2008年12月アーカイブ
おおつごもり雑感
2008年12月31日 16:00
年内四日、年明け四日の八日間、仕事は休業である。仕事はしないが、自宅の本棚を片付けると、ついつい本を読んでしまい、整理がはかどらない。気がついたら仕事のネタを探している。さて、今日からは超難解な哲学の本を毎日数時間読むことに決めていた。ゆるんでアバウトになりそうな脳に気合を入れるため。哲学なんて正月早々無粋な話だが、テレビを観ておせちを食らって初詣もいまいち芸がない。
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「欄干橋虎屋藤右衛門、唯今は剃髪いたして円斎竹しげと名のりまする、元朝(がんちょう)より大晦日(おおつごもり)まで各々様のお手に入れまするは此の透頂香(とうちんこう)と申す薬、・・・・・・」。『外郎売(ういろううり)』の冒頭である。透頂香とは気付、二日酔覚まし、食合わせ、喉に効くオールマイティな妙薬。これが昼夜を問わず毎日売れて売れてしかたがない。だから元朝(元旦の朝)から365日間商売繁盛というわけである。妙薬は無理だが、妙案をひねり出すべく見習わねばならない。
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本棚に見つけたのは岩波の『いろはカルタ辞典』。「いろはカルタ」なのに五十音順で検索する。それもそのはず、「いろは順」で引ける世代が圧倒的に少なくなっているのである。カルタに採用される諺・慣用句などの語句は大きく上方系と江戸系に分かれるらしい。しかし、驚いたのは「い」だけであるわあるわの18種。てっきり「犬も歩けば棒に当たる」か「石の上にも三年」くらいしかないと思っていた。
急がば回れ。一を聞いて十を知る。一寸先は闇。井の中の蛙大海を知らず。居食(いぐい)をすれば山でも空(むな)し。砂子(いさご)も遂に巌(いわお)となる。石臼箸で刺す。石原で薬罐(やかん)引く。医者の不養生。一心岩をも通す。芋の煮えたもご存知ない。いやいや三杯。祝いは千年万年。鰯の頭も信心から。言わぬは言うに勝る。
最初の四つは「なるほどあるかもしれない」と納得もするが、その他はなかなか教養を要するではないか。いろはカルタ侮るべからず。「ろ」以下にざっと目を通して、レベルの高さに驚いた。決して子どもオンリーの遊びでなかったと見当がつく。
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この辞典の最後は「わ」である。我が田へ水を引く。我が身をつめって人の痛さを知れ。わからず屋に付ける薬はないか。禍は口から。
ややネガティブで教訓的なものが続いたあと、やっと定番が登場―「笑う門には福来たる」。嫌というほど見慣れ聞き慣れした常套句だが、しかめっ面する奴よりも笑っている人間のほうが福に恵まれる可能性は大きい。やっぱり難しい哲学など読み耽らずに、お笑い番組で正月気分に浸るのが正解か。
週刊イタリア紀行No.24 「ミラノ(3) レオナルド・ダ・ヴィンチ」
2008年12月28日 17:00
数年前の横綱格ほどではないにしても、ここ十年ほどイタリア観光は人気番付の上位をキープしている。少し下火にはなったが、タレントを起用したイタリア都市を探訪するテレビ番組も相変わらず(ちなみに、日本でのみならず世界で一番人気の国はフランス、都市はパリ)。
そのパリ、あるいはウィーン、フランクフルト、アムステルダムを経由すれば、どのイタリアの都市へも行ける。しかし、関西発で直行できるイタリアの都市はミラノのみ(したがって、ほとんどのパッケージツアーはミラノ→ヴェネツィア→フィレンツェ→ローマという順になり、帰路もミラノ発となる)。ところで、ミラノを東京に類比する人がいるが、ぼくにはそうは見えない。やや派手めのファッション、下町のカフェにたむろするヤンキー風のお兄さん、建物や壁の落書き、服飾・繊維産業などから大阪市を連想してしまう。実際、ミラノと大阪市は姉妹都市の関係にある。
ルネサンスの主役であり歴史上の大天才であるレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)。私生児説もあるが、幼少の頃に実父セル・ピエロ・ダ・ヴィンチに引き取られた事実があるので、正しくは「婚外児」と言うべきか。わが国ではレオナルド・ダ・ヴィンチのことを「ダ・ヴィンチ」と言うが、イタリアでは苗字での呼称は稀で、ふつうは「レオナルド」と呼ぶ。「ダ・ヴィンチ」はもともと「ヴィンチ(村)の」を意味し、やがて前置詞と固有名詞が一体化して「ダ・ヴィンチ」という家名になったようである。
レオナルド・ダ・ヴィンチゆかりの街をフィレンツェと決めつけてはいけない。ここミラノも同程度に縁が深い。フィレンツェで思うような活躍ができなかったレオナルドは三十歳の頃ミラノへと旅立った。当時のミラノはスフォルツァ公が君臨して活力があった。この地のサンタ・マリア・デッレ・グラティエ教会でレオナルドは1497年の45歳の時に『最後の晩餐』を完成させる(なお、ジェノヴァ出身のイタリア人コロンブスはこの5年前にアメリカ大陸を発見している)。
前々回にも書いたが、この年の仏伊紀行では当初ミラノに滞在する予定はなく、『最後の晩餐』鑑賞の予約はしていなかった。団体ツアーなら予約の手配などしなくてもいいが、個人の場合は何から何まで自分で手続きをしなければならない。予約をしていないからたぶんダメだろう―そう心得ながらも、観光のシーズンオフだし、万に一つの幸運を授かるかもと淡く期待していた。ドゥオーモ前のカフェでエスプレッソを飲み、店のスタッフに聞いてみた。「レオナルドの最後の晩餐を見たい。ここから教会へは歩けるか?」 ご機嫌な顔をして彼は「ああ、レオナルドの絵。歩いても30分もかからない」と言い、指を示しながら道筋を教えてくれた。
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(左)ドゥオーモ前のカフェで道を尋ねる。(右)教わったほど簡単ではなかったが路面電車に沿い西へと歩く。![]()
(左2点)広場をいくつか横目にし、建物を見たりしながらぶらぶら。さほど迷わずに、やがてマジェンタ大通りに入る。(右)しばらく歩いていくと、赤茶色のクーポラ。これがお目当てのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会だった。
(左)場に似つかわしくない建物。これが『最後の晩餐』への入口であり受付であった。「三ヵ月後なら予約できるわ」と呆れ顔で告げられた。やっぱり。(右)心残りながらも、教会の建物と壁色を存分に眺めてから帰る。
大阪人の悪しき自画自賛
2008年12月26日 12:00
挑発的に書きたいと常々思っていたテーマである。大阪人の所作や弁舌に独特のおかしみがあることをひとまず認めておこう。テレビ番組『秘密のケンミンSHOW』でも毎回取り上げられるので、大阪人の生態は全国的にもよく知られつつある。聞くところによると、いよいよ大晦日(関東では元旦)には、みのもんた直々の大阪体感ツアーが放映されるらしい。
仕事柄日本各地に出掛けるが、テレビで見た大阪・大阪人の真偽を確かめられる。「大阪の人って、ほんとうにあんなふうなんですか?」と。「誇張はされているけれども、実体から遠からず」と答える。しかしだ、テレビ画面の向こう側にいる大阪人を「お茶目な対象」として遠巻きに大笑いはできても、実際に彼らと至近距離内で接した瞬間、あなたの顔から笑顔が消えるに違いない。
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大阪部族 その昔、大阪はアキンド、ヤクザ、ヨシモトという3大土着部族で構成される多人種都市であると、まことしやかに語られていた。そんなバカなことはないが、他の少数部族に目立つ余地がなかったことは事実である。ちなみにぼくの両親は大阪生まれだが、祖父・祖母の代になると、広島、京都、京都、奈良である(ぼく自身はマイノリティと自覚している)。なお、メジャーな3大部族にしても純血種はほとんど存在していない。知り合いにはいずれか2部族のハーフか、3部族すべての混血が多い。さる東京の知識人は「大阪土着民は日本人ではなくアジア人」という説を唱えている。
愛郷精神 大阪部族は4月から10月にかけて虎に熱狂するが、この季節的愛郷精神など可愛いものである。何をおいても問題なのは、オバチャンやコナモンなのではなく、オバチャンをはじめB級名所・B級グルメを年がら年中必死に熱弁する「ステレオタイプな人々」なのである。彼らには大阪の正しい実像が見えておらず、「おもろい」というコンセプトを唯一の頼りにして土着風土と衣食住を偏愛する。昨今、大阪府も大阪市も観光行政に力を入れつつある。このことは評価できるが、クールに大阪の長所・短所を見てもらわないと困る。グローバル視点からするとあまりにも滑稽なことを、あまりにも本気で考え、おぞましくも本気でやろうとしているのだ。
観光資源 お願いである。どなたか権威筋の方は正直に語ってほしい―「大阪には胸を張れるような観光資源はない」と。この謙虚で控え目なスタンスから独自の観光哲学が生まれる。江戸時代末期の風情ある浪速百景を根こそぎ壊しておいて、今さらセーヌ河やヴェネツィアを真似しようとするのは虫がよすぎる。「光を観る」のが観光ならば、どこにその光とやらがあるのか。キラキラコテコテのミナミ界隈のネオンか、はたまたメタリックな大阪城か(世界遺産の姫路城と比較すれば、たしかに「おもろい」かもしれない)。「大阪のオバチャンを観光資源にしよう」と提案する、とんでもない錯覚に陥っている知識人もいる。「咳き込んだ見ず知らずの人にアメちゃんを配り、デパートや高級店で商品を値切り、豹柄を着て日傘を立てた自転車に乗るオバチャン」。そんなものが観光資源になるわけがない。海外からの観光客数一位と二位のフランスとスペインにそんなオバチャンがいたら、誰も寄りつかないだろう。
