2009年3月アーカイブ
方向性とその含意
2009年3月31日 10:30
かつて「そこのところ、ひとつよろしく」は、「どこをどれだけよろしくするのかわからない」けれども、何とかよろしく取り計らわれたものである。これでもコミュニケーション効果があったのだ。今ではメッセージ性が失われた虚礼語になり果ててしまった。意味が通じることを過信してはいけない。意味を共有することは大変なことなのである。コミュニケーション(意思疎通)とディスコミュニケーション(意志不通)はいつも拮抗している―そう考えておくのがいい。
☆ ☆ ☆
リーダーは方向性を示した。部下はその方向性を額面通りに理解して、具体的な行動に移した。しかし、その行動はリーダーの思惑とはまったく異なるものであった。「おい、含意を汲んでくれ、含意を」とリーダーは命令調で懇願する。
行動は指示された方向に向いてはいるのだが、なんだかしっくりこない。読むべきところが違っているのである―よくある話だ。「頑張れとは言ったが、徹夜までしろとは言ってない」などもその一つ。「頑張る」という方向性の中に徹夜というアクションはありえるだろう。しかし、肉体を疲れさせるそんな策を期待したのではない・・・・・・というわけ。
「ことばの微妙な綾を理解してくれない」というぼやきをよく耳にする。「行間を読ませようとしたりニュアンスを伝えようとしたりしてもダメ。一言一句、野暮なくらいに指示しないととんでもないことになる」―ふだんギャグ連発の課長たちが真顔になってこんなふうに嘆く。そもそもコミュニケーションはその本質においてこのようなストレス要因を秘めるものなのだ。
☆ ☆ ☆
思い浮かぶのは十年以上前のモルツのテレビコマーシャル。覚えている人もいるだろう。観客の一人である桂ざこばが、「川藤出さんかい!」と叫ぶ。その声が届いたわけではないが、モルツ球団のベンチは「代打川藤」を告げる。川藤、ベンチから出て素振り。その姿を見て「ほんまに出して、どないすんねん」と呆れるざこば。
そう、まさにこんな感じである。感情が高ぶって「出さんかい!」と言ったまでで、ほんとうに出せとは言ってはおらん。世間のリーダーたちはこの本意をわかってほしいのだろう。とりわけ桂ざこば型の、すぐに苛立つリーダーが課す指示はことば足らずで極論めく。だいたいこのタイプは甘えん坊ゆえ、「指示の背後にある自分の気持を汲んで考えてほしい」と部下に言っている「つ・も・り」なのだ。だが、意に反して指示はそっくり額面通りに実行されてしまう。己にも非があることに気づくので、呆れるか苦笑いするしかない。
含意が伝わらない、汲んでもらえないというのはゆゆしき問題か? いや、実はそうではない。もどかしくストレスも溜まる一方で、ユーモアやジョークも生まれてバランスを取ってくれるのである。いつの時代もコミュニケーション行動は、通じる生真面目と通じない非真面目をともなっている。
懐かしい世界遺産マテーラ
2009年3月29日 21:55
今日は「週刊イタリア紀行」はお休み。次回からはペルージャ、その後にボローニャをそれぞれ3回の予定で書くつもり。まだローマを取り上げていないし、写真が少ないために見送っているヴェローナ、ポンペイ、コモ、ナポリなども残っている。
夕方6時のテレビ番組『世界遺産』はバジリカータ州の洞窟都市マテーラだった。実は、ぼくはマテーラにも行っているのである。行っているが、その想像を絶する光景にカメラを構えるのをつい忘れ、撮影枚数がきわめて少なくなっている。それでも十数枚はあるのだろうか。ただマテーラについて帰国後に次のような走り書きの感想を書いている。
☆ ☆ ☆
マテーラはまるで映画のセットのようだった。ミニアチュアの模型のようでもある。
おとぎの国アルベロベッロとは異なる圧巻ぶりだ。何でこんなものがこの世に存在するのか。対面の山肌には七千年前の洞窟住居跡が見えている。ピラミッドや万里の長城とは違って、この洞窟群では人間たちが日常的に生活していた。日々ここで暮らしていたというのがすごい。
旅人として一瞬佇めば、かくれんぼ遊びの衝動にかられる。だが、実際に暮らすのは大変だ。ここに一夜でも身を投じてみれば洞窟での営みを少しは理解できるのだろうか・・・・・・。
鳥が岩穴に巣を作るように、かつて人間もこの岩肌に小さな穴を見つけて、身を寄せた。さらにその後、石を切り出して穴を広げたり奥へ掘ったりして、切り出した石をブロックにして積み上げ住居を作っていった。生きる知恵はとてつもないものを築くものだ。
☆ ☆ ☆
このマテーラの新市街地のバールで、イタリア初体験のアイスコーヒーを飲んだ。イタリア語で「カフェ・フレッド」と注文したら、氷の入っていない常温のコーヒーだった。わざわざ冷やすのではなく、「冷めた」という感覚である。イタリアではフレッド系のコーヒーはダメなことを学んだ。
TBSの世界遺産は欠かさず見るようにしているし、DVDにも収めている。マテーラについてもサイトではコンパクトにまとめて紹介してくれているので、ぼくの下手な講釈に物足りない人には一読をお薦めしておく。
続・対話とスピーチ
2009年3月28日 09:30
スピーチが面白くないのは、多数の聴衆に向けて準備するからである。多数を相手にするから、冒頭は「皆さん」で始まり、上位概念のことばが連なるのである。世間にスピーチ上手という人たちがいるが、流暢で弁舌さわやかだから上手なのではない。名人級はスピーチという形式の中に「トーク」の要素を散りばめる。トークとは「一対一の対話」であり、必然ことばも描写的になり論理的になる(いい加減に、論理イコール難解という幻想を取り払ってほしいものだ。論理イコール明快なのだから)。
まあ、スピーチが面白くないのは許すとしよう。けれども、スピーチに慣れてしまうと言語力が甘くなるから気をつけよう。覚えてきた筋書きを再現するばかりだと、言語脳は状況に応じたアドリブ表現を工夫しなくなる。ただ聴いてもらうだけで、検証も質問もされない話は進化しない。そんな話を何万回喋っても言語脳は鍛えられない。
他方、対話には共感も異議も説得も対立もある。状況はどんどん変わるし展開も速い。そこには挑発がある。一つの表現が危うい論点を救い、相手の主張を切り崩してくれることだってある。対話は生き物である。想定の外にテーマや争点が飛び出す。少々嫌悪なムードになることもあるが、慣れればアタマに血が上らなくなる。何よりも、対話はスピーチよりも脳の働きをよくしてくれる。
☆ ☆ ☆
(A)起立をして大多数の前で話そうとすると、ついフォーマルになり形式的になり空理空言が先行する大仰なスピーチをしてしまう。
(B)一対一で座ったまま話す習慣と論理的話法の訓練を積むと、対話の波長が身につく。
(B)ができれば、実のあるスピーチができるようになる。対話力はスピーチにも有効なのだ。しかし、(A)のタイプはことごとく(B)にはなれない。「今日は座ったままディベートをしよう」と申し合わせても、ついつい起立してしまう者がいる。スピーチに慣れすぎるとカジュアルトークができなくなってしまうのだ。ロジカルでカジュアルな話し方を身につけようと思ったら、起立して「皆さん」から始めるのをやめることだ。
十年ほど前、スピーチ上手で名の知れた講師と食事をしたことがある。ぼくより二十歳以上先輩になるその人は、講演していても絶対に「噛まない、詰まらない、途切れない」。しかも、喜怒哀楽を見事に調合して巧みに聴衆に語りかけたかと思うと、絶妙に自己陶酔へとギアチェンジする。だが、ぼくと二人きりで食事をしていても、講演とまったく同じ調子。あたかも数百人の聴衆に語りかけるように喋るのだ。数十センチの至近距離。これはたまらない。たまらないので、話の腰を折るように「リスペクトしない質問」をはさむ。するとどうだ、その先生、フリーズしてしまったのである。「な~んだ、この人、テープレコーダーの再生機能と同じか」と落胆した。スピーチ屋さんは変化球に弱いのだ。
対話とスピーチ
2009年3月27日 12:00
顧客の究極の絞り方の模範は手紙であると先週書いた。話は顧客だけにとどまらない。ビジネスとは無関係の、ふだんの自分の話し方が個別的であるか、あるいは一般的であるかとも大いに関わってくる。
ディベートを学んでいた二十代の頃から、ぼくは結構熱心にアリストテレスの『弁論術』を読んでいた。紀元前に書かれたこの書物からは今もなお学べることが多い。確実に言えるのは、この弁論術を「スピーチ」と解釈し、スピーチを一対多のコミュニケーションに仕立ててしまったこと。その結果、わが国の話法が儀礼的に流れてしまう伝統を育んでしまった。
弁論大会ということばから、事前に準備した原稿を丸暗記してスピーチする状況を連想する。さらにひどくなると、質疑も答弁も冒頭の挨拶もすべて原稿丸々読み上げということになる。すでに作られたものを再生する儀式である。この儀式然とした弁論とアリストテレスの弁論はまったく異なる。アリストテレスが唱えた弁論術は、説得と推論にまつわる言語とレトリックと論理の技術に関するものだ。大半が聞かなくてもいいメッセージでこね回されたスピーチは日本の特産品と考えて間違いない。
スピーチは欧米でよくジョークのネタにされる。一人の弁士が好き勝手に多数に向かって喋るスピーチは不愉快と苦痛の代名詞であり、神経性ストレスの最大要因と思われている。
「今日の第二部の冒頭は長いスピーチになるらしいぜ」
「そりゃいかん、胃薬を飲まないと」
「スピーカーは英語の下手な日本人だ」
「ますますいかん、胃薬を倍の量にしないと」
国際舞台では、「スピーチ×日本人×英語」は最悪の構図になっている。 《明日に続く》
続・ネタはランチタイムから
2009年3月26日 11:00
