテルのカフェです」と連想できるのか。

 講演や研修の際に、ぼくは自分に戒めていることがある。それは、「受講生がぼくの言っていることを理解してくれていると安易に思い込まない」というものだ。つまり、他人は自分がわかってくれるだろうと思うほどにはわかっていないという想定である。他人の理解力に関しては、過大評価ではなく過小評価するほうが、念には念を入れて話をするようになる。

 ぼくの勘も鈍ったものだが、ホテル側も「当ホテル1階のカフェ『パスワード』で・・・・・・」と念には念を入れるべきだ。カフェの名前が『アンジェラ』や『サン・ジェルマン』であったならば、ぼくも瞬時に飲み込めたはずである。いずれにせよ、謎は解けた。今から機嫌を取り直して、その『パスワード』に夕食に出掛ける。一杯の無料コーヒーのために・・・・・・。  

足し算のようで実は引き算

2008年10月 1日 18:00

 取り込んだり蓄えたりした情報がそっくりそのまま活用できたら言うことはない。そんな奇跡的なことができたら、誰も知的活動に苦労などしない。いや、情報を10アイテム仕入れて1でも使えれば御の字だろう。だが、現実的には活用確率はもっと低い。バランスシート的に言えば、仕入れ過剰で売上お粗末。ぼくたち個人の「情報ビジネス」は間違いなく赤字である。情けないほどの累積赤字で、企業ならば倒産しているはず。

 講座で使ったパワーポイントのスライドの何枚かを三ヵ月後の関連講座に流用する。一度見てもらっているので、「記憶にあるでしょうが、確認のために・・・・・・」と切り出して解説するのだが、塾生はポカンとしている。記憶にないのだ。覚えているのは塾長をさせてもらっているぼく一人。三ヵ月前の内容でこうだから、「昨年取り上げたけれど・・・・・・」なんて断らなくても、まず覚えていない。

 教育業においてはもっともすぐれた学び手は「記憶力の悪いお客さん」である。毎回毎回新しいネタを駆使して講座を工夫する必要などないのだ。極端なことを言えば、毎年同じ内容の話をしても通用する場合が多い。商売として考えればいいのだろうが、そうはいかない。学習効果のない講座は塾長として敗北感が強い。何とかならないものか。

☆ ☆ ☆

 記憶力の良し悪しは人それぞれである。熱意や集中力や好奇心の度合も影響するだろうし、個々人の当面の課題範囲に話が絡んでくれば情報もよく定着するだろう。記憶した事柄を再生し、あわよくば別の情報と組み合わせて生産的に活用したい―そのヒントを記憶の検索トレーニングに見い出すことができる。

 たとえば「りんご」ということばから思いつくかぎりの連想をしてみる。リンゴ、林檎、アップル、apple、ふじ、ゴールデンデリシャス、青りんご、アップルパイ、津軽、青森、長野、小岩井、apple polish(ゴマすり)、医者いらず、白雪姫、ウィリアム・テル、ミックスジュース、皮むき、すりおろし、歯茎から血、など。これはシナプス回路を使って記憶情報を探った結果である。関連するアイテムを「記憶の大海」に潜って拾ってくる所作だ。つながっているものを拾ってどんどん増やしていくので足し算のように思えるが、実は、つながっていないものを引き算しているという見方もできる。

 こんな演習もすることがある。キーワードを伏せておいて、ヒントを一つずつ与える。いくつかのヒントを組み合わせて、キーワードを発見するのである。

 たとえば、最初のヒントが「洋服」。当然絞りきれず、大海での検索が始まる。しばらくして二つ目のヒント、「リサイクル」を与える。この時点で、何人かは「フリーマーケット」や「寸法直し」などを見立てる。当たっているかどうかはわからないが、大海が閉じられた湖くらいにはなってくれる。次いで「兄弟」というヒント。すでに見当をつけていた人は軌道修正をし、まだ何にも浮かんでいない人はさらに狙いを絞る。湖が小さな池くらいになる。さらに「節約」というヒントを出し、勘のいい人、つまり検索によって情報をうまく組み合わせることができた人はここでキーワードを発見したりする。池は岸辺の水たまりくらいになっている。最後のヒントは「順繰り」。これで、ほぼ半数以上の人が「おさがり」という、伏せられていたキーワードにたどり着く。茫洋としていた大海が一滴にまで凝縮したわけである。

 ヒント、つまり情報が増えるにしたがって検索領域が狭まっていく。情報どうしのあの手この手の組み合わせは、実は創造的な一つの事柄をピンポイントで発見することにつながるのである。上記の「おさがり」の例は事前に取り決めた一つの正解探しだが、未知なる何かを求めるときも検索と組み合わせのプロセスは同じである。情報の足し算は記憶の引き算なのだ。

プロフィール

岡野勝志(おかのかつし)
1951年大阪生まれ

企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長
企画アイディエーター
岡野塾主宰

ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。
マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人材の課題に対して、「即答即決アイディエーティング」をおこなっている。

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