週刊イタリア紀行No.39 「ボローニャ(1) ポルティコという知恵」

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 ペルージャから鉄道でフィレンツェへ。サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の敷地に接するホテルに滞在、毎日「耳元で」鐘を聞いた。フィレンツェには3泊のつもりだったが、4泊すれば4泊目が無料になるサービスがあった。つまり、3泊しても4泊しても同じ料金なのだ。ならば、当然4泊を選択するものだろう。フィレンツェでは毎夜違うリストランテやトラットリアに通い、美食三昧の日々を過ごした。そして、この旅の最終目的地であるボローニャへと旅立った。

 日本からのパッケージツアーにボローニャはまず入らない。だからと言って、見所が少ないわけではないのだが、ボローニャで過ごすのが半日ならマッジョーレ広場とその周辺を観光すれば十分、などと旅の本には書いてある。その記述、ボローニャに対してとても失礼である。ぼくは3泊も滞在して余裕綽綽で街歩きもしたのだが、帰国後にいろんな「見学漏れ」に気づいた。主たる市街地が2km四方とはいえ、ボローニャは特徴が高密度に集中する街なのである。安直な街歩きで済ませていたら、見えていたはずの光景が実はまったく見えてはいなかったということが後日判明する。

 ボローニャについて何を書こうかと思案するとキリがない。けれども、「ビジュアル的最大特徴」は、チェントロ・ストーリコ(歴史的市街地)をくまなく巡るポルティコ(柱廊)で決まりだ。この街では、建造物と通りの間の歩道がほぼ完全にアーケードで覆われている。全長で約40キロメートルあるらしい。ポルティコの二階部分は建物が3メートルほどせり出すよう増築されている。

 ヨーロッパ最古と言われるボローニャ大学(1088年創立)には、現在ももちろんだが、16世紀頃までに大勢の学生たちが欧州各地から留学にやってきた。『ボローニャ紀行』(井上ひさし)によれば、当時はまだ校舎らしい校舎もなく、また狭い街では学生を収容するだけの住居も足りなかった。そこで、留学生のための貸間の普請と私道のポルティコへの改造が進められていったらしい。

 ぼくが訪れたのは3月上旬だったが、到着の前日か前々日には大雪が降ったと聞いた。ポルティコは遊歩や店先の景観に華を添えるが、同時に雨風や雪をしのぐのに恰好の避難通路にもなる。ポルティコは場所によって装飾や建築様式が変化する。歩くにつれて街角の表情が質素になったり高貴になったりして飽きることはない。夕方のそぞろ歩きにはもってこいの舞台装置だった。

☆ ☆ ☆

Bo (6).JPG Bol (8).JPG(左)中央駅近く、高台の公園から見た街角。(右)インディペンデンツァ通りのポルティコ。

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(左から)マッジョーレ広場まで1キロメートル延びるポルティコのある通り。☆裏通りを歩いてもポルティコ。表通りの喧騒とは打って変わる。☆天井に古い木造部分がむき出しになっているポルティコ。☆レストランであれどんな店であれ、店舗前の歩道をアーケードが覆っている。

Bol (18).JPG Bol (19).JPG(左2点)教会が群居するサント・ステファーノの三叉路広場。

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プロフィール

岡野勝志(おかのかつし)
1951年大阪生まれ

企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長
企画アイディエーター
岡野塾主宰

ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。
マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人材の課題に対して、「即答即決アイディエーティング」をおこなっている。

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