2009年4月アーカイブ
現実を押し売りする人たち
2009年4月30日 16:30
仕事中なのに、仕事とまったく無関係な文言が脳内を往来することがある。たとえば「行き詰まっているときは息詰まっている」とか何とか。「咽喉の痛みには特濃ミルク8.2」とか何とか。周囲に何かがあって、それを見た結果コトバが浮かんでくるのではない。アタマの中の別の鉱泉からフツフツと湧き出てくるのだ。
考えれば考えるほど陳腐な常套句しか思いつかないこともある。表現の枯渇状態。その突破口になってくれるのが「類義語辞典」だ。調子のいいときはまったくお世話にならないが、一日中引きまくっている日もある。広辞苑や新明解を適当にペラペラめくることもある。見出し語との偶然の出合いに期待する。ついさっき、「きゅう【灸】」が目に入ってきた。そして、何年か前のある事件にタイムスリップしてしまった。
☆ ☆ ☆
それは想像力を欠く情けない話であった。東京都の「鍼、灸、あんま、マッサージ、指圧師会」が、「灸を据える」はもともと治療行為である、それを懲罰という意味で辞書に掲載しているのはけしからん、定義を変更せよ―とケチをつけたのである。
そう言えば、さらにずいぶん昔、医師会もクレームを申し立てた。テレビドラマで医者がタバコを吸う場面があり、それに対して「医者はそんなにタバコを吸わない」と怒ったのである。「そんなに」だったか「あんなに」だったか忘れたが、とにかく「医者にヘビースモーカーはいない」あるいは「そんなにスパスパ吸わない」とでも言いたかったようだ。しかし、例外的であっても、ヘビーに下品にタバコを吸う医者の一人や二人はいるわけで、それをネタにして何が悪いのか。医者が殺人事件を起こす物語はありえないのか。
お灸の話に戻る。ぼくはお灸は平気である。平気だが、家庭用の台付きモグサとは違って、専門家の施術時は若干の緊張が走る。鍼灸はある意味で「ストレス」をかけるのであり、痛くも痒くもなければ効果がない。一瞬の直線的熱さというか痛みというか、それを快とするか不快とするかは人が決めるものだ。実際、ぼくの周囲では鍼灸の未体験者は体験者よりも圧倒的に多い。
「灸を据える」が「痛い目に合わせる」という比喩表現に使われたって構わないではないか。それだけ一般汎用しているのは市民権を得ている証拠である。専門家が考えるほど、ぼくたちは想像力欠如ではない。治療行為が現実で、ペナルティが比喩表現であることくらいはちゃんとわかっている。むしろ、現実だけを反映する一義的な意味しか持たないコトバがいかに退屈かということに想像を馳せてもらいたい。
コトバは現実を反映する。しかし、そこで止まらない。現実から乖離して跳びはねる。別の意味を取り込んだり別の意味が憑依する。だからこそ、コトバはおもしろい。
ルガーノの「気」でリフレッシュ
2009年4月29日 16:30
先の日曜日、「週刊イタリア紀行」でボローニャを書きそびれた。出張帰りで疲れていたせいもあるが、90枚という、思いのほかおびただしい写真を前にしてなかなか選びきれなかった。しばし休憩とばかりに、一年ほど前に読んだ井上ひさしの『ボローニャ紀行』を再読しているうちに時間が過ぎてしまった。というわけで、先送り。
今日は水曜日で、単独の休日。つまり、連休の一部の休日ではない(少なくともぼくにとっては)。昨日が仕事で明日も仕事である。しかし、今日が休日、それも土曜日や日曜日ではなく、水曜日。この週の半ばの平日の休みというのがいい。とても贅沢な気分になれる。朝からすがすがしく、5,6km散歩してほどよい日光を浴びた。咽喉とアタマに痛みがあって風邪の一歩手前だったが、何だかよくなった気がする。
少し開けた窓から陽射しと微風が入ってくる。二年半前にパリ―ミラノ―ヴェネツィアに旅したときのガイドブックに目を通していた。600ページ近くあるガイドブックだ。ルガーノのページに付箋紙が貼ってある。ミラノから半日で行けるスイスの街ルガーノの紹介記事はわずか1ページしかない。ミラノからルガーノに出掛けたあの日も、今日のような爽やかな日だった。
☆ ☆ ☆
ミラノから鉄道で北へ行くと観光と別荘地で有名なコモ湖がある。さらにほんの少し北へ進めばもうスイス国境を越える。ミラノからわずか1時間のところだ。そんな近くでも切符は自販機では買えず、"Internazionale"(国際線)の窓口へ行かなければならない。ずいぶん右往左往した記憶がある。国境を越えるから、警備隊の兵が列車に乗り込んできてパスポートと切符もチェックする。
ルガーノ駅に着けば眼下にルガーノ湖が広がる。スイスといえども風情はイタリアの街だし、みんなイタリア語を話している。しかし、やっぱりスイスなのだから、スイスフランに両替しないといけない。ユーロでは有料トイレにも入れないし、バスにもケーブルカーにも乗れない。何はともあれ、バスに乗りケーブルカーに乗り継いで、モンテ・ブレの山頂を目指した。抜けるような晴天ではなかったものの、アタマも心も透き通るようにリセットできた。記憶をまさぐるだけでもいいリフレッシュができるものである。
(左2点)小ぢんまりしたルガーノ駅舎と、スナック・喫茶の店、切符売場。
(左2点)モンテ・ブレの山頂からはルガーノ湖と山間がパノラマで見張らせる。
(左2点)ルガーノ名物ダックスフンド型観光ツアーバス。
(左)街の広場で「路上チェス」に興じる市民。(右)名残りを惜しむ最後のショット。その概念が見えてこない
2009年4月28日 13:00
あるゲストが企業訪問に誘われた。「企業経営の現場をご覧になりませんか?」 「会社とは無縁なんで、ぜひ見学してみたいです。」
案内人は会社の正面玄関から順番にガイドをしていった。「こちらが守衛室です・・・。こちらは受付ですね・・・。そちらに小さな作業場があります・・・。この大きな部屋が事務室になっています。大半の従業員はここで仕事をしています・・・。この廊下の奥に食堂とトイレがあります・・・。では、二階にまいりましょう・・・。こちらが会議室です・・・。その隣りがトイレですね。はい、トイレは二階にもあります・・・。右手が資料室です・・・。そして、こちらが応接室。一日に数人の来客があります・・・。最後に、ここが社長室です。あいにく社長は本日不在ですが・・・。」
足早に、それでも小一時間ほど説明を受けたゲストは、最後にこう尋ねた。
「よくわかりました。ところで、肝心要の『企業経営』はどこにあるのですか?」
☆ ☆ ☆
この話はぼくの創作なのだが、種明かしをすれば、これは哲学的命題の一つの変化形なのである。ゲストが案内されたどの場所にもどの仕事にもどの従業員にも「企業経営」というものは見えない。企業経営は仕事の場所や作業や人材を束ねた概念でありながら、企業経営そのものがどこかに存在しているわけではない。ぼくたちは企業経営というものを見学することはできないのである。
企業と無縁なゲストが目の当たりにするのは、企業経営ではない。社是や理念や経営方針を文字として感知することはできても、それらの実体は容易に認識できない。ゲストは部屋を見る。廊下や壁を見る。整理整頓状況や清潔・汚れを見る。従業員の働きぶりや立ち居振る舞いを見る。けれども、企業経営を見ることはない。
誰も彼もが経営評論家であるわけではない。ソニーやサントリーの商品を広告で知り、売場で見て買う。企業経営をつぶさに調べて買うのではない。顧客から見えない概念構築にいくら躍起になっても、それは明示的世界には現れてこない。具体的な事柄を統合して上位の概念にまとめてみても、結局は個々の具体的な事柄がはじめにありきなのである。
何々 「と」 何々
2009年4月27日 19:00
タイトルの括弧の場所は間違いではない。意識的に「と」になるように括弧でくくっている。
