ヴァチカンの表記もそうだが、ヴァチカンを象徴する表現も多彩だ。今回のタイトルのように「カトリックの総本山」もある。「ローマ法王庁(教皇庁)」という言い方も可能だし、観光で来れば「サン・ピエトロ大聖堂に行こう」でもオーケーだろう。外交的には、たとえば「ヴァチカン市国および日本両国は・・・・・・」という具合になるかもしれない。
航空写真でないとわかりにくいが、サン・ピエトロ大聖堂とその広場周辺は「円形劇場」の様相を呈している。実際、ここではカトリックの儀式が最大30万人という多数の信者を集めて執り行われる。前回紹介したコンチリアツィオーネ通りからサン・ピエトロ広場に入る。広場は楕円形で、北側と南側にそれぞれコロネード(柱廊)がある。ドーリア式の円柱が全部で284本あるという。広場中央にはオベリスク(方尖塔)が聳え、その北側にマテルノの噴水、南側にはベルニーニの噴水を配している。
正面に構えて威風を周囲に払っているのがサン・ピエトロ大聖堂。大ドームはミケランジェロが設計し、1590年に完成した。ファサードに行くまでにバッグの検査を受けて大聖堂の内部に入る。カトリック信者であるかそうでないかによって印象も見るところも大いに異なるのだろう。ほとんど事前学習せずに見学するぼくには、恋焦がれるように総本山にやってきた信者のこころの振幅はわからない。
イタリアのラクイラ・サミット終了後の去る7月10日、オバマ大統領がヴァチカンにローマ法王ベネディクト16世を表敬訪問した。二人は何を語ったのだろうか。たまたま昨日の毎日新聞に関連記事を見つけた。大統領の1月の就任演説の一節が紹介されていた。「我々はキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者(non-believers)の国なのだ」がそれ。実は、この後、「我々は、地球上のあらゆる場所から集まってきて、あらゆる言語や文化で形作られている」と続く。
ぼくの視点の先は「あらゆる言語や文化」に向くのだが、ローマ法王は「無宗教者の国」というくだりに視線が延びて「内心穏やかでなかったはずだ」と、その記事には書かれている。リベラルなアメリカの社会政策と硬派な倫理・道徳観という構図なのである。ちなみに、アメリカのカトリック信者は人口の24パーセントを占めている。カトリック総本山からの一言一句には、ぼくたちの想像以上の重みがあるに違いない。
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(左)広場側から臨むサン・ピエトロ大聖堂。(中央)ローマ法王庁の警備にあたるスイス衛兵隊。軍服をデザインしたのはミケランジェロと言われている。(右)大聖堂入口近くの「聖なる扉」。
(左)大聖堂内の正面。奥行きが200メートルあると聞けば、その空間の圧倒ぶりが想像できるだろう。見所が多すぎるのと、傘とバッグを手にした状況で撮影もままならず。半分くらいの写真がピンボケで、ミケランジェロ作「ピエタ」も残念ながらボツ。(右)精細な細工ぶりまでよく見えるクーポラ(円蓋)。天井部の大きな円の部分がドーム、その下の帯の部分がドラム。
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(左)ベルニーニ作「聖ロンジーノの像」。(中央)聖ペテロの椅子。(右)聖堂内の床は目を見張るような大理石で埋め尽くされている。



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