わが国で消費税が導入されたのが1989年4月1日。エイプリルフールの日であったが、決して冗談ではなかった。当初は中途半端な3%によく戸惑った。いや、戸惑いは数年間ほど続き、ものを買うたびに掛け算して小数点以下の端数まで計算していたものだ。消費税率を3%にした背景には、国民の乗算力強化という狙いがあったに違いない。
消費税導入から5年ほど過ぎたある日の手帳に、ハヤシライスを昼食に食べに行った話が書いてある。まだ十分になじめていない様子が浮かんでくる。
☆ ☆ ☆
昼食にカレーショップでハヤシライスを食べる。座って注文して待つこと二十秒。早速出てきた。「お待たせしました」。(待ってない、待ってないと内心つぶやく。) その店員さん、「前払いとなっています。618円になります」と告げる。ハヤシライスは600円。これに消費税3%が加算されて618円。消費税のせいで、価格が落ち着かない数字に化けてしまう。
お店の方針だから前払いに抵抗することはできない。言われるがままに支払った。しかし、考えてみれば、このシステムは変なのである。場合によっては、食後に200円のホットコーヒーを付けてもらおうと思っていた。同時に頼まないのはぼくの習性。ランチのまずい店のコーヒーがうまいはずがないからである。この店は初めてだったので、ハヤシライスの味次第でコーヒーを追加しようと目論んでいたわけだ。
ところが前払いなのである。まず、ハヤシライス代のお釣りが82円。それがうまいということになってコーヒーを頼むと、再び前払いとやらで206円。全部終えてから精算すれば、合計824円。面倒な一円単位のやりとりを一度で済ませることができる。ハヤシライスはぎりぎり合格点だったが、何だか面倒になってコーヒーは頼まなかった。昨今、ショットバーなどで「キャッシュ・オン・デリバリー」というのがあるが、あれだって一円玉や五円玉を出したり受け取ったりしていては格好がつかない。
ハヤシライスを食べていたぼくの隣りのオバサンは、カレーライスを二口、三口食べたところで「すみません、生卵一つ」と注文した。食事の最中にバッグから小銭入れを取り出して51円を差し出した。何だかスケールの小さなママゴト遊びをしているような光景に見えてきた。
☆ ☆ ☆
やがて消費税は5%になった。税率アップに関しての是非はさておき、多めに払うことになったものの掛け算はとても楽になった。小学生の頃、九九が苦手だった方も五の段だけは七や九の段より得意だったはずである。
こんな体験がトラウマになっていて、消費税引き上げ論よりも何パーセント引き上げるかに関心がいってしまう。何が何でも7.7%なんていうのは阻止せねばならない。それなら8%にしてもらったほうがましだという気になる。えい、ままよ、いっそのこと10%にしてくれよと懇願したりして。なるほど、こうして13%よりは15%になるのか。ちょっと待て、17%などにされてはたまらん、それなら20%で―こんな調子でアップしていくのだろうか。
しかし、世界各国の消費税率を見てみると、キリの良し悪しはあまり関係なさそうだ。フランスの19.6%やイギリスの17.5%なんていうのもある。キリのいいのは先進国ではイタリア(20%)とオーストラリア(10%)くらいだ。
仕事の合間のランチタイム―ぼくは弁当ではなく外に出る。弁当主義の方にも週に一度の職場離れをお薦めする。仕事と職場を切り離した五感でネタを拾う。いや、拾わなくてもいい、勝手に入ってくることがほとんどだ。何かを発想したり調べたりするきっかけになってくれることを請け合う。
ネタはランチタイムから
2009年3月25日 14:30
その昔、朝日新聞の天声人語で「困ったときは動物園ネタ」というのが紹介されていた。上野動物園に電話をかけるなり出掛けて行くなりして話を聞くのだそうだ。なるほど、動物ネタは好感材料である。ブログもそうだが、毎日何かについて書くというのは大変だ。ぼくなど毎日登板しないから、さほどでもない。また、書くのが億劫ではないので、ネタさえあれば短時間で綴ってしまう。
「ブログのネタに困ったらランチに行け」というのが今日の話のネタではない。ブログがそこまで負担ならさっさとやめてしまえばいい。ここで言うネタとは、仕事のネタ、特にぼくの場合は企画のネタや講演のネタや談笑のネタのことである。いや、ネタそのものでなくとも、ネタの触媒であってもいい。ほぼ毎日一回体験するランチタイムを、ただ腹一杯にするだけの時間にしてはもったいない。箸を動かしながらも店舗観察、人間観察、慣習観察をするのは楽しい。ランチタイムはネタの宝庫なのである。
鰻をネタに何度かブログを書いた知人がいる(この人、これからも書きそうな気がする)。彼には大いに共感する。どういうわけか、鰻屋では初めての体験や傑作な光景に出くわす確率が高い。今から14年前のノートにも鰻屋の話を書いているので紹介しよう。
☆ ☆ ☆
昼食に鰻を食べた。昼はなるべく野菜を多めに取るようにしているが、いきおい中華丼(中華飯)や五目焼きそばということになってしまう。それでは飽きる。たまには鰻丼も悪くない。で、ピークを過ぎた時間帯に一人で鰻丼を食べに行った。食べ始めてしばらくすると、年恰好七十歳くらいの男性がお勘定に立った。お勘定を終えて、調理場のほうに向かって店の大将に話しかける。
「〇〇の何々です。大将、覚えておられますか? この界隈に三十年ぶりにきました。懐かしいですわ」
しばし会話が続く。最初一瞬首をかしげた大将、話をしているうちに思い出した様子である。三十年ぶりということは、最後にそのお客さんが来たのは四十歳頃になる。よく大将が思い出したと感心するが、顔を思い出したのではなくて「〇〇」という社名から記憶がよみがえったのかもしれない。
老人が店を後にして、残った客はぼく一人。しばらくして二人の姐さんの会話が始まる(姐さんたちも還暦前後である)。
姐さんA 「三十年前なあ。十年一昔言うから、"三昔"やね」
姐さんB 「ほんまほんま。そんな昔、まだ生まれてへんわ」
姐さんA 「そらそうやわ。わたしがちょうど生まれたかどうかいうくらいやもん」
ここでご両人、自分らの会話に大爆笑。大阪では、吉本新喜劇にわざわざ行かずに、鰻屋でミニ漫才が楽しめる。
☆ ☆ ☆
さっき中華のランチから帰ってきた。スタッフと二人で食事をした。仕事の話に夢中で、周囲の"ネタ"探しはできなかった。ネタを見つけたいなら、ランチは一人で行くにかぎる。ランチタイムは「探知タイム」である。
顧客―究極の絞り込み
2009年3月24日 15:15
「情報スキマー」に関連した話。つまり、顧客絞り込み論の続編。
顧客が情報をまともに読み取ってくれない。目を向けてもほんの一瞬スキミングするだけ。その情報が個別的でないから、なおさら見過ごしたり見落としたりしてしまう。不特定多数へのメッセージには気づきにくいのである。
それではとばかりにメッセージに個別的な仕掛けをしても、大半の顧客は情報が自分に向けられたものだとはなかなか気づかない。たとえ気づいたとしても、まさか自分向けとは思ってくれない。「そこのあなた! そう、あなたですよ!」と声を掛けてもらってはじめて気づいてくれる。「皆さんからあなたへ」―二人称複数を二人称単数にしなければならない。
当たり前すぎて恐縮するが、「すべての人たちに向けたありとあらゆる食料」は存在する。存在するが、わざわざ「すべての人たちに向けた」と言うまでもないだろう。そう、これは、「総称としての食料」を意味しているにすぎない。存在はするが、特定はできない。つまり、「すべての人たち」は「すべての食料」に吸収されてしまう。
「すべての食料」を売り込むのはむずかしい。「好き嫌いしないように」とか「自然の恵み」くらいしか言えない。「イチゴ」や「ビール」や「焼肉」は、その他すべての食料を敵にまわしても容易に負けない。このことからわかるように、売りたいものを絞り込むのも不可欠。加えて場面も絞り込んでみると、「小学校低学年のおやつにイチゴ」とというポジショニングが完成する。小学校低学年を「お宅の八歳の男の子」に、イチゴを「〇〇県産品」に、それぞれをさらに個別化することができる。
☆ ☆ ☆
ポジショニングとは、「その商品は誰のために何ができるのかという固有の公式」である。「二十歳から四十代の女性の肌に潤いを与える乳液」などはまだまだ絞り込み不十分。その乳液を二十代の女性が嬉々として使いたがるとは思えない。つまり、「二十歳から四十代」というのは「四十代」に等しい想定になる。数年前にある化粧品会社が「28歳のわたし」をコンセプトにしたが、これなら逆に二十歳から四十代をカバーすることができる。
ここがポジショニングにまつわる不思議なのだ。顧客を広げると広がらない。顧客を絞ると広がってくれる。同様のことは、商品やサービスの特徴の絞り込みにも当てはまる。特徴多くしてコンセプトは埋もれ、特徴一点主義にしてコンセプトが際立つ。
何のことはない、これまでの話のポイントは「手紙を書くこと」と同じ要領なのだ。手紙は原則として私信であり、たった一人の固有名詞に向けられた、個性色の強いメッセージである。ゴミ箱へ直行することが多い、無差別DMや迷惑メールとはわけが違う。あたかも一通の手紙を書くように―これが顧客を絞り込む最大にして唯一のコツである。
週刊イタリア紀行No.35 「レッチェ(2) 人間尺度の都市設計」
2009年3月22日 10:45
「人間尺度の都市設計」―もちろんこれはレッチェが専有する表現ではない。いまレッチェにこの表現を用いながらも、以降に訪れた二十近くの都市に対する同様の印象もあらためて再生している。ここレッチェに特有なのは海洋的南イタリアの開放感だろう。それが人間本位の街路やパラッツォ(貴族の館、大邸宅)の設計に反映されている。
車が走っていないわけではない。庁舎や集合住宅内には駐車スペースがあるし、少し狭い道でも何度か車とすれ違った。それでも、旧市街では「交通」というものを感じない。実際、自動車を規制して歩行空間を少しずつ広げているとのことだ。身体をよじって車を避けたりしなくていいのは、生活者にとっても観光客にとっても歓迎材料だ。じっくり街角に視線を投げ掛けられるし、慌てずに撮影の構図を狙い定めることもできる。車の利便性を人生最上位に置く人がこの街で暮していくのはむずかしい。