意思決定とは「か」(英語ではOR)であり、「と」(英語のAND)ではない―などとよく声を大にして言うので、ぼくはいろんな人に「OR人間」みたいに思われている。つまり二者択一を好む人間。これは極端志向、賛否決着型、対立好きの印象を醸し出す。決してありがたがっているのではない。とても心外なのである。これではまるで、折衷や止揚とは無縁の、単細胞な石頭ではないか。
「異種情報のAND」。これが本来あるべき発想の原点だ。何々と何々をくっつけたり対比させたりするから発想が広がる。何々が二つあるからほっとしたり救われたりする。「一項」だけに集中できている状態が悪いわけではないが、「一項しか見えない、一項しかできない」はマイナス寄りだ。攻め一本やり、ハンバーガーばかり、失敗続き、会議の連続・・・・・・これではたまらない。
☆ ☆ ☆
この一週間は「と」に意識が向き、また「と」が勝手に二項の間に入ってきたりした。京都での私塾では「テーマとソリューション」。翌日からの香川への出張は、十数年ぶりに「ぼくとスタッフ」。養鶏の現場を見学して「卵とニワトリ」の関係に注目。土曜日の半日マーケティングセミナーは「第1部と第2部」の構成。滞在三日間は「うどんづくし」ではなく、「焼鳥(夜)とうどん(昼)」と交互に堪能。
「アポとキャンセル」もこの一週間に集中した。こんなに約束を取り決め、こんなにキャンセルが発生したのも珍しい。まずアポがあり、実際に会ったものの契約は成立せず、翌週再会のアポに合意するも相手がキャンセル。このキャンセル対策のために知人から連絡があって再度アポ。別の一件は連休明けのアポだが、これもキャンセル。次なるアポを現在画策中。もう一件あった。こちらは心身が疲弊してしまうほど、アポ、黙殺、キャンセルが何度か繰り返されたケースである。
ぼくは、他人の時間や約束に対する変更には寛容である。ぼく自身も社内的には時間や約束に対して優柔不断なこともある。ただし、対外的には「先約主義」を愚直なまでに貫く。これは精神的にはきつい。とにかく「都合が悪くなった」と言い訳しない方向に自分を追い詰めるのだから。決めた時間を無視するという点で、遅刻もキャンセルの一種だと見なす。この一週間は、ぼくの責任によるキャンセルはゼロであるが、めったに経験しなかった「アポとキャンセル」の日々だった。世の中の大半の仕事はこんなことに向けられているのだろうか。
アポとキャンセルの調整にエネルギーを費やして疲弊するくらいなら、いっそのこと、さっさと会ってしまったほうが楽だ―これがぼくの結論である。そして、アポにはなるべく「と」がつかないのが望ましい。
ブランド信奉の反省
2009年4月23日 21:15
まったく他人のブログをチェックしていないが、天まで届くほどの記事がすでに書かれ、現在書かれつつあり、そして明日も明後日も書かれるのだろう。すでに先週の時点でYou Tube検索三千万件という。
そう、すでにご存知だろう、あのスーザン・ボイルの仰天歌唱力の話である。「人は第一印象で決まる」とか「人は見かけがすべて」という類いの主義主張をよく耳にし、その種の本もちらほら目にするが、急激に曇った自論に少しばかり反省を加えておくべきだろう。ブランド信奉者、いや狂信に近いブランド絶対主義者に対しては、心中静かに「ざまあみろ」と囁いておくことにする。
番組の中で女性審査員がいみじくも吐露したように、誰もが風貌、立ち居振る舞いから彼女を小馬鹿にしていた。レ・ミゼラブルの『夢やぶれて』を彼女が数秒歌った直後、会場の空気と観衆の価値判断は一瞬のうちに「コペルニクス的転回」を遂げた。価値―そんなものは存在に帰属する絶対的なものではないことを証明してくれた、最近めったにお目にかかれない恰好の事例ではある。
同時に、潜在するものは凡人などには見えないことも明らかにしてくれた。人はどんなにすぐれた価値にも、それが潜在しているかぎりめったに気づかない。情けないことに、"ブランド"なりの顕在化した現象(=表象的な記号)によってしか本質をつかめないのである。歌声を発する直前までのスーザン・ボイルにブランドは付与されていなかった。彼女が潜在的に有していた価値は、あの時点では無価値だったのである。裏返せば、本物ならば、したたかな価値が備わっているならば、記号としてのブランドなど不要なのである。ブランドは、自分の眼力に自信を持つことのできない人たちが求める道しるべにすぎない。
実力がありながら、過小評価に苦しんでいる人にとっては勇気と自信に火を点してくれた一件ではある。刻苦精励して本物を目指している人、わずかな照明が当たるのを辛抱強く待とうではないか。いや、少しでも機会があるのならば、それを生かそうではないか。もし本物ならば、他者はブランドを超越した評価を下してくれるものだ。『無名の本物は過大評価のブランドを凌駕する』―ぼくにとって新しい格言が生まれた。結局自分自身に言い聞かせているのだろうが・・・・・・。
(今日の私塾でデカルトの「懐疑論」を取り上げた。そのせいか、神経がピリピリしてちょっと疑い深いアンテナが立っている。万に一つもないだろうが、スーザン・ボイルのあの歌声がクチパクでないこと、英国人特有の巧妙な何かの仕掛けでないことを、切に願う。)
分母と分子で考えている?
2009年4月22日 21:00
広辞苑第六版の編集方針。最初の項目は次のように書かれている。
「一、この辞典は、国語辞典であるとともに、学術専門語ならびに百科万般にわたる事項・用語を含む中辞典として編修したものである。ことばの定義を簡明に与えることを主眼としたが、語源・語誌の解説にも留意した。収載項目は約二十四万である。」
中辞典にして24万語だ。あいにく手元に大辞典はないが、日本国語大辞典では見出し項目は50万になるそうである。方言も含めればいったいどれだけの語彙が存在しているのだろう。言うまでもなく、収載された見出し語はありとあらゆる文献から拾われたもの。文献に出てこないことばを見つける手立てはない。もっと言えば、ことばというラベルを未だ付けられていない抽象的・物理的事象や現象について、ぼくたちはその定義を知ることはできない。いや、仮にそういう事象や現象が存在していても認識できていないのかもしれない。新しいものを見つけたら命名するのが人の習性だからだ。
テストや受験、資格のための検定などに対してはDNAレベルで嫌悪してきたし、今もDNAは変異していない。やむなくすることが少なくないが、原則として採点側や評価側に立つのも好まない。だいたい分母に満点を置いて分子に採点された点数を配分するのが気に入らない。100分の70って一体何なのだ? その満点の100は当然出題者の意思で決まる。しかも、その100はこれまた何千か何万かから抽出された分子でもある。合格者を多く出したいかゼロにしたいかは、抽出作業過程での出題者の裁量でどうにでもなる。
☆ ☆ ☆
任意に設定された満点に向けた学習は功利的かつ便宜的である。そんな学習ばかりしてきたから実社会でろくに役に立たないのだ。それを反省して一から勉強し直している。にもかかわらず、目標を失いたくないから検定や単位などの「合格」を目指す。生涯、満点への飽くなき学びが続くというわけである。
のべつまくなしに分母と分子で物事を測っていると、本気の学習などできなくなる。本気の学習とは、今の自分の能力を、「設定された満点」に向けるのではなく、際限なく高めていくものだ。日本語の50万語分の5万語しか知らないという思いなどまったくどうでもいい。あるいは語彙力判定テストを受けて、2万語と評価を下されても落ち込むことはない。森羅万象の知恵の前では何人も無知なのである。そう、分母などいくらでも小さくしたり大きくしたりするなど自由自在だ。
いま認識できている力、いま運用できている力―それを着実に高めればいいのである。満点という到達点などまったく意識する必要などない。それが実社会での本物の学習のはずだ。その過程で、自分が従事している仕事において「閾値越え」が生じる。
