2010年9月アーカイブ

推論と「正答」について

2010年9月29日 09:50

 「正答」という表現が妙に不思議に見えてくる。常識世界では「1+1」には一つの正答が存在する。正答のない問題を学校は出題しないし、また正答が複数あるような問題の採点に教師は苦労するだろう。極端なアマノジャクでないかぎり、「1+1=2」を認めざるをえない。だから、「1+1は?」と聞かれて「2」以外の答えを書いたら間違いとされる。

 こんなふうにただ一つの答えを覚えたり導いたりする習慣を身につけてしまったのがわが国の大人たちだ。必然、「人生とは何か?」や「世界とは何か?」や「日本と中国の関係はどうあるべきか?」などにも唯一の正解が(自分のアタマで編み出されるのではなく、どこかにすでに)あるように錯覚してしまう。

 一つの答えしかないという、学校時代と同じような場面は実社会ではめったに現われない。実社会ではふつう解は複数存在する。いや、解をどこかから探してくるというよりも、解を捻り出さねばならないのである(これは決断の一つ)。ある問いや課題を前に、ぼくたちはありったけの知識によって考え、何らかの答えを導く。このような導出は演繹的推論と呼ばれるが、答え(ソリューション)は推論によって編み出される。自分の推論を他者に説得できれば、それがひとまず正解になのである(年初に正解創造について書いた)。

 ところで、受講生の興味をくすぐるために、論理講座の冒頭でいくつかのクイズを出題することがある。以前、その一つに競馬の話があった(逢沢明著『論理力が身につく大人のクイズ』を参照してアレンジしたもの)。「アメリカの作家マーク・トウェインは、競馬を成立させているものは『これだ』と喝破した。いったい何が競馬を成立させているのだろうか?」という問いである。三択なのだが、選択肢を見ないでしばし考えていただきたい。

☆ ☆ ☆

 この問いは正解を求めているのではない。もとより正解など誰も決めることはできないし、仮に決めるにしてもたった一つではないだろう。ごく常識的に考えれば、競馬は馬、競馬場、調教師、騎手、厩務員、馬産地、馬主、競馬ファン、血統・・・・・・など長いリストの複合要因で成り立っている。したがって、上記の問いがぼくたちに期待するのは、マーク・トウェイン自身が想定した競馬成立要因の最たるものを推論することである。では、もったいぶらずに三択を示すことにしよう。

 1.競馬を成立させているのは、意見の相違だ。

 2.競馬を成立させているのは、強欲な人間だ。

 3.競馬を成立させているのは、勤勉な馬だ。

 さあ、どれがマーク・トウェインの主張だったのだろうか(ちなみに、「辛辣な皮肉家マーク・トウェイン」と言っておけば、大勢が2を選ぶようになる)。

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 まず、3を検証してみよう。たとえば10頭の馬が走るレースの場合、ごく稀に同着があるものの、1着から10着までの着順が決まる。わが国には馬券の種類がいろいろあるが、いずれも3着までが配当対象。だから、1着、2着、3着さえはっきりすればいい。別に馬が勤勉だろうと怠けようと順位がつくのはほぼ間違いない。馬がまじめである必要などまったくないのである。次に2はどうか。これも強欲だろうが少欲だろうが無欲だろうがかまわない。馬券さえ買ってもらえればいいのである。本気か遊びかは問わない。

 消去法的には、どうやら1の「意見の相違」がマーク・トウェインの考えらしい。念のために推論してみよう。あるレースで馬券購入者全員がただ一頭の単勝馬券を買えば、的中しても儲けはなく、買った分だけの金額しか戻ってこない。これを「元返し」と呼ぶが、実際は馬券売上の25パーセントは控除され、残りの75パーセントが配当に振り分けられるので、もし全員的中などということがあれば、100円で的中しても75円しか返ってこないことになる(ぼくはこれ以上詳しくは知らない。そんなことが万が一あれば、主催者側は売上のすべてを還付するのかもしれない)。

 もうお分かりだろう。競馬ファンにはそれぞれのお気に入りの馬や狙いの馬がいる。お気に入りと狙いが極端に集中した例としては、ディープインパクトの菊花賞での約80パーセントが記憶に新しいが、こんなケースは例外中の例外。そこそこ人気の馬でもめったに占有率50パーセントには届かないから、競馬ファンの意見は見事に分かれるようになっているのだ。すべてのレースでみんなが同じ馬券を買えば、競馬は破綻する。いや、運営する意味がなくなってしまう。意見の相違こそ競馬成立の要因なのである。

 以上がぼくの推論である。三択でなければ、「競馬を成立させているものは、必勝法の不在」とぼくは答える。完全必勝法が誕生すれば、競馬は賭けの対象ではなくなるからだ。ともあれ、ぼくはこの問いを、民主主義と二重写しにして考える。「民主主義は意見の相違によって成り立っている」。

速読から「本との対話」へ

2010年9月27日 22:20

 速読の話の第三話(最終回)。前の二話で速読そのものを一度も否定していない。ぼくの批判点はただ一点、速読への安易な姿勢に向けたものである。まず、速読は読書キャリアがなければ無理だと書いた。また、自らの読書習慣を省(かえり)みずに速読に飛びつくことに対して異議を唱えた。さらに、どんなに熱心な読書家であっても、まったく不案内のジャンルの本を神業のように速読することは不可能だと言っておこう。万に一つのケースが誰にでも当てはまるかのように喧伝したり吹聴したりするのは誤解を与える。

 本をいろいろと読むのはいいことである。本は思考機会を増やし知のデータベースを大きくしてくれる。けれども、多種多様にわたって多読をこなそうとし、手っ取り早い方法として速読を選択するのは浅慮もはなはだしい。多種多様な本を多読したというのは結果である。それは何十年にもわたる日々の集積なのだ。知的好奇心に誘われて本を選び、そして読む。読むとは著者との対話にほかならない。形としては著者が一方的に書いた内容に向き合うのだが、一文一文を読みつつ分かったり分からなかったりしながら読者は問い、その問いへの著者の回答を他の文章の中に求めるという点で、読書は問答のある対話なのである。

 読んだ本について誰かがぼくに語る。そこで、好奇心からぼくは聞く、「いい話だねぇ。いったい誰が書いたの? 何というタイトル?」 読んだはずのその人は著者名も書名もよく覚えていない。最近読んだはずなのに、覚えているのは結局「本のさわり」だけなのだ。それなら新聞や雑誌で書評を読んでおくほうがよほど時間の節約になる。その人は単に文字を読んだのであって