信号のたびに立ち止まる。目前に迫っているはずの旧跡はまったく見えず、疾駆する色とりどりの車体ばっかり見ている。のべつまくなしに背後から近づいてくる車を意識して歩かねばならない。こうして、車尺度の都市づくりは歩行者(=人間)を主役とする設計とかけ離れていく。歴史遺産を有する人口10万人規模の都市なら、レッチェから多くの街づくりのヒントを学べるはずである。
☆ ☆ ☆
建築の専門家にとって、レッチェは様式・構造・装飾の宝庫と称えられる。詳しいことはわからないが、ぼくのような素人でも外壁の装飾の凝りようには即座に気づく。たとえばレッチェの象徴であり最大の見どころとなっているサンタ・クローチェ聖堂。そのファサードのバロック装飾は見るものを釘付けにする。先週さらっと取り上げただけだが、ドゥオーモの正面もなかなかのディテールを誇っている。
サントロンツォ広場、古代円形闘技場、サンタ・クローチェ聖堂、ドゥオーモ広場とそれを取り囲むバロックの建物―これらがレッチェの主要な見どころで、ミラノやローマの注目スポットの数にはるかに及ばない。ほぼすべてが数百メートル四方に収まっているし、要する時間も2時間ほどだ。それにもかかわらずと言うべきか、だからこそと言うべきか、街の観賞密度はきわめて高い。写真ではその密度の痕跡はあまり表現できていないが、短時間の割には接写的に旧市街を辿った記憶がある。
ジェノバを筆頭にイタリアだけでもまだ行きそびれている都市が五つ六つある。すんなりと足を運べないこの踵の先端を再訪することはまずないだろう。だが、徹底的に人間本位を追求する街は、気位を保ち続けながらぼくの記憶に刻まれている。レッチェはバロック建築が放つブロンズ色に今日も輝いているに違いない。 《レッチェ完》
☆ ☆ ☆
![]()
(左)ドゥオーモのファサードの装飾。(右)サントロンツォ広場。守護聖人が円柱上から見下ろす。
![]()
![]()
(左)サンタ・クローチェ聖堂。(右)聖堂につながるチェレスティーニ宮殿は現在県庁舎である。
![]()
(左上)バラ窓に浮き彫りと飾りたてられたサンタ・クローチェ聖堂がブロンズ色に映える。(中央上・右上)サントロンツォ広場近くの円形闘技場跡。2世紀に建造され2万5千人が収容できたという。 (左)ホテルの窓から見る市街の建物。
「情報スキマー」としての顧客
2009年3月19日 11:30
十数年前のぼく自身の講義レジュメを繰っていると「情報ハンター」ということばがよく出てくる。色褪せて見え、何だか気恥ずかしい。それもそのはず、情報を探して集めて分析する時代だったのだから。情報コレクター(収集)の時代から情報セレクター(選択)の時代に移り、今は情報スキマーの時代になっている。このことに疎いと道を誤る。
クレジットカードの情報を電子的に盗み取るのを「スキミング」と言う。この"skimming"(すくい取り)は"skim"という動詞から派生している。ここでは、「情報スキマー(skimmer)」は「情報をすくい読みしたりざっと読んだりする人」という意味で使っている。ラベルだけをちらっと見る。あるいは情報の上澄みだけをすくう―そんな感じである。人は大量情報の「湯葉」だけを食べるようになっている。
ちなみに速読のことをスキミングと呼ぶこともある。よく知られているスキャン(scan)もスキャニング(scanning)とかスキャナー(scanner)として使われるが、これにも「ざっと読む」という意味はある。しかし、もともとは「詳細に念入りに読み取ったり調べたりすること」なので、ぼくの考えるニュアンスを誤解なく伝えてくれるのはスキマーのほうである。
☆ ☆ ☆
顧客と商品・サービスの間には必ず何らかの情報が介在する。情報は文字とはかぎらない。色・デザインや人の声・顔かもしれないし、状況や空気かもしれない。動機の有無にかかわらず、顧客は何らかの情報を知覚し、その情報を通じて商品やサービスに心理的に反応する。かつて顧客はこうした情報をよく吟味した。今夜のおかずをイワシにするかサンマにするか―そんな、一見どちらでもよさそうなことを決めるのに想像力と時間を使った。そう、購入決定に際して十分に「品定め」をしていたのである。
ところが、すでに大多数の読者がタイトルと帯で本を選ぶように、顧客は自分と商品・サービスの間の情報をスキムする。わずかに一瞥するのみである。にもかかわらず、情報を仕込む売り手のほうは、顧客がじっくり品定めをしてくれるものと信じて情報をふんだんに編集し流している。売り手の発想は、実に何十年も遅れている。
根本的な原因は、すでに古典と形容してもいい「顧客の絞り込み」が未だに十分におこなえていないことだ。顧客は多様化した。老若男女向けや不特定多数向けの情報など、ない! こんなことはみんなわかっている。だが、「どの顧客に対して商品・サービスのどの便益をピンポイントでマッチさせるのか」―このようにポジショニングすることに潔くないのである。やっぱり顧客を広げたがるし、便益をついつい欲張る。その結果、仕掛けた情報が埋もれ認知されない。こんな愚が繰り返されている。
「巧速」と「拙遅」のはざまで
2009年3月18日 17:00
半年とか一年という周期で「やっぱりこれか」と戻っていく場所、いや思想がある。周期と書いたのは、本ブログでも取り上げた覚えがあるからで、調べたらおよそ半年前に書いていた。「人を見て法を説け」がその思想だ。
そこに戻って再認識するのは簡単だが、実際に人の数だけ法を用意するのは至難の業。いや、十人十色のレベルまで細かく注文に応じることはない。それでも、異なる二つの処方箋をひねり出すだけでも荷は重い。一昨日のブログでも書いた「思い立ったが吉日」という、一見ほとんど真理と思えるメッセージでさえ、ある人にとっては法にはならないことがあるのだ。
誰が考えても、「巧速」にはケチをつけにくい(こんなことばは辞書にはないが、「上手で速い」というつもり)。これに対して、これまた辞書には載っていないが、下手で遅いという意味の「拙遅」を歓迎する人もいないだろう。これら極端な二つの概念の中間にきわめて現実的な「拙速」と「巧遅」が存在する(いずれも辞書ではちゃんと見出しになっている)。
☆ ☆ ☆
スピード至上主義は拙速(ヘタハヤ)の原因になり、旬や期限を意識しない品質至上主義は「巧遅」(ウマオソ)につながりかねない。急いて事を仕損じてはいけないから、事をしっかりとやり遂げることを優先すると、たちまちタイムオーバーになってしまう。それならヘタハヤのほうがまだしもましだったかと悔やむ。孫子などは、「巧遅は拙速にしかず」と、出来がよくて遅いよりも、出来は悪くとも速いほうがいいと教えている。
しかし、この言をつねに金科玉条とするわけにもいかないのだ。「拙速>巧遅」を認めるにしても、巧遅と比較せずに拙速だけを見たらどうか。スピードに価値を置くぼくではあるが、みすみす手をこまねいて拙速の事態を招くことはないと思う。時間との相談になるが、そんな危険性を秘めた人にはいったん「エポケー」する法を説くべきである。
エポケーは文脈や使用者によって微妙に変わることばだが、「敢えて判断停止状態」をつくるという意味である(現象学では「括弧に入れる」というしゃれた言い方をする)。仕事においてスピード優先が過ぎている? それならエポケーしよう、つまり「いったん留保して見直そう」という意味でぼくは使っている。現実をしっかりと認識し直してからでも遅くないのなら、独りよがりで稚拙な判断に「ちょっと待った」をかけるべきだろう。
孫子には申し訳ないが、この時代、「出来は悪くとも速い仕事」に価値はないと考える。ぼくは顧客の企画をお手伝いするにあたって、もちろんアイデアを出しコンセプトを創るが、ここぞというときはエポケーをかける。エポケーはぼくの利を遅らせる。場合によっては、相手が機会損失だと怒りだして利さえも失う。それでも、ぼくにとってエポケーは協働における欠くべからざるサービスなのである。
カジュアルなDebate Cafeの試み
2009年3月17日 10:00
こういう話は実際のイベントの前に書くのか後に書くのか、大いに悩むところだ。告知なら前だし、感想なら後だ。企画書は前で、報告書は後である。予想は前で、結果は後(当たり前)。あれこれと考えた挙句、予習がてらシミュレーションをしてみようと思った(体験版ディベートカフェは本日午後6時に開催する運びで、すでに論者は決定している。オブザーバーも歓迎なのだが、今回のみぼくの知り合いに限定させてもらっている)。
学生は例外として、社会人がディベートに親しむ条件を満たすのは厳しい。定期的に集まろうとしても人数が揃わない。いや、巴(ともえ)戦方式で肯定側・否定側・審査員と役割をローテーションしてディベートすれば一応の格好はつく。だが、わずか三人、文殊の智慧が出ても、熱気や活気が生まれることはないだろう。少なくとも十人くらいは集まってほしい。それに、論題を事前に調べる時間もない。スキルレベルがまちまちで拮抗する議論も望めない。おまけにルールがどうのこうの・・・・・・。
困難な条件を数えあげたらキリがない。長年のディベート指導の体験から言うと、ディベートにまつわる問題の筆頭は「論争が重くなる」ということだ。つまり、小難しく堅苦しいばかりで、少しもおもしろくないのである。とにかく重過ぎるのだ。専門家は「ディベートはスピーチとは違う」とディベートの優位性を熱弁する。だが、実態は準備をしてきた立論をスピーチしているだけではないか。否定側の立論もスピーチ、その後の反駁もスピーチ。対話に付随する当意即妙のスリルとサスペンスからは程遠く、演説という部品を組み合わせただけのゲームになってしまっている。議論する者たちはそれでもいいのだろうが、観戦者はもっと軽やかで日常的な論争を期待している。