食い倒れ 「B級グルメの食べすぎで倒れた?」と言われかねないから、くいだおれ太郎の引退を絶好の機会として、「食い倒れ」ということばを死語にしてしまおう。大阪発のグルメ番組をご覧になればいい。「焼肉→串カツ→たこ焼き・お好み焼き」をローテーションで放送している。「大阪の味は世界でも通用する」などとよくも平然と語れるものである。観光に来たから食べるのであって、どこの国の人もわざわざ自国でたこ焼きに食指を伸ばさない。断言するが、蛸料理は未来永劫世界のスタンダードにはならない! コナモン大阪と言うけれど、欧米はみんな粉ものではないか。パン、パスタ、ピザ、クッキー、パイ、ケーキ・・・・・・。まったく差別化などできていない。敢えて言えば、大阪食文化はコナモンなのではなく、ソース味が特徴なのだろう。何を食べてもソース味。濃い味付けは食の文化度に「?」がつく。
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大阪および大阪人に悪態をつくと、「そんなに気に入らんのやったら、出て行ったらええがな!」と誰かが言ってくる。そう、幼稚なワンパターン反駁である。
大阪を魅力ある街として再生したいのなら、観光客と住民双方の視点で見るべきなのだ。大阪という受け皿から見ているかぎり、いつまでたっても悪しき自画自賛を繰り返すばかり。オバチャン、大阪城、コナモンに罪はない。それらを偏愛し誇張することが、大阪の像を歪めていることに気づこう。ステレオタイプな大阪を浮き彫りにすればするほど、魅力ある街へのチャンスが遠ざかることを忘れてはならない。
変える論理、変えない論理
2008年12月25日 14:45
「いつまでもお若いですね」は、変わっていないことを評価することば。「いつまで同じやり方をしているんだ!」は、不変に対する不満。「彼の仕事に対する姿勢は変わらない」は、たぶん褒めことば。しかし、「君、安易に目先を変えるな!」は、変化に対する批判。「殻を破れ、自己変革せよ!」は、変わることを奨励している。「変えてよし」あれば、「変えなくてよし」あり。変えるか変えないかの岐路でどう決断するかは、クイズミリオネアで「ファイナルアンサー?」と聞かれての対応に似ている。
直感的印象で恐縮だが、現在は「変える論理」が優勢な気がしている。まず、「変化とスピード」を謳う企業メッセージをよく耳にする。「時代や社会の変化に対応」というのは、人間が変化すべきことを示唆している。ぼくも、どちらかと言えば、変化礼賛派である。いや、それは「飽き性」をカモフラージュする看板だろうか。
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「万物は流転し、自然界は絶えず変化している」―これは古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの根源的な考え。『方丈記』でおなじみの鴨長明は、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」と人間世界を比喩した。構造人類学のレヴィ=ストロースは、「社会システムが変化に開かれるよう構造化されている」(つまり、じっとしていると滅ぶ)と喝破した。
これらの思想に共通するのは、世界や社会が「変わる」という論理である。変わる世界の中にあって、人間だけが変わらない特権を有しているとは思えない。同じ状態にしがみついたまま、永続性だけを得ようともくろむのは厚かましい話だ。存続し維持したければ、変化し続けなければならないのである。人間は「変える論理」で生きなければならない。
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しかし、変える論理を認めたうえで、ぼくたちは一つの大きな苦労に突き当たる。ひとまず何を変えるのかという選択の苦労である。見方を変えれば、これは「何を変えないか」という選択とも言える。
本ブログで毎週イタリア紀行を書いているが、イタリアの各都市から「何を変えないか」について実に多くを学ぶ。いかなる不便を甘受しても、数世紀前の景観を変えないヴェネツィア。フィレンツェには何世紀も前の水道蛇口を在庫している水道工事屋があった(古道具屋ではない)。愚直なまでに変化しないことが必ずしも滅亡に至るわけではないという証である。
ぼくたちの社会は、便利という価値へと変化した結果、少なからず景観や伝統という価値を犠牲にしてきた。変えなくてもいいものすら変えてきてしまったのではないか。他動詞「変える」には「何を」が必要だ。変える論理は「何」という客語とセットでのみ成立する。
テーマは繰り返す?
2008年12月24日 18:30
先週の土曜日から、その日のブログで取り上げた多様化と高度化をずっと追いかけている。追いかけていると言っても、本を参照したり誰かと議論したりして深めているわけではなく、殴り書きのごとく自分の考えをメモしているだけだ。少しまとまったので、今日か明日に取り上げようと思っていた。その矢先に、年末恒例の「身辺整理」をしていたら十数冊の懐かしいノートが出てきた。これはまずい。
ノスタルジーという怪獣は想定外の時間を好物とし、仕事の邪魔をする。案の定、仕事と時間はノスタルジーの餌食になった。誘導された先は、1994年10月~翌年1月の観察やアイデアを記した発想ノート。10月27日のページに次のような文章が書いてある(当時43歳)。
「自分の考えていること、知っていることを文章にしたため、ある程度書きためていくと、テーマの繰り返し・重複に気づくようになる。同じ火種を消さずに頑張っていると安心できる反面、これは一種のマンネリズム、成育不足ではないかと危惧する。次のステップに上るには従来以上のエネルギーが必要だ。同じテーマでは芸がない。しかし、違うテーマを取り上げて書き続けるには悶々とした日々を送らざるをえない。新しいテーマを追いかけるのは億劫である。こういうときは、発想の転換という生ぬるい方法ではなく、環境を激変させるしかないのだろう。」
この14年前のメモを読んで、現在と似通った心理に気づいた。未だに成育不十分ではないかと少しがっかりしている。
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十数ページとばして11月21日のメモへ。さらに愕然とする。時代の類似性なのか、ぼくの思考回路の限界なのか。
「なかなかシミュレーションの難しい時代である。(中略)人間の欲求・行動・思想がこれほど多様化してくると、どの人間の何を読めばいいのかさっぱりわからなくなる。宇宙の摂理や自然現象や社会構造の暗号を解読できても、人は人を読めなくなってしまい、先行き不透明な時代の近未来が見えていない。いま、人々は最大公約数を見失った己の能力に落胆している。トリやケモノが有する本性的予知能力を羨むばかりである。」
週末から解き明かそうとしていたのは、実は、「多様化が最大公約数の喪失につながっている論点」だったのである。つまり、昭和30年代や40年代には「不特定多数の大部屋市場」というのが存在して、「国民的」と冠のつく流行商品やヒット曲がどんどん誕生した。にもかかわらず、バブル崩壊後の多様化市場においては、市場はいくつもの小部屋に分かれ、小部屋を横断する共通関心事が激減した―というような話。
テーマは繰り返す? たぶんそうなのだろう。時代と自分のどちらもが繰り返しているに違いない。そして、たぶん繰り返すことそのものは悪いことではないのだろう、そこにいくばくかの進化さえあれば・・・・・・。
セレンディピティがやって来る
2008年12月22日 23:00
辞書の話題から書き始めた12月12日のブログ。その中で刑事コロンボの例文を紹介した。昔はテレビのドラマを欠かさずに観ていたが、コロンボの話に触れたのは何年ぶりかである。四日後、コロンボ役男優ピーター・フォークが認知症になっていることをAP通信が報じた。
これなど、点と点の同種情報が結ばれた例である。ブログの記事は自発性の情報、AP通信は外部からやってきた情報。後者を見落としていたら、ブログでのコロンボは孤立した一つの点情報で終わる。たまたま新聞記事を見つけたので、四日前のブログと結びつく。但し、このように情報どうしが偶然のごとく対角線で結ばれることのほうが稀だ。情報でもテーマでも強く意識していないと、関連する情報をいとも簡単に見過ごしてしまう。情報行動は点で終わることが圧倒的に多く、めったに線にはなってくれない。対角線がどんどんできるとき、アタマはよくひらめき冴えを増す。
同種情報のほうが異種情報よりもくっつきやすいのは当然だ。「類は友を呼ぶ」の諺通り。しかし、しっかりと意識のアンテナを立てていると、アタマは「不在なもの、欠落しているもの」にも注意を払うようになる(本来ワンセットになるべきなのに、片割れがない場合など)。たとえば、ネクタイの情報に出会うと、その直後にワイシャツの情報に目配りしやすくなる。見えているのは山椒だけだが、この時点で「うな重」への無意識がスタンバイする。
さらに、ひらめき脳が全開してくると、まったく無関係な情報どうしの間に新しい脈絡や関係性を見い出したり、両者を強引に結び付けてみたら想像以上にすんなりまとまったりする。
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もっとすごいのは、特に探していたわけでもないのに、ふと思いがけないアイデアや発見に辿り着く不思議の作用である。これが、最近よく耳にするようになったセレンディピティだ。いろんな日本語訳があるが、偶然と察知力を包括する「偶察力」が定着しつつある。このことばを知ってから最初に読んだのが、『偶然からモノを見つけだす能力―「セレンディピティ」の活かし方』(澤泉重一著)だ。
この本の随所で、自分自身の潜在的な知識がむくむくと目を覚ます体験をする。たとえば、ノートにメモしたもののすでに忘れてしまっていた「シンクロニシティ(共時性)」に出会う。そして、「時を同じくして因果関係のない複数の意味あることが発生する現象」についての知識が顕在化した。さらに、たとえばイタリアの作家ウンベルト・エーコの見解「異なる文化のところにセレンディピティが育ちやすい」が紹介されている箇所。ぼくはその一週間前に当時独習していたイタリア語の教本の中で、このウンベルト・エーコを紹介するコラムを読んでいた。
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ある点に別の点が重なろうとしている偶然に気づくのは、意識が鋭敏になっている証。点と点が同質であれ異質であれ、頻繁にこんな体験をするときは自惚れ気味に波に乗っていくのがいい。願ってもみなかった予期せぬご褒美とまではいかなくとも、僥倖に巡り合うための初期条件にはなってくれるかもしれない。まもなくクリスマス。プレゼント選びに疲れきった大人たちに、セレンディピティという贈り物が届くことを切に願う。