もちろん分母と分子をしっかりと意識するほうがよい場面もあるだろう。一例としては、財布に一万円札があって消費していく過程は、分母(所持金)と分子(支出額)の関係。分子が大きくなって分母に追いついたとき、財布の中が空っぽになっている。たぶん経済感覚には分母と分子が欠かせない。分子を使いすぎないという節約と、分母を欲張りすぎないという節度という意味で・・・・・・。
「何が~か?」と「~とは何か?」
2009年4月21日 14:30
先日テレビを見ていたら、ハンバーガーショップの女子店員が「このバーガーはヘルシーです」と言っていた。かねてから「ヘルシー」が本来の「健康的」という意味から逸れて「ファッション」として使われていることには気づいていた。その店員の言い分は、「牛肉が入っていなくて野菜のみのバーガーだからヘルシー」というものである。
ところが、料理番組などではアシスタントが「豚肉を使っているのでヘルシーですね」と、料理の先生に同調する。裏読みすれば、「それは豚肉であって、牛肉ではない」という意図なのだろう。つまり、バーガーショップの店員も料理番組のアシスタントも「牛肉がヘルシーではない」という点で意見が一致している。世界には牛肉を大量に消費する食文化も存在するが、その文化圏ではヘルシーでないものを食しているというわけか。
ひとまず寿命の長短などという野暮な話を横に置いて、日々の食事や材料のヘルシー度について考えてみる。
豚肉が(牛肉に比べて)ヘルシーだからという主張は、トンカツ定食の大がビフカツの小よりもヘルシーを証明するものなのか。あるいは、サラダたっぷりの「非牛肉バーガー」を頬張っていれば、少量の焼肉に舌鼓を打つよりもヘルシーで居続けることができるのか。そんなバカな話はない。菜食主義が肉食主義よりもヘルシーであるならば、世界中に棲息する動物にあっては草食動物が肉食動物よりヘルシーということになる。繰り返すが、長寿とヘルシーを同列で語ることなどできない。ヘルシーだからと言って長寿とはかぎらないし、高齢化社会がヘルシーを基盤にしているとも思えない。
☆ ☆ ☆
「何がヘルシーか?」と考えるから、都合よく自店のメニューを正当化してしまうのだ。野菜たっぷりがヘルシー、豚肉がヘルシー、さらには豆腐や煮魚がヘルシー・・・・・・。よく目を凝らしてみれば、ここで言っているのは個々の素材のヘルシー度にすぎない。これは、ギアが上質、ボルトが上質、ネジが上質、歯車が上質というように、個物に格付けしているだけの話だ。これら個々の部品が良質、ゆえに、すべてを組み合わせた一つの統合体も良質とはかぎらない。つまり、「ヘルシーな野菜バーガー」を食べている人間そのもののヘルシーの高さは保障されていない。
いやと言うほど、やれ豆乳だ、やれ納豆だ、いやバナナだと単品絶賛する愚を目撃してきたことを忘れてはならない。せめて「何と何を組み合わせればヘルシーになるのか?」というイマジネーションを働かせることはできないのか。
むしろ問うべきは「ヘルシーとは何か?」のほうである。ここまでヘルシーということばをやむなく使ってきたが、それが健康的を意味するにせよ、健全や無事を意味するにせよ、ヘルシーの本質をうやむやにして食品と結びつけて一喜一憂しても始まらない。ヘルシーの本質には、それぞれの生き物ごとの「食性に素直」ということがあるはずだ。それを「旬の食生活」と呼んでもいい。ライオンが草食動物を糧として生きていくのが食性であり、トキはドジョウや小さな虫を糧にして生きている。
人類、いや、わかっているつもりの日本で棲息する人々に限定しておこう。この風土で暮らすぼくたちは雑食という食性を維持してきた。それが「ヘルシー」なのである。
「~とは何か?」という本質的な問いを、「何が~か?」にすり替えてわかったような気になっている。「文房具とは何か?」が作用や目的や質料や形相などの本質を明らかにしようとしているのに比べて、「何が文房具か?」がいかに浅い問いかがわかるだろう。「ホッチキスが文房具」「水性ボールペンが文房具」「手帳が文房具」・・・・・・これだけでいいのである。そこに知識はあるが、思考の足跡は微塵もない。
週刊イタリア紀行No.38 「ペルージャ(3) 記憶のアーチとピザ 」
2009年4月20日 11:30
サン・ピエトロ教会からホテルに戻りチェックアウトの手続きを済ませる。荷物を預けたまま、今度は街の北へと向かう。通り道だから必然目に入ってくるものの、11月4日広場と大聖堂を見納めする。北側への道は、この広場からはおおむね下り坂になる。坂道は何本もあるが、どの道を通ってもアウグストゥスの門に辿り着ける。
ローマ時代以前に12のエトルリア都市が繁栄していて、ペルージャはその一つだった。すでに取り上げたアレッツォやオルヴィエートなども古代エトルリアの面影を残す街である。それらの街を探訪したのも、このペルージャ滞在がきっかけになっている。キーワードは「エトルリア」だった。当時は、ただローマ時代より古い時代ということだけでわくわくしていた。
エトルリア時代の巨大な門である「アウグストゥス門」に対峙する。そこをくぐると時代を古代まで遡っていくのではないかと半分本気で思ってしまう。わざわざタイムトンネルなど発明しなくても、やみくもに「現代の手」を加えなければ、日常的にぼくたちは過去と現在を行き来することができるのだ。
建造物の壁や門は、本来外界と内部を仕切る「クールな機能」を持つはずだ。けれども、直線だけで構築するのではなく、そこにアーチ状曲線の意匠をこらすだけでまろやかになる。住民や旅人にとって親しみやすく、しっくりとなじめる存在になる。そこかしこに見られたアーチはぼくの記憶によく残っている。
もう一つの「曲線の思い出」は大好物のピザである。このピザを食べるために、前日は外食しなかった。窯で焼くこと、ほんの1、2分だろう。一気に焼いて、さっと生野菜を散りばめて「はい、お待ち!」まで注文してから3分ほどだったと思う。これは記憶に残る絶品であった。どのくらい絶品かを表現するのは困難である。敢えて言い表すなら、「もしローマやフィレンツェに行く機会があれば、このピザを目当てにペルージャに立ち寄ってもいい」と思うくらいのうまさである。 《ペルージャ完》
☆ ☆ ☆
(左上)11月4日広場の大聖堂。(中央上・右)坂の多い丘の上の街だけに建物の高さも不揃い。起伏の凹凸が何となく靴底から伝わってくるような街並みだ。(左3点)門や渡り廊下などアーチの形状があちこちに目立つ。
(左)起源を前4世紀まで遡るエトルリア時代のアウグストゥス門。車と比較すれば、その圧巻ぶりがわかる。(右)フォルテブラッチョ広場に面するペルージャ外国人大学本部の建物。
(上)ぼんやりしていると通り過ぎてしまうほど目立たないが、ランチを目当てにしていた"Mediterraneo"(地中海)という名のピザ自慢の店。(左)店名と同じ定番のピザを注文。ユーロのレートを正確には覚えていないが、日本円で600円くらいだったような気がする。本場ナポリでも何枚か食べたが、それを凌ぐうまさ。現在までぼくのNo.1である。
(左)街角の菓子店。ペルージャはBaciというチョコレートが有名。お土産にいくらか買った。(中央)Salumeriaとはハム・チーズなどの食料品店。(右)雑貨屋のディスプレイ。月曜日から日曜日まで曜日の入ったテーブルナプキンを買う。
たまには出典不詳が愉快
2009年4月16日 12:00
詠み人知らずには、真性の不詳である場合と匿名希望という場合があるそうだ。講演や研修では、知りうるかぎり出典や著者名を極力示すようにしている。ところが、誰からともなく入ってきた情報や入手経路不明な知識のほうが圧倒的に多いのが現実だ。どこでどう身につけたのか知らないが、持論をトレースしていくと不確かな情報源に辿り着くのかもしれない。
