2009年1月アーカイブ
結局、本をどうすればいいのか?
2009年1月30日 08:15
用語の定義にあたっては、パスカルが「定義される用語が定義することばの中に含まれてはいけない」という法則を示している。「読書」を「本を読むこと」とした時点で、「読」ということばが使われているので、パスカル流の定義にはなっていない。とはいえ、こんな厳密な法則を適用していくと、ほとんどの「天使の辞典」は成り立たなくなる。
それにひきかえ、「悪魔の辞典」は楽だ。何でもありである。世間では異端視されているだけに、余計に気楽である。「なるほど」という妥当性を実感する回数は、言うまでもなく、悪魔のほうが天使よりも多い。
ここ数週間のメモを繰ってみた。読書に関しての気づきはさほど多くない。「読者にとって本は二種類に分かれる。傍線を引くか、引かないかである」という意見を書き、別のところでは、「本は編集視点で物語と非物語の二つに大別できる」と記している。自宅の書棚もオフィスの書棚も、まだこんなふうに分類して並べてはいないが・・・・・・。
☆ ☆ ☆
読書についてぼくの最新の定義を紹介しておこう。
【読書】「本の体裁に編集された外部の情報と自分のアタマの中に蓄えられている内部の情報を照合すること」。この中の「照合」がわかりにくいかもしれない。老舗の天使の辞典である広辞苑によれば「照らしあわせ確かめること」。えらく差し障りなく定義するものだ。そのくせ、さきほどのパスカルの法則には堂々と反している。
不満はさておき、本の情報と自分のデータベースを照らし合わせるのが読書である。まったく重ならないこともある。取り付く島がないほど面倒見の悪い本か、自分のデータベースが貧弱すぎるかのいずれかだろう。たいていの書物と自分の知識は、程度の大小あるものの、重なるものである。重なる部分を確認したり記憶を新たにしたり。本に攻められて一方的に情報を刷り込まれたり、何とか踏ん張って持ち合わせの知識で対抗したり。コラボレーションしたり完全対立したり。好きになったり嫌いになったり。照合とは、縁の捌き方でもある。
☆ ☆ ☆
出張中の三日間、読書について書いてきたが、キリがない。けれども、今月からスタートした書評会は「本をどうするのか」への一つの方向性を示すものになるだろう。最後に「本は買ったり読んだりするものではなく、書くものである」というユダヤ格言を紹介しておく。まったく同感であり、これまで売れない本を二冊書いているが、この十数年間は読者側から修行をだいぶ積んだので、三冊目を書いてみようという気になっている。
読書の「非天使的な」定義
2009年1月29日 08:20
引き続き読書の話(書評会の残像を引きずっている? そうかもしれない。しかし、そうこうしているうちに第二回が半月後に迫っている)。
聞いたり実際に読んだ人もいるだろう。ピアスが著した元祖『悪魔の辞典』(The Devil's Dictionary)はおよそ百年前にアメリカで出版された。一般の辞書同様アルファベット順に編纂されているが、すべての用語が再定義されている。再定義と言うものの、通常の発想ではない。すべて逆説的で諧謔的、人間の凡庸な発想をことごとく皮肉っている。あなたがふだん使っている広辞苑や新明解やその他の国語辞典は「天使の辞典」と思えばよろしい。
時代的差異もさることながら、日米の文化的差異があるので、まったくおもしろくない定義もある。その時々の世相のフィルターに通さないと新鮮な風刺的定義になってくれない。しかし、心配無用、ピアスの思いを汲んでオリジナルの悪魔の辞典を編んでくれる人たちがいる。告白すると、ぼくの本棚には天使の辞典よりも悪魔の辞典のほうが多い。秀逸な悪魔の辞典から二冊紹介しておこう。
☆ ☆ ☆
『ビジネス版悪魔の辞典』(山田英夫著)。本も読書も再定義してくれていないのがちょっと残念。さて、書評会でT氏が「報告・連絡・相談」、いわゆる「ほう・れん・そう」をバッサリ切る仕事術を紹介した。この悪魔の辞典の定義はこうだ―【ほう・れん・そう】「自分で主体的に意思決定できない社員を育成する日本的システム」。なるほど。真実は天使側の定義だけにあらず、悪魔側も真理の光を当てているではないか。
にんまりと笑ってから少ししんみりした定義―【中小企業】「(1) 小さい企業のうち、大きくならないほうの企業群。(2) 倒産したら、自腹で補てんしなくてはならないほうの企業群」。さらに、ウソのようなホントが【プロジェクター】だ。「研修中にパソコンとうまくつながらないことにより、誰がパソコン・スキルが高いかを教えてくれる機器」。ぼく自身、実際に何度か体験した。うまくつなげた受講生に送られる拍手は、講師への感謝の意を込めて送る拍手よりも、もちろん大きい。
別役実の『当世悪魔の辞典』は魅せてくれる。「はじめに」でいきなりこう説明する―読書というものがおおむね気詰りなのは、あらかじめ入口と出口が示されている点であり、自由に「出たり入ったり」出来ない点にある。別役は本編ではこう書く―【読書】食事中の、排便中の、通勤電車の中での、やることがなくて退屈している目に与えられた、片手間仕事。従ってそのための本は、小さなものに限られる。最近「読書」が「文庫本を読むこと」と同義になりつつあるのは、そのためである。
【本】は次のように定義されている―既に我々は、生涯をかけても読み切れないほどの量の本を抱えこんでおり、これは更に増加し続けつつある。「人類は滅びて、膨大な本だけが残った」という予感を、我々は感じとりつつある。
☆ ☆ ☆
ふつうの「天使の辞典」が、読書を「本を読むこと」と定義し、本を「書物、書籍」と定義する想像力の乏しさにあらためて呆れ果てる。書かれた通りに文字を理解し、著者が意図した通りに 本を読むほどつまらぬことはない。明日もこの話を続けたいが、今日のところは、ひとまず「悪魔の辞典的な読書」が批評眼を培ってくれることを指摘しておく。
本読みにまつわる雑感
2009年1月28日 13:30
一昨日初回の書評会が終わって、大いに成果のある試みと判断している。同じ本を読んで「同感、同感」と納得するのではなく、みんなが違う本を読んで臨むのがミソである。書評会の後の食事会でも軽く質問したりジャブを打ち合うとさらにおもしろい。
準備のためには、本を買う、本を読む、本を選ぶ、抜き書きする、まとめたり再編したりする、検証する、書評を書くなどの作業があり、当日には発表する、書評を聴く、書物間に対角線を引く・・・・・・まあ、思いつくだけでこのくらいの多彩な知的活動を伴うわけだ。ある意味、仕事より大変である。自分が選んだ一冊の書評開示もさることながら、他に6冊の書評を吟味する。わずか2時間。これは高密度な脳活性であると同時に、とても効率のよい啓発機会でもある。
口頭説明としては大阪の地名について「講釈」したK氏がすぐれていたが、書評会は話術の会ではない。読書をして書評をペーパーで表現してプレゼンテーションすることに意義がある。ペーパーに記録が残っているから、評者さえ間違いなく引用したり的確にコメントしてくれていたら、そのまま使ったり、「いかにもその本を読んだかのように」振る舞うこともできる。
