省略という奇妙な習慣

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 ぼくのオフィスは、府関連の庁舎が多い大阪市中央区谷町界隈の一角にある。その昔、この谷町に住んでいた医者だか呉服問屋の主人だかが大の相撲好きで力士に手厚いもてなしをしたとか。真偽のほどは不明だが、タニマチの語源がここ谷町だとはよく言われる話だ。

 市内を南北に走る谷町筋に沿って最北の谷町一丁目から谷町九丁目まで番地が付いている。この区間を走る地下鉄線にも谷町四丁目、谷町六丁目、谷町九丁目という駅名がある。多数の市民もしくは界隈の勝手をよく知る人々は、これらの駅名をフルネームで呼ぶことはまずない。それぞれ谷四(タニヨン)、谷六(タニロク)、谷九(タニキュウ)と略す。

 谷町九丁目までが中央区。これに隣接するのが天王寺区の上本町である。この町名にも一丁目から九丁目までの番地があり、もっとも有名なのが上本町六丁目。上六(ウエロク)と呼ぶ。幼少の頃、一番早く知った略称地名がこれだ。もちろん当時は略称とは知らず、「ウエロク」というれっきとした地名だと思っていた。あまりにも上六が有名になったため、上本町イコール上六という錯覚も生じる。「ウエロク三丁目はどこですか? と聞いてきた乗客がいた」と父親が苦笑いしていたのを覚えている(父は大阪市交通局に勤務していた)。

 そうそう、大阪にはもう一つ超弩級の略名がある。長い長い商店街で有名な「天六(てんろく)」。「天神橋六丁目」が正式名だが、駅名「天神橋筋六丁目」もテンロクと呼ぶ(地名にはない「筋」が駅名には付いている)。

☆ ☆ ☆

 略称は地名だけにとどまらない。会社を創業した21年前、「プロコンセプト研究所」とフルネームで呼ばれたのは当初の数日で、その後は「プロコンさん」である。「さん」など付けてもらわなくて結構だから、「プロコンセプト」と呼んでほしいと願ったものだ。

 「クリームソーダ」を「クリソー」、「トマトジュース」を「トマジュー」、「チーズたこ焼き」を「チータコ」と縮める土地柄ゆえ、少々長めの名称だと省略の対象になることを覚悟せねばならない。5文字以上あると何かが省かれてしまうのがナニワ流だ。フルネームで呼んでもらいたければ、社名や商品名は4文字以内にしておくべきである。  

 本来あるべきものを省いたり略したりするのは何かの都合によるのだろう。想像するに、第一の都合は「発音しやすい」だと思う。「テンジンバシロクチョウメ」と言うのに驚異的な滑舌は不要だが、「テンロク」のほうがはるかに発音しやすい。そして、たぶん第二の都合は「親しみやすさ」ではないだろうか。長い正式名を短いニックネームで互いに呼び合うのは、関係がぎこちなくないことを示している。ある日突然、親しい人から「岡野勝志さん」とあらたまって声をかけられたら、とてもぎこちない。いや、それどころか、たぶん一大事であるに違いない。

 第三の都合でありもっとも重要なのが「単純に面倒くさい」であると思われる。そもそも「略」のつくことばには面倒で邪魔くさそうな共通イメージがある。たとえば略式、略図、簡略、中略などからは、一部始終を示したり形式を踏まえたりするしんどさから逃れたいという気持ちが伝わってくる(白川静の「略」についての漢字始原説を調べたわけではないが・・・・・・)。

 親しき中にも礼儀ありという関係にあっても、話しことばなら地名を「タニヨン」と略し社名を「プロコンさん」と略して平気でいられる。ところが、書きことばになったとたんに省略にブレーキがかかる。手紙文では「谷町四丁目駅徒歩5分」となり「株式会社プロコンセプト研究所御中」となる。

 書くという行為では発音のしやすさを気にしなくてもよい。また、話しにくいことを書くのだから親密感もやや薄いかもしれない。しかし、第三の都合である面倒で邪魔くさいのは話しことばも書きことばも同じなのではないか。にもかかわらず、どんなに気さくな大阪人でも手紙の始まりに「毎度」と書いてよこしてきた者はいない。

 省略は奇妙な習慣だが、省略すべきところをしないのも不思議である。この話は明日。

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プロフィール

岡野勝志(おかのかつし)
1951年大阪生まれ

企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長
企画アイディエーター
岡野塾主宰

ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。
マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人材の課題に対して、「即答即決アイディエーティング」をおこなっている。

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