週刊イタリア紀行No.23 「ミラノ(2) ドゥオーモ―象徴の象徴」
2008年12月21日 08:30
それぞれの都市には本山のようなポジションを占める大聖堂がある。これをドゥオーモ(Duomo)と呼ぶ。イタリア全土にはそう呼ばれる教会が百十いくつかある(スタンプラリーをしているわけではないが、数えてみたら、これまで17のドゥオーモを訪れている)。
すでに紹介したシエナ、フィレンツェ、オルヴィエートのいずれにもドゥオーモがある。それぞれに荘厳で華麗だ。しかし、スケールにおいて、このミラノのドゥオーモの右に出る大聖堂は他のイタリア都市には見当たらない。いや、それどころではない。これは世界最大のゴシック建築でもあるのだ。1813年に完成するまでに要した年月は気の遠くなるような5世紀! 室町時代の初めから江戸時代末期まで建設していたことになる。
ミラノを象徴するものはいろいろある。前回のヴィットリオ・エマヌエーレ2世の名を冠したガッレリアもその一つだが、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を擁するサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会やミラノ公国時代から残るスフォルツァ城もある。食ではリゾットとカツレツが有名だ。世界の三大ファッションであるミラノ・コレクションに、サッカーのACミランにインテル。ローマのコンドッティ通りをはるかにしのぐブランド街は数本の通りに集中する。だが、ドゥオーモはこれらの名立たる象徴の上座を占める。ミラノの「イメージ収支」がマイナスのぼくではあるが、ドゥオーモの存在には土下座する。
ドゥオーモは工事中だった。屋上にもエレベータか階段で昇れるが、見送った。七年前は屋上から尖塔を目の当りにし、ミラノ市街地からアルプス連峰まで見渡した(当時の写真はすべてネガフィルム。デジタル変換して、いずれ紹介したい)。ちなみに尖塔の数は135本。ミラノはロンバルディア州の州都で、イタリアではほぼ最北に位置する。スイスやフランス国境に近いので、よく晴れた日にはアルプスが見えるわけだ。
ミラノはローマに次ぐ大都市で、人口130万人。地下鉄網はローマよりも充実している。大都市とは言うものの、中心市街地に様々な機能が密集しているので便利だ。たとえばミラノ中央駅からドゥオーモまでは直線距離にして2.5km。ドゥオーモからサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会までは2km前後なので、行き帰りともぼくは歩いた。健脚なら有名スポットへは難なく確実に歩ける。ミラノにかぎらず、イタリアの都市はすべて、日本人の感覚からすればコンパクトにできている。
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(左3点)荘厳な空気に満ちた聖堂内。床を彩るモザイク紋様が印象的。
(左)ファサードは長期の修復工事中(06年10月当時)。鋭利な尖塔はゴシック建築特有。(右)新約聖書を題材にしたステンドグラスは15世紀頃の制作。![]()
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(左3点)見上げてよし、遠目の借景よし、斜め横からの景観よし。ドゥオーモは見る場所・角度によって形状を変える巨大なオブジェ。やはりミラノ随一の象徴だ。
(左)こちらもミラノ風料理の象徴、巨大なカツレツ。以前ローマで食べたのとは格が違った。脂身も少ない赤身のビーフなので胃にもたれない。しかも口当たりはまろやかで絶品だった。
「誰にとって」という基本的な視点
2008年12月20日 15:00
私塾の最終講で「マーケティングの古典」を紹介し、現在にも生かせる普遍的な考え方や有効性を探ってみた。一時間ちょっとの講義のあと、三人の塾生に自社のマーケティング戦略について発表してもらった。一事例につき、発表15分、他塾生からの質疑応答10分、5班に分かれての事例討議が10分、各班からのコメント発表2分、ぼくの総括講評が5分という流れである。
事例の発表や意見交換を通じて、アタマではわかっていても、なかなか実践できない事柄がいかに多いかということに気づく。それは、ぼく自身にとっても歯がゆくも困難なハードルである。しかし、みっちり5時間半の中で、成功図式とまでは言えないまでも、成功するために踏まえるべきパターンらしきものがシンプルに浮かび上がってきた。
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市場にはいろいろなニーズやウォンツが渦巻いている。なくては困るモノやサービスへのニーズから、なくてもまったく困らない贅沢なモノやサービスへの欲望に至るまで、消費のステージが何段階もある。そして、すべての段階において、消費行動の多様化と高度化は著しい。消費行動の多様化は「顧客の絞り込み」を求め、高度化は「イノベーション」を求める。したがって、企業のプロフェッショナルにとっては「誰のために、どのような新しいモノ・サービスを提供できるか」が命題になってくる。これが、よく知られた「ポジショニング発想」である。
もう一つ、基本の基本となるのが、「ユニーク・セリング・プロポジション(Unique Selling Proposition=USP)」。「固有の売りのうたい文句」というニュアンスになるだろうか。もう半世紀も前に生まれた、「この商品を買えば、こんな利点がある」というマーケティングのコンセプトだ。この考え方は後々に「自他の差別化戦略」につながってくる。
たとえば、二店の焼鳥屋がいずれも「ジューシーで歯ごたえのよい肉質」をアピールしたら、もちろんそのことは利点ではあるけれども、どちらの店を選ぶかという決定要因にはならない。雰囲気の良さを想像させる店名、店構え、旨さを際立たせるタレや塩、価格など、他店にない固有の利点を認知してもらわねばならない。「この店に入れば、ここが違う」という差異化のためには、どの顧客にとっての利点なのかというポジショニングも絡める必要がある。
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カフェのRサイズ200円、Mサイズ250円、Lサイズ300円。サイズの呼び方や値段はそれぞれ。これは端的に三種類のニーズに対応している(つもり)。価格とサイズ案内のMサイズのところには「Rよりお得なサイズ」と書いてあり、Lサイズのところには「さらにたっぷりサイズ」とある。いずれの文言も「利点」を訴求している(つもり)。
だが、人間心理の研究不足である。コーヒーは嗜好品である。だから50円払ってRをMにして「お得なサイズ」という思いにはならない。「どうせなら多めに」という顧客もいるが、最初からRに決めている客には店側が訴えるMとLの利点は伝わりにくい。嗜好品は、量が多ければ多いほどいいというものではないからだ。これは、昼にざる蕎麦を食べに行って、50円アップで大盛にするのとはちょっと違う。一般的に「増量または減額」が得の理論だが、商品によって変化する。エステやマッサージは「時間延長」が得、交通機関は「時間短縮」が得。とはいえ、顧客次第で絶対ではない。
私塾の塾生は、配付資料を2枚増量しても誰も涙を流して喜ばない。枚数が少々減っても、あるページに目からウロコのすごいことが書いてあれば、そこに利点を見い出す。「本日は特別に講義2時間延長のおまけ!」と利点を売り込んでも、「定時に終わって、メシにでも行きましょう」という塾生が大半だろう。平凡な帰結になるが、時代の、特定の人間の、心理と具体的なニーズ・欲求に正確にマッチする利点探しを大いなる想像力で極めるしかない。「誰にとって」という視点から始めることは、証明済みの法則と考えてよさそうだ。
『カリーメア帝国』―終りの始まり
2008年12月18日 18:30
「今日ね、学校の社会の授業でカリーメア帝国のことを勉強したよ。昔、栄えていたって、ホント? おじいちゃんはくわしい?」
「ああ、少しはね」。ため息まじりだった。小学校高学年の孫に尋ねられ、おじいさんは若い頃から見聞きしてきたカリーメア帝国の話を聞かせ始めた。
☆ ☆ ☆
わしがお前の歳の頃、カリーメア帝国は大きくて強くて立派な国だと教えられた。カリーメア人に生まれてきたらよかったと思っていたさ。あの帝国からやってくる文物のすごいこと、すごいこと。大人になって金持ちになったら手に入れたかった。だからカリーメア語も懸命に勉強した。文化も歴史も社会もすべてカリーメアのことばかりだった。
そうして、その後の何年も帝国とその人々を尊敬して生きてきたし、そのことに何の疑いも抱かなかったよ。でもな、たしか、あれは今世紀に入ってまもなくの頃だったと思う。わしはカリーメア帝国が身勝手な国だと感じ始めたのさ。もしかすると、幸福の種よりも災難の種を世界中にばらまいているのかもしれんと・・・・・・。
とうとうわかったのだ。カリーメア人は自分たちのことしか知らない。彼らは自分の帝国が好きで好きでたまらないが、他の国のことなど眼中にはない。世界の地理に無知だった。そう、わしらの国の地図上の位置すら知らなかったのさ。彼らが外国へ旅しても、どこの国でもカリーメア語が通じるので、世界のすべての人間がカリーメア語を話していると信じていた。ルドという通貨もどこに行っても使える。足りなくなったら帝国が紙幣を印刷すればよかった。
帝国はお金と銃と車をこよなく愛した。心やさしくて善良なカリーメア人もいたよ。でもな、帝国が世界の中心だといううぬぼれが広がっていった。だって、おかしいだろ、在位四年の王様を選ぶのに二年もの歳月を費やすのだよ。おじいちゃんが憧れていた文物もあまり作らなくなり、お金をあっちへこっちへと動かすだけで儲けようとした。やがて帝国の神が厳罰を下された。カリーメア人は都合のよいときだけ神頼みしていたけど、最後は「オー、マイゴッド!」と叫ぶことになった。あっ、もうこんな時間。はい、これでおしまい。
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「おじいちゃん、その話の続きが聞きたいよ」と孫はねだった。「カリーメア帝国の災いは世界に広がったさ。当時はな、カリーメアがくしゃみをすると世界でインフルエンザが流行すると言われた。だがな、わしらの国の民はバカではなかった。それが証拠に、今お前がここにいるじゃないか」。