K氏の話はおもしろかったが、一ヵ月後には忘れてしまっているかもしれない。だが、よき教訓になった。ぼくは、研修でも講演でも配付資料・掲示資料ともに質量両面で充実させ、つねに最新の話題を盛り込んで刷新するよう努めている。だが、時間との格闘に疲れ果てると、資料を一切使わずに「喋りオンリー」でやってみたいと思うことが時折りある。実際、そういう時代もあったし、今でもやればできると思っている。しかし、聴きっぱなしはやっぱりダメである。一回きりでは深い記憶領域まで情報は届かないのだ。後日資料を振り返ることによって刷り込みが可能になる。K氏の愉快でわかりやすい話しぶりは、逆説的に言えば、アタマのいい聞き手かメモ魔によってのみ成立するのである。
☆ ☆ ☆
読書にまつわるおびただしい格言がある。手元の名言・格言辞典を覗いてみた(思想的背景とは無関係にことばだけ拾うので、誰の弁かは伏せておく)。
「読書は量ではなく、役に立つように読むことが問題である」。そうそう、教養だけでなく、どこかで活用しようと企んでいるのならば、自分の不足を埋めるように読まねばならない。「本はくまなく読んでも不十分で、読んだことを消化するのが必要である」。これもよく似たメッセージと言えるだろう。
「君の読む本を言いたまえ、君の人柄を言おう」。読書好きの知人も同じようなことを言っていた。「誰かのオフィスに行くだろ。応接室か会議室に通される。書棚の背表紙をざっと見れば、思想から性格まで見通せるよ」。同感である。但し、書棚を埋め尽くしている書物は複数の人間が読んだものを並べているかもしれないので、勇み足をしないよう。
他に、書物に対する批判的な教えに、「書物から学ぶよりも、人間から学ぶことが必要である」や「新しい書物の最も不都合な点は、古い書物を読むのを妨げることだ」などがある。ぼくは常々「人は人からもっとも多くを学ぶ」と思っているので、前者に賛成である。ただ、人からの学びは偏愛や畏敬の念をベースにすることがあるので、幅広く書物を読んで偏りを是正することも必要だ。後者は、目先のベストセラーや話題・時事を追いかけすぎて、読もう読もうと思っている古典に親しめないということ。最近は痛切にそう感じている。
アメリカというジレンマ
2009年1月27日 12:00
たしかソクラテスだったと思う。誰かが「結婚すべきか、独身であり続けるべきか?」を問われて、「いずれを選んでも、後悔する人生になるだろう」と答えたという話。三段論法の一つ、「ジレンマ」である。「もし結婚すれば後悔するだろう。また結婚しないで(独身を貫いても)後悔するだろう。人生は結婚するかしないかのどちらかである(選択は二つのみ)。ゆえに、どちらにしても後悔する人生になる」という推論だ。
これは演繹的なアームチェア論理の結論である。可能性としては後悔しない結婚生活もバラ色の独身生活もありうるし、現にそうして生きている人々が大勢いるだろう。言うまでもなく、机上のジレンマが必ずしもそのまま実社会のジレンマになるわけではない。
☆ ☆ ☆
歴史的事実として、あるいは現実として、アメリカという国が政治的、社会的、経済的、国際的にジレンマを抱えてきたかどうかは諸説分かれる。ぼく自身、アメリカのジレンマ性について政治的、社会的、経済的、国際的に考えることはあるが、めったに誰かと意見交換をしようとは思わない。ぼくにとって語るに値するアメリカのジレンマは、ぼくの青春時代から今に至る心象風景に浮かび上がるそれである。
「アメリカに期待したら裏切られる。また失望しても裏切られる。アメリカへの心理は期待するか失望するかの極端な二択である。ゆえに、アメリカはぼくを裏切り続けている」―これがぼくにとってのアメリカというジレンマである。
小学校でのローマ字学習を英語学習と錯覚していた。日本語をローマ字(アルファベット)で書いたら、そのまま「外人」に通じると思っていた。ここでいう外人とはアメリカ人である。中学に入って、ローマ字と英語が違うことを知って愕然とした。何のためにローマ字を学んだのか。二歳上の姉は中学一年のときに鼻高々でぼくに英語を見せびらかした。どうせ"Are you a boy?" 程度のことだったのだろう。中学の遠足では、奈良公園に観光に来ていた外人に近づき、サインをねだる同級生がいた。外人は「アメリカ人」であって、英語は「英国人」の言語ではなく「米国人」の言語であった。
日本がアメリカの州になればいいとジョークを装いながら、実は本心でそう思っていた連中がいた。帰国子女のネイティブばりの英語に度肝を抜かれ、国際派商社マンでなく土着商人のオヤジを恨んでいた友人もいた。そうそう「ああ~、いっそのことアメリカ人に生まれたかった」という嘆きも聞いたことがある。ぼくが二十歳前後の頃、急激なアメリカ化が進み、生活も街も文化もアメリカ色で彩られていた。アメリカ至上主義で幸せかに見えた時代だった。
☆ ☆ ☆
アメリカへの期待と失望がいずれも裏切られるからといって、それはアメリカ自体のジレンマではない。タイトルの「アメリカというジレンマ」は正しく表すと、「アメリカにまつわる、日本人のジレンマ」である。アメリカに夢や希望を一極集中させすぎたのである。ぼくのように英語とアメリカンカルチャーに精通しようと励んだ者ほど反動も大きい。自分勝手に期待して自分勝手に裏切られたのである。かつてアメリカに恋焦がれたぼくだが、未だにアメリカ大陸の土を踏んでいない。
アメリカに対してはやや失望気味のほうがジレンマに悩まなくてすむことをぼくは学習した。世界には多様な価値観が存在するのだ。大企業が苦戦するように大国も苦悩に喘ぐのである。警察官だって犯罪に手を染めるのである。正義も誤るのである。当たり前だ。
アメリカとの関係性におけるジレンマにうろたえるよりも、そろそろ国家も個人も自分自身が直面している日本社会のジレンマを何とかすべきだろう―「欲望を強くすればやがて身を滅ぼす。また節度を守れば土足で踏みにじられる。欲望に走っても節度を守っても危うい生き方になってしまう」。さあ、どうするか?
万歳! vs 頑張ろう!
2009年1月26日 15:30
オバマ大統領の就任演説を耳から聞いたのはニュース番組。もちろん、全文ではない。出張先のホテルでもらった夕刊に載っていた演説は25%くらいに凝縮した要約であった。あくる日、朝刊には全文が掲載されていた。翻訳がこなれていないような気がした。その日、他の二紙も読んだ。微妙に翻訳文が違う。その二紙はいずれも英文も載せてくれていたので、英文も読んでみた。
ある大学教授が「具体策に乏しい」と批判していた。少し酷だ。所信演説なら方策が語られるべきだろうが、就任演説だからやむをえまい。むしろ、就任演説特有のステレオタイプな鼓舞がなく、真摯でさらりとした論理性を垣間見た。日本人にはなかなか共有しづらい多民族性、異質文化性を踏まえねばならないくだりにはやや高揚感を伴うことば遣いもある。だが、総じて冷静でありメッセージの論理は明快である。
☆ ☆ ☆
ぼくが指摘するほど、冷静で論理明快と思わない人もいるだろう。ぼくの受けた「静かな理性」という印象がずれているのなら、それには思い当たる原因がある。就任演説の前週の金曜日に開催されたわが国の二つの政党の党大会を見たからである。その日、自民党と民主党は同日に党大会を開催した。時代が変わっても、攻守それぞれ相変わらず紋切り型のシュプレヒコールで閉会していた。一方が「万歳」、他方が「頑張ろう」。どちらの党にも「政治時代劇」に嫌悪する若手代議士も大勢いるだろうに、仲間内でそんなに鼓舞し合って何を考えている? と首を傾げた。
万歳。それは大勢で両手を勢いよく上げる動作を伴う。そして大勢で唱えることばである。ぼくの言語的知識からすれば、祝福の表れ、または勝負に勝利したときの雄叫びである。いったい自民党は何を祝福したのか、あるいはどんな勝負事に勝利して「万歳! 万歳! 万歳!」と三唱したのか?