☆ ☆ ☆
そもそも議論は理性的なものだ。だからと言って、それは生真面目さや硬派なルールや重苦しい雰囲気や大量の証拠の準備を強制するものではない。カジュアルな論争というものはありうるのだ。たとえば酒はどうかと思うが、コーヒーをすすりながら議論してもいいだろう。発言時に論者がいちいち起立することもない。2対2や3対3にこだわらず、もっとも現実の対話に近い1対1もどんどんやればいい。肯定側 vs 否定側などという用語も、論題や狙いに応じて、たとえば「提言側 vs 検証側」などにしてもいい。こういう名称に変えてみると、提言側に質問権を与えなくてもいいのではないかとも思えてくる。このように考えていけば、議論の手順(フォーマット)も様変わりする。
ディベートカフェの短時間1対1バージョンをぼくは「エスプレッソ・フォーマット」と名付け、少し時間をかけて3対3でおこなうのを「カフェラッテ・フォーマット」と呼ぶことにした。いずれの論題も開催の前日~3日前くらいに発表する。とりわけ前者のディベートでは証拠は基本的に不要で、主張と論拠中心にアタマで論理を捻り出すことを奨励する。後者はチームプレイを重視するものの、こちらも証拠偏重のディベートにはしない。証拠となる簡単な資料は、ディベート開始1時間前に希望者に配付する。
☆ ☆ ☆
「軽装備のディベート」―これが長年ぼくが理想としてきた形である。そうでなければ長続きしないからだ。論題の賛否は際立つようにする。つまり、思いきり是と非の距離を広げる。これにより姑息なケースバイケース議論を排除する。そう、多重解釈を許すようなディベートではなく、真っ向勝負の論戦を期待するためだ。さらに、事実や専門家の意見に極端に左右されないよう、証拠至上主義を戒める。もっぱら己の考えるところを中心に論じる。
「そんなやり方をすれば、余計重苦しい論争になるのではないか」という危惧があるかもしれない。まったくそんなことはない。どんなに論題が難解であろうと、手ぶら状態に置かれた論者は自分のアタマを頼りに考え語るようになる。思考を両極限的に対立させるとき、アタマの回路は逆に明快になる。肩肘の張りが緩み、相手の話がよく聴けるようになり、軽やかに議論できるようになる。
以上、ぼくがシミュレーションしてみたディベートカフェの姿だ。ぼく自身はカフェスタイルの対話や議論には慣れ親しんでいるが、今回の参加者にとっては初めての体験に違いない。ぼくの描くような知的で愉快で相手に対して寛容に満ちた論争の証人になれるか―今から8時間後が楽しみである。
思い立ったが吉日
2009年3月16日 15:15
「思い立ったが吉日」は、「思い立つ日が吉日」という表現もあるように、思いついた日をよき日として物事に着手せよという意味。その昔、仕事や生活も現在とは比べようもないほどゆっくりだったから、「日」でよかったに違いない。今なら、「思い立つ その瞬間が 吉時間」と、時・分・秒のアレンジが必要だ(別に川柳にしなくてもいいが・・・・・・)。
☆ ☆ ☆
一昨日、昨日と特急内で難しい本を読み耽っていた。昨日、大阪梅田経由で帰りがけに書店に立ち寄り、『続・世界の日本人ジョーク集』(早坂隆)を見つけた。前作は三年前にも読んでいる。他にも同じ著者のジョーク集を三冊ほど拾い読みしている。「こいつ、本ばかり買って・・・・・・」という己の自戒のつぶやきもあったが、疲れているせいか、一笑いしてみたらという慰労の声も聞こえた。本を手に取らずに迷っっている。そして決めた、適当に開いたページのジョークがよければ買おうと。結果、思い立ったら吉日とばかりに買ってしまった。そのジョークがこれ。
日本人がアメリカ人に言った。
「最近、新しいジョークを仕入れたんだ。もう君には言ったかな?」
「どうだろう。そのジョークは面白いの?」
「ああ、とても面白いよ」
「そうか、じゃあ、まだ聞いてないな」
☆ ☆ ☆
笑えなかった人、ゆっくり話を追い直してみよう。わかったけれど、さほどおもしろくなかった人、「ごめんなさい」。大笑いした人、「そこまで笑うことはないかも」。
さて、一昨日の講座。話が来月の講座『ことば―技巧の手法』に脱線したとき、「ボキャブラリーの質量と自分の世界が比例する」という話を紹介した。正確に言えば、「私の言語の限界とは私の世界の限界を指している」という命題番号5.6の話だ。これはウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』からの引用。ふつうの人には難解すぎて歯が立たない(ぼくもその一人だが、「ことばと論理」は企画の仕事と講座テーマには欠かせないので一応勉強はする)。
目の前に座っていたKさんが、即座にメモして聞き取りにくかったウィトゲンシュタインの名前を確認された。「またいつか」ではなく、その場でチェックする。Kさんがこの超難解なユダヤ人哲学者の本をひもとくのかどうかはわからない。しかし、思い立ったこと同様に、気になったことは聞く、またはメモする。こういう吉日志向の人にぼくは老若問わず敬意を表する。
☆ ☆ ☆
リスクがなければ「思い立てば即実行」がまずいはずはない。仮にリスクがあっても自分一人でどうにか回避したり面倒を見れるならば、案ずるより実行を取るべきだろう。しかし、例外もある。リスクを回避してくれ、また差し迫ったマイナスにならないのなら、「検証中につきしばらく留保」という手がある。いくら思い立ったが吉日と言っても、理性ある大人の世界にあっては「無思考即実行」では話になるまい。《おそらく続く》
週刊イタリア紀行No.34 「レッチェ(1) イタリア半島の踵にて」
2009年3月15日 21:45
イタリア半島が長靴に比喩されるのはご存知の通り。長靴の代わりにヒールのあるサッカー靴に見立てると、シチリアというサッカーボールを蹴っているかのようだ。前回取り上げたアルベロベッロからさらに南東の方向に下る。ヒールのほぼ先端部はアドリア海に面しており、対岸にはアルバニア共和国、その下にギリシャが控えている。レッチェはまさにそのヒールのところに位置している。七年前、「とうとうこんなところまで来たか」と感慨深く街を歩いた。
ヴェネツィアやフィレンツェやローマに比べれば知名度は格段に低い。特別な関心や縁やテーマがあれば別だが、イタリアについて語るときにレッチェが話題にのぼることはまずない。こんな紀行でも書かないかぎり、記憶の底に沈んでしまう存在だろう。だが、昨年、オフィス近くに"Lecce"という、イタリアンバールとカフェレストランを融合したような店がオープンした。エスプレッソとカフェラッテがおいしいので時々足を運ぶ。以来、本場レッチェもぼくの中でクローズアップされるようになり、アルバムを引っ張り出したりバロック都市の本を読んだりしてみた。
だいぶ街のイメージが甦ってきたところだが、一番印象に残っているのは建物でも石畳でも遺跡でもなく、散歩の帰りに寄ったスーパーでの「論争」である。レジで現金を払ってその場を立ち去ろうとした直前に計算間違いに気づいた。品物をすべて見せレシートと照合して合計が間違っていることを説明したが、レジのおばさん、頑として受け付けない。「お前さんはいったんこの場を離れた。その直後に商品をバッグかどこかに隠しただろう。このわたしが間違うはずがない」などとジェスチャーと大声でわめく(こんなときのイタリア人は驚くほど早口)。だが、決してひるまず毅然と対応するべし。少々時間はかかったが言い分を通し、隣のレジのお兄さんや順番待ちするお客さんらの視線を味方にして、計算間違いを認めさせることができた。それでも、おばさんは一言も陳謝せず、札と小銭の混じった不足分のお釣りを無愛想に差し出した。
☆ ☆ ☆
加工に適した石灰石がこの一帯の「名産」であり、それゆえに石をぜいたくに使った建造物が競い合う。おおむね17~18世紀に最盛期を迎えたバロック建築がレッチェの最大特徴になっている(「バロックのフィレンツェ」がレッチェに用いられる比喩だ)。古代ローマ時代に起源をもつこの街は中世に迷路のような都市構造に変容していった。たしかに地図に目を凝らしてみれば、この街は主要な通りは真っ直ぐに伸びていてわかりやすいが、曲がりくねった細い通りや小道が交錯しながら市街空間を形成している。今にして思えば、さほど迷わなかったのは深部にまで足を踏み入れなかったせいだろう。
それでもなお、ぼくが宿泊したホテルが市街地の西の地区にあって、その場所から城門、教会、広場、闘技場跡を位置取りしていた脳内地理が完全に間違っていたことがついさっき判明した。上下左右がほとんど逆だった。それもそのはず、ホテルの位置は西ではなく、街の東のはずれだったのである。
☆ ☆ ☆
![]()
ネガフィルムをスキャナで読み取った画像だが、建物のブロンズ色がまずまずきれいに再現できている。これが、金色に近い黄土色の、この地方特有の石灰岩の色合いである。(左)カルロ5世の城。(中央)凱旋門様式の城門。(右)遠目に見ると、立派な門構えである。
(左)イタリアのどこの街にでもありそうな通りだが、ブルーグレー色に染まる石畳が印象的だった。(中央)エクステリアの随所にレリーフなどの意匠を凝らしてある建物が目白押し。(右)ずっしり感とユーモアを巧みにデザインした扉の把手。
ドゥオーモ広場を取り囲むバロック様式の建物。(左)広場の正面に位置するドゥオーモ。(中央)高さ70メートルの鐘楼。(右)カトリック神学校(セミナリオ)の集会。
(左)実際に佇むと、想像以上に空間が広がっているドゥオーモ広場。
その揚げ足、取ります
2009年3月13日 19:30