自力で考えたと思っていることが、丸々受け売りだったり。拝借したのではなく、偶然にして偉人の言と一致していることもあるだろう。ぼくはメモ帳からふと落ちてくる新聞の切り抜きや、割り箸の袋に走り書きした文言を見つけて、時々楽しんでいる。覚えていることもあるが、忘れていることのほうが多い。十中八九、出典は書いていない。出典がないのはオリジナルなアイデアだから? それとも、引用だったが出典を記さなかっただけ? わからない。
☆ ☆ ☆
こんな紙の切れ端があった。「できることをしないのは怠慢であり、できないことをできると言い張るのは欺瞞である。」 誰かの名言なのだろうか。ぼくが何かの拍子にメモしたのだろうか。出典不詳、記憶消滅である。
こんなジョーク(?)もある。「神経のことを英語で"ナーブ"と言います。だから、イライラすることは神経に障るので"ナーバス"と言うんですね。ナーブが傷つくと大変です。だから薬が必要になります。ナーブを治す天然の薬、それが"ハーブ"なんですね。でも"ハーバス"ということばはありませんから、ご注意を」という具合。ただのダジャレで、特におもしろいとも思えない。そのときはたぶん何かの弾みでおもしろく感じたのだろう。出典不詳も、もしかしたらぼくの作品なのかもしれない(だとすると、ちょっとセンスが悪い。誰かがハーブの形容詞形でハーバスと言ったので、ほんとうは"ハーバル"だよと教えてあげた記憶もない)。
抜き書きメモ。これはうっすらと記憶に残っている。「交渉とは知的力学の応用である。交渉力を構成するのは、情報、時間、力。譲歩は投資の量に比例する。ゆえに、『失うものがない』者は交渉に強い。」 この下線部はぼくの持論となっていて、あちこちでこんな話をする。手元に本がないので確かめられないが、これはハーブ・コーエンの交渉の本の部分要約に違いない。
こちらは最近のメモ。「カラダ・バランス飲料DAKARAの余分三兄弟のコマーシャル。余分とは脂肪、糖分、塩分の肥満の三要素。これを"ヒーマン・ブラザーズ"という。」 もちろん"リーマン・ブラザーズ"のもじり。これはぼくの創作である。しかし、それに続く一文「糖分と天海(あまみ)は仕込まれたコードか?」はネット上かどこかで目についたメモだ。それは覚えているのだが、出典不詳。ご存知ない方のために説明すると、このコマーシャルの主役は女優の天海祐希である。
出典や信憑性に左右される日々、たまにはそんなものから解放されて、「人類の知恵はみんなの知恵」と精神を奔放にさせればいい。
編集という手間と創造
2009年4月15日 18:00
昨日の午後から始めて、今日は丸一日、おそらく明日の午前まで続く。そんな編集作業をしている。同じテーマについて、これまで書いてきたテキスト3種類(A4判にして45ページ)、パワーポイントのスライド約160枚を、それぞれ10~12ページと50~60枚に編集する。
編集はさまざまな概念を包括することばだ。再構成あり、加筆訂正あり、取捨選択あり、組み合わせあり、並べ替えあり、項目・見出しの整理あり、情報のアップデート・・・・・・と数え切れない。松岡正剛の編集工学の本にはさらに延々と編集機能の用語が並ぶ。
結論から言うと、期限に追われず時間があれば、過去に書いたものや作成したものにいつまでも未練を持たぬほうがよろしい。スピードだけを考慮すれば、最近の思考メモを中心にまとめるほうがうんと速く片付く。通常、白い紙に何かを書いていくほうが創造的で、その分手間もかかると考えるものだ。しかし、たとえ単語を一つだけ書いてあるカードであっても、それが百枚にもなると「編集方針」が必要になってくる。何かの見立てをしないかぎり、にっちもさっちもいかないのである。
☆ ☆ ☆
期限に間に合う自信があったので、冒険をしてみた。約5時間用のセミナーに改造しているので、まず使えそうなパワーポイントのスライドを60枚に絞った。選ぶというよりも、賞味期限に「?」がつくものを捨てる感覚である。次いで6つのカテゴリーを「仮設」して、そこにパワーポイントのスライドを割り振りしていった。ここまではまずまずうまくいったように思われた。
だが、本来ぼくはテキストを執筆してから、その内容をパワーポイント上の事例なりエピソードによって解説するスタイルを取っている。これと逆の試みをしてしまったわけである。これが難儀なことになってしまった。それぞれのスライドと連動するテキストの行や段落探しが大変なのだ。かと言って、スライドを一枚一枚見ながら、それと関連するテキストを書くのも妙な話である。それは、まるで出来上がった一杯のコーヒーを豆と熱湯に戻していくような、上位概念の逆抽出作業なのだ。
半時間ほど思案。思案している時間がもったいないので、ブログを書くことにした。ブログを書きながら気づいた。一枚のスライドにすべてのテキストなどいらないではないかと。これまでもテキストのすべての内容にスライドを付随させたわけではなかった。だから、その逆もたぶんオーケーである。ほんのちょっぴり、明るい気持ちになって仕事に戻れる。
「一人歩き」を見直す
2009年4月14日 08:30
「一人歩き」と言っても、実際の歩行とは関係ない。使い慣れたマーケティング用語が勝手に一人歩きしてしまっている話。
「市場の動きをよく見て」、「顧客の立場から言うと」、「ニーズはいったい何か」・・・・・・こんな言い回しが比較的多く飛び交う環境にいる。振り返ってみると、自分自身がこうした表現の発信者であることも少なくない。ところが、ここ数年、講演や会議や打ち合わせで、この種のことばを使うにつけ聞くにつけ、何かが引っ掛かってしかたがない。
その引っ掛かりが、暗黙の前提や相互了解から来ているらしいことがわかった。いちいちことばで説明しなくても、「市場は存在」し、当然ながら「顧客の立場は存在」し、「ニーズも存在」する―マーケッターや企画者はほとんど疑念もなく、このような姿勢を共有している。そして、お互い十分にわかったつもりになって、もはや定義や存在を再確認しようとはしない。気がつけば、概念が一人歩きしてしまっているではないか。
マーケティング、いや、もっとくだけて「商売」と言ってもいいだろう。ひょっとしてあなたは、商売に理屈を持ち込んで議論しても勝ち目がないことを知っているがゆえに、「商売は理屈じゃない」という持論側に立たされてはいないだろうか。なるほど、「商売は実践あるのみ」という定説には逆らいにくい。しかしながら、それは市場も顧客もニーズもわかっているからこその実践なのであって、そうではない状況では理屈や理論なくして商売を考えることはできない。理屈がなくても今日一日の商売は実践できるが、理屈を抜きにしては明日以降の商売は語れない。
ぼくたちは、市場について、顧客について、ニーズについて、「理屈抜きに」、あるいは「もはや問う必要もないほどに」、あるいは「さも当然かのように」よくわかっているのだろうか。非力を認めざるをえないが、たぶんノーである。
☆ ☆ ☆
通常数百個しか売れない商品が「どういうわけか」一万個売れた。望外の幸せはマーケティング的に説明がつくか? それは市場が成長した証か? この市場には魅力があるのか? 自社は参入適性があるのか? ここで言う市場とは一万人の人々から構成される場か? 機会か? それともニーズか? そうでなければ、いったい何なのか? その商品によって一万人のユーザーはどんなニーズを満たしたのか? 一万人に共通する顧客特性はどう割り出すのか? 割り出せはしない、しかし特性がバラバラだということはわかった、では、それはいったいどんな次の手を示唆しているのか? ニーズは一様だったのか? そのニーズはどうすれば知りうるのか? アンケートで聞いてみればわかるのか? 「なぜこの商品をお求めになりましたか?」と訊ねて、消費者はその「なぜ」を的確な言語で表現できるのか? 仮に文章で書いてくれたとして、それをそのまま鵜呑みにできるのか? あるいは、その文章から市場の、顧客の、ニーズの何を読み取るのか?