頑張ろう。余力を残さずに持てる力を十分に出して努力するときの決意である。前途に困難があるかもしれない、しかし、それにめげずに最後までやり通すという意志の表明だろう。チャレンジャーとしてはいいし、「万歳」よりはましかもしれない。でも、「頑張ろう! 頑張ろう! 頑張ろう!」などという三唱は、スマートではないのだ。発想も体質も古いのである。
☆ ☆ ☆
オバマ大統領の演説の締めくくりも、よくある「神の祝福あれ」だった。だが、それに先行する最後のメッセージは感嘆符がつくような「空っぽのテンション」とは無縁だった。次のように自分流で訳してみた。
「子どもたちのそのまた子どもたちへも語り継ごうではありませんか―わたしたちは、試練に直面しても、(建国以来の長い)旅路を終わらせなかったと。わたしたちは後戻りもせず、挫折もしなかったと。地平線と神の慈悲に目を据えて、自由という偉大なる贈り物を引き継いで続く世代にしっかりと届けたと。」
どう解釈しても、そこに居合わせた二百万人の人々に対する空元気なシュプレヒコールではない。「万歳! 頑張ろう!」なんて泥酔状態でも叫べるではないか。ぼくはアメリカのジレンマについてどちらかと言えば批判的だし、そのテーマについてブログで書こうと思っていた矢先だった。しかし、「万歳と頑張ろう」の国にとっては、お手本にせねばならないことがまだまだ多いと言わざるをえない。
週刊イタリア紀行No.27 「ベルガモ(2) 歴史が描き出す風景」
2009年1月25日 21:30
この街を訪れた前年、ベルガモが生んだガエターノ・ドニゼッティ (1797~1848) の歌劇 "L'Elisir d'amore" (愛の妙薬) を偶然にもCDで聴いた。また同時期にNHKラジオイタリア語講座でも歌詞を読んでいた。少しは親近感があったわけである。CDでは、アディーナという娘に心を寄せるネモリーノをあのホセ・カレーラス(テノール)が演じている。このオペラの舞台はバスク地方の村で、北イタリアの都市とは関係がない。さきほど久々に聴いてみた。ベルガモにも合っているような気がしたが、もちろん勝手な連想である。
☆ ☆ ☆
風景というのは地形がつくり出す。しかし、自然に任せた地形だけなら、ぼくたちが目にする風景はさほど変化に富むことはないだろう。塔に登れば地上とは異なるパノラマが広がる。見えざる地形を塔が人為的に演出してくれるのだ。同じように、城塞や城壁跡の遊歩道は歴史が置き忘れていった風景を描き出す。ベルガモがヴェネツィア共和国に支配されていなかったら、城塞は生まれなかったかもしれない。すると、ベルガモの小高いチッタ・アルタの街もきっと別の姿に見えるに違いない。
「ベルガモは偏屈な街である。よそものにひどくよそよそしい。あんまりよそよそしいのでかえって面白い。住むとなると大変だろうが、よそよそしさを味わいに訪れてみるのも見聞を広めるのにいいと思う」。こんなベルガモ人像があるらしい(田中千世子『イタリア・都市の歩き方』)。これはイタリア人全般、とりわけ店舗の女性スタッフには当てはまる気がする。イタリア人には陽気で愛想がいいというイメージがつきまとうが、意外に人見知りをするというのがぼくの印象だ。
しかし、塔に登るまでに会話を交わしたベルガモ人は、フレンドリーで饒舌なまでに親切だった。レストランで給仕をしてくれた女性と、塔の下で切符を売っていたおじいさんだ。さらに塔から下りてきて、コッレオーニ礼拝堂を地上から眺めて以降も何人かのベルガモの人たちと接点があったが、誰一人としてよそよそしくなかった。むしろ街全体が気位の高いよそよそしさを感じさせるのかもしれない。
小高い丘に繰り広げる颯爽とした風景を歴史が刻んだように、ベルガモの凛とした空気も都市国家興亡の歴史の残り香に違いない。 《ベルガモ完》
☆ ☆ ☆
(左)博物館で買った4枚綴りの絵はがき。中央に立つドニゼッティとゆかりの人物が一枚に一人ずつ配されている。(右)地上から見上げると、別の圧倒感で迫るコッレオーニ礼拝堂。白とピンクの大理石をふんだんに使ったファサードが見事だ。
(左)建物の玄関や柱の台などに見られる獅子の像。獅子はヴェネツィア共和国の象徴。ベルガモが1428年以来ヴェネツィアに支配されていた証である。(右)市街地の周縁、つまり城壁沿いは坂道が続いたりする。雨上がり直後で曇っていた空も晴れ上がる。
(左)しばし歩を止めて歴史が描く風景のノスタルジーに浸ってみる。(右)サン・ジョコモ門。
(左)地形に沿って蛇が這うようにくねる城壁の曲線が美しい。眼下にはベルガモのもう一つの顔、チッタ・バッサの街並みが見える。
読書と書評の一つの試み
2009年1月22日 18:00
せっかく学びに励んで活性化したアタマを鈍らせてはいけないとの思いから、私塾の休講期限定で"Savilna!"という有志によるミニ勉強会を始める。テーマは、(1) 最近読んだ図書の書評と、(2) 形而上学的な論題の論争の二つを取り上げる。1月、2月、4月、6月に(1)の会読書評会、3月、5月に(2)の1対1ディベートを予定している。
Savilna!―それは「錆びるな!」という日本語である。アタマを錆びさせない手っ取り早い方法は読書だ。できれば、読んだままにせず、抜き書きしたり自分なりにまとめるのがいい。さらに理想を言えば、自分の書評を誰かに読んでもらうか聞いてもらうのがいい。以上のような理由から、会読会を思いついた次第である。来週月曜日に第1回を開くが、欠席が何名か出そうなので7、8人の門出になる。メンバーのうちMさんとTさんはこの勉強会をブログで取り上げるほど気合が入っている。景気づけのためにメンバーの皆さんに次のようなメッセージを送った。
☆ ☆ ☆
新聞紙上の書評は読者に読んでもらうきっかけを作ります。Savilna書評は、メンバーに読んでもらわなくてもいいようにするものです。「原書を読む以上に私の書評はおもしろいし、ためになりますよ。知らないと損ですよ』というスタンスです。
書評には、(1) 図書のテーマと内容を集約して紹介し、それに評論をおこなう、(2) ここぞというくだりをそのまま引用して紹介し、それに注釈またはコメントを付ける、という二つの方法があります。いずれの場合も、評者として主観的に述べることは大いに結構ですし、同時に読者サイドから見た学びどころが客観的に紹介されているとなおよしです。
肩肘張らずに、15分~20分で書評をしてください。大いに楽しみですし、一献傾けながら、異種書物間に知的クロスを架けるのが、これまたおもしろいのです。
☆ ☆ ☆
ぼくの書評は引用を主体にしているが、引用しながらも随所に自分が触発されたり感心した事柄も紹介している。自分自身の考えを足したり、やや批判的な視線も投げ掛けたりもしている。二週間前に書き終えているのだが、大変なことを思い出した。当初のルールで、書評をレジュメにして配付する場合はA4判一枚と決めているからだ。ぼくは三枚以上書いて、のほほんとしていた。現在出張中で、時間はある。だが、選定図書は手元にない。書評もオフィスのPCに入っている。明日の夜に帰阪するが、帰ってからの週末、書評の約70パーセントを削ぎ落とす作業が待つ。それは、読むこと・書くこと以上の試練を意味する。
もしかして自分のことではないか?
2009年1月21日 17:45
小さな日々の観察なら披露することもある。けれども、自分の身の上話について大仰な表現を蕩尽して語ることを好まない。わざわざ自分自身を題材にしなくても、綴るに値する知り合いには困らない。昨日のブログも知人ネタであった。言うまでもなく、このブログを読んでいる大半の方々は知人である。ぼくと面識のない人を「ぼくの知り合いで・・・・・・」という書き出しによってネタにすることはありえない。未だ見ぬ人は不特定多数の一人として別のテーマの対象になる。
ある知人は「ぼくの知り合いで・・・・・・」というくだりを読むときに、「もしかして自分のことではないだろうか?」とチラッと思うらしい。不安げにそう思うらしいのである。なぜ不安になるかと言えば、ぼくが知人の話を持ち出すときは、たいてい批判的論調で退治するからだ。「世の中には変な人がいるものだ。ぼくの友人に・・・・・・」と書けば、その標的が本ブログの記事を読んでいる確率は高いかもしれない。しかも、ぼくが友人と呼べる人間はきわめて少ないので、登場人物を「知人という匿名」で紹介しても、思い当たる本人にとっては種明かしされたも同然である。
なお、昨日のブログで登場した知り合いはオカノノートを読んでいないと確信する。したがって、昨日、「もしかして自分のこと?」と思われた方は心配には及ばない。ブログを読んだ時点で「その知り合い」ではないからだ。但し、一瞬でも「自分?」とよぎったのであれば、その知り合いと同質的な性格の持ち主であるかもしれず、かつ迎合術なるものを時々使っている可能性が高い。
☆ ☆ ☆