一月下旬に別役実の『当世 悪魔の辞典』を紹介した。同じ著者が『ことわざ悪魔の辞典』も書いている(劇作家別役実の脚本はほとんど知らないが、エッセイ風小説あるいは小説的エッセイはよく読んでいる)。「ことわざ版」に【あげあしをとる】という項目があり、次のように解説されている。
ひょいと持ち上げた足をつかまえてしまうと、一本足では安定を欠くから、必然的によろめくことになるというわけだが、相撲取りに言わせると、「どうしてその挙げてない方の足をとらないのか」ということになる。その方が、よろめかすだけでなく、もっとダイナミックに、ひっくりかえすことが出来るというわけだ。こういうことはやはり、専門家に聞いてみないといけない。今後は、「据え足をとる」と言うべきであろう。
この説によれば、ぼくが他人の揚げ足を取って議論でやりこめたりするのは良心的ということになる。相手が揚げた足を取るだけで、据えているほうの足にはまったく触れないのだから。そう、転ばすつもりなど毛頭ないのである。
最近取ってあげた揚げ足はこれ―「こちらの役所では定額給付金を日本で初めて支給しました」。「日本で」を「国内で」としているテレビ局もあった。いずれも揚げ足を取られてもしかたのない表現だ。なんだか「有史以来わが国初」と響いてくるではないか。あるいは、「その役所が日本以外ではすでに給付していた」というニュアンスもこもっている。これじゃダメ、ここは「こちらの役所では他府県に(他市町村に)先駆けて定額給付金を支給しました」と言うべきところである。
☆ ☆ ☆
なお、別役実には隠れた読者か、隠れざるをえない読者か、隠れたくて隠れているわけではない読者がいるようである。ぼくの知り合いに熱烈なファンが一人いた。その人はぼくに『道具づくし』という本をくれた。もう一人、ぼくが貸してあげた『日々の暮し方』にいきなり嵌まってしまって、大ファンになった人がいた(両人ともに「いた」と過去形にしたのは、消息不明で十数年会っていないから)。後者の本は「正しい退屈の仕方」に始まり、「正しい風邪のひき方」「正しい黙り方」「正しい禿げ方」「正しい小指の曲げ方」などの傑作な作法が紹介され、最後が「正しい『あとがき』の書き方」で終わる。
ぼくに『道具づくし』をくれた彼が言ったことがある。「別役実の本をある人に貸してあげたんですよ。何日か後に会ったら、『いったいどういうつもりなんですか!? ふざけるのもいい加減にしてください!』と怒られました。岡野さんも誰かに別役実を貸すときはお気をつけて」。ぼくの場合、一人だけに貸して大受けした。ラッキーだったというほかない。
『日々の暮し方』の正真正銘のあとがきは次のように結ばれている。
ともかく、このようにして連載された原稿であっても、一冊にまとめてあらためて世に送り出した以上、私の責任の範囲からはずれたものと見なすべきであろう。著作というものはすべて、その著者の「息子のようなもの」とされている。そしてその「息子のようなもの」は、息子というものが常にそうであるように、独立するのである。従って、以後この著書に対する「苦情」「いちゃもん」「非難」「中傷」「嘲笑」の類いは、著者ではなく、むしろ著書自体が引き受けるべきものであると、私は考える。
ないもの探し
2009年3月12日 11:40
頭痛を紛らわせようとして就寝前に読書をしてみた。そんなバカな! 余計にアタマを苦しめてしまうではないか。だが、必ずしもそうなるとはかぎらない。意外だろうが、今朝はすっきり目覚めたのである。頭痛はない。「知の疲れは別の知で癒せ」は、思いのほかしっかりとした経験法則になっている。酒飲みが自分の都合で発明した、二日酔いを酒で治す「迎え酒」よりもずっと信頼性の高い処方箋と言ってもいい。
その本、自宅に置いてきたので正確に引用はできないが、ある章で「幸福は不幸が欠けている状態であり、不幸は幸福が欠けている状態」というふうなテーマを扱っている。あるものが成立している背景には別のものが欠けている。つまり、いま町内の居酒屋で飲んでいるとしたら、車を運転している状況が欠如している。いや、それどころか、会社にいることの欠如でもあるし、自宅で子どもと遊んでいることの欠如でもある。三日月が見える(成立する)ためには、9割ほどの月の面積が欠けなければならない。
ところで、「彼は幸福ではない」と「彼は不幸である」は同義か? 幸福・不幸という概念は難しいので、わかりやすく、「この弁当はおいしくない」と「この弁当はまずい」は同義か? で考えてみる。おそらく、「まずい弁当→おいしくない」は成り立つだろう。だが、「おいしくない弁当→まずい」はスムーズに導出しにくい。「おいしい」を5点満点の5点とすれば、「おいしくない」は4点かもしれないし、1点かもしれない。
不幸な状況であっても、小さな一つの出来事で幸せになれるかもしれない。一万円を落として嘆いていたら、五千円札を拾った。収支マイナスだけれど、なんだか少しは心も晴れた。不幸に欠けている幸福を探すのはさほど困難ではないかもしれない。問題は、幸福を成立させるために欠落させねばならない不幸のほうだ。数え上げればキリがない。ゆえに、幸福になるよりも不幸になるほうが簡単なのである。
☆ ☆ ☆
いみじくも、上記のテーマは今週土曜日の私塾で取り上げる一項目と一致している。その項目の見出しは「不足の発見―自分に足りない情報探し」である。
人間においては、「ない(不在・不足)」は「ある(存在・充足)」よりも圧倒的に多い。だから、どんなに「ある」を獲得しても「ない」の壁にぶつかって悩むのである。企画や編集の仕事をするときも、いま見えているもの・存在しているものばかりに気を取られるが、それでは凡人発想の域を出ることはできない。調べもの好きな人のエネルギーには感服するが、彼が導くアイデアはあまり大したものではない。
いま見えていないもの、いま自分に足りないものへの意識。あと一つで完成するのにそれがないということに気づく感受性。その足りないものをどこかから安易に調達してくるのではなく、意気軒昂として編み出そうとしてみる。いや、編み出さなくてもいい、「ないもの」が目立つことによって新しいコンセプトが生まれることだってある。
Sesame Streetというアメリカの子ども向け番組が一時代を画すヒットになった。日本で放送が開始された当時、アメリカ人の番組担当者が語ったことばが印象的である。
"Teachers are conspicuous by absence."
「不在によって先生が目立つ」。つまり、「先生が登場しない、だから余計に先生が感じられる」ということだ。情報編集の時代、足し算ばかりでなく、「ないことによって感じられる」という引き算価値にも目を向けたい。
理由づけできること、できないこと
2009年3月11日 18:00
1995年1月9日のノートに、あるテレビ番組の話を書いている。ゲストは画家のヒロ・ヤマガタだった。「ヒロさんは、なぜこのような色づかいをされるのですか?」と聞き手が尋ねた。
自慢するほどの腕ではないが、絵を描くのが趣味の一つであるぼくからするときわめてナンセンスな質問である。この問いに対して、ヒロ・ヤマガタはしばし戸惑ってから、こう返した。
「そんなこと考えたこともない。芸術家なんて誰もそんなこと考えて描いてはいないんじゃないか」。案の定である。「なぜ納豆が好きなんですか?」と聞かれて、「好きだからです」以外にどう答えるべきなのか。「あのネバネバ感がたまらないんです」という答えが欲しいのか。よしんばその答えを引き出したからといって、その理由にたまげたり感心していったいどうなるものでもないだろう。
納豆が好きなのも、ある種の色づかいをするのも、もはや習性というものである。いまさら意識の世界に引っ張り出されてしかるべき理由を述べよと迫られても困るのだ。
誰もかれもが哲学や思想があって何かをしているのではない。何かしていることにつねに理由があるわけでもない。説明できるとかできないのほかに、説明して意味があることと意味がないこともある。ヒロ・ヤマガタがその気になれば、「そうですね、この種の色づかいのきっかけは・・・・・・」と説明しようと思えばできたかもしれない。しかし、仮に説明したとしても聞き手のアナウンサー、あるいはカメラの向こう側の視聴者にどれほどの意味や発見があるというのだ。
☆ ☆ ☆
「沢尻さ~ん、ハワイはどうでしたぁ~?」と尋ねて、芸能レポーターはどんな答えを引き出したいのか。あんたが聞かれたら、立ち止まってゆっくり説明するとでも言うのかね。ありえない。質問を無視して通り過ぎるのみである。万に一つ、「よかったです」と返事してもらって狂喜乱舞するはずもない。それは想定内の回答に他ならない。
ヒーローインタビューのあの切なさ、気まずさ、凍りつく空気はどうだ。「いいホームランでした!」とマイクを向けられて、無言でうなずくか「はい」か「ありがとうございます」以外に何があるのか。インタビューアーさん、教えてほしい。「ツーアウト、二塁、1点リードされているあの場面。どんな気持でバッターボックスに入りましたか?」 いい加減にしてほしい。このくだらぬ問いが、「何とかしようと思っていました」「来た球を思い切って打つつもりでした」などの陳腐な受け答えを招いているのである。
ある種の意思決定が下された事柄については、理由が存在するだろう。その理由が予想しにくい類ならば聞けばいい。また、尋ねるだけの価値もあるかもしれない。しかし、何でもかんでも安易に「なぜ」と連発するのは聞き手として失格である。インタビューで5W1Hを押さえるのは、新聞記事を書くのと同様に常套手段である。だが、そのWのうち、Why(なぜ)とHow(どのように)はここぞというときの伝家の宝刀でなければならないのだ。
古い本と古い教え
2009年3月10日 11:15
休日に近場へ外出するときは、徒歩か自転車かのどちらかである。帰路に荷物になりそうな買物が確定していれば自転車、行き帰りとも本一冊程度の手ぶらなら徒歩。なるべく休日には歩くようにしている。どこに行くにも便利な所に住んでいるのがありがたい。