上位概念から降りてくる発想
2008年12月17日 18:00
身体のことを気にし始めるとキリがないので、医学もののテレビ番組は見ないことにしている。ところが、昨夜は『たけしの本当は怖い家庭の医学』スペシャル版を小一時間見る破目に。たまたまチャンネルを切り替えたら、五十肩の実験をしていた。軽いストレッチを続けてすでに自力で治したが、先々週まで肩甲骨の痛みで苦しんでいたのである。実験を試してみたら問題なく、危険なレッドゾーンを免れた。
そのまま何となくテレビをつけていたら、今度は脳梗塞のチェックが始まった。二つの単語の共通項を見つけよという前頭葉のテストだ。たとえば「みかん、バナナ」に共通するのは「果物」、「テーブル、椅子」は「家具」という具合。ポイントは共通項だ。二つの概念をくくる一つ上のラベル探しである。みかんとバナナで「ミックスジュース」ではダメ。共通項ではなく、みかんとバナナの足し算になっているからだ。テーブルと椅子で「食事」というのもダメで、共通するのは家具という上位概念である。
ぼくのロジカルコミュニケーション研修でもよく似たミニ演習をおこなう。そこで一言はさむと、共通項ということばはちょっと不親切な気がする。たとえば「白菜、白ネギ」の共通項。共通項というのは、二つの異なる物事の共通因数のことだから「白」と答えてもいいはずだ。正解が「野菜」しかないというのはやや硬直化した考えではないか。もし野菜を正解にしたいのなら、「白菜と白ネギを包括する上位概念は?」と小難しく言わねばならない。
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しつこいようだが、「x、y」の共通因数などいくらでも挙げることができる。「犬、猫」は「ペット」でもいいし「哺乳動物」でもいい。「大阪市、堺市」が帰属する上位概念は「大阪府」だが、ざくっと共通項を拾えば「政令指定都市」や「人口80万人以上」でもかまわない。「ボールペン、万年筆」に共通する上位概念を求めるにしても、「文具」でも「筆記具」でも「ペン」でも間違いではないだろう。「x、y、z」と仲間を増やせば、上位概念はより絞りやすくなる。
このことは、「抽象階段(abstract ladder)」という概念レベルの考え方に関わってくる。
モノ ⊃ 産業財 ⊃ 工業製品 ⊃ 道具 ⊃ 切削工具 ⊃ ナイフ ⊃ スイスアーミーナイフ
上記の例は大きな概念から小さな概念へと抽象階段を降りてきている。「切削工具⊃ナイフ」の箇所にハイライトしてみよう。ナイフの仲間にはノコギリやカンナがある。だから「ナイフ、ノコギリ、カンナ」を束ねるのは「切削工具」である。但し、そこだけを見れば、「日曜大工用品」でも「家の道具箱に入っているもの」でも別にかまわない。
食料と米の上下概念関係は? 「食料⊃イネ」である。イネ側から見れば、その一つ上に食料を置くか穀物を置くかという選択肢がある。食料側から見れば、その下位に「イネ、ムギ、アワ、キビ、マメ」の五穀を配置することになる。さらに、「イネ ⊃ 米 ⊃ ご飯 ⊃ おむすび ⊃ 天むす」という階段が出来上がる。
哲学の本を読んでいて難しいのは上位の抽象概念が多いからである。ぼくたちは普段の生活レベルから考えるため、「国」よりは「東京」がわかりやすく、実際に住んでいる「杉並区」は「東京」よりもわかりやすいのである。ランチに行くとき、上司は「おっ、昼か。おい、イネに行かないか?」とは言わない。かと言って、「天むすに行かないか?」と、そこまで具体的には誘わないだろう。だいたい「メシに行こうか?」であり、その日に食べたいものがある場合のみ「ランチに鰻はどう?」となるのだ。
ところが、おもしろいことに、残業で夜食を買いに行く場合には「食料調達に行きますけど、何かいります?」という具合になる。コミュニケーションの上手・下手はおおむね「表現の適材適所力」で決まるが、この「文脈に応じた語彙の適正概念」を軽く扱ってはいけない(よく似た話を11月28日のブログでも取り上げた)。
☆ ☆ ☆
件のテレビ番組では、「x、y」に共通する上位概念がさっと言えるかどうかで「前頭葉の正常度」をチェックした。それもいいが、ぼくは「上位概念」を小さな因数に分解させるほうがコミュニケーション脳のトレーニングになると思う。社会や人間関係などの概念の要素を拾い出したり、そうした概念をもっと小さくパラフレーズ(言い換え)してみたり・・・・・・。世間には上位概念のことばを振り回すほうが賢いという錯覚がまだ残っている。ぼくも気をつけたい。
仮面の営業スタッフ
2008年12月16日 11:30
知り合いか自分のどちらかが、この男たちに対応されていたらと思うとぞっとする。「顧客の立場から考え振る舞う」などとキレイごとを教えても、無意識世界の人間の本性は変わらないし変えることができないかもしれない―そんな絶望感に襲われる。
日曜日の昼下がり、とある商店街で買物を済ませ帰路についていた。その商店街に何度か通った整形外科がある(美容整形ではない)。そこからわずか20メートル、交差点角の調剤薬局で薬をもらったのを思い出す。見れば、その薬局はない。そこは賃貸住宅の営業所になっていた。外からよく見えるガラス張りでスタッフが数名いる。交差点で信号待ちしていると、そこから男性スタッフが二人出てきた。ランチに出掛ける様子だ。
信号を渡る。彼らはぼくのすぐ右前を急ぎ足で歩く。二人のうち年上の三十代半ばのほうが、向こうから歩いてきた若い男に声を掛けた。「さっきの親子、どうやった?」 若い男は照れるように首を横に振り、左右の手でバツのジェスチャーをした。「何しとんねん、捕(つか)まんかい!」と年上の男。ぼくの前をさらに急ぎ、男二人は商店街から脇道にそれ大衆食堂に入った。不況忍び寄る不動産業界よ、「何しとんねん、誠意見せんかい!」
☆ ☆ ☆
壁に耳あり障子に目あり。耳と目は壁や障子の向こう側だけにあるとはかぎらない。顧客の耳と目はそこらじゅうにある。耳と目はぼうっとしていることも多いが、ここぞというときには聞き耳を立て目を凝らす。そのことに気づいていない売り手はやがて二枚舌を暴かれ、表と裏、ホンネとタテマエ、天使と悪魔のいずれであるかを見破られる。
通りの角をお客が曲がって消えるまで見送り続ける料亭の女将。見送り届けた直後のことば遣いを聞き、表情を見てみたい。そこに落差ありやなしや。あるとすればどんな落差か。上客におべっかを使ったと思えば、帰った客の金遣いの悪さにチェッと舌打ち。従業員の不手際を怒鳴り散らした直後に、ささやくような声で平身低頭で詫びを入れる。
電話中と電話を切った直後の態度とことばの落差。得意先訪問中と社屋を後にした直後の態度とことばの落差。講演直後には褒めちぎられたものの、パスした懇親会でボロクソの欠席裁判(時々そんな悪夢を見る)。だいたいにおいて、異様なほど過分に褒められているなと感じたときは、褒めた連中が陰に回ってから悪口を楽しむだろうと推察していい。
☆ ☆ ☆
ある駅に降り立った。徒歩10分ほどの位置にあるホテルがよくわからない。駅前にある賃貸オフィスは、接客中でないにもかかわらず、場所を尋ねるぼくに「知らない」と軽くあしらった。その土地の顧客になりえない出張族への接し方一つで人と店の質がわかる。真剣にこちらが対峙すれば、粉飾された束の間の誠意を見破るのはさほど難しくない。ふだんの習性は、たとえ必死にカモフラージュしても、ことば遣いと立ち居振る舞いに滲み出るものだ。
舞台の上と楽屋での言動を完全一致させることはないし、そんなことは無理な話だろう。しかし、感謝や誠意や親切などは「時と場合に応じて」というものではない。「精神的お辞儀の角度」は表でも裏でも同じだからこそ尊いのだ。営業スタッフよ、むくれた顔になりたくなければ、即刻仮面を外したまえ。
「よく言うよ、あんただって他人批判をよくしているじゃないか」という声が聞こえてきそうだ。たしかにぼくも本人のいないところで毒舌を吐く。しかし、本人がいるところでも同じように毒舌を吐く。相手が無理難題を突きつけてきたとする。泣く泣く持ち帰って陰で悪態をつかない。その場ではっきりと自論を述べる。若い頃は他人の仮面を剥がそうとしてできず、よく失望した。ここ数年は自分自身の仮面と闘っている。仮面は他人に向けられた詐術だが、欺かれる第一の犠牲者は自分自身である。
週刊イタリア紀行No.22 「ミラノ(1) 文脈が見えない都市」
2008年12月15日 12:00
パリからミラノのマルペンサ空港に着いたのは2006年10月4日。その四年半前、この空港で退屈な時間を過ごした。その時はナポリへの乗り継ぎのため、便を待つこと4時間。もちろん、空港からは一歩も外に出ていない。だから、ミラノの市街へ入るのは五年半ぶりだった。
初めてミラノに滞在した7年前、ぼくは置引きに遭った。宿泊したホテルは貧弱、行く先々での食事はまずかった。街のそこかしこに目立つ大胆な落書き。これが新旧アートの誉れ高きミラノか・・・・・・と溜息をつき落胆した。そんなマイナスの印象が依然残っていたので、ミラノはパスして、パリからヴェネツィアに直行する計画だった。しかし、ミラノに滞在することに決め、インターネットでホテルを4連泊予約した。ミラノを拠点にすればジェノバ、トリノ、ベルガモへの一日旅行が楽になるという思惑ゆえである(ベルガモとスイスのルガーノには行ったが、ジェノバとトリノへのチャンスはなかった)。
しかし、7年前の芳しくない思い出には続編があったのだ。マルペンサ空港からリムジンバスでミラノ中央駅に着いた。乗客が全員まだ席についているのに、バスの側面の扉が早々と開く。突然、バスの停車場で待機していた不審な男が走り気味に近づき、旅行鞄の一つを持ち逃げしたのだ。そのラゲージが自分のものだと気づいた乗客が「あいつを捕まえてくれ!」と叫ぶ。運転手の遅々とした反応(泥棒と仲間だと思われてもしかたがない)。乗客が追い通行人も加勢したかに見えたが、視界から消えた。うかうかしていると自分のラゲージも危ない。ミラノはいきなり旅人を疲れさせる。
☆ ☆ ☆
中央駅そばの地下鉄駅から三つ目がホテルへの最寄り駅だ。直感的に地下鉄をやめて、路面電車でブエノスアイレス大通りへ。そこで降り、地図を頼りに夕闇迫る見知らぬエリアをホテルに向かった。ホテルにチェックインして荷物をほどいてやっと動悸が治まる。気が付けば、異様なほどの空腹。服も着替えずに外に出た。ホテルの目の前にグレードの高そうなレストラン。ここは明日の楽しみにしておこうと思い、とりあえず下町の裏道を歩くことにした。