貶してやろうという悪意は毛頭ない。知り合い相手だからこそ、ちょっぴり毒気があってもいいだろうという思惑がある。完膚なきまでに罵倒したいならば、公開などしないだろう。そんな冒険をしなくても、口の堅い連中にメシでもおごって言いたい放題すればいい。何よりも、そこまでやり込めたい人間を題材にすることもない。ちょっと変だがエピソードとしておもしろいから取り上げるわけだ。愛らしさもなく憎さだけがつのる知り合いでは主役がつとまらない。
かつて悪口や陰口は誰からともなく噂として聞こえてきた。「ここだけの話」という断りは、「自己責任で誰かに言ってもよい」という許可でもあった。「絶対に言うな」と口封じをすれば、必ず誰かが誰かにヒソヒソ話を暴いてくれたものである。だが、情報化社会とは程遠かった時代、口述で聞こえてくる情報などたかが知れていた。聞いた悪口の何十倍も実際は語られていたに違いない。
さて、今日のこの記事は、実はブログ論でもあった。オカノノートは店にたとえれば閑古鳥が鳴くようなブログページだ。それでも、あれやこれやの情報を集約していくと、人名こそ特定できないが、ある程度まで読者層を想定できるものである。ぼくの知り合いと読者が大部分重なっていることも想像できる。リレーのように複数の人物が介在しなければ、噂は当の本人まで伝播しない。だが、ブログ上では、読むはずがないだろうと思う知り合いが「クリック一回分の隣」にいる。ご無沙汰していて遠方に住む知人だと思っていても、ある日突然、共時的な近しい知人になっているかもしれないのだ。
「迎合術」なる裏ワザの持ち主
2009年1月20日 13:00
極端なまでに同調されるくらいなら辛辣に批判されるほうがましだと思うことがある。理不尽なこともあるが、論駁には何らかの筋や理由が込められているので、ある程度論駁者の意図をつかめる。これとは逆に、受容され共感され、やがてやたらに迎合されていることに気づくとき、どのように振る舞えばいいのかわからなくなってしまう。迎合―それは、自分の考えや意見を潜めたり曲げたりして、相手の機嫌を取ったり相手の心証を害さぬように同調したりすることである。この迎合術を巧みに使いこなして無難な人間関係を築き、したたかに世を渡っていく人間がいる。
☆ ☆ ☆
コミュニケーション現象の一つとして「語尾上げことば」が話題にのぼったことがある。語尾上げを茶化した「語尾上げよりお買い上げを」というコマーシャルも流れた。発話された最後の音のイントネーションが、断定とも質問とも判じがたく耳に響くのが語尾上げだ。たしかに語尾は上がっているのだが、必ずしも尋ねているのではない。この種の抑揚をぼくは「クエスチョン調ピリオド」と命名していたが、すでに「半クエスチョン」という名称も存在している。とりあえず「半クエ」と呼んでおく。
「上野の国立西洋美術館のルーヴル美術館展、チケットがございますわよ」と言うときに、「美術館展」の「てん」の「ん」が「ん〈↑〉」とフリーズするように語尾上げになるのだ(文字で再現するのはつらい)。言うまでもなく、尋ねているわけではないし、ことばに詰まったわけでもない。冷ややかに語尾を上げて絶妙に半呼吸を置くのは、厚顔無礼にも小憎らしくも響く。ただ聞きようによっては、割れるかもしれない氷の上に恐る恐る足を踏み出すような、ちょっぴり自信がないが、さりとてもはや引き下がれないぞという強がりの心理とも取れる。語尾上げは迎合の出発点であることが多い。
知り合いに迎合術の達人が一人いるのである。彼は聞き上手、というか、問い上手だ。矢継ぎ早に質問して好奇心旺盛なるところを誇示する。ある話題についての会話が途切れたとき、「ところで、カフカ、読みます」と切り出した。この語尾の「す〈↑〉」が悩ましくもデリケートな抑揚、つまり半クエになっている。そして、「あなたはカフカを読みますね」とも、「カフカがお嫌いではない」とも、「ぼくと同様に好きなのでしょ」とも、「ここまであなたと話してきて、私が察するところ、おそらくカフカを読んでいるはず」とも聞こえてくるのである。お主、なかなかの使い手じゃのう~。
☆ ☆ ☆
その昔よくカフカを読んだので、正直に「カフカ、いいねえ。好きですよ」と答えたのである。すると、この御仁、目を見開き「ですよねぇ~」とすぐさま、しかし粘りのある語調で反応した。この「ですよねぇ~」がぼくへの迎合であることはもちろん、同時に、そこには居合わせてはいないが、世間のどこかにいるだろうカフカ嫌いに対して勝ち誇る雄叫びのようだった。
カフカと無関係の話しか交わしていなかったが、会話を通じて彼はぼくがカフカに好意的であることを見抜いていた。「カフカ、読みます」という問い(いや、投げ掛け?)は明らかに「イエス」を想定している。では、彼の意に反して、ぼくが「カフカ? う~ん、あまり好きじゃないなあ」と答えればどうなるか。たぶん彼は平気である。それに対しても、「ですよねぇ~」と彼は応じればいいのである。「カフカ、読みます」と語尾を「す〈↑〉」にしている半クエが、想定外のノーに備えた「保険」になっている。
さほど関心もないことを尋ねたり、心にもない同調をしたり、相手を傷つけぬよう計らい、なおかつ自分がうまく場を取り回す。まるで幇間(ほうかん)ではないか。しかし、この幇間の迎合術は侮れない。なぜなら、彼は「取って付けたような同調」が見破られていることを承知していて、それをわきまえたうえで振る舞っているからだ。「ですよねぇ~」という同調を時折り無性に求めてしまうが、これこそがこの迎合術の凄さを物語っている。
週刊イタリア紀行No.26 「ベルガモ(1) 遊歩が似合う小高い丘」
2009年1月19日 15:00
ミラノの次にどの都市を取り上げるか思案しているうちに二週間が過ぎた。いや、正確に言うと、だいたい決めていたのだが、その街に出かけたのは五年前。当時、ぼくはまだデジカメを使っていなかった。その街について書くには、まずカラーネガフィルムをスキャナで読み込まねばならない。だが、写真の取り込みに時間がかかってしまった。簡単だろうと思っていたが、上下左右反転になったりで手間取った。
せっかく画像変換できたのに、いざ書き始めようと思ったら気が変わり、ミラノ滞在中に訪れたベルガモを取り上げることにした。ベルガモは2006年に旅したのでデジカメで収めている。実は、この紀行をシリーズで書き始める前に、スローフードというテーマで一度ベルガモを取り上げた(今日のタイトルと相容れない早足の自分を戒めている)。名所の固有名詞も知らず、しかも半日観光しただけなのに、帰国してから妙にイメージが育ち始め、思い出すたびにゆったりした気分になる。写真とメモと現地版のガイドブックを照合させながら回顧しているとつい最近旅したような錯覚に陥ってしまう。
☆ ☆ ☆
ベルガモはミラノから北東へ列車で約1時間。列車はベルガモ・バッサのエリアに着く。バッサ(Bassa)は「低い」という意味。この丘の麓は近代の風情である。そこからバスとケーブルカーを乗り継げば小高い丘のベルガモ・アルタへ(Altaは「高い」)。ここが中世からルネサンス期にかけて繁栄したエリア。時間があれば、バッサとアルタの両方を比較しながら徘徊すれば楽しいに違いない。「多忙な旅人」ゆえ、一目散にアルタへ。着いてまもなくはたしかに早足気味であったが、ゆっくりランチの後は刻まれる時間のスピードが減速した。
ベルガモ・アルタは城壁に囲まれているが、南北1km、東西2kmとこじんまりしていて迷うことはない。ローマ時代にできたと伝えられるゴンビト通りをまっすぐ行けばヴェッキア広場。建物一つをはさんでドゥオーモ広場。二つの広場を囲むようにラジョーネ宮、市の塔、図書館、コッレオーニ礼拝堂、サンタ・マリア・マッジョーレ教会が建つ。軽度の高所恐怖症ながら塔を見れば必ず登るのがぼくの習性。塔の入口でチケットを買う。窓口のやさしい老人曰く「セット券になっているから、いろいろ見れる」と言う。その「いろいろ」がうろ覚えだし、いくら払ったのかも覚えていない。
塔からの景観を眺めたあとは、もうガイドブックには目もくれず足の向くまま遊歩した。オペラの作曲家ガエターノ・ドニゼッティの生まれ故郷であることくらいは知っていたが、それ以外はほとんど知識も持ち合わせず、迷う心配のない城壁沿いを歩き城塞を見たり歴史博物館に入ったり。知名度の高い街に行くと、知識に基づいて名所を追体験的に巡ってしまう。もちろんそれも旅に欠かせないが、知識不十分の状態で視覚的体験から入ると自分なりの「名所」が見えてくるものだ。それらの名所を後日調べてみる。その名所がマイナーであれば追跡調査は不可能であるが、写真の光景と、そこに居合わせた事実は記憶に残っている。
☆ ☆ ☆
(左)ベルガモ・バッサの鉄道駅からバスに乗る。雨上がり直後のため遠方のベルガモ・アルタの丘は霞んでいる。バッサの市街地はこのように道幅も広く交通量も多い。(右)ケーブルカーでアルタへ。ご存知の『フニクリ・フニクラ』〈Funiculì funiculà〉は19世紀のイタリアで生まれた、ケーブルカー〈Funicolare)に乗って山を登るときの歌。