一昨日の日曜日は、まだ薄ら寒い風を受け、それでも春の気配を少し嗅ぎながら自転車を北へ走らせた。大阪天満宮まで10分少々。最終日となる古本市が目当てだ。ぼくは読書のために本を買わない。本を買うのは一種直感的行為であり、買ってからどの本のどのページをどのように読むかが決まってくる(ページをぺらぺらとめくったり拾い読みをするだけで放っておく本もある。それでも何ヵ月か何年か経ってから、「縁あって」目を通すことが多い。そのとき、購入時の直感もまんざらではなかったと思う)。
幸か不幸か、ぼくは周囲の人たちに読書家と思われている。実はそうではない。正しくは、「買書家」である。本は借りない。まず買う。いきなり買うのはリスクが大きいゆえ、高額な書籍にはまず手を出さない。文庫または新書がほとんどである。何よりも省スペースだし、どこにでも持っていけるから便利でもある。
買った本をどう読むかというと、速読、精読、併読、拾い読み(これは狙い読みに近い)、引き読み(辞書を読むように)、批判読み、書き込み読み(欄外にコメントを書く)などいろいろ。誰もが体験するように、本の内容はさほど記憶に残らない。傍線を引いても付箋紙を貼っても大差はない。だが、これ! と思う箇所は抜き書きしておく。抜き書きしておいて、後日読み返したり人に話したりする。面倒だけど、ぼくの経験範囲では、これが読書をムダにしない唯一の方法である。
古本市で買ったのは福田繁雄のデザインの本、安野光雅の対談集、玉村豊男のパリ雑記の三冊。しめて1900円。天満宮滞在時間は小一時間。そう、書店であれ古本屋であれ、ぼくは半時間いたら飽きてしまう。熱心な「探書家」でもないのだ。「今日は5冊、4000円以内」などと決めて直感で30分以内で買う。
☆ ☆ ☆
境内を出て喫茶店に入る。朝昼兼用の予定だったので朝を食べていない。午前10時55分。「モーニング7:00~11:00」とある。「モーニング、まだいけますか?」 滑り込みセーフ。コーヒー、トースト、ゆで卵。ゆで卵が切れてしまっていたので、生卵からつくってくれる。何だか申し訳ないような。トーストを食べているうちに、ほどよい半熟が出来上がった。
目の前のカレンダーに今月のことばとあり、見ると「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」。日めくりには必ず入っている禅語録の一つである。「毎日が平安で無事でありますように」との願いが込められているが、真意は一期一会に近いとぼくはどこかで学んだ。平々凡々な日がいい―そんなヤワな教えではなくて、「何があろうと、今日の一日は二度とないと心得て、懸命に生きなさい。その積み重ねこそが毎日の好日につながる」という意味である。先送り厳禁、今日できることを今日成し遂げよ、思い立ったら即時実行などに通じる。
先週本ブログで『スピードと仕事上手の関係』について書いた。そこでのメッセージにさらに自信を加えてくれる禅語録との再会である。こういうつながりをぼくは運がいいと思うようにしている。古い本を探したあとに立ち寄った喫茶店で古い教えに出会う。これも「古い」が重なって縁起がいいと考えておく。こうして気分を調子に乗せておけばストレスがたまらないし、いい一日を送ることができる。
週刊イタリア紀行No.33 「アルベロベッロ(2) 生活の知恵が世界遺産」
2009年3月 8日 09:45
プーリア州を含む南イタリアはルネサンス期のあとの16世紀頃からスペイン王国に支配される。支配者は大土地荘園制を敷いて痩せた大地に農民を集めた。オリーブ畑だけで生計を立てる貧農生活を強いられたのは言うまでもない。やむなく、掘れば簡単に手に入る石灰岩を使って家を建てる知恵を編み出した。こうして生まれたのがトゥルッリなのである。
古い家を壊して、そこに新しい家を建てる。費用とエネルギーを要するように思えるが、実は安直な方法なのだ。老朽化して危なっかしい場合はやむをえない。しかし、何でもかんでも壊して建て直せば街が活性化するなどという筋書きはにわかに信じがたい。ヨーロッパ、特にイタリアの歴史地区からぼくが学んだ一番尊いことは、建造物をはじめすべての人工物をまるで植物のように育て共生していく精神である。古い住居に手を加え続けるのは、生活そのものを真剣勝負としているからだ。
今でこそ童話の絵本から飛び出してきたように見ているが、釘もモルタルも使わずに板状の石をただ積み上げただけの家に住むのはおそらく愉快ではなかったはずだ。そんな家だったからこそ、ドームの小尖塔に装飾をつけたりしたのだろう(前回紹介したシンボルには魔除けや呪術的意味合いが込められていたようだ)。眩しいほどの白壁。まさか何百年もそのまま残っているはずがない。外壁保護のために繰り返し繰り返し漆喰(しっくい)を刷毛で塗っているのだ。週に一回ペースで塗るというのだから、その手間は並大抵ではない。「よく生きる」とはこういうことなのだ。
街の東のアイア・ピッコラ地区から300メートル西の方向に、もう一つのトゥルッリ集落であるモンティ地区がある。入り組んだ構造のアイア・ピッコラとは違って、この地区は整然とした街並みになっている。観光客は断然こちらのほうが多い。もちろん民家として使われもしているのだが、ジュゼッペ・マルテッロッタ広場側から入ると、しばらくは土産物店が立ち並ぶ。買物や景観で人気はあるが、土産物店特有のプロモーションをあまり好きになれないぼくは、土産店を覗かず、ゆるやかな道をずっと上って折り返してきた。後で広場をはさんだ向い側のアンティークの店を一軒だけ冷やかした。
トゥルッリもいいが、早朝のエスプレッソも印象的だった。別のバールには黄昏時と翌日午後にも行った。ほとんど儲けのないような店なのに満面笑みをたたえる主人。両替に行った銀行の対応はイタリア随一と言っていいほど「鈍かった」。2万円がユーロになるのに小一時間はかかった。「プルマン(長距離バス)が出るから至急頼む!」と何度急かそうともうなずくだけで焦らない。すべてがアルベロベッロ。誰が何と言おうと、旅は個人的な感応体験なのである。 《アルベロベッロ完》
☆ ☆ ☆
(左)早朝、バールの隣りの果物店の店先。(右)アルベロベッロの駅はこじんまりとした、典型的な田舎駅。
![]()
(左)ポポロ広場と市役所。(右)高台に上がると、トゥルッリ集落をよく見晴らせた。
(左)ジュゼッペ・マルテッロッタ広場。トゥルッリの他に様式の異なる建物もあるが、壁は白で統一されている。(中央)民家が壁を共有しているモンティ地区。ドーム屋根には家ごとにシンボルが描かれている。(右)スケッチしたシンボル。家紋のような目印は宗教的な意味合いを持っているとも言われる。
(左)唯一立ち寄ったアンティークの店。(中央)モンティ地区の坂道。(右)ポポロ広場からサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ聖堂に通じるヴィットリオ・エマヌエーレ通りをスケッチした(鉛筆と水彩)。
(左2点)街の外へ出ると風景は一変。やや色褪せたワンルーム仕様のドーム屋根と壁。16世紀後半の姿に重なるような・・・・・・。
議論できる能力を養う
2009年3月 6日 12:30
月曜日、火曜日と二日連続で硬派なトーンで「知」について綴った。だが、翌日になって、あのまま幕引きしていていいのかという「良心」のつぶやきが聞こえた―「もう少し具体的にソリューションを提示すべきではないか」と。
いま「すべき」と書いた。「~すべし」は英語の"should"、ドイツ語の"sollen"と同じく定言命法と呼ばれる道徳法則だ(哲学者カントの道徳的命法)。これをディベートの論題表現に用いると、その命題はあらゆる状況に無条件に当てはまり、かつ絶対的な拘束力を持たねばならなくなる。たとえば、「わが国は死刑制度を廃止すべきである」という論題は定言的(無条件的)であって、例外を認めてはいけない。「~というケースにおいて」という条件を付けたり含んだりしてはいけないのである。
「わが国はハッピーマンデーを倍増すべきである」。この論題は、「現状の4日間のハッピーマンデー(1月、7月、9月、10月の指定された月曜日)を8日間にするアクションを取りなさい、しかもそのアクションが価値のある目的になるようにしなさい、これは絶対的かつ無条件的な命令です」と言っているのである。
「わが国は定額給付金を支給すべきである」は、ここに明示されていない金額と対象を除けば、「つべこべ言わずに可及的すみやかにこのアクションを取りなさい」と命令している。年齢によって金額を変えるのなら「一律12,000円」を論題に含めてはいけない。また、対象が国民全員ならそう付け加えるべきである。「~すべし」は命題で書かれたことだけに言及し、書かれていないことに関しては論者の裁量に任せる。
☆ ☆ ☆
「~すべし」という、例外を許さない命題を議論していると、激昂した強硬論争になりそうに思えるだろうが、いやいやまったく逆なのだ。イエス・ノーが極端に鮮明になる議論ほど、不思議なことに論者は潔くなってくる。自分への批判にも耳を傾けるようになるし、やがて度量も大きくなってくる。
ところが、「~ならば、~せよ」という仮言命法になると、姑息な論法を使うようになる。たとえば「定額給付金を支給するならば、生活支援とせよ」。すると、「定額給付金の支給には賛成だけれど、生活支援ではなく景気対策でないといかん」や、「何らかの生活支援は必要だとは思うが、一律方式の定額給付金である必要はない」などと論点が条件的になってくる。議論に慣れていない人にとっては、とてもややこしい。こんな「ケースバイケース」のディベートはおもしろくない。
