スピードと仕事上手の関係

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 今日は「論争」について書くつもりだった。ところが、昨日のブログ「逆説的『スロー&プアー仕事術』」の十ヵ条のうち、三つ目の「仕事の出発点でじっくり時間を使え」に関して、異議申し立てまではいかないが、「なぜそうしてはいけないのか、よくわからない」という意見が寄せられた。急遽予定を変更して昨日の続編としたい。

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 昨今流行の、うどんのセルフの店ではすでに揚げた天ぷらを並べている。だが、昔ちょくちょく行っていたうどん店は、天ぷらうどんの注文が通ってから天ぷらを揚げる「通し揚げ」を売りにしていた。だから天ぷらうどんを注文すると、「お時間かかりますが・・・・・・」と念を押される。注文から出てくるまで時間を要するこの店の主人は「仕事が遅い人」だろうか。そんなことはない。時間はかかるだろうが、最短で手際よく仕事をこなしていたはずである。スピードと一手間かける仕事は相反してなどいない。言うまでもなく、熟成ハムを作る職人は仕事が遅いのではない。時間と手間をかけているのだ。時間と手間をかけるからと言って、ダラダラと仕事をしているのではない。

 昨日も書いたが、「仕事が早い人ほどいい仕事をする」という経験則がぼくには染みついている。この法則に例外を見つけるのはむずかしい。だいたいにおいて、仕事の遅い人の仕事は質が劣るものだ。さらに、仕事の遅い人は必要以上に時間をかける。動きが鈍い。段取りが悪い。「ついで仕事」ができない。複数作業をパラレル処理できない。注意散漫である。未熟である。数え上げるとキリがないので、昨日のブログでは十ヵ条に絞り、三つ目の「仕事の出発点でじっくり時間を使う」のを、遅くて下手な、つまり「オソヘタ」の原因としたのだ。

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 教育研修時の「演習」は仕事のシミュレーションみたいなものである。これまで数百回にわたり数万人が演習に勤(いそ)しみ発表するのを目撃してきた。前工程で時間を食ったグループほど、選択したテーマが陳腐になり企画や発表内容が平凡もしくは劣悪になるのだ。仕事の出発点でどんなに慎重になっても、仕事のゴールには近づいてはいない。他方、「案ずるより産むが易し」を実践するグループほどよい結果を出す。

 「じっくり、慎重に時間をかける」のは、「手間をかけること」とイコールではない。仕事の出発点で時間をかけても、質がよくなる保障などない。それどころか、後半に追い込まねばならずミス発生の確率も上がる。こうなってしまうグループは、序盤から精度を求める、民主主義的にテーマや方向性を決める、手順確定的(シーケンシャル)に進める、などを特徴としている。どれ一つ取っても、仕事上手を保障するアクションはない。これらはすべて仕事を遅くする要因ではあっても、仕事の質を高めてくれるものではないのだ。

 部分の集積が全体になるのではない。「レンガを積んでも家にはならない」(ポアンカレ)。仕事を俯瞰的に見る設計図こそが重要なのだ。その設計図を、ラフでいいから、仕事の前段階で早々にスケッチしておく。テーマや方向性は誰かが提起する仮説的なものでいい。手順はわかりやすい箇所、確定しやすい部分へランダムに飛べばいい。要するに、徹底的にスピード優先で進めるのだ。これは手抜きではない。むしろ、スピードは手間をかけるための手段と言えるだろう。

 遅々として進まない(進めない)仕事をしていると、ゴール間際でへとへとになってしまう。それに対して、スピードを上げれば余裕をもってゴールインできるし、もう一度振り返ることすらできる。そう、加速が上質の仕事を生むのだ。一回きりの一プロセスだけでいい仕事をやり遂げることなど無理である。いい仕事は見直し、推敲、検証によってさらにいい仕事になる。その時間を生むのはスピードである。 

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プロフィール

岡野勝志(おかのかつし)
1951年大阪生まれ

企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長
企画アイディエーター
岡野塾主宰

ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。
マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人材の課題に対して、「即答即決アイディエーティング」をおこなっている。

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