いくつかの店を品定めしたあと、家族経営っぽい庶民的なピザ屋を見つけた。大阪の庶民的なお好み焼店の雰囲気だ。その店の食事、数え切れないほど食べてきたイタリアン食事史上で最低だった。半生のような分厚い生地のピザ。作り置きしていて温めなおしたスパゲティ。ミラノの隠れた名物であるはずのライスコロッケは大味。涙が出そうになったが、懐かしいモノクロのイタリア映画のシーンと登場人物で重ね合わせて、愉快がることにした。そうでもしないと、これからの4泊5日が呪われるような気がしたのである。
ゴシックの最高傑作ドゥオーモと最後の晩餐に象徴される歴史的遺産。ミラノ・ファッションに代表されるトレンディーな流行発信基地。そこにぼくの体験を織り込んでみると、街の文脈がまったく見えなくなってしまう。ミラノとはいったい何なのか? 奇をてらわず、凡庸な旅人になって定番観光に徹しようと決意した。その出発点に選んだのが、ヴィットリオ・エマヌエーレⅡのガッレリアである。
☆ ☆ ☆
ホテルから地下鉄1線で4駅目にドゥオーモがある。(左)ドゥオーモ広場北側の入口からスカラ座までが「ガッレリア」。カフェ、レストラン、書店などが立ち並ぶ商店街アーケードだ。(右)ガッレリアからスタートしたこの日、方々を散策してドゥオーモ広場に戻ると大勢の若者で異様な賑わい。右の建物のバルコニーに現れたイケメンのタレントがお目当てだった。
(左)ガッレリアの巨大な入口。(中央)アーケードは1877年に完成。聳えるようなガラス天井。(右)舗道にはこれでもかとばかりにタイルとモザイク模様の装飾が凝らされている。
(左)華麗なモザイク床を土足で歩き放題。目の色変えてショッピングに精を出さなくても、歩くだけでも贅沢な気分になれる。(下2点)高級ブランド街は少し離れた通りに群を成しているが、ここガッレリアにはプラダ本店が鎮座。ルイ・ヴィトンも店を構える。日本人女性が客の大半であることは言うまでもない。
(左)ガッレリアを抜けるとオペラの殿堂「スカラ座」。第二次世界大戦後に建て直したので、古典色はない。パリのオペラ座に比べても質素な印象だ。
土曜午後の書店、アマノジャク
2008年12月13日 19:00
今日は土曜日。ゆっくり本を読もうと思っていた。買いだめしている本から読めばいいのに、気になる本が一冊あったのでぶらぶらと本屋まで歩いた。徒歩10分のところに有名な大手の書店がある。気になる本と他に3冊買ってしまった。用が済めばさっさと帰るのが流儀だが、今日はめずらしく小一時間立ち読みに耽った。本の論点らしき箇所を探して検証したりアマノジャクに反駁したり・・・・・・。
☆ ☆ ☆
ある本には「正論ばかり唱えていると人が離れていく」と書いてあった。
心当たりはある。民心というものは、そうであって欲しくはないと願えば願うほど、明らかに胡散臭い方向に流れていく。しかしだ、そもそも何が正論で何が邪論かはよくわからない。ぼく自身、「それ、正論ですよ」と言ってもらうこともあれば、「変わってる」とも言われる。自分なりには、ややアマノジャクながらも本質を衝いているのではないかと思っている。いや、ぼくだけではなく、誰もが多かれ少なかれ自分の意見は正論に近いと自覚しているに違いない。
まあいい。ぼくが自他ともに認める「正論吐き」だとしよう。そうすると、知人も友人も塾生もどんどん離れていくということになる。なるほど、少し当っているような気がする。ここ数年、人脈ネットワークが小さくなっているし、人付き合いもめっきり減ったし、ゆっくり会って飲食して対話を楽しみたい「この人!」も少なくなってきているかもしれない。この分だと、最後の晩餐は一人でメシを食う破目になりそうだ。
だから、それがどうしたというのだ。人が離れていってもいいではないか。小手先の術を使わず、正論漬けで結構だ。モテない男がホンネを捨ててでもモテる作戦を立てるのには賛成するが、この齢で、今さら邪論を唱えて人離れを防ぐ気にはなれない。
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別の本は「情報を一元化してまとめる」をテーマにしたベストセラーだ。たしか情報編が先に出て、第二弾は読書編だと思う。
ぼくは情報一元化を自ら実践してきたし、一冊のノートに見聞きした情報やひらめいたアイデアをメモするように薦めている。面倒臭いけれど、読書をして印をつけた用語や傍線部分や欄外コメントも、後日抜書きするのがいい。この本には基本的には賛成だ。
しかし、「情報を一冊にまとめる」の「まとめる」が少し気に入らない。「まとめるテクニック」は著作業や企画業などアウトプットを仕事にしている人には役立つ。たとえば、ぼくの場合。お粗末ながら著作経験があり自前の研修テキストを年間何十と執筆編集する。企画・執筆・講演をつねに意識しているので、活用のためのまとめは重要な作業だ。そういう仕事と無縁であるなら、ノート上のまとめや分類や活用のためのインデックスなどに凝ったりこだわったりすることはない。
情報は1テーマ1ページでノートにメモすればいい。読書の抜書きも同じノートでかまわない。インプットする情報がすべてそこに書いてあるということに価値がある。そして、週に一回ほど、そのノートをめくって記憶を新たにし、何か気づいたことがあれば書き加えればよい。まとめることを意識などせず、まずはメモを取る習慣になじむことだ。これまで何もしてこなかった人なら、メモの習慣だけで思考とコミュニケーションスキルは見違えるようになる。
誤解なきよう。ぼくのように「情報一元化の習慣」を単刀直入に薦めて「ハイ、おしまい」では一冊の本は出来上がらないのだ。文庫であれ新書であれ、おおむね200ページの体裁が本の最低条件。だから、幹以外に枝葉が必要になってくる。裏返せば、自分の仕事や状況や現在のスキルに応じて枝葉を適度に剪定(せんてい)するように拾い読みする―こんな読書の方法にも理があることがわかる。
「ケースバイケース」はずるい
2008年12月12日 13:00
国語辞典を引いていて、調べている語句と違う箇所にふと視線が落ちて無関係な情報を拾ってしまうことがある。昨夜は、【来る】ということばに目が行ってしまい、「このコロンボときたら(=という人は)、本当に警部かどうかさえ疑いたくなる人相・風体だ」という例文に出くわした。探してきたのか作ったのかはわからないが、なかなか愉快な文例ではある。
愉快ではあるが、初対面時に限定された用法だ。刑事コロンボをよく知るぼくとしては、あの人相・風体ゆえに魅力を感じるわけである。数々の難事件を最終的には必ず解決するのだから、警部かどうかを疑うなんてとんでもない。
「この〇〇ときたら、本当に政治家かどうかさえ疑いたくなる人相・風体だ」とするほうが、思わず膝を打ちたくなるほどぴったりくるではないか。「〇〇」に実名を入れたい政治家は五万といるが、大事なのは人相・風体よりも「能力」だ。
政治や政治家の話は公言しない主義だが、昔の話なら少しはいいだろう。
「大臣、もし~のような事態になれば、どんな対策を立てられますか?」と記者が尋ねた。紳士的でまっとうな質問である。これに対して、時の大蔵大臣はこう応じたのである―「仮の話には答えられない」。平然と言いのけたその姿の向こうに、この大臣の、ひいてはその他大勢の政治家たちの想像力の限界をしかと見届けた。
「この問題をどう解決するのか!?」という質問は直截的で厳しい。しかし、上の例では、大臣が気を遣わずに答えられるよう、わざわざ「もし~ならば」と仮定で記者は質問してくれたのだ。考えを発展させるとき、「仮にこうだとしたら」という前提を積み重ねていく。未来のことを推論するのだから、何かを前提として結論を下すのは当たり前である。
☆ ☆ ☆
「仮の話には答えられない」という応答がいかにひどいか。「もし大雨になれば、どうされますか?」に対して、「雨が降っていないので答えられない」、「雨が降ってから考える」と対応するのに等しい。これはアホである。「大雨」を「大地震」に置き換えても、アホの論理が変わらないから、「君、そんな質問は大地震が起こってからしたまえ!」と苛立つのに違いない。危機管理能力が低いと評する前に、絶望的なまでの想像力の無さこそを嘆くべきだ。
先送り、慎重に検討、状況を踏まえて判断、よく精査など「潔くない逃げ口上」がはびこる。批判側も論争不器用につき、このような言い逃れを封じることができない。ぼくはこうした逃げ口上の大親分が「ケースバイケース」だと睨んでいる。
個々の場合や事例に応じて考えたり、そのつど柔軟に振る舞うようなニュアンスがあるため、「ケースバイケースで行こう」に目くじらを立てる人は少ない。しかし、これほど性悪(しょうわる)なことばはない。どのケースかを特定しない点では「仮の話に答えられない」に通じる。ケースが明白になってから考えようというのは「先送り、棚上げ」そのものである。
自分自身の経験を振り返ってみればよい。ケースバイケースで済まして、うまくいったためしがどれだけあっただろうか。このケースならこうして、あのケースならああしてと緻密なシミュレーションなどしていないのだ。いざケースに直面しても対策の施しようがない。実際に問題が発生したとき、「大臣、ケースバイケースで行こうとおっしゃったでしょ? どうするんですか?」と聞いてみればいい。きっと大臣はこう答える―「よし対策を練ろう。ケースバイケースで」。そう、ケースバイケースバイケースバイケース・・・・・・ケースを携えた旅は延々と続く。
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辞書を引いていて偶然コロンボに出くわし、それが政治家のアタマと語彙へと移ろった。知らず知らずのうちに、ぼくの意識の中で昨今の政治文脈が張り巡らされつつあるのだろう。
師走の候、古典に入(い)る
2008年12月11日 12:30
幸か不幸か、師走になると出張がめっきり減る。地元での講演や研修も12月は少ない。というわけで、オフィスにいる時間が長くなる。「幸か不幸か」と書いたものの、決して「幸」とは言いがたい状況かもしれない。唯一の慰めは、多忙期に備えて知のインプットができるという点だろうか。