記述する命題の文末が「~すべし」であれ「~である」であれ、ディベート論題の長所は賛否(是非)を明確にすることであり、それによって論理が明快になる点にある。死刑制度の存続論者であるあなたは、自分の思想に近い立場から「死刑制度廃止」に反論することになるかもしれないし、まったく逆の立場から「死刑制度を廃止すべし」という哲学を構築し論点を証明しなければならないかもしれない。真っ向から対立する両極意見のどちらにも立って議論することにディベートの意義がある(だから、ぼくは抽選によって肯定側か否定側かのどちらかが決まり、一回戦で敗退したらそれでおしまいというトーナメント方式を歓迎しない)。
☆ ☆ ☆
「死刑制度」、「ハッピーマンデー」、「定額給付金」のどれも、大多数の人々にとってはもともとは自分の外部で発生した情報である。これらが自分のところにやってきて、ただのラベルのついた情報として蓄積しているわけではないだろう。推論や思考によって、何らかの価値判断が下されて自分の知になっているはずだ。そして、その知と相反する知が必ず世の中に存在し、自分の周囲にもそんな知の持ち主がいるだろう。自分の知と他人の知を議論というルール上で闘わせるのがディベートだ。一方的な「イエス」を貫く知よりも、「イエスとノー」の両方を見渡せる知のほうが世界の輪郭は広がる。そして鮮明に見えてくる。議論能力―これが知を高めるソリューションなのである。
スピードと仕事上手の関係
2009年3月 5日 15:30
今日は「論争」について書くつもりだった。ところが、昨日のブログ「逆説的『スロー&プアー仕事術』」の十ヵ条のうち、三つ目の「仕事の出発点でじっくり時間を使え」に関して、異議申し立てまではいかないが、「なぜそうしてはいけないのか、よくわからない」という意見が寄せられた。急遽予定を変更して昨日の続編としたい。
☆ ☆ ☆
昨今流行の、うどんのセルフの店ではすでに揚げた天ぷらを並べている。だが、昔ちょくちょく行っていたうどん店は、天ぷらうどんの注文が通ってから天ぷらを揚げる「通し揚げ」を売りにしていた。だから天ぷらうどんを注文すると、「お時間かかりますが・・・・・・」と念を押される。注文から出てくるまで時間を要するこの店の主人は「仕事が遅い人」だろうか。そんなことはない。時間はかかるだろうが、最短で手際よく仕事をこなしていたはずである。スピードと一手間かける仕事は相反してなどいない。言うまでもなく、熟成ハムを作る職人は仕事が遅いのではない。時間と手間をかけているのだ。時間と手間をかけるからと言って、ダラダラと仕事をしているのではない。
昨日も書いたが、「仕事が早い人ほどいい仕事をする」という経験則がぼくには染みついている。この法則に例外を見つけるのはむずかしい。だいたいにおいて、仕事の遅い人の仕事は質が劣るものだ。さらに、仕事の遅い人は必要以上に時間をかける。動きが鈍い。段取りが悪い。「ついで仕事」ができない。複数作業をパラレル処理できない。注意散漫である。未熟である。数え上げるとキリがないので、昨日のブログでは十ヵ条に絞り、三つ目の「仕事の出発点でじっくり時間を使う」のを、遅くて下手な、つまり「オソヘタ」の原因としたのだ。
☆ ☆ ☆
教育研修時の「演習」は仕事のシミュレーションみたいなものである。これまで数百回にわたり数万人が演習に勤(いそ)しみ発表するのを目撃してきた。前工程で時間を食ったグループほど、選択したテーマが陳腐になり企画や発表内容が平凡もしくは劣悪になるのだ。仕事の出発点でどんなに慎重になっても、仕事のゴールには近づいてはいない。他方、「案ずるより産むが易し」を実践するグループほどよい結果を出す。
「じっくり、慎重に時間をかける」のは、「手間をかけること」とイコールではない。仕事の出発点で時間をかけても、質がよくなる保障などない。それどころか、後半に追い込まねばならずミス発生の確率も上がる。こうなってしまうグループは、序盤から精度を求める、民主主義的にテーマや方向性を決める、手順確定的(シーケンシャル)に進める、などを特徴としている。どれ一つ取っても、仕事上手を保障するアクションはない。これらはすべて仕事を遅くする要因ではあっても、仕事の質を高めてくれるものではないのだ。
部分の集積が全体になるのではない。「レンガを積んでも家にはならない」(ポアンカレ)。仕事を俯瞰的に見る設計図こそが重要なのだ。その設計図を、ラフでいいから、仕事の前段階で早々にスケッチしておく。テーマや方向性は誰かが提起する仮説的なものでいい。手順はわかりやすい箇所、確定しやすい部分へランダムに飛べばいい。要するに、徹底的にスピード優先で進めるのだ。これは手抜きではない。むしろ、スピードは手間をかけるための手段と言えるだろう。
遅々として進まない(進めない)仕事をしていると、ゴール間際でへとへとになってしまう。それに対して、スピードを上げれば余裕をもってゴールインできるし、もう一度振り返ることすらできる。そう、加速が上質の仕事を生むのだ。一回きりの一プロセスだけでいい仕事をやり遂げることなど無理である。いい仕事は見直し、推敲、検証によってさらにいい仕事になる。その時間を生むのはスピードである。
逆説的「スロー&プアー仕事術」のすすめ
2009年3月 4日 14:00
どちらかと言えば、ぼくはスローライフ主義者である。スローライフと主義は相容れないかもしれないが、便宜上こう書いておく。スローライフ主義を貫くためには、仕事が早くなくてはいけない。ゆえに、ぼくはスピーディビジネス主義者でもある。スピーディビジネスなんて和製英語っぽいが、ファーストビジネスと言うと、ファーストフードからの連想で「早いが安っぽい仕事」のように聞こえてしまう。
時間をゆっくりかけたいスローライフ主義と仕事をできるかぎり早くこなすスピーディビジネス主義は弁証法的である。どちらが手段でどちらが目的かなどという野暮な認識を超越したところで両者はちゃんと成り立つ。なぜこんな主張ができるのか―それは、「仕事がグズな人は生活で苦労する」「仕事が早い人ほどいい仕事をする」「仕事上手は生活上手である」などがおおむね正しいからである。
スローライフの実践方法よりもスピーディビジネスの実践方法のほうが説きやすくわかりやすい。もっと説きやすくわかりやすいのは「仕事が遅い、仕事が下手」の最大公約数的原因である。いろいろな現場で仕事の実態を見てきたし、教育研修においても演習や実習への取り組み姿勢を観察してきた。その結果、ぼくは仕事を、ひいては生活をダメにする「間違いのないコツ」を発見した。題して『スロー&プアー(遅くて下手な)仕事術』(ほんとうは何十ヵ条にもなるのだが、今日のところは十ヵ条に絞った)。
☆ ☆ ☆
1 実力以上に強がってみせろ
世の中ブランドである。正直に「私は50点人間です」などと言っては損だ。上げ底・背伸び・見栄っ張り・虚勢など何でもオーケー。とにかくよく見せないといけない。
2 他人に厳しく自分に甘く
ノルマは軽めに。60点の仕事を上出来だと考えよう(大学でもそれは「可」なのだから)。自分の仕事は一日遅れてもいいように時間を稼ぎ、他人に任せている仕事は一日早めに仕上げさせる。
3 仕事の出発点でじっくり時間を使え
もし5工程の仕事ならば、最初の工程が一番重要。だから、そこをクリアするまでしがみつくこと。仕事は部品の寄せ集め。全体を見通すビジョンなんて役に立たない。
4 行動よりもよく考えろ
下手に動いて下手な結果を出すよりも、まずは考えてみる。たとえそれが「考えているふり」であっても、軽率な行動よりはましである。
5 日時を明確にするな
ゆめゆめ時刻で期限を設定してはいけない。そんなことをすると、理不尽に追及されてしまう。「来週に」「今日じゅうに」というのが正しく、アポも「いずれ近いうちに」と曖昧にしておくのがいい。
6 イエスかノーを明言するな
慎重にイエスかノーかを決める。二者択一の岐路では焦らず騒がず判断を急がない。モラトリアムで済ましておけば、後日どちらにでも転ぶことができる。急いては事を仕損じると言うではないか。どんな約束でも守りきるのは不可能なのだから、小さな約束くらい破ってもかまわない。
7 アマチュアとプロを都合よく使い分けろ
相手が格上、かつ仕事に自信がないのなら「まだ勉強途上なので」と言い訳をしておく。相手が格下ならば、堂々とプロフェッショナル顔をすればいい。真のプロにはプロとアマの二面性がある。
8 「時間はタダ、いくらでもある」と信じろ
無理して今日じゅうに仕上げなくてもいい仕事がある。いったん決めても変更すればいい。明日は必ず来るわけだし、時間は自分の資源でタダみたいなもの。何とかなるものだ。
9 同時に複数の仕事をするな
所詮、自分の情熱、自分の思い以上の仕事なんてできないのだから、自己愛で生きるのが一番。二兎を同時に追ってはいけない。仕事は、優先順位ではなく、受けた順番に一つずつこなすのが正しい。
10 ばれないように手を抜け
「仕事はマメに、きめ細かく、とことん凝れ」と理屈を言うのがいるが、無視すればよろしい。大雑把で手を抜いても顧客がそれで満足ならいいのだ。そもそもずっと手間暇かけていたら心身が持たない。
☆ ☆ ☆
逆説的にお読みいただいたであろうことを切に願っている。上手く読み取れる人は仕事のできる人だろう。グズで仕事のできない人は誰のことが書かれているのかピンとこないだろう。えっ、このままで終わると、本気で「スロー&プアー」を薦めているみたい? なるほど、そう理解される可能性なきにしもあらずだ。それはまずいので、「いずれ近いうちに」フォローすることにしよう。
知を探すな、知をつくれ
2009年3月 3日 13:00
昨日に続く話だが、まずは記憶力について。記憶力の問題は、インプット時点とアウトプット時点の二つに分けて考える必要がある。