機関銃の弾のごとく"?"を連ねてみたが、考えてみれば、市場の、顧客の、ニーズの何が真であるか、ほんとうにぼくたちはわかっているのだろうか、いや、わかることができるのだろうか。「どこまで行ってもわからない。わからないからこそ、徹底的に客観的に問うべきだ」―こう考えて、マーヴィン・バウワーは「マーケティングとは一言で言えば、『客観性』だ」と達観したのだろうか。
客観性は主観性と二項対立の関係にある。絶対的な客観性ならば、主観性を消去しなければならない。それは「無我」を意味する。マーケティングとは無我の心境なのか。自分が考える市場や顧客やニーズと、実体としての市場や顧客やニーズは一致しているのか。こんな視点に立つと、まるで「現象学」みたいになってしまうが、主客の一致などというものが商売に存在するのか、ひいては「顧客のニーズを踏まえて」とか「顧客サイドに立って」などということが実際にありうるのかどうかは、あらためて問い直すべきテーマだろう。
何が真理かは、結局マーケッター自身が自分の眼力によって見極めるしかない。市場や顧客やニーズのところに真理があるのではなく(したがって、調査はもちろんのこと、客観的視点にも限界があり)、ゆえにマーケッターは市場や顧客やニーズを自分のアタマの中で想定し、編集し、構築、検証、再構築するしか法はない。現在、ぼくはこの方向性で「概念の一人歩き」に見直しを加えつつある。
週刊イタリア紀行No.37 「ペルージャ(2) サン・ピエトロづくし」
2009年4月12日 10:30
初めての土地に一晩だけ滞在するとき、貧乏性のせいか、見所に迷う。これは、国内でも海外でも同じこと。ホテルでじっとしているだけなら、どこにいても同じだろう。旅はその土地限定のものに触れることに意味があり、ホテルは二の次―これが、(へそ曲がりな?)ぼくの考え方。快適でゴージャスなホテルは世界中のどこにでもある。お金さえ惜しまなければ宿泊するチャンスもあるかもしれない。だが、何々美術館や何々教会や何々広場はホテルよりも固有性が高い。そこに行かなければ見ることができない。
ホテルのチェックアウトは午前11時。荷物は預かってくれるが、とりあえず部屋を出なければならない。午前中ぼくが自由にできるのは2、3時間。ホテル近くのプリオーリ宮に行き、「公証人の間」の寄せ木細工の天井を見て、国立ウンブリア美術館の名作を鑑賞するか・・・・・・それとも、市街の外れまで歩いてみるか・・・・・・前日の夜から悩んでいたが、早朝に晴天の空を見て腹を決めた。屋内ではなく、歩こうと。屋内より屋外がいい。では、どこに向かうか。中心街から一番遠くに位置する―とはいっても2km程度だが―サン・ピエトロ教会を選んだ。
教会を選んだのに特別の理由はない。サン・ベルナルディーノ、マッテオッティ、サン・セヴェーロ、サンタンジェロ、サン・ドメニコなど他にも教会はいくらでもある。その中からサン・ピエトロ教会を選んだことにも、これという動機はない。地図に視線を落としたら一等最初に目が捕まえたという、ただそれだけの「縁」である。
一つの選択は、その他すべての候補の非選択。だから、行かなかった他の場所と比較するすべはないが、サン・ピエトロ教会という一つの選択は、「ここしかなかったのではないか」と思わせてくれた。こんなにじっくりと教会の敷地で時間を過ごしたことはない。創建されたのが千年前と聞けば、なるほどとうなずける歴史の風合いを感じる。
フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に付属する同名の薬局があるように、その昔、教会と薬には深い関係があった。教会が管理する敷地内にはハーブ園があり、隣接する「化学実験室」で薬効成分の分析や調合をしていた―こんな話を以前何かの本で読んだのを覚えている。教会と言えば、聖堂の内部見学だけで終わるのが常だが、ここサン・ピエトロ教会では敷地内を散策する初めての体験に恵まれた。
☆ ☆ ☆
(左)やわらかな光が射しこむ通り。辻ごとに微妙に表情が変わる。(中央)カヴール通りの店を覗きながら歩を進める。(右)お目当ての教会ではないが、気がつけば一枚の写真になっていた別の教会の鐘楼。
(左)サン・ピエトロ教会の鐘楼は遠くから見えていた。高層建築のない所では、高さ70メートルは異彩を放つ。(中央)外観と壁色を見て、この教会の様式がこれまで見たのとは違うことに気づいた。(右)六角形の尖塔部。
(左3点)中庭を取り囲む回廊。
(左)ハーブの研究をしていた、牢屋のような化学室。(中央)よく手入れされたエントランス付近の庭。(右)教会裏手のハーブ園からの風景。
小さな創造性が役に立つ
2009年4月11日 11:00
幸か不幸か、野心的な商品開発や歴史に残る大発明を目指している人が周りにはいない。少々変わっている人はいるが、たかが知れている。過去もそうだった。したがって、ぼくは狂気と紙一重のような"クリエーター"を間近に見たことはないのである。
ヒット商品、大いに結構である。画期的な技術革新、これまた何のケチもつけられぬ。けれども、千三つ(せんみつ)への飽くなき挑戦のための創造性は、発明発見を職業にしていないぼくたちとは無縁である。一般的な社会人が千回の仕事や作業のうち997回も失敗していたらたちまちクビになる。つまり、ぼくたちが求める創造性というのは、少し段取をよくしたり、小さなアイデアをどんどん出したり、以前よくミスしていたことをうまくできるようになるなど、総じて仕事を一工夫できることに役立つものなのだ。
「企画技法」の研修の中で、ぼくは発想についても言及する。もちろん大発明や偉大なる創造のための発想の話ではない。これまでいろんな発想法を学び試してきたが、だいたいにおいて「固定観念崩し」か「異種情報結び」のいずれかを基本とする。もし小さな創造性だけでも身につけたいのなら、ほとんど正解はこの二つで決まり、と言っても過言ではない。
☆ ☆ ☆
「固定観念崩し」とは、新しい発想を妨げている「内なる法則」を取り除くこと。長年使ってきた思考回路は多かれ少なかれ、一定の法則でパターン化されている。パターン化されているから、ある意味では便利なのである。いちいち立ち止まらなくても自動的に考えることができるからだ。しかし、これでは再生的思考止まりで、新しい工夫への扉は開かない。
内なる法則は、「一対一」 だけを許容する窮屈な法則だ。一つの刺激に対して決まりきった一つの反応をすることで、「山」に対していつも「川」と反応するようなもの。さらに、二つの概念が密接にくっついて、たとえば「朝食―トースト」、「式次第の冒頭―来賓挨拶」、「外国人―アメリカ人」のように習慣や連想が固定してしまうのもこの法則の仕業だ(概念、連想などが固定するから「固定観念」)。
特別な訓練は必要ではない。「一対一」を「一対多」に変えるよう意識すればいいのだ。一つの刺激(情報やことば)から複数のことを導くようにする。情報なら少なくとも二通りに解釈し、ことばなら三つ以上に言い換えてみるなど。複数解釈や言い換えは「かくあらねばならない」と強迫されているマインドを「かくありたい」にシフトしてくれる。
本来なら無関係であったり別ジャンルに属している情報どうしを無理やりくっつけてみる―これが「異種情報結び」だ。遊び半分から偶然おもしろいアイデアが浮かんだりする。その昔、おにぎりの中に入っている具は昆布、かつお、梅干が定番だった。今ではバリエーションは豊富である。おにぎりをメシ、ライス、白ご飯、おむすびと呼び換えてみると、お見合い相手の情報も広がる。
「です・ます」のギマン
2009年4月 9日 12:00
再来週から京都で四年目を迎える私塾の第1講と第2講の講義テキストを併行して仕上げている。実は、まだだいぶ先の5月のほうが進んでいて、間近の『テーマと解決法の見つけ方』のほうに少しアタマを悩ませている。とか何とか言いながらも、テキストは明日仕上げるつもりだが・・・・・・。
話し慣れたテーマなのだが、いつも同じパターンではおもしろくない。そこで、仕事やビジネスの問題・課題と、プラトンから始まる哲学命題のいくつかを重ね合わせて新しいソリューション発見の切り口を提供しようと考えた。しかし、実際に考え編集していくと、きわめて無茶な試みであることがわかってきた。とても難解になってしまうのである。自分で悦に入っても、塾生にはチンプンカンプンの可能性がある。さりとて、もはや「やっぱりや~めた」というわけにもいかず、思案した挙句にテキストを「です・ます」で書くことにした。
順調にテキストの半ばまでそのように書いてきた。そして、出来上がったところまで再読したところ、「です・ますの欺瞞性」に気づいてしまった。「問題が山積する時代だ。完璧なる正解でなくても、問題の原因に少しでも斬り込める解法を携えることができれば、時間と苦労は半減する。」とふだん記述するぼくが、「問題が山積する時代です。完璧な正解が出なくても、問題の原因に少しでも斬り込める解法を携えることができれば、時間と苦労は半減します。」と書いているだけの、情けない一工夫だったのである。
これで硬派な文章がやわらいだ気になるのは、どう考えても錯覚である。その錯覚を利用する書き手の思いは欺瞞に満ちている。やっぱり「です・ますは、や~めた」とさっき決意し、午後から書き直すことにした。
☆ ☆ ☆
「哲学入門」や「よくわかる哲学」などと題された本を読んでみて、何だかよくわかるような気がするのは、ひとえに「です・ます」の巧妙な罠のせいである。形而上学的な概念を表現するときは、概念そのものの専門性を控えるべきであって、文末で難度ショックをやわらげるなどというのは姑息な手法なのだ。
「君は何歳?」を「ぼく、おいくちゅですか?」と言い換えられる日本人の、言語表現における相手に応じた変わり身は大したものだと思う。だからと言って、「年齢を問う」という、実は高度な(?)抽象概念が変化しているわけではない。あるいは、厳密に言えば、表現がやさしくなっているわけでもない。年齢や性差に応じた表現バリエーションが豊富であるがゆえに、やむなく使い分けているにすぎない。
とにもかくにも、好んでぼくの話を聞きに来る人が、「です・ますオブラート効果」で「わかりやすい」と感嘆するとも思えない。いや、何人かいるかもしれないが、そんな類の梯子を使って彼らのところに降りて行くのなら、別の階段を用意してこちらの方に上がって来るように仕掛けるべきだろう。どんな階段? それは編集構成のわかりやすさである。
気分のギアチェンジのつもりで、このブログを書き始めたわけだが、ちょっと脱線しすぎてしまった。少し反省して仕事に戻ることにする。
レオナルド・ダ・ヴィンチを語る
2009年4月 8日 10:00
一昨日の夕方、"熱気あふれる"書評会を主宰した。数えて三回目。今回は十人が参加した。語ることばや想いから熱気はほとばしったが、テーブルからも立ち上がった。というのも、場所が鉄板焼の店だったからである。前二回と違って、今回は書評会と食事会を同じ場所で開催した次第だ。
一応6月まで続ける予定で1月から始めた。そのうち一度はルネサンスがらみの書物を書評するつもりにしていた。ルネサンス全般を取り上げると持ち時間10分や12分ではきつい。そこで、さほど思案することなく人物をテーマに選び、さも必然のようにレオナルド・ダ・ヴィンチに落ち着いた。そこから先で少し迷った―最近読んだ『モナ・リザの罠』(西岡文彦)にするか、『君はレオナルド・ダ・ヴィンチを知っているか』(布施英利)にするか、はたまただいぶ前に読んだレオナルド本人の『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』にするか・・・・・・。
結果的に『君は・・・』を取り上げることにした。レオナルドに関する知識の少ない人には、著者の言わんとすることがよく伝わりそうな気がしたからである。宇宙をかいま見た男・・・・・・マクロコスモス(宇宙)とミクロコスモス(人体)を関係づけ対応させた話・・・・・・生前は音楽家としての名声のほうが画家よりも上だったというエピソード・・・・・・・などは興味をそそる。
☆ ☆ ☆
中高生の頃に絵画に打ち込んだ時期があって、何もわからぬままレオナルドやルネサンス期の絵画に魅せられた。とりわけ「輪郭線」を引かずに絵の具の明暗のコントラストだけで描いてみせるスフマート技法には目を見張った。何年か前に水彩で試みたが、人に見てもらえる出来上がりにはほど遠い。
レオナルド自身の手記を読めばわかるが、絵画技法にとどまらず、この天才は新しいテーマを次々と追究していった。手記の冒頭には「先人たちはことごとく有用な主題を選んでしまった、だから自分に残されたのは市場の値打ちのない余りものみたいなテーマばかりだ、だが、それらを引き取って何とかしてみよう」―というような、ニッチ志向の趣旨が書かれている。シニカルな謙遜であり孤高の精神が滲み出る。
文章の切れ味にもこれまた感心させられる。哲学的メッセージあり、斬新なアイデアあり、鋭い視点あり・・・・・・しかも、ほとんどが自信を漲らせた断定調なのだ。拾い出すとキリがないが、ぼくを反省させ、しかるべき後に心強くしてくれた箴言(しんげん)が二つある。
一つは、「権威を引いて論ずるものは才能にあらず」。若い頃、引用文だらけの書物にコンプレックスを抱いたものだった。「よくもこれだけ調べているものだ」と己の勝手思考を責めたりもした。しかしだ、「偉い誰々がこう言っている」などという引用そのものは、努力と熱意ではあるだろうが、才能なんぞではない―こうレオナルドは言ってくれているのである。そんなことよりも自力で考えて論じなさいと励ましてくれている。
もう一つの章句もこれと連動する―「想像力は諸感覚の手綱である」。きみはいろいろ見聞したり触ったりするだろうが、そうして感知する物事や状態の大きさ、形、色や味、匂いや音・声などをつかさどっているのがイマジネーションなんだ、それなくしてはきみの感覚なんてうまく機能しないぞ―というふうにぼくは解釈している。観察や体験なども想像力でうまくコントロールしないと功を奏さない。ぼくが企画の研修のプロローグで想像力や発想についてかたくなに語り続けるのは、このことばが大きな後押しになっているからだ(なお、ぼくが出会った経験至上主義者で想像力が逞しかった人は一人もいない)。
おっと、満悦厳禁。レオナルド・ダ・ヴィンチという権威を引いても、これはゆめゆめ才能ではない。いや、もしかしたら、天才レオナルドならこう言ってくれるかもしれない―「わしをそこらに五万といる権威と同じにせんでくれ。わしが綴ったことばで使えるものがあれば何でも使ってくれたらいい。五百年後もまだ光が失せていないのなら・・・・・・」。
リーダーの言葉が色褪せる
2009年4月 7日 09:00
人物と言論を切り離して考えるのはむずかしい。だが、できればそうするのが理想ではある。どんなにダメのレッテルを貼られた人間でも、その意見に傾聴に値するものがあれば認めたり共感すればいい。さもなければ、いい人だからいいことを言っている、悪い人だから悪いことを言っているという、幼稚で短絡的な結論に至ってしまう。このあたりの話は、三ヵ月ほど前に「自分を棚に上げる風潮」と題して一度取り上げた。
このように考えないと、輝かしい金メダリストのスポーツ語録が、万が一彼もしくは彼女が後年法を犯したとたんに失墜してしまうことになる。もちろんスポーツだけにとどまる話ではない。一度コテンパンにやられた歴史上の偉人たちの金言・格言は輝きを失い、いやそれどころか闇に葬られてしまうことになる。つまり、古典的な価値など、すべて死滅することになるだろう。時代を超え人格や人間性を超えて、彼らの言わんとしたことを人物の盛衰や顛末とは無関係に眺めることは重要である。
☆ ☆ ☆
とは言うものの、そんなに冷静で物分かりのいい見方が誰にでもできるわけではない。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のが人の性(さが)というものだ(この表現、僧職への差別になるのではと気遣って逡巡するも、念のために調べたら『新明解』に用例がある)。嫌いな人間や憤りを覚える人間が、どんなにためになる話をしようが、天使のような心を見せようが、生理が受けつけぬ―これが偽らざる思いかもしれない。
"フォーチュン誌"1995年3月20日号に次のようなインタビュー記事の一節がある。
"There's no magic. What will make all the difference in business will be how well you train your work force, how well you motivate―and how well you empower." (手品なんてない。ビジネスで差がつくのは、いかにうまく人材を訓練し、いかに動機付け、そしていかに権限を与えるかなのだ。)
企業論である。なかなかの慧眼ではないか。いったい誰のことば? 何を隠そう、経営破綻問題でいま脚光を浴びているクライスラー社の当時のCEO、イートン氏の自信に溢れた信念である。「おたくの会社、ほんとにそうやって人材を育ててきたの?」と、嫌味の一つも言いたくならないか?
まだある。当時その巨大企業の会長の任にあったリード氏は1999年、自社の変革シナリオとして5項目を高らかに謳った。
1.コスト削減 2.リストラ(組織集中と分社化) 3.強いメニュー 4.情報公開 5.顧客
なるほど。常識的だが、立派な企業はそういうところに落ち着くのかと納得する。で、どこの会社の話? これまた経営危機に直面しているシティバンクだ。
イートン氏やリード氏の仕事ぶりと現在の両企業の経営状況との因果関係を判ずる手立てはない。人物と言論の関係は、企業と言論の関係にも通じる。一つの失態は清く正しく美しい理念やスローガンを一夜にして色褪せたものにする。
☆ ☆ ☆
仮に、経営破綻で喘ぐ現在のCEOなりチェアマンが同様の内容を経済誌のインタビューに答えたとしたら、何をほざいているんだ! と凄まじい批判を浴びるに違いない。リーダーたちの言葉は成否と大いに関わっている。いや、実は関わりなどないかもしれないが、耳にするぼくたちが成否という視点からの発想でしか価値を見極められないのだ。言葉が色褪せたり輝いたりするのは、時代のせいであるものの、おそらく大半は言動不一致に平然と澄まし顔している輩のせいである。と同時に、ぼくたちも一喜一憂の癖と想像力の限界からくる先入観を反省すべきだろう。
週刊イタリア紀行No.36 「ペルージャ(1) 街角に打ち解ける」
2009年4月 5日 22:25
「紀元前にエトルリアの由来をもつ古都」―ペルージャについての知識はこれと、中田英寿が1998年イタリアデビューを果たした所属クラブの本拠というくらいだった。それでも、一度は行ってみようと思っていたので、ローマ2泊~フィレンツェ4泊の予定の間に、ペルージャをはさむことにした。
旅程はウィーン~ローマ~ペルージャ~フィレンツェ~ボローニャ~ウィーン。ローマからボローニャへは列車の旅なので、細かくダイヤを調べていた。ローマ~フィレンツェに比べてローマ~ペルージャは少し面倒。ペルージャはローマとフィレンツェのほぼ中間に位置する。にもかかわらず、ローマ~ペルージャのほうがローマ~フィレンツェよりも時間がかかってしまう。これは、路線が逸れるのに加えて、直行便が少ないからだ。午後一番最初の直行便にユーロスター(ES)があったので、それを日本で予約しておいた。
列車時刻情報のみならず、この年は食事の内容やちょっとした日記などおびただしいメモをつけている。訪問した都市が多かったので、「アタマの中で捌いていた」のだろう。ちなみにローマからペルージャに向かった日にはこんなことを記している(われながらマメだと思う)。
「3月9日(火曜日) ローマテルミニ13:48発ES。ペルージャ15:53着。駅前バスターミナルから7番でイタリア広場へ。ホテルスパーニャ(ローマ)での朝食ビュッフェは果物豊富。ランチはテルミニ駅内のトラットリア。チキンにポテト。ペンネのゴルゴンゾーラ。ペルージャでの夕食はスーパーで購入。瓶詰めムール貝、たっぷりサラダ、モツァレラ、カットピザ。」
☆ ☆ ☆
古い建物を改築した、いびつな構造のホテルにチェックイン。なんとバスが着いたイタリア広場裏手の路地に入ったすぐのところだった。夕暮れ前なので、荷解きもそこそこに街に出た。イタリア広場からヴァンヌッチ通りを北へ250メートルほど行くとクアットロ・ノヴェンブレ広場。「11月4日広場」という意味で、ここにペルージャの象徴的なシンボル―大聖堂、プリオーリ宮、大噴水など―がひしめいている。
翌日は15:46発の列車でフィレンツェに向う。ペルージャ滞在時間は正味一日もない。それでもどういうわけか、まったく急かされる気分にならない。こぢんまりと落ち着いたこの空気は中世色の建物とモノトーンな路地のせいか。団体観光客は見当たらない。店を覗き路地裏へも足を向け、暮れなずむまでの時間を惜しむように歩いてみた。気がつけば空腹感。お目当ての外食は明日のランチの楽しみにして、スーパーで食料を買い込んでホテルへ。すでに日が落ちていたが、暮れた街角にも心は打ち解けた。
☆ ☆ ☆
(左)ローマテルミニ駅からペルージャに向う列車の窓外。(右)ペルージャ駅からバスは坂をくねくねと上り、丘の上の街へ。海抜500メートル近い。
(左)うっかりしていると通り過ぎてしまいそうなエントランス。年代を感じさせるホテルだった。(中央)ホテルの裏通りは坂道。迂回しながらこの道も11月4日広場に出る。(右)ホテルの窓からの遠景。翌朝に撮ったもので、お気に入りの一枚になっている。
(左)南北の中心ヴァンヌッチ通り。国旗のある建物がプリオーリ宮、正面が大聖堂。(中央)大聖堂前の大噴水。(右)中世へ誘うような路地が随所に現れる。カラーで撮ってもモノクロのような味が出る。
(左)大聖堂の裏あたりを歩いているとテアトロの建物。映画館/劇場である。(中央・右)建物と建物を結ぶ空中回廊が出現。いや、これは行き止まりを回避する門なのだろうか。
「考えないこと」を考える
2009年4月 3日 11:15
知らないことを知る―これが昨日のテーマであった。考えてみれば、当たり前のことである。何も知らないまま生を受けてからずっとそうしてきた。知らないことは無限だから、生あるかぎり知るという行為に出番はある。けれども、人はわがままだ。「知らないことをわざわざ知ろうとしなくても、知っていることだけで十分ではないか。それで差し迫って困ることもなかろう」という具合に考えて、知ることを面倒だと思うようになる。
これと同じことが「考える」ということにも起こる。考えられる範囲でのみ考える、複雑なこと・むずかしいこと・邪魔くさいことは考えない。いつも考えている手順・枠組み・パターンで考える。つまり、「考えないこと」を考えようとしなくなるのである。
「考えられないこと」と言っているのではない。「考えられないこと」は考えられない。考えられた時点ですでに「考えられないこと」ではないからだ。ぼくが意味しているのは、「ふだん考えないこと」である。あるいは「めったに考えないこと」である。これが簡単なようで簡単ではない。よく自分の思考状況を振り返ってみればわかる。いつものテーマを常習的な言語体系と慣れ親しんだ道筋で考えているものだ。テーマが新しいものに変わっても、思考の方法はあまり変わることはない。
☆ ☆ ☆
たいていの場合、「考える」は「流用する」や「なぞる」や「調べる」などと同義の内容になっている。特に茫洋と構えて考え事をしていると、ほとんど考え事に値しない時間だけが過ぎていく。新しいアイデアが出ないのは、ある種の考え方の上塗りをしているからであって、その結果出てくるのは既存知識に一本毛の生えた程度のものにすぎない。
「物事を自力で考えよ」など、まったくその通りと共感する。この「自力」というところがたいせつだ。他人や世間がどうのこうのと気にせずに、従来とはまったく異なる手順・枠組み・パターンに挑戦すること―これが自力である。
たとえば「よく考えよ」と言われると、たいてい深く考えてしまう。一つのことを掘り下げて考える癖が出る。あるいは熟考してしまう。しかし、その一つのことについては、いつもよく考えてきたのではないか。それ以上ほんとうに考えることができるのか。ぼくたちは行き詰まりを避けようとして、《いつもの考え方→いつもの熟考》を繰り返しているだけではないのか。
