五年前のことである。ややハードな旅程を組んだ。関西空港からオーストリア航空を使い、ウィーンに2泊、空路でローマへ行き2泊。そこから鉄道でペルージャ(1泊)、フィレンツェ(4泊)、ボローニャ(3泊)へ。復路はボローニャからウィーン、そして関西空港へ。機内を含めて13泊。フィレンツェ滞在中にシエナとピサへ日帰り旅行した。今回のフェッラーラへはボローニャ滞在中に出掛けた(フェッラーラはボローニャからはとても便利で、ヴェネツィア方面に列車で半時間ちょっと)。
当時知人がローマに住んでいた。在住30年の日本人男性である。その彼が親切にも全旅程のホテルを予約してくれた。ローマで彼に会い、お礼にランチをご馳走させてもらった。その後に向かうフィレンツェのお薦めレストランやシエナの情報を教えてくれた。ついでとばかりに、ボローニャ近郊の日帰り旅行について尋ねてみた。「パルマかフェッラーラのどちらかに行くつもりにしている。どちらがいいだろうか?」
生ハムのブランド「クラッテロ」やパルメザンチーズで世界に名を馳せるパルマに以前から心を動かされていた。しかし、機内でガイドブックをめくり読みしているうちに、パルマの知名度の足元に及びもしないフェッラーラに、無知ゆえの好奇心が芽生え始めていた。知人はまったく逡巡することなく、「二択ならフェッラーラでしょ。いい街です」と答えた。この即答とさりげない一言で行き先は決まった。
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「すごい」に類する感嘆とは無縁だったが、いい街だった。しかし、さらりと「いい街」と言ってのけられる街などそんなに多くはない。ルネサンスはフィレンツェの専売特許のようによく語られる。だが、フィレンツェにメディチ家というパトロンがいたように、当時のイタリアの他の都市にもそれぞれ有力者がいて独自のルネサンス文化の発展を支えていた。フェッラーラにはエステ家が1264年から1597年まで三百年以上君臨していた。
「最もルネサンス的な都市と言われているのは、フェッラーラ公国であって、フィレンツェではない」と『イタリア・ルネサンス』(澤井繁男著)には書かれている。さらに、同書はスイスの歴史家ブルクハルトの言も引用して「フェッラーラがヨーロッパ最初の近代的な都市」とも付け加える。帰国してから知ったことだが、「いい街」は「どえらい街」だったことがわかり、そぞろ歩きと軽めのランチをしてさっさとボローニャへ帰ってきたのが惜しくなった。二都を追いかけると必ず心残りのツケが回ってくる。
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(左)何の変哲もない駅前光景。おびただしい自転車が目立つ。(右)市街に向かうカヴール通りは並木道。
(左3点)エステ家の居城「エステンセ城」。現在は市庁舎。堀に囲まれ4本の塔が建つ。空中庭園もあるが、他所の絵画館や美術館同様、あいにくの月曜日につきお休み。
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