(左3点)ゴンビト通りを歩く人はみんなゆっくり。全長300メートル、急ぐこともない。決して賑やかではないが、風情のある店が並んでいる。
(左)ヴェッキア広場のアンジェロ・マイ図書館。(右)塔に登るときにセットで購入した歴史博物館の入場チケット。
(左)ラジョーネ宮に隣接する塔。耐震性的にはきわめて不安な構造のように思いつつ階段を登った。(右)晴れ間が出てきた街の景観。
(左)ロマネスク様式のサンタ・マリア・マジョーレ教会は12世紀に建てられた。手前のドームの建物がコッレオーニ礼拝堂。 (右)その礼拝堂の全体像。大理石の嵌め込み模様や彫刻がしっかりと施されている。
好き嫌いという究極の評価
2009年1月16日 11:30
偶然だが、三日連続で「プロフェッショナル談義」にお付き合いいただくことになる。一つのテーマを執拗に追いかけているようだが、別の見方をすると、こんなときは実は視野が狭まっていたりする。
教育マーケティングの話で記事を終えた昨日のブログ。指導者側の難点に苦言を呈したが、一年のうち半分ほど講師業を営むぼく自身の勉強と能力はどうなのか。勉強と工夫は人並み以上に研鑽している自信はあるが、能力については口幅ったい言を控えるべきだろう。能力は他者、すなわち講演や研修の主催者と受講生・聴衆が評価するものだからである。
ぼくの小・中学校時代、通信簿は1~5の5段階評価だった。社会人教育での講師評価もおおむね5段階になっている。講義終了後に受講生にアンケート用紙が配られる。研修で学んだこと、今後どのように生かしたいかなどの所感に加えて、講師の技術(場合によっては人柄)、配付資料のわかりやすさ、講義内容などについて、受講生に「たいへんよい、よい、ふつう、あまりよくない、よくない」の評価を求める。
☆ ☆ ☆
もう十年以上も前の話。ある大手の企業では、全受講生の平均評価点が4.0未満だと翌年は声を掛けてもらえなかった。幸いにして、ぼくは三年連続で4.0を無事にクリアすることができた(四年目は研修体系の大幅変更にともない出番はなし)。この4.0、今にして思えば奇跡である。仮に受講生を10人とした場合、5点7人、2点1人、1点2人だと合計39点となり平均3.9でアウト。研修を受けた人たちの70%が「たいへんよい」と評価しても失格なのである。
したがって、この超有名で超優良の企業の講師であり続けたいならば、「あまりよくない、よくない」にチェックマークを付けさせない工夫が必要になってくる。受講生の中にいち早く要注意人物を見つけ、研修中も休憩時間もあの手この手でケアして、少なくとも「この講師はまあまあだな」という印象を与えねばならないのだ(数日前に書いた「拗ねる受講生」への対応みたいなことを迫られる)。
こうして、どうにかこうにか3点、4点、5点の評価が下るよう工夫をし、あとは3点が4点になるよう上乗せ祈願をする。いずれにしても、半数の受講生から5点を取れなければ、平均4.0は不可能である。迷ったときに「ふつう」を選ぶ日本人の気質を考えてみると、なおさら厳しい数字に見える。繰り返すが、4.0はミラクルなのだ。
☆ ☆ ☆
4.0の話はさておき、一般的な評価にあたって、ふと次のような疑問が湧く。受講生が10人のとき、(a) 5点5人・1点5人、(b) 4点5人・2点5人、(c) 3点10人という三つのケースが起こると、すべて平均3.0になってしまう。これら(a)(b)(c)が三人の講師である場合、平均値評価だけでいけば全員「ふつうの講師」であり優劣がつかない。次年度は講師を一人に絞りたい。どの講師と契約を結ぶのか。
(a)の危険なメリハリ先生か、(b)の詰めぎわ甘い先生か、(c)の偉大なる平凡先生か・・・・・・客観的な評価は功を奏さない。研修を主催する側の理念や教育方針や道徳倫理基準に照らして判断するほかないのである。そして、そのような判断は、契約更改されない講師には「好き嫌い評価」と同義語に映るだろう。
親しくしている研修所長にこの「拮抗する三人の講師評価」の話をした。そして、「あなたならどうしますか?」と聞いてみた。「そりゃ、女性講師にしますよ」と即答された。さもありなん。さらに、「全員が女性だったら?」と意地悪に尋ねた。「そうなったら、もうやっぱり、一番美人の講師でしかたがないでしょう」。所長、好き嫌い評価のホンネをポロリとこぼしてしまった。フィクションのように聞こえるだろうが、実話である。
辛さ控えめのプロフェッショナリズム
2009年1月15日 12:00
引き続きプロフェッショナルの話。昨日登場したオーナーシェフは他人に対して頑固であり、客の思いと無縁のところでこだわりが強かった。何のことはない、結局は自分自身に一番甘い仕事人だったわけである。
過激であることを控えた、ソフト路線のプロを望んでいるのではない。くどいようだが、理想を高いところに据えた頑固やこだわりは大いに結構なのである。しかし、その意識のどこかに消費者に向けられたホスピタリティやエンターテインメントの精神を湛えておかねばならない。プロはアマチュアに対してやさしくなければならない。そうであるために、己に一番厳しく、次いで周囲のプロに厳しく、さらに取引先のプロにも厳しくあらねばならない。
従来から、マーケティングでは市場での売買関係を「B to B」と「B to C」というとらえ方をする。"Business to Business"、つまり「プロがプロに売る関係」と、"Business to Consumer"、つまり「プロがアマチュア(=最終消費者)に売る関係」である。付け加えるならば、プロがらみの活動には"B & B"というのもあるとぼくは考えている。かつての漫才師と同じ名前だが、「プロが集まる集団(会社・業界団体)」のことだ。その集団そのものにおいて、プロが弱腰になりお互いに甘くもたれ合ってお付き合いをするようになってきた。
☆ ☆ ☆
プロフェッショナルの技に対して同業のプロフェッショナルの物分りが良すぎる。「ちょっと甘いんじゃないか」と、最近つくづく思う。プロどうしがお互いの仕事を十分に吟味せず、安直に褒め合うのである。たとえばお笑いコンテストでは、審査員格のベテラン芸人は若手芸人を見る機会がほとんどない(売れ筋芸人は仕事に忙しくて他人の芸など見ていない)。だから初耳のネタに大笑いしている。素人はしょっちゅうお笑い番組を見ているので、耳が肥えている。そのネタは何度も聞いて飽きた。だからクスッとも笑わない。テレビでアマチュアが笑っているのは、ディレクターが手を回すからである。
プロがプロに甘すぎる。褒められたら、お中元お歳暮を贈るように褒め返す。お笑い業界だけではない。政治家がお互いを「先生」と呼んで持ち上げ、経営者どうしが相手に賛辞を送り、料理人は仲間がこしらえるB級グルメに舌を巻いている。もちろん彼らの間の慣習的な社交辞令を割り引かねばならないが、もたれ合い・傷のなめ合いという印象が強い。ありとあらゆる業界で「プロによるプロに対する甘い採点」が目立っている。
三十代の頃には義理で異業種交流会に顔を出したが、今では時間のムダだったと思っている。どこかの教科書から抜き書きしてきたようなありきたりの講演を聞き、立食パーティーで「今後ともよろしく」と名刺を交換して、何だかうまくいきそうな気になっている。これごときを人脈形成と勘違いして小躍りしている。異業種交流会は「異業種他流試合」でなければならない。プロの技と意識を鍛錬する真剣勝負の「異種格闘技」にせねばならないのだ。
☆ ☆ ☆
どうやらそれぞれの業界で底辺からプロフェッショナル精神が薄らぎつつあるようだ。スタッフが長続きしない、厳しいとすぐにやめる、顔色を見て過剰に気遣いする・・・・・・。会議で「薄利多売」という四字熟語が通じないから使わないようにする。そんな弱腰だから、社員のボキャブラリーは増えないしコミュニケーションも上達しない。設定ハードルも激辛ではなく辛さ控えめだから簡単にクリアできる。それでプロになった気になっている。
ぼく自身が携わっている社会人教育についても触れておこう。研修は「大半の講義内容を受講生が理解できる」という前提で成り立っている。指導者側は受講生の現レベルより低めに講義を設定する。したがって、「わかりやすかった、勉強になった」と満足するのは、講義が簡単かつすでに自分が知っていることを確認できたからに他ならない。
極力やさしく説明しているつもりだが、ぼくが取り上げる内容は自他共に認める「難解」を特徴としている。受講生への真のホスピタリティは「難しかった、骨太だった」という印象を与えることだと思っているからだ。今の自分より高いところや自分の守備範囲にないことへの希求が弱すぎるから、伸び悩むのである。それを解消するために、職場から離れて、義務教育でもない研修を受ける。だからこそ、その研修に高度な内容を盛り込み、プロフェッショナルとして貪欲な知的刺激を求めるきっかけにせねばならないと思う。社会人教育はB to Bなのだ。