もっとも手っ取り早く「考えないことを考える」には、深堀などせずに、見晴しをよくして広く考えればいい。そうすれば、テーマも思考パターンも枠の外に出る。必然容易に手に負えなくなる。これが「考えないことを考える」出発点になる。つまり、《いつもの考え方→行き詰まり→別の考え方》を強制するのである。いつもの考え方で生まれるようなアイデアが楽しいか。それでプロフェッショナルなのか。そもそもそのアイデアを求めてくれる人が世間にいるのか。
ほとんどの仕事は「考えること」を基本とし必要とする。行き詰まりの傷が思考の勲章であることを忘れてはならない。
「知らないこと」を知る
2009年4月 2日 14:30
十数年前、東京で「ディベート入門」の講演をした。そのときのレジュメが残っていて、「由来」から始まっている。初物を学ぶ人たちを対象にするとき、ズバリ本陣に切り込むのか、はたまた外堀を埋めるのかに悩む。それでも、最終的にはきっぱりと聴衆の層によって決める。まだキャリア不十分の若手にはストレートにハウツーから入る。仕事や他分野で経験や実績のあるビジネスパーソンに対しては、敢えて迂回して本題に近づいていく。
その講演でディベートの由来を冒頭に置いたのは、キャリア豊富な聴衆への敬意のつもりであった。古代ギリシャのソフィストであるプロタゴラスの話を少し、それからアリストテレスの弁論術から「相反する命題のいずれをも説得できる技術」についても触れた(ディベートの肯定側と否定側は相反している。論者はいずれの立場でも議論する必要があるので、この話は初心者には重要なのだ)。
反応もよく、まずまず順調に話を進めていき途中休憩となった。熱心に聴いてくれていた(少なくともぼくにはそう見えた)数歳年長の経営者が歩み寄ってきて、ぼくにこう言った。「先生、アリストテレスの話なんて興味ないですよ。あんなのいらないです。わたしたちはビジネスに役立つディベートを学びたいんですから」。その会合の重鎮ゆえか、その人は聴衆全員を代弁するかのようにコメントした。講演の後半も残っているので議論せず、ありがたく拝聴しておいた。
この人が何かにつけて一言批評を垂れる癖の持ち主であることを知ったのは後日のこと。その後も何度か会い話をするうちに、「知らないこと」にケチはつけるが、知ろうと努力しない人であることもわかった。
☆ ☆ ☆
何でもかんでも知ることはない。ディベート初心者が直感的に「アリストテレスはいらない」と判断を下してもいいだろう。その代わり、知らないことはいつまで経っても知らないままだ。「知らないこと」を知ろうとする背後には好奇心もあるが、縁という要素もある。「縁あって」ぼくのディベート入門の話を聴きに来られたのだから、行きがけの駄賃のごとくちょっとかじっておけばいいのではないか、とぼくは考える。
さて、「縁あって」ここまで読んでくださったのなら、ついでにアリストテレスの話に耳を傾けるのはどうだろう(『弁論術』第23章 説得推論の論点)。
証明の主眼とする説得推論の一つの論点は、相反するものに基づいてなされる。すなわち、何かと反対なものに、その何かが持っている性質とは反対の性質が属しているかどうかを調べ、もし属していなければその命題を否定し去り、属しているなら是認するようにしなければならない。例えば、「節制あることはよいことである。なぜなら、放埓(ほうらつ)であることは害をもたらすから」という命題がそうである。
むずかしいことが書いてある。節制⇔放埓が相反する価値である。節制の正反対の放埓が「害」であるならば、節制はその反対の性質である「益」をもたらす―ということだ。アリストテレスの本意と少しそれるかもしれないが、わかりやすく応用してみよう。「清潔な店は成功する。なぜなら、不潔な店は失敗するからである」。「清潔な店は成功する」と言われてみると、なるほどそうかもしれぬと思う。しかし、不潔な店でありながら失敗せず、それどころか繁盛している屋台だってある。とすれば、「清潔」は店が成功する絶対要因ではないことがわかる。
店の経営(=ビジネス)のあり方を考えるヒントになるではないか。「アリストテレスなんていらん」と言い放ったあの人は、ビジネスに役立つディベートを主張した。何のことはない、一工夫すればビジネス命題にもなるではないか。無関係で役立たないように見えても、知は必ずどこかで繋がっている。
論理が飛躍したり抜け落ちたり
2009年4月 1日 10:40
どういうわけか知らないが、ぼくのことをガチガチの論理信奉者のように思っている人がいるらしい。あるいは、「理性と感性、どっちが重要か?」などとしつこく迫ってきて、無理やりに「そりゃ、もちろん理性だよ」とぼくに言わせたくてたまらない塾生もいる。だが、昨日の「川藤出さんかい!」を読んでもらえばわかる通り、ぼくは論理の飛躍や欠如から生まれる不条理やユーモアをこよなく愛している。仕事柄論理や理性にまつわる話をよくするが、四六時中そんなことを考えているはずがない。
「川藤の話、思い出して久々に笑いました。この流れと間(ま)、今でも使えますね。モルツのコマーシャルは他の作品もよくできていました。一つ、ナンセンスものとして印象に残っているのが、ヤクルトです。たぶんご存知でしょうが、ご紹介しておきます・・・・・・」
昨夜、ブログを読んだ知人がメールをよこしてきた。彼が察した通り、ぼくはそのコマーシャルを知っていた。知ってはいたが、そうやすやすと思い出せるものではない。これはと思った広告コピーはだいたいノートにメモしている。このヤクルトのもどこかに記した記憶がある(ぼくは二十代後半から三十代前半にかけて広告やPRのコピーを書いていて、名文系・おもしろ系を問わず、気に入った文章を集めていた。この癖は今も続いている)。
知人が思い出させてくれたコマーシャルがこれだ。
「なんで(ヤクルト)毎日飲むの?」
「からだにいいからでしょ」
「なんでからだにいいの?」
「毎日飲むからでしょ」
ナンセンス論理の最たるものに見えるが、「なんで」の問いを「何のために」と解釈したり、あるいは「何の理由で」に置き換えてみると、おやおや意味が通っているではないか。因果関係的には、毎日飲む(因)→身体にいい(果)である。目標条件化してみると、「身体にいい」という目的を達成するための条件の一つが「毎日飲む」ということになる。
「ヤクルトを毎日飲む目的は何か?」「健康のためである」―これはよし。
「なぜヤクルトは健康にいいのか?」「毎日飲むからである」―これもよし。
四行まとめて読むとナンセンスだが、前の二行を目的の質問と応答、後の二行を原因の質問と応答というふうに読めば、やりとりはちゃんと成立している。
☆ ☆ ☆
感謝の気持を込めて、今朝ぼくが送りつけたコマーシャルメッセージ。
「メガネはカラダの一部です。だから東京メガネ」
どうだろう、たまらないほど強烈なロジックではないか。これこそ、居合わせた人々全員をよろけさせる天然ボケの力だ。論拠を抜いてやると文章は滑稽になるのである。