注意力、好奇心、強制力の三つが働くと情報は取り込みやすい。テストなんて誰も受けたくないから好奇心はゼロ。だが、強制力があるので一夜漬けでも覚える。普段より注意力も高まる。ゆえに覚える。ぼんやり聴いたり読んだりするよりも、傾聴・精読するほうが情報は入ってくる。注意のアンテナが立っているからだ。好奇心の強い対象、つまり好きなことはよく覚えるだろう。なお、言うまでもないが、取り込みもしていない情報を取り出すことはできない。「思い出せない=記憶力が悪い」と思う人が多いが、そもそも思い出すほど記憶してはいないのだ。
記憶エリアは「とりあえずファイル」と「刷り込みファイル」に分かれていて、すべての情報はいったんは「とりあえずファイル」に入る。これは記憶の表層に位置していて、しばらくここに置きっぱなしにしているとすぐに揮発してしまう。数時間以内、数日以内に反芻したり考察を加えたり他の情報とくっつけたりするなど、何らかの「編集」を加えてやると、刷り込みファイルに移行してくれる。ここは記憶の深層なので、ちょっとやそっとでは忘れない。ここにどれだけの知を蓄えるかが重要なのだ。
さて、ここからは刷り込みファイルからどのように取り出して活用するかがテーマになる。工夫をしなければ、蓄えた情報は相互連関せずに点のまま放置される。点のままというのは、「喧しい」という字を見て「かまびすしい」とは読めるが、このことばを使って文章を作れる状態にはないことを意味する。つまり、一問一答の単発的雑学クイズには解答できるが、複雑思考系の問題を解決できる保障はない。一情報が他の複数の情報とつながっておびただしい対角線が引けているなら、一つの刺激や触媒で芋蔓式に知をアウトプットできる。
☆ ☆ ☆
刷り込みファイルで「知の受容器」が蜘蛛の巣のようなネットワークを形成するようになってくると、これが情報を感受し選択し取り込むレセプターとして機能する。一を知って十がスタンバイするようなアタマになってくるのだ。
考えてみてほしい。レセプターが大きくかつ細かな網目状になっていたら、初耳の情報であっても少々高度で複雑な話であっても、バウンドさせながらでも何とか受け止めることができる。蜘蛛の巣に大きな獲物がかかるようなものだ。ところが、レセプターが小さくて柔軟性がなければ、情報をつかみ取るのは難しい。たとえば、スプーンでピンポン玉を受けるようなものだ。ほとんどこぼしてしまうだろうし、あわよくばスプーンに乗ったとしても、そのピンポン玉(情報)は孤立していて知のネットワークの中で機能してくれない。
知っていることならわかるが、知らないことだとわからない―これは知的創造力の終焉を意味する。知らないことでも推論能力で理解し身につける―知のネットワークを形成している人ならこれができる。ネットワークは雪だるま式に大きくなる。
知は外部にはない。知を探す旅に出ても知は見つからないし、知的にもなれない。あなたの外部にあるものはすべて「どう転ぶかわからない情報」にすぎない。それらの情報に推論と思考を加えてはじめて、自分のアタマで知のネットワークがつくられる。知の輪郭こそが、あなたが見る世界の輪郭である。周囲や世界が小さくてぼやっとした輪郭ならば、それこそがあなたの現在の知の姿に他ならない。
情報はなかなか「知」にならない
2009年3月 2日 15:30
数えたことはないが、年間延べ何千人という人たちに話を聞いてもらう。「延べ」だから、ぼくの話を十回近く聴く人もいる(言うまでもなく、同じ話を十回も聴いてくれる落語ファンのような人はあまりいない。つまり、ぼくの話を十回聴く人は、十種類のテーマの話を聴いてくれている)。「プロとはいえ、異なったテーマの話を準備して、いろんな対象に話をするのは大変でしょう」とねぎらっていただくことがあるが、聴くことに比べれば話すことなどまったく大変ではないと思っている。
アウトプットの前にインプットがある。記憶力の良し悪しが問われる前に「記憶したかどうか」が問われる。何もせずに表現上手などということはない。どこかで表現を仕入れていなければ上手にはなれない。人が何事かを成している前段階では必ず何事かの仕入れがある。そして、前段階なくして次の段階がありえないように、聴く(あるいは読む)という認知段階は知的創造力に決定的な影響を及ぼす。わかりやすく言えば、学ばなければ使えるようにはならないのである。
☆ ☆ ☆
だが、インプットとアウトプットのこの法則はなかなか成立しない。なかなか成立しない関係を法則と称すること自体おかしな話だが、必ずしも矛盾ではない。法則というのは「ある一定の条件のもとならば、つねに成り立つ」ものだから、裏返せば、「ある一定の条件を満たさないと、成り立たない」ものであってもよい。「多種多量の情報は知力の源になる」―この法則が成立するためには、(1) 取り込まれた点情報どうしが対角線を結び、かつ(2) 推論という思考の洗礼を受けることが欠かせない。
理屈上、知力10の人が取り込める情報は10である。この傾向は加齢とともに色濃くなる。つまり、ぼくたちは自分の知力でわかる範囲の、都合のよい情報だけを選択するようになる。人の話を聴いても知っていることだけを聴く(これを確認と言う)、本を読んでも納得できることだけを読む(これを共感と言う)。つまり、知らないことやわからないことを拒絶しているのだ。
もうお気づきだろう。この論法だと、人は永久に進化できないことになる。情報や知を「ことば」に置き換えてみよう。生を受けた時点でのことばの数はゼロ。知力ゼロだから何を学んでもゼロということになる。しかし、実際、乳幼児はゼロを1に、1を2に、2を4にというふうに累乗的に語彙を増やしていく。知力が10であっても、その倍の情報をどんどん取り込んでいく。ある年齢までは、情報に接すれば接するほど、よく身につき知になっていく。
☆ ☆ ☆
生きることが関係しているから、必死に情報と情報を結びつける。行間を読み文脈を類推する。知っている単語5つで知らない単語一つをからめとって理解しようとする。これによって、先の法則が成り立つのである。ところが、こうした対角線を引き未知を推論する努力を怠るようになってくる。自分が出来上がったと錯覚するのだ。
結論から言うと、いい大人になって思考力が身についていないと、いくら学んで情報を取り込んでも知にはならないのである。先ほど年齢と関わると書いたが、ここで言う年齢とは思考年齢である。だから、二十代・三十代であっても、いくら勉強しても知が拡張しない症状は起こりうる。 《この話は明日も続けたい》
週刊イタリア紀行No.32 「アルベロベッロ(1) その名も美しい樹木」
2009年3月 1日 18:20
アドリア海に面するプーリア州は、イタリア半島のアキレス腱から踵の部分にかけて細長く横たわっている。ここでは台地をオリーブ畑とぶどう畑が埋め尽くす。オリーブもワイン用のぶどうも少雨と荒地には強い。このプーリア州にあって一番の観光名所になっているのが世界遺産アルベロベッロだ。アルベロ(Albero)は「木、樹木」、ベッロ(bello)は「美しい、すばらしい」。くっつけると、アルベロベッロは「美しい樹木」という意味になる。
美しいかどうかの感じ方は人それぞれだろうが、たしかに広場や住居の所々に樹木は見える。ところが、地名の由来云々よりも、旅人は独特の形状をした住居群に尋常ではない好奇心を示す。実は、円錐状にとんがった住居の屋根が立ち並ぶ光景を遠目に眺めると、樹木が密生する林のように見えてくる。アルベロベッロを紹介する文章のほとんどは「不思議な街」や「お伽(とぎ)の国」という表現を使う。まったくその通りだが、映画やイベントのためにわざわざこしらえたのではないかと錯覚してしまいそうだ。
不思議の屋根をもつ住宅は街中に密集しているが、バスで街に近づく道中もオリーブやぶどう畑の丘陵地に同じ形状の農家が点在している。円錐形ドームを乗せたワンルームの建物はトゥルッロ(trullo)と呼ばれる。部屋が二つ以上になると複数形でトゥルッリ(trulli)という一軒の民家になる。石の建築文化としては特異の存在だそうだ。なにしろ良質な石灰岩が豊富に掘り出せるので、住居にもふんだんに石材を使える。しかも、すごいのは、切り出した石をモルタルやセメントを使わず、ただ積み上げるだけの構造なのである。
こんなスタイルの住宅はいったいどこからやって来たのか? 「メソポタミアあるいは北アフリカからクレタ、ギリシアを経て南イタリアに伝わったとする説が有力で、実際、語源的にも〈trullo〉はギリシア語でドームをもつ円形の建物を表わす〈tholos〉に由来するとされる」(陣内秀信『南イタリアへ!』)。かと言って、起源は古代まで遡るわけではなく、16世紀半ば以降に発展してきたらしい。
なお、この週刊イタリア紀行はまだ続くが、これまで不十分な描写も多々あったかもしれない。今回のプーリア州について関心があればイタリア政府観光局のサイトをご覧いただきたい。そのついでに、他州にアクセスすれば、これまで取り上げた都市についても詳しく知ることもできる。
☆ ☆ ☆
![]()
(上3点)アルベロベッロの市街に近づくバスからの光景だ。オリーブ畑が延々と続き、やがてトゥルッリの小集落や農家がぽつぽつと見えてくる。あちこちに切り石がぶっきらぼうに積んであったりもする。
(左)遠景にアルベロベッロの街が浮かんでくると、まるで玩具の街のような奇妙な印象を受ける。
(左3点)アイア・ピッコラはおおよそ東西250m、南北200mの地区で400のトゥルッリがある。観光ルートにはなっておらず、住宅地を見て歩くという感覚である。
![]()
(左)アイア・ピッコラ地区から見渡す、もう一つのトゥルッリ集落であるモンティ地区(来週紹介するが、この地区には1000のトゥルッリがあり、部分的には観光地化していて土産店なども立ち並んでいる)。(右)ドームの屋根の先端にはピナーコロという小尖塔がついている。様々なデザインがあって、それぞれの家を象徴している。