多くの研修が講義内容を低レベルに設定しているのは、指導者側の勉強不足・能力不足に加えて、それを許してしまう学び手の「わかりやすさ」への願望ゆえである。今日の教育マーケティングが「学び手の成長を遅らせる」という悪しき戦略に手を染めているのは否めない。
プロ意識のメンテナンス
2009年1月14日 16:20
そのイタリアンレストランにはもう二年近く行っていない。一時期は週に一回ランチに通い、夜も何度か利用した。だが、突然行かなくなった。近寄らなくなった理由は複数あるが、突き詰めれば「オーナーシェフのプロ意識の欠如」ということになるだろう。
数回足を運んだ時点で、彼が相当な頑固者であることはわかった。しかし、オーナーが頑固であること自体は店から遠ざかる決定的な原因にならない。彼以上に頑固で何事にも強烈なこだわりを持っているシェフならどこにでもいる。頑固やこだわりは自分自身や素材やレシピやスタイルに向けられているかぎり、何の問題もない。むしろプロフェッショナルとしては必須の性格と言ってよい。
相当親しくなったので、彼のためになればと思い時折アドバイスをするようになった。自分で言うのも変だが、決して常連顔をしようとしたのではなく、純粋に成功してほしいという思いからである。時にはマーケッターとして、時にはこの界隈で二十年間ランチを食べてきた者として、時には惜しまれながら廃業していった数多くの飲食店の目撃者として・・・・・・。ぼくは何回かにわたって次のような質問をしたり指摘をしたりした。括弧内が彼の反応である。
この界隈にはイタリアンの店がここ以外に5店舗あり、フレンチも加えると8店舗になる。知っているか? (二つは知ってますよ) どちらかの店で食事をしたか? (自分も仕事をしているから行けないですね) 二筋向こうのA店は日曜日も営業しているから、一度行ってみたら? (子育てで行けないし興味もないです) あなたの店は本場仕込みの手打ちパスタが売りだが、お客さんの好みはいろいろだから乾麺も使ったら? (いや、手打ち麺でいきますよ) 日本人は乾麺のアル・デンテ(固ゆで)好みが多いと思うけど・・・・・・? (そういう人は他の店に行けばいいでしょ) この間、何々という料理を食べたけれど、一度試してみたら? (あれって、そんなに旨くないけどなあ) 来月からイタリアに行くけれど、何か欲しいものや情報はない? (そんなにしょっちゅう飛行機に乗っていると、いつか落ちますよ)
☆ ☆ ☆
頑固とこだわりが顧客にとって棘にならなければそれでよし。しかし、この最後の対応は残念ながら棘になった。それまで諸々の気がかりを許容してきたのだが、すべてがマイナスに転じた瞬間であった。イタリアンなのに音楽が合っていない、アニメのフィギュアで店を飾っている、愛想がよくない、ワインの品揃えが少ない・・・・・・味がいいという理由で、すべてOKにしてきたんだけどなあ。
それでもトータルすれば、客の反応はややプラスなのだろう。それが証拠に、店は存続している。おそらく一定の固定客があるに違いない。
ぼく自身は手打ち麺が好物である。たしかにイタリアの食文化の中心であるトスカーナ州(たとえばフィレンツェ)やエミリア・ロマーニャ州(たとえばボローニャ)では手打ちが主流だ。ボローニャ名物ミートソースが平たい麺にまつわりつくボロネーゼは絶品である。しかし、フィレンツェでもボローニャでも普通にアル・デンテのパスタも用意している。目の前の客の、この程度の要望に応えたからといって、プロのプライドに傷などつくものか。
プロ意識、大いに結構である。プロフェッショナリズムが不足しがちな現在、さすがプロという人たちに出会いたい。しかし、時に応じて客観的な光を自ら求める努力をしておかないと、知らず知らずのうちに共感性に乏しいプロ意識を培養してしまうことになる。一事が万事にならぬよう、プロ意識にも定期的なメンテナンスが必要である。
コミュニケーションにおける問いの役割
2009年1月13日 18:30
研修で取り上げるテーマはいろいろあるが、どんな研修タイムテーブルも原則二日間で組み立てている。日本全国、毎年数千人の受講生に出会う。それでもぼくは人見知りをする。ぼくを知る人は、ぼくが「人見知りをする」などと言えば、戯言として受け流すだろう。その性格を見落としてしまうのは、人見知りしないときのぼくと付き合っているからである。人見知りをしていては講師業など務まらないと思われるかもしれないが、決してそんなことはない。むやみやたらに人なつこいよりは、人見知りのほうがいい。受講生理解にはクールな一線というものが欠かせない。そうぼくは思っている。
もちろん二日目になっても人見知りをしているようでは失格である。集団としての受講生や場の空気には一時間足らずで慣れる。だいたい9時か9時半にスタートして、午前中に30名近くの受講生一人一人の傾向と対策がわかってくる。講義内容への反応や受講態度は、本人たちが想像する以上に講師には見えているものだ。受講生も、ぼくの立ち居振る舞いや話しぶり、講義で取り上げる話題や素材を通じて、ぼくの性格や思想傾向、場合によっては習慣や嗜好まで察するだろう。
一応の人見知りはするものの、人間に対する好き嫌いはほとんどなく、たいていの人たちと温厚に付き合える。とはいえ、一年に数人の「やりにくい受講生」に出会う(確率的には数百人に一人くらいの割合だ)。やりにくい受講生の典型は、(1) 義務または強制によって研修に参加しており、(2) 顔なじみの仲間がいなくて人見知りをし、(3) 無愛想に拗(す)ねながらメモを一切取る気配のない「三十代~四十代の男性」である。これは統計的経験値なので、根掘り葉掘り詮索しないでほしい。ちなみに女性にこのタイプはほとんどいない(女性でやりにくいタイプはまた別の機会に取り上げたい)。
☆ ☆ ☆
とても不思議なのだが、この種のやりにくいタイプは同じ研修で複数存在しない。必ず一人なのだ。たぶん複数いたとしても、気になるほど目立つのは一人なのだろう。やりにくい受講生なのだが、ぼくもキャリア二十年を超えた。処し方はわかっている。重点的に構ってあげればいいのである。「いやいや参加させられたが、知らない受講生ばかり。テーマにいまいち関心もないし馴染めそうにない。上司は何を考えてるんだ」と思っている。拗ねる原因の第一は「したくないことを外圧によってさせられている」という意識である。
休憩時間に狙いを定めて接近する。彼が自動販売機で缶コーヒーを買えば、続いてぼくも買う。一人休憩室の片隅でぼんやりしていれば、こちらから声をかける。初対面の講師であるぼくが構ってあげられる唯一の方法はコミュニケーション、とりわけ質問である。質問される―それは誰かが自分に関心を示している証だ(たとえ巡査から不審者への職務質問であっても、それは一種の関心の表明である)。
研修所の窓外に聳える山の名前を知っていても尋ねる。「えらくきれいな山だね。何という山?」という具合。眼前に水を湛える湖を「ここは何湾?」と、とぼける。最初は「そんなことも知らないのか」という感じでふてくされたように小声で答える。「地元の名産で何かうまいものある?」と、知っているけれど、追い打ちをかける。「いろいろありますから」と無愛想。「たとえば魚だったら?」と続ける。彼、答える。「今夜、その魚を食べてみたいなあ。近くに料理屋はある?」と攻める。彼、答える。少し声が明るくなり顔の表情も変わってくる。
「いろいろありがとう。参考になりました」と礼を言う。礼を言って、その場を去らずにしばし間を置く。沈黙の時間。気まずさを感じる彼のほうから今度は質問をしてくる。「先生はどちらから来られたのですか?」 ぼく、答える。こうして午前中の休憩時間が終わる。昼休みにも一言二言交わす。午後の休憩時間、場合によっては彼のほうから近づいてくることさえある。そして、講義内容について質問なんてこともある。彼はもはや拗ねてはいないし、講義のメモも取っている。二日目、グループ演習では初対面の仲間と和気藹々討議をしている。
うまくいかないこともあるが、十中八九やりにくそうに見えた受講生は変わる。ぼくはカウンセリングもコーチングも本を読んだ程度で、あまりよく知らない。しかし、初対面であれ関係の修復であれ、人間関係はコミュニケーションそのものであり、その基本に問うという関与があると確信している。
その名は体を表わしているか
2009年1月12日 22:45
ふだん気にとめないでやり過ごしていることが異様にクローズアップされることがある。寒風の中を心斎橋までぶらりと歩き、昼前に入ったうどん店でそんな体験をする。カレーうどんを食べながら、「カレーうどんというのは実にうまく名が体を表わしているもんだ」と思う。
対象に見合ったネーミングをしていれば、必然「名は体を表わす」はずである。うどんに肉を入れる食べ物を「肉うどん」と名づけたのだから、肉うどんという品書きの名称は商品を的確に表わしているのは当たり前だ。だから、肉うどんを注文したにもかかわらず、肉のないかけうどんが出てきたら誰だって憤慨する。