「知のインプット」などと洒落こんだ言い方をしてみたが、何のことはない、日頃腰をすえて読めない本や資料に目を通すだけの話である。今年は古典を読み直している。源氏物語ブームであるが、古典イコール文学ではない。一昔前の思想ものや歴史・文化だって古典になりうる。わざわざ本を買いにはいかない。かつて一度読んだものをなぞったり、買ったけれども未だ読破できていない書物に挑んだりしているところだ。
加速する情報化時代、昭和までの著作は古典という範疇に入れてもいいかもしれない。では、なぜ古典なのか? 実は、十一月に高松で数年ぶりに再会したY氏の古典への回帰の話に大いに刺激を受けた。退職されて数年、六十歳も半ばを過ぎた今、ビジネスや時事関連の本をすべて処分し、書斎をそっくり読みたい書物に置き換えたとおっしゃる。食事をしながら、シェークスピアや小林秀雄を高い精度で熱弁される。大いに感心し、啓発された。
仕事柄、時々の話題や最新の動向にはある程度目配りせねばならない。でなければ、時代に取り残される。しかし、新作ものばかりでは焦点が定まらない。新刊を休みなく追い求めるのは、煽られて次から次へと新しいサプリメントを求める心理に似ている。これに対して、一時代を画した古典は大きくぶれない。価値の評価は上下したとしても、生き残っている古典は継承されてきたのであり、継承されたということはいつの時代も選ばれるに値したのである。サプリメントとは違って、こちらは身体によいおふくろの手料理みたいなものだ。
☆ ☆ ☆
12月19日は今年最後の私塾の日である。以上のような環境にいるぼくなので、私塾スペシャルの今回、心底古典講座にしたかった。それは、しかし、5月の約束を破ることになる。すでに「マーケティング」でテーマは決まっているのだ。
「失われた十年」からの数年間でマーケティング理論は激変した。激変のみならず、諸説入り混じり、何をお手本にすればいいのかわからない状況だ。こうなった最大の要因はウェブである。「売買」という概念は牛を呼び売りした三千年前から変わったわけではないが、メディアの多様化とともに「売買関係」や「売買心理」は新しい領域にぼくたちを誘った。
すでに決まっているテーマとぼくの関心事が相容れないわけではない。一計を案じるまでもなく、マーケティングと古典を単純につなげばいいのである。題して"Marketing Insight Classic"。敢えて日本語のタイトルにしない。理由は、"Classic"には古典という意味以外に、「最高、一流、重要、模範、決定版」などのニュアンスがあるからだ。
サブタイトルはわざと長ったらしく「マーケティングの分野に足跡を残した古典的思想に知と理を再発見して今に甦らせる」とした。何と切れ味のない文章なんだ! と自己批評はしたが、ぼくが今まで「幅広く勉強してネタを仕込み、じっくりコトコト煮込み濃縮してきたエキス」だし、そんな名前のスープもあるくらいだから、これでいこうと決断した次第。
ユーモアの匙加減
2008年12月10日 12:00
ユーモア、ジョーク、エスプリ、ウイット、パロディ、ギャグ・・・・・・「愉快学」の専門家はニュアンスを峻別して見事に使い分ける。この関係の本は若い頃から百冊くらい読んできたので、ぼくもある程度はわかっているが、今日のところは「ユーモア」ということばにタイトルの主役を務めてもらった。
「ひきこもごも」という熟語がある(断るまでもなく、「ものすごく引きこもる」ことではない)。このことば、「悲喜交交」と書くのだそうである。人生には悲しいことも喜ばしいこともある、社会には悲しむ人がいる一方で喜びに満ちた人もいる、悲しみと喜びは入り混じって人間模様や人生絵図を描く・・・・・・まあ、こんな意味である。悲悲交交ではたまらない。できれば、毎日一生、喜喜交交がありがたい。
世の中、おもしろい人間とそうでない人間がいる。ぼくの周辺にもバランスよく半々で棲息している。どちらかと言うと、ぼくは悲劇よりも喜劇をひいきし、泣きネタよりは笑いネタのほうを好む(もちろん、このことは単純な楽観主義者・楽天家を意味しない)。もらい泣きはしないが、もらい笑いはする。儀式としての作られた泣きは許せるが、本気モードでない作り笑いは許せない。
涙は国境を越える共通価値をもつ。だから、ぼくには悲劇はことごとくステレオタイプに映る。スピーチでは身の上の不幸や苦労話を語っておけば大失敗はない。講演会場に悲しみの空気を充満させるのはさほど難しくないのだ。他方、普遍性がないわけではないが、喜劇はおおむね個々の土着文化に根ざす。この場所・この街でおもしろいことが、少し離れたあの場所・あの街で笑いを誘わない。笑いは成功するか失敗するかのどちらかで、成否明白ゆえに挑戦的である。したがって、おもしろさの査定には「満点大笑」と「零点不笑」さえあれば十分、わざわざ「大笑」「中笑」「小笑」を加えて5段階評価にする必要はない。
☆ ☆ ☆
雨降りの日に百円引きしている蕎麦屋がある。空を見上げれば雨模様だ。店に入る直前ポツポツと降り始めた。傘はない。こんな時、百円引きに目もくらまず、さっさと入店するのは「粋」かもしれないが、そこに愉快精神はない。やっぱり、蕎麦屋の隣のビルに潜んで土砂降りになるのを待つ姿のほうがユーモラスである。
明けても暮れても冗談ばかりでは回りが疲れる。生真面目とユーモアのバランスを取るのは容易ではない。こういう文章にしても、真摯に綴っていけば生真面目な空気が充満して息詰まってくる。それに耐えられなくなると照れてしまう。そこで自ら茶化す。ユーモアで生真面目ガスを抜きたくなる。もちろん、こうなるのはぼくの特性であって、世の中には何時間も生真面目を語り書き続けられる人もいる。一度たりとも他人をクスッと笑わせもせず、読ませ聞かせ続ける力量には驚嘆する。
ここで昨日の年賀状の話を続ける。ぼくが年賀状にしたためる文章は、自分なりには本質論であり真摯な意見であると思っている。しかし、シャイな性分ゆえ、どこかでユーモアを小匙一杯加えたり、シニカル系愉快を仕掛けたりしないと気がすまなくなるのである。ただ問題は、年賀状を手にする人たちすべてが、ぼくの匙加減の味になじんでいるとはかぎらない。したがって、人を小馬鹿にしてけしからんとか正月早々冗談はやめろとかの怒りを感じる方には申し訳ないと言うしかない。
しかし、もっと気の毒なのは、ユーモア味にまったく気づいてくれず、メッセージの全文を生真面目に受け止める人たちである。彼らは「おもしろい年賀状があるよ」とは言わず、「ためになるよ」と言って社内回覧したり清く正しく朝礼のネタにする。ある意味で、悲劇である。
年賀状という「年一ブログ」
2008年12月 9日 10:00
年賀状準備の時期になった。当たり前のことだが、年賀状というものは、投函する前にまず書かねばならない。書くにせよラベルを貼るにせよ印字するにせよ、宛名・住所は面倒である。しかし、もっと面倒なのは裏面の原稿である。
ぼくが作成する年賀状は、社名で差し出す一種類のみである。公私の隔てはなく、仕事と無縁な知人や親類にもこの年賀状を出す。創業当初の数年間は現在とは異なるスタイルだったが、1994年から15年間現在の「型」を継続している。
ぼくの年賀状を受け取ったことのない人はさっぱり想像がつかないだろうが、裏面には謹賀新年から始まり文字がびっしり印刷されている。だいたい二千字前後である。正月早々これを読まされるのは大変だと思う。したがって、ごく一部の熱狂的なマニアを除けば、たぶん読んではいない。後日、年賀状の話題が出たときに読んでいないとばつが悪いので、一月中にぼくと会う可能性のある知人は、キーワードくらいは覚えておくのだろう。
☆ ☆ ☆
ハガキサイズにぎっしり二千字。もはや「小さな」という形容では物足りないフォントサイズになっている。「濃縮紙面」とでも呼ぶべき様相を呈している。だから、友人の一人などは、このハガキをコンビニへ持って行きA4判に拡大して読むそうである(原本はA4なので濃縮を還元していることになる)。ありがたい話だ。
市販の定番年賀状を買えば宛名と住所だけで済ませられる。実際、そうして送られてくる年賀状が2、3割はある。誤解しないでほしい。そのようなまったく工夫のない年賀状をこきおろしているわけではない。むしろ、差出人にのしかかる負担と抑圧の少ない年賀状が羨ましいのである。いや、ぼくにとって、ほとんどすべての年賀状がぼくのものよりも文章量が少ないという点で羨むべき存在なのだ。
干支をテーマにしておけばさぞかし楽に違いない。なにしろ干支は毎年勝手にやってきてくれる。いきおい文字や図案に凝ったり写真を散りばめたりする方面にエネルギーを注げる。ところが、ぼくの場合、毎年11月中旬頃から数週間ずっとテーマを考える。テーマが決まると、二千字で文章を綴るのは一気だ。たぶん半日もかからない。但し、印刷・宛名とその後の作業がせわしくなるので、デザイン要素は最小限にとどめる。こうして文字だらけの年賀状が刷り上がる。
☆ ☆ ☆
スタイルの踏襲は意地の成せる業か。十五年という歳月にわたる継続は、簡単にスタイルの変更を許してくれない。「毎年楽しみにしています」というコメントをくれる十数人を裏切ってはいけないという、一種の情が働くのか。スタッフも全員、ぼくの手になる年賀状を社用で利用する。醸し出すべき個性と社風の両立も難しいが、テーマ探しとスタイルの継承が精神的負担になり抑圧になる。
今年は負担と抑圧が例年より大きい。なぜだろうとよく考えたら、わかった。年賀状はぼくにとって、年に1回したためるハガキ判のブログだったのだ。それが、今年6月から本ブログを始めたために、意義が薄まったような気がしてならないのである。振り返れば、ブログ習慣というのは、二日に1回のペースで年賀状を書いているようなもの。あらためて一年ぶりの更新に戸惑っている。
負担、抑圧、苦痛に耐えて何とか平成21年度の年賀状の構想が仕上がった。今日一気に書き上げる。ちなみに、平成20年の今年に差し出した年賀状を紹介しておく。
週刊イタリア紀行No.21 「オルヴィエート(2) エトルリア文明の名残」
2008年12月 7日 23:00
エトルリアについてよく知らなかったし、今もさほどわかっていない。『エトルリア文明』というえらく難しい本にざっと目を通してはいるが、受け売りするレベルにも達しない。ローマ時代を読むだけでも精一杯、さらにその前の紀元前の時代にまでは手が回らない。エトルリア時代とのきっかけは今から6年前。ペルージャ滞在にあたって調べていたら、紀元前4世紀のエトルリア時代に遡る古代都市であることを知った(目の当たりにしたペルージャに残るエトルリア門は「歴史の貫禄」そのものであった)。
オルヴィエートもエトルリア国家の一つで、ペルージャより2、3世紀古いとも言われている。エトルリア(Etruria)はエトルリア人(etrusco)たちの居住地で、主として現在のトスカーナ(Toscana)地方を中心とした地域である。"Toscana"はこの"etrusco"に由来するらしい。生兵法は大怪我、いや大恥の基ゆえ、塩野七生の『ローマから日本が見える』に拠って「エトルリア人」を紹介しておく。
「エトルリア人の起源については、いまだ謎とされているのだが、早くから鉄器の製造法を知っていて、イタリア半島に彼らが定着したのも、半島中部にある鉱山が目当てであったと考えられている。古代エトルリアには十二の都市国家があったが、突出した力を持つ国家はなかったので、エトルリア全体で協調行動を取ることがなかった。このことが、のちにエトルリアが衰亡する致命傷になったのである。」
☆ ☆ ☆
この日、アパートで前夜調理して食べ残したイカのリゾットをカップに入れて持参していた。それとゆで卵がランチだったので、レストランに入る予定はなかった。初めて訪問するイタリアの街で地元の料理とワインを賞味しないのはあまり賢明ではない。それは重々承知しているのだが、ローマで予約していたホテルを急遽キャンセルしたため想定外の出費があり、財布の紐を締めにかかった矢先だったのだ。
「ここはエトルリア文明の街だ」と自覚するだけで、視線は古びた煉瓦や街路にも延びてくれる。街の中心であるレップブリカ広場では市が立っていた。名物の白ワインを買わない手はない。二本がセットになったご当地の定番を買う。広場から旧市街あたりへ出て、地図に名前も載っていない小道をぶらぶら。
旧市街やドゥオーモへ引き返す別ルートの道すがらにエトルリア時代の遺産はほとんど残っていないのだろう。おそらく現存する面影は中世の佇まいなのだ。にもかかわらず、ぼくはエトルリアの名残を時空間的に錯視している。そのように感じざるをえない舞台装置がここには巧妙に仕組まれていた。 《オルヴィエート完》
☆ ☆ ☆
(左2点)レップブリカ広場の市場。店の数は多くないが、結構賑わっていた。
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(左)レップブリカ広場のサンタンドレア教会と市庁舎。(中央)好奇心で覗いてみたレストラン。(右)メニューをもらった。エトルリアコースが32ユーロ(当時で5000円!)とは高級ランチだ。
(左)重厚感が滲み出る壁。(中央)サングラスをした猪の剥製ディスプレイ。(右)日本に持ち帰ったオルヴィエートの白ワイン。一本400円だが、わが家で賞味した某氏は超高級ワインだと感嘆していた。あと一本残っている。
(左)ドゥオーモ方面への帰路。裏通りにエトルリア料理を掲げるトラットリア。
(左)通りから姿を現すドゥオーモ。こんなに繊細で眩しい光を放つゴシック建築の大聖堂は珍しい。
(右)ドゥオーモの見納め。丸いデザインは「バラ窓」と呼ばれる。まるでレース模様を編み込んだかのようだ。
ネガティブマニュアルを解体せよ
2008年12月 5日 12:00
今週の月曜日、昼にうどんを食べに行った。午後1時前、すでに賑わいのピークは過ぎているはずなのに、カウンターは満員。「お一人ですか? そちらのテーブルでお相席願えますか?」 示されたテーブルには女性が一人。そこに進みかけた矢先、別のテーブルが空いたのでそちらに座った。「お相席になるかもしれませんが、よろしいですか?」と念押しされてから、注文を聞かれた。
注文してからおよそ5分、うどん定食がきた。ランチタイムは客が引き潮のように消えていく。店に入ってからわずか10分ほどの間に、カウンター席も6つあるテーブル(各4席)も半数は空き、一つのテーブルに一人か二人が座っている状況になっている。誰が見たって、がらんとしている。
にもかかわらず、入店から食事を終えるまでの20分間、ぼくはホールを仕切るオバチャンの「お相席でお願いします」と「こちらのテーブル、お相席お願いするかもしれませんが、よろしいですか?」という声を少なくとも5回耳にした。ピークを過ぎてもお客さんは一人、二人と来る。そのつど、このオバチャンはそう声をかけるのである。他のテーブルが空いているのに、「こちらのテーブルで相席お願いします」と誘導し、知らん顔されて空いているテーブルに座られると「こちらのテーブル、お相席お願いするかもしれませんが、よろしいですか?」
このオバチャン、もはやうどん屋であることを忘れている。ピーク時の満席をどうやりくりして席を割り振るかに必死だ(店長にきつく叱られたトラウマか)。おいしいうどんをゆっくり食べてもらうどころではなく、限られた時間に何人捌くかがオバチャンの仕事になっている。未だ来ていない客との相席を当面の客に乞うのはネガティブ接客である。閑散とした時間帯にまでいちいち「相席」云々はないだろう。正直言って、うどんを食べた気はしなかった。落ち着かないこの店には二度と行かない。
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「エスプレッソのほう、こちらの小さなカップでごく少量のコーヒーになりますが、よろしいでしょうか?」 エスプレッソを注文すると、5店舗のうち3店舗でこう確認される。飲んだことのないエスプレッソを注文したのはいいが、出てきた小さなカップを見てイチャモンをつける客が月に一回か二回かあるのだろう。そんな客対策としてマニュアルに「エスプレッソ注文時の確認事項」が追加されたのに違いない。
注文カウンターでアイスだのホットだの、レギュラーだのカフェラテだのと書いてあるメニューを見つめること数分、迷いあぐねて「エスプレッソ」と注文する客には、臨機応変を条件にそのように確認してもいいだろう。エスプレッソを知らない可能性があるからだ。だが、小銭をポケットから取り出しながら、メニューも見ず一秒たりとも逡巡せずに「エスプレッソ!」と威勢よく注文する客に断りはいらない。その対応は、喫茶業としては野暮である。
百円硬貨を二枚カウンターに差し出して、「ごく少量の濃いコーヒーの入った小さなカップのエスプレッソをください」と客のほうが先手で攻めたら、カウンターの向こうのアルバイトの女子、どんな反応を見せるのか(「エスプレッソのほう、ダブルにもできますが・・・・・・」と対応するようマニュアルには書かれているかもしれない)。
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リスクを未然に防ぐことは重要である。しかし、必要以上にクレームの影に怯えることはない。怯えて構える「転ばぬ先の杖」が目立ちすぎて逆効果だ。こうして編集されるマニュアルを「ネガティブマニュアル」とぼくは勝手に名付けている。正社員・パート社員は「後で文句を言われないための単純ハウツー」を徹底的に仕込まれ、まるで機械のようにワンパターンで反応する。こんな書き方をすると、人間に失礼? いやいや、センサーで状況判断できる機械に失礼だ。
思い上がるカスタマーや理不尽クレーマーが激増する昨今、ネガティブマニュアルによる自己防衛に走らざるをえない心情も察する。だが、行き過ぎだ。商売の本来あるべき姿から逸脱している。一握りの消費者への過剰対策が多数の良識ある消費者の気分を損ねることだってある。そのことに気づくべきだ。
字句や文章に線を引く
2008年12月 4日 12:00
昨日、何冊かに一冊は流し読みという読書に回帰しようと誓った。しかし、現実的にはそんな悠長な読み方は少なくとも仕事上は許されず、本にどんどん印を入れたり線を引いたり欄外にメモを書いたりする日々だ。
「線を引く」には二つの機能がある。後日の再読用に目立つようにしておく機能と、意識を高め読み取る気合を入れる機能だ。一つ目の機能は付箋紙でも代用がきくが、二つ目の機能はペンによる線引きでなければならない。印や線は内容の理解を促すような気がする。おそらく錯覚なのだろうが、ぼくの知り合いには一冊の本のうち90%の文章を蛍光マーカーで光らせている人がいる。
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『広辞苑』で「下線」の項を引いたら、「アンダーラインに同じ」と書いてあった。ページを繰り直してアンダーラインの項へ。そこには「注意をひくため、または備忘のために、横書きの字句の下に引く線」とある。そりゃそうだ。文字の下に引く線だからアンダーライン。横書きの場合はそう。ところが、横書きの本なんて少数派ではないか。実際、手の届く本箱の一番上―読みかけたりこれから読もうとセレクトした本を並べている棚―には80冊の本があり、そのうち横書きの本は『中学理科の教科書』と『ラテン語の世界』の二冊だけである。
わが国では圧倒的に多い縦書きの本。強調線を引くのは文字の右側であるから、アンダーラインとは言わない。ほとんどの国ではアンダーラインでいいだろうが、雑誌や一部の書物を除けば日本の出版物では下線の出番は少ない。再び『広辞苑』をめくった。さっき「下線」を調べたら「アンダーラインに同じ」だった。ならば、「横線」の項には「サイドラインに同じ」と出てくるのだろう、と推理した。
JR東海道線の支線「横須賀線」はあったが、「横線」なんていうことばはない。それで「サイドライン」へ飛んでみた。「テニス、バスケット・ボール、バレー・ボールなどで、コート両翼の区画線」が一つ目の意味で、二つ目に「傍線」とあった。
傍線なら知っている。傍点ということばもある。実を言うと、横線を発想する前に「縦書き文には傍線だろう」と見当をつけていた。しかし、ぼくが知るかぎり、傍線は自分のために引くのではなく読者のために引く線である。引用文などで「傍線筆者」と書くのは、読者のために原文にはない傍線を著者がほどこすことだ。
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面倒臭くなってきたが、ここでやめたらそれまでの時間がムダになる。そこで念のために傍線を調べてみた。「強調し、または注意を向けさせるために、文字の横にひく線」とある(傍線部分は岡野―こんなふうに使う)。やっぱりそうだ。他人に向けられた線のことなのだ。しかし、ちょっと待てよ。強調するのは自分のためかもしれない。いや、自分が自分に注意を向けさせることだってありうるぞ。
というわけで、別の辞書『新明解国語辞典』にあたった。「縦書きの文章で、注意すべき字句(文)の右側に引く線」と定義されているではないか。さすが「明解(明快)」だ。これなら、注意すべき字句へ喚起させるのは自分でも他人でもいいことになる。しかも、「縦書き」と「右側」とまで厳密に書いてくれている。
縦書きの文章に引く線の名称は「傍線」ということで、一件落着。であるならば、先程の「強調し、または注意を向けさせるために、文字の横にひく線」の引用にあたっては、「下線部分は岡野」としなければならない。このブログ記事は横書きなので、必然下線と呼ぶべきであった。線はややこしい。縦書き・横書きに関係なく、これからは文章を囲もうと思う。
筆記具構えて本を読む
2008年12月 3日 20:30
決心したのに守れなかった。それなくして一日を終わらせることはできないのだろうか。職業病なのか、あるいは性(サガ)なのか。久々にフルネームで呼んでやるならば、そいつはパーソナルコンピュータ(PC)というものである。
血行があまりよくない(過度のPC使用が原因だと勝手に決めている)。差し迫った仕事がない今日、在宅読書をすることに決めた。自宅なら軽装でデスクに向かえるし、いつでも身体をほぐす体操もできるし、刺激臭の強い湿布を貼っていても気にならない。何よりも、職場にいなければPCを使わずにすむだろうと目論んだ。
本は何冊も拾い読みした。しかし、途中で「はてな癖」が出てきた。読んでいる本のテーマとは無関係のその「はてな」が気になり、PCを取り出してそのことを書こうと思い立った。こうして「今日はPCを使うまい」という決心は数分前に崩れた。
(こんな経緯を前置きにしたために、休ませる予定だった指も手首も余計に使った。いきなり本題に入って、さっさと電源オフしたらいいのに・・・・・・。おっと、この注釈すら余計。)
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やわらかな木洩れ日が射す広い庭に面したテラスでティーカップ片手に読書。映画かドラマで実際に見たか、見たような気がするデジャビュ体験か、こんなシーンがよく浮かぶ。優雅な読書習慣は教養の高さを漂わせる(この場面でアホ顔の主人公は想像しにくい)。記憶に残るそのシーンにズームインしても、筆記具はどこにも見当たらない。その読者はゆったりとページを繰るのみである。
そんな光景がチラチラして、読書に専念できなくなったのだ。その主人公に比べて、タイ製の中性ゲルインク「印のつけられるボールペン」という名称のペンを右手に読書をしているぼくが何だか守銭奴のように思えてきた。そんなに卑下することはない、獲物を追うハンターのごとく一字一句一行たりとも見逃さぬ知的情報行動ではないか!? と叱咤激励してもなんだかむなしい。
なぜ文章に線を引いたり用語を囲んだりするのか。欄外にメモを書き込むのか。好奇心とは一線を画す野心の成せる業か。習慣や仕事柄などいろんな理由があって「読書にペン」という取り合わせになっているに違いない。しかし、いつかどこかで使ってやろうという下心を認めざるをえない。ぼくのペンは一色なので三色ボールペンより下心の度合いはましだろうが、筆記具は読書の一つの特徴である「読み流し」の楽しみを奪っている。
本から何かを学ぶことと本そのものを読み流すことはまったく違う。忘れまいとして読むか楽しもうとして読むかという違いでもある。昨今、前者の読み方ばかりしている(読書や書物を題材にする著者もみんな筆記具片手に読んでいるんだろうな)。小説を読むときまでペンを取り出すようになると、もはや仕事になっている。
調査や資料探しと次元を異にする読書をどこかに置き忘れてきたようだ。せめて数冊に一冊くらい、筆記具の代わりにコーヒーカップを片手に読書をしてみよう。
なかなか整合しない、主題と方法
2008年12月 2日 14:00
社会的意義のきわめて小さいニュースをお伝えする。昨日(12月1日)ぼくが代表を務めるプロコンセプト研究所が創業21周年を迎えた。一日遅れで取り上げることによりタイムリー価値も低減した。だからこそ、「済んだ話」として照れずに書ける。いや、記念日についてあれこれ書いてもしかたがないか。
過去21年間「理念は何ですか?」とよく聞かれた。聞かれるたび「ありません」と答える。まっとうな企業人や経営者が聞いたら呆れ果てるに違いない。おおっぴらに理念を掲げて公言することを躊躇するぼくだが、企業理念らしきものがないわけではない。世間で言う理念に相当するのは「コンセプトとコミュニケーション」なのだが、理念とは呼ばない。それを目的や目標や夢とも呼ばない。「コンセプトとコミュニケーション」は「コンセプトとコミュニケーション」であって、わざわざ理念という冠をつけることはない。
創業以来、ぼくはコンセプトとコミュニケーションを仕事にしてきたし、顧客のコンセプトづくりとコミュニケーション活動のお手伝いをしてきた。だから、理念ではなく、問い(主題)であり現実的な答え(方法)なのである。
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先週も少し書いた「問いと答え」。この二つを対比するからこそ答えの有効性を評価できる。「無理なくダイエットして痩せたいですか?」―ある広告の問い(主題)である。しかし、無戦略的に太ってしまった意志薄弱な顧客を前提にしているのだから、「毎日10分のダンスエクササイズ」という答え(方法)は有効ではない。試練を乗り越えねばならないのは、テレビの向こうの杉本彩ではなく、デブっとしたテレビの前の消費者のほうなのだ。
新聞でも紹介されていたので知る人も多いだろう。緑茶とコーヒーが癌のリスクを減らすという話。日頃そこそこ飲んでいるのに、抗癌作用にすぐれていると聞いて回数を増やした人がいる。緑茶とコーヒー合わせて一日十数杯飲み続けた。ちょっと動くたびに腹がチャポンチャポンと音を立て、食事も受けつけないほど胃が満タン状態。主題に対する方法の有効性はいつ証明されるのであろうか?
おなじみのテレビショッピング。マッサージチェアの通販である。これだけ多機能、しかもお値段8万9千円! と例の調子でやっている。「疲れをとりたい、癒されたい」という主題に対して「お手頃価格のマッサージチェア」という方法の提案だ。触手が動きかける消費者の踏ん切りどころは「大きさ」である。そのことを承知している広告は、「半畳サイズに収まるのでかさばらない」かつ「お部屋の雰囲気を壊さない」と映像でアピールする。しかと映像を見るかぎり、確実にかさばっているし、和室もリビングルームも完璧に雰囲気が壊れてしまっている。主題を説くまではいいのだが、方法が弱い、答えが甘い!
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美しい理念を掲げながらも、現実には理念通りに行動できない企業。看板に偽りありだ。見事なテーマで企画提案書が練られていても、そこに一発解答の提案はない。広告の甘いうたい文句に誘惑されて手に入れた商品は何も解決してくれない。問題提起は威勢がいいが、いざ答えの段になると消費者の着払いというケースがおびただしい。「口先ばっかり」と言われぬように、自分への警鐘としておく。
組み合わせと配置の妙
2008年12月 1日 15:00
G・ミケシュが著した『没落のすすめ』に、「虚栄心、好奇心、サディズム、冷静さ―これらを組み合わせれば、立派な外科医が出来上がる」という記述がある。医者に関して下手にコメントすると総理大臣すら批判を浴びるご時世だ。三十年前に書かれた英国人の本でなかったら、「サディズム」はちょっとまずいかもしれない。
ところが、話はここで終わらない。著者はこう続ける―「と同時に、同じ組み合わせが性犯罪者をも作り上げる」。著者でないぼくだが、引用するだけでもドキドキしてしまう。外科医と性犯罪者を対比して類似性もしくは共通点を論うのは勇気と根性を要する。しかし、これしきのことで目くじらを立てていてはいけない。例には事欠かないのだ。「無学歴、貧乏、病弱、苦労、一途」が稀に立派な人物の養分になる一方、これまた稀にテロリストをたくましく育て上げてしまうこともある。
驚くに値しない、当たり前のことなのだ。確率論からすれば、この国にあなたと同じ誕生月日の人間は35万人ほどいる。その中には医者も犯罪者も善人も悪人も必ずいる。血液型O型、四緑木星、みずがめ座というぼくと同じ組み合わせにも多種多様な人間が存在する(はずである)。「えっ、こいつと同じ!?」と、不幸な偶然にショックを隠せないかもしれぬ。もちろん、お互いさまだが・・・・・・。
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身長と体重がまったく同じでも、人間にも「鋳型」というものがあるから、見た目のスタイルはまったく違って見える。同じ顔のパーツを使うのだが、出来上がりの配置のおかしさに笑い転げるのが福笑い。部品の良し悪しが重要なのは十分承知しているが、実のところは組み合わせや配置の妙のほうが決定的なのである。綺麗な瞳、筋の通った鼻、魅力的な唇、すっきりした小顔に恵まれてもレイアウトがまずいと台無しだ。
「人が事実を用いて科学をつくるのは、石を用いて家をつくるようなものである。事実の集積が科学でないことは、石の集積が家でないのと同様である」とポアンカレは言った。多くを示唆する名言である。情報の集積は知恵ではない、読書の集積は創造ではない、計画の集積は行動ではない・・・・・・。学問の集積は必ずしも偉人をつくらなかったし、生真面目の集積も成功と程遠い結果をもたらすことが多かった。組み合わせと配置の妙―これこそがバランスなのだろう。
今年わが国が輩出したノーベル賞受賞者。お茶目な人あり、ワイン好きあり、シャイな人あり、テレビゲームに興じる人あり、風呂好きあり、とてつもないことを考える人あり・・・・・・。自己評価すると、ぼくはほとんどこれらすべてに該当する。おそらくバランスが悪いに違いない。
なお、この組み合わせと配置にさまざまな問題の原因を求めていくと、けっこうすっきりすることが多い(たとえば、企画がなかなか通らないのは、内容の問題ではない。企画書のパーツはいいのだが、目次の構成と章立ての比重が悪いだけなのだ、など)。但し、「個々の才能やスキルには問題がないのだが、組み合わせと配置がまずい」―これは言い訳にはならない。なぜなら、そのことを別名「バカ」と呼ぶからだ。