関東からの旅行客と思しき二人がその麺類一式の店に入ってきた。品書きの中に「ハイカラうどん」を見つけたようだが、その名から体を想像するのは容易ではない。「ハイカラうどん」とは「揚げ玉(天かす)がトッピングされたかけうどん」だ。関東風に言えば「たぬき」。自ら使ったことはほとんどないが、聞いたり読んだりして、ハイカラが"high collar"(丈のある襟)から転じたことを、また、洋風でお洒落でモダンな意味で使われることをぼくは知っている。「ハイカラうどん」はネーミングとして斬新だったろうが、決して体を表わしてはいない。
☆ ☆ ☆
昔はこのような麺類一式の店でよく食事をしたものだし、町内の店から出前を頼んだものだ。そこでは、うどんやそば以外に丼物もメニューにしている。玉丼、カツ丼、親子丼、他人丼、牛丼、天丼などだ。昔を少し懐かしみながら品書きをじっと見ていた。親子丼はよくできた擬人化ネーミングだが、名が体を表わしてはいるとは思えない。鶏肉と鶏卵は親子の関係なのだろうか。親鳥の子はひな鳥と言うのではないか。卵は子なのか。では、実物に忠実な名称にするにはどうすればいいのか―これが結構むずかしいのだ。「鶏たま丼」なら正確だが、「鶏卵丼」と間違えられる。
しかし、親子丼はまだいい。この親子丼の鶏肉を牛肉または豚肉に置き換えた「他人丼」はどうだ。ぼくの生活圏で他人丼と言えば、牛肉と鶏卵の組み合わせであり、それに親子丼の具にもなっている玉ネギや三つ葉が入っている。親子丼からの連想で生まれたと思われる他人丼という擬人化は不気味である。幼少の頃、おとなたちが他人丼を注文するたびに異様な語感が響いていた。その語感がまたぞろぶり返す。
他人丼の写実的表現は「牛肉卵とじ丼」なのだろうが、呉越同舟、つまり「牛卵同丼(ぎゅうらんどうどん)」ではないだろう。牛肉と鶏卵は他人行儀の状態で丼に収まってなどいない。仲が悪くないのだから「他人」などという水臭いネーミングなどせずに、「養子丼」でもよかったのではないか。
休日の昼下がり、バカらしい連想をしたものだ。しかし、気づいたこともある。麺類・丼物一式の品書き表現はいくつかに分類できるのだ。たとえば、(1)ずばり主役となる素材を訴求するもの(昆布うどん、天ぷらうどん、にしんそば、牛丼など)、(2)素材の状態を訴求するもの(月見うどん、卵とじうどん、味噌煮込みうどんなど)、(3)素材どうしの関係性を訴求するもの(親子丼、他人丼など)という具合に。この他にも、スタミナうどん(目的訴求)、鍋焼きうどん(容器訴求)もある。
ハイカラうどんは上記分類のどこにも収まらない。何十年も前のこのネーミング、注意を喚起し目新しさを訴求するという点で画期的だったのかもしれない。
無知よりも危うい「小知」
2009年1月 9日 13:00
正確な定義もせずに、「少知(しょうち)」という造語を使っていた。文字通り「少しだけ知識がある状態」をそう呼んでいた。しかし、「小知(しょうち)」という、わずかな才知やあさはかな知恵を意味することばがちゃんとあるので、ニュアンスはやや違うのだが、最近はこちらのほうを使うようにしている。この小知には「大知(だいち)」という、一見対義語らしきことばも存在する。但し、こちらは博識という意味ではなくて、見通しや見晴らしのよい知見のことである。
あるテーマについて対話をしてみようではないか。あるいは第三者として討論に耳を傾けてみてもいいだろう。大知と博識の人はおおむね議論に強いことがわかる。議論に強い人とは、自分の主張をきちんと唱えるのもさることながら、何よりも相手の主張を検証して反駁するのに秀でている。検証反駁とはフィルターをかけることであり、知識が豊富な人ほど各種フィルターを手持ちにすることができる。
一般的には知識がより多いほうが有利に議論を運べる。しかし、この法則は「無知vs小知」の議論にはそのまま当てはまらない。ぼくの経験上、小知は無知を相手にほとんど勝てないのだ。小知の中途半端な分別は、厚かましさと居直りの無知によって完膚なきまでに叩かれる。言うまでもなく、小知は大知や博識にも歯が立たない。つまり、小知は誰にも勝てない。まるでどこかの会社の中間管理職みたいだ。では、小知vs小知の闘いはどうなるのか? そんな見せ場もない議論はおもしろくないから誰も関心を示さない。ゆえに、決着がどのようにつくかは本人どうししかわからない。
☆ ☆ ☆
無知よりは努力もし謙虚でもあるだろうに、なんとも気の毒な小知である。事は知識だけに限らない。少考は無思考より危ういし、わかった気になることはまったくわかっていないことよりも危うい。小知は新しい知を遠ざけ、少考は熟考につながらず、わかった気になることは成長の妨げになる。
「大知へと開かれた、発展途上のささやかな知」を小知と呼んでいるのではない。たとえ今のところ低いレベルにあっても、学習している知はそれなりの強さを発揮できるものだ。ぼくが問題視している小知は、成熟の様相を呈しながら停滞してしまっている小知のことである。これでは大知や博識に見破られるし、無知からは知ったかぶりを暴かれる。
ぼくの読書三昧構想に応じて、年末に「しっかりと本を読みます」とぼくに決意表明をして正月を迎えた小知の男性がいる。年明けに会って聞いてみた、「どう、本はよく読めた?」と。小知は答えた、「思ったほど読めなかったですが・・・・・・」。じっくり聞いてみれば、「思ったほど」ではなく、まったく読んでいないことが判明した。決意表明した手前、見栄を張ったのだ。小知特有のさもしい心理である。
小知が無知にも大知にもかなわないのは、無知のように「知らないことを公言できる素直さ」もなく、大知のように「どこまで学んでも人間は無知かもしれないという悟り」もないからである。小知は無知からも大知からも同じ質問をされる―「では、そこんとこ詳しく聞かせてもらえますか?」 この問いに小知はことばを詰まらせる。
よく見る よく聞く よく言う
2009年1月 7日 16:00
パリのパッサージュで買った置き物がある。相手特定しないままお土産にと持ち帰ったが、そのままになっている。置き物ではあるが、三段のケース箱に無造作に入っていて見える所にはない。「見ざる聞かざる言わざる」の、いわゆる三匹のサルを別のキャラクターで表現したセットである。
一昨日は「棚に上げる」話をしたが、この三匹は自分に都合の悪いものを棚には上げない。その代わりに意識的に見ない、聞かない、言わないことにする。それに、自分のまずいことだけではなく、他人の欠点なども見ないよう聞かないよう言わないように配慮する。総じて言えば、さしさわりのない無難な生き方を象徴しているのだが、このことが同時になかなかマネのできない叡智でもある。
三匹の猿は、こちらの虫の居所が悪かったりすると、所作が憎たらしく見えることがあるもの。しかし、ぼくが買ったキャラクターは愛らしくてお茶目だ(ぼくが「愛らしい」という形容詞を使うことはめったにない)。
それがこれ。キャラクターは天使である。髪型や体型はもちろん、脚の組み方や羽根もそれぞれに特徴があって愛嬌がある。
名づけて「見エンジェル、聞こエンジェル、言エンジェル」。三猿の場合は「言わ猿」も両手だが、こちらの天使は片手で口を押さえている。この写真のように配置するほうがバランスはいいだろう。
年末の週刊イタリア紀行でレオナルド・ダ・ヴィンチを書いてから10日間のうちにダ・ヴィンチがらみの本を数冊まとめて読んだ。昨今の時勢に「ドウナルノ・ダ・ピンチ」などとダジャレを言ってみたり、師匠ヴェロッキオと共作した『キリストの洗礼』の左端に描かれている天使の筆さばきに驚嘆したり(実物は8年前にウッフィツィ美術館で鑑賞した)。そんなこんなで買いっぱなしにしていた天使を思い出した(特別な思い入れがあるわけではないが、記念に買った天使のフィギュアは他にもいくつかある)。さて、この写真のエンジェルたち、どう見たって、ユーモラスかつ意識的に見ない聞かない言わないように振舞っている。実は、これは「よく見えよく聞こえよく言える才能」による自己抑制なのだ。物事が見えず人の話が聞けず言いたいことがうまく言えない・・・・・・ただでさえリテラシー能力に疑問符がつく者にとっては「見ざる聞かざる言わざる」は至難の業。
不運や厄を見たり聞いたりせず、また口にも出さない。そんなことをしていると、忍び寄る魔の手に気づかなくなる。「ピンチはチャンス!」と無理やり笑顔して叫んでも、方策がなければピンチはチャンスへと転じない。「ピンチはピンチ」と考えるほうが尻に火がつき行動も速くなる。お茶目な天使に反面教師をだぶらせて、「(嫌なことを)よく見てよく聞いてよく言ってみよう」と決意する。
自分を棚に上げる風潮
2009年1月 5日 16:30
「棚に上げる」には二つの意味がある。「無視したり放っておいたりおろそかにする」のが一つ目。このニュアンスが転じて「不利なことや不都合なことに触れない」という二つ目の意味になる。好ましくないことを論じながら、その好ましくない対象に自分を含めない―これが「自分を棚に上げる」ことだ。
息子がのべつまくなし酒を飲む。それを見かねて「おい、酒の飲みすぎはいかんぞ!」と父親が注意を促す。「アル中のオヤジに言われたくねぇよ」と息子が反発する。さて、アル中の父親は自分のことを棚に上げて息子に注意をしてはいけないのか。あるいは、言行不一致なこの父親に息子はこんなふうに反論していいものか。
机上議論的に言えば、オヤジは自分のことを棚に上げて息子に説教してもよいのである。言論に理があるならば、その言論を唱えているオヤジがどんなに行動的にダメオヤジであっても言行不一致な生き方をしていても、言論は有効である。このオヤジが街頭で「通行人の皆さん、酒は控えめに! 過度の飲酒はアルコール中毒を引き起こしますぞ!」と一般論をぶち上げても矛盾にはならない。むしろ議論に個人の人格や性向や習慣を持ち込み「合せ技で一本」を取るような論駁のほうが反則である。
ところが、実社会の論争では、説教めいた主張に対しては「あんたにだけは言われたくない」「お前が先に直せ」と反論するのは当たり前。遅刻を戒める社長だが、その社長自身には遅刻厳禁ルールが適用されていない。まさに「己を棚に上げている」状況である。面と向かって社長批判は出ないだろうが、陰ではダメ社長をこきおろす。
☆ ☆ ☆
一般論を語るとき、謙虚に自分をその中に含めることができる人は稀である。「われわれ日本人は」と言いながら、自分だけは別の扱いをしている。プラスの価値を論うときは自分も含めることもあるが、マイナスの価値の話になると自分を含まない。たとえば「日本人は危機管理が甘いよ・・・・・・(オレを除いて)」という具合だ。この都合のよい己の扱いも相当に甘い。
「お正月、芸能人はこぞってハワイです。猫も杓子もです」と現地から中継している芸能レポーターも甘い。彼または彼女は自分も一種の芸能人であることを忘れてしまっている。「芸能人、猫も杓子も」から自身だけを要領よく除外している。このように、自分を棚に上げての話が昨今よく目立つ。自分だけ例外の評論だ。「どいつもこいつもアタマが悪い」と下品に嘆く知り合いは自分を棚に上げているが、ぼくは「おなたがその筆頭ですよ」と内心つぶやいている。
「自分は皆とは違う」という前提で誇り高く論じるためには、言動に支えられた確固たる自信の裏打ちが必要だ。いつもいつもこんな高邁な精神で生きることなど到底無理であるから、ぼくは時々自分を棚に上げてしまう。しかし、自分を棚に上げるという面倒なことをせずに、自分もその他大勢と同じだと認めてしまえばいいのだ。それでもなおかつ自他両方への批判は可能である。自分を棚に上げない潔さが議論の邪魔になるはずがない。
週刊イタリア紀行No.25 「ミラノ(4) 天才の本領ここにあり」
2009年1月 3日 21:00
現地の3時間ツアー(50ユーロ)に参加すれば、『最後の晩餐』を見学できることを知ったのは後日のこと(事前予約していれば8ユーロだから、恐ろしいほど割高になる)。名画にお目にかかれなかったのは残念だが、想定内でもあり、やむなし。とはいえ、来た道をそのまま折り返すのも芸がない。サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会から南に数百メートルの『レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館』に行ってみた。これは想定外の行動である。
多才なレオナルドの創案になる機械仕掛けの模型やゆかりの品々が数多く展示されていた。モナ・リザや最後の晩餐に見るレオナルドもいいが、マルチタレントにこそレオナルドの本領が発揮されている―そんな印象を強くした。展示品と同程度にわくわくしたのは、博物館の構造。広々とした回廊や地下通路もあり、階上へ階下へ行き来し中庭に出たり。見学順もよくわからずまるで迷路のよう。ガイドブックによれば、11世紀の僧院の建物を極力生かす趣向を凝らしているそうだ。
中高生にとってこの博物館は格好の学習教材ゆえ、課外授業の団体も目立つ。さっきまで中庭でタバコをふかしていた男子が、展示を説明する先生に耳を傾けてノートを取っているのは不思議な光景だ。日本ならタバコを吸う高校一年生が社会見学中にノートを取るなどありえないだろう。ちなみに、イタリアでは16歳になれば喫煙はオーケーである。しかし、健康増進法によりレストランや公共の場での禁煙は浸透し、大人の間では一箱800円以上もするタバコ離れが進んでいる。
展示を見ているぼくのところに数人の男子学生が近づいてきて、「日本人ですか?」と尋ねる。うなずくと、一人の少年が別の少年をくるりと半回転させてTシャツの背中を見せた。「これは日本語? どういう意味?」と聞く。そこには筆文字で「少年」と書いてある。イタリア語では"bimbo" "bambino" "ragazzo"と三種類くらいの言い方がある。目の前にいる15、6歳の少年にはragazzo(ラガッツォ)がふさわしいが、わざと幼児っぽいほうを告げてやった。「それはね、bambino(バンビーノ)だよ」。仲間は爆笑し、みんなでTシャツの男子を「バンビーノ、バンビーノ」とからかった。
そのあと迂回して、地下鉄なら一駅ちょっとの距離を歩いてスフォルツァ城へ向かった。スフォルツァ家の居城でありミラノ公国を象徴する要塞である。レオナルドもこの城の建築に関わったという。
ミラノに4泊したものの、丸二日間はベルガモとルガーノへ出掛けたので、見逃した名所・名画は数知れず。初日にとんでもないイタメシを食わされたが、二日目、四日目と夕食で訪れたSabatini(サバティーニ)には大いに満足した。二度とも給仕してくれたのは初老のアンジェロ。二度目に行くと名前も覚えてくれていた。レオナルドの最後の晩餐は拝めなかったが、ミラノ最終日の晩餐は極上の時間となった。 《ミラノ完》
☆ ☆ ☆
(左)元僧院というだけあって落ち着いた佇まいの博物館。レオナルドの傑作展示品が写真にないのは、たぶん「撮影禁止」を忠実に遵守したからだろう。
(上)ひっそりとした地下展示通路は人気もまばら。ここならシャッターは切りやすそう。というわけで馬車の実物大模型をカシャ。(左)ここは展示内容は近代だが、自転車の「セピア感」は十分。前輪にもスタンドがついているのがおもしろい。レオナルドと関連しているのか、単なる近代技術の紹介かはよくわからない。
![]()
(左)スフォルツァ城の前門。四方のすべてがしっかりと堅牢な城壁で囲まれている。1466年に完成。
(右)門をくぐると壁の随所に装飾がしつらえてある。城内には市立博物館があり、ミケランジェロの未完の作『ロンダニーニのピエタ』がある。城内散策を優先したために、惜しいことにこの作品も見ていない。
はつはるの雑感
2009年1月 2日 17:00
一年前の元日の朝、冷感を求めて散歩に出た。徒歩圏内の大阪天満宮にも行ってみた。まるで福袋を求めて開店前のデパートに並ぶ客気分。参拝にも時間がかかったが境内から脱出するのにも苦労した。
今年はごく近くにある、中堅クラスだが、由緒ある神社に行ってみた。ちょうどいい具合の参拝客数。都心にもかかわらず喧騒とは無縁の正月気分。運勢や占いにあまり興味はないが、金百円也でおみくじを引く。三十六番。これは、ぼくと同年代とおぼしき男性が直前に引いたのと同じ番号であった。
☆ ☆ ☆
初夢は超難解だった。画像がなく文字ばかり。大晦日に読んだ超難解な哲学書の影響なのだろう。「知っていることを歓迎し、知らないことを回避するのが人間」というお告げ(?)である。目が覚めてから少考。「わかっていることを学び、わかっていないことを学べないのが人間の性(さが)。たとえば読書。ともすれば、自分の知識の範囲内に落ちてくれる内容を確認して満足している。異種の知を身につけるのは大変だ」という具合に展開してみた。
☆ ☆ ☆
徒歩15分と職住接近生活をしているので、オフィスまで年賀状を取りに行く。自分が差し出している年賀状の文字が二千字に近く、受取人に大きな負担をかける。逆の立場ならという意識を強くして、いただく年賀状は文章量の多寡にかかわらず一言一句しっかりと目を通すようにしている。
年賀状を二枚出してきた人がいる。宛名がラベルであれ印字であれ、何か一語でも一文でも直筆を加えれば誰に書いたのかはうっすらと記憶に残るものである。二枚差し出すというのはパソコンデータに重複記録されていて、そのことに気づいていないという証拠だ。そんな人が今年は二人いた。
数年前にも二枚の年賀状をくれた人がいた。その人には出していなかったので早速一文を書いて年賀状を送った。しばらくしてその人から三枚目の年賀状が届いた。「早々の賀状ありがとうございました」と書かれてあった。
☆ ☆ ☆
景気に対して自力で抗することができない。そのことを嘆くのはやめて、しっかりと力を蓄える。一人で辛ければ仲間と精励する。今月から有志で会読会を開く。最近読んだ一冊の本を仲間相手に15分間解説する。テーマの要約でもいいし、さわりの拾い読みでもいい。口頭で書評し、そして他人の書評を聞く。すぐれた書評は読書に匹敵する。新しくて異種なる知の成果にひそかに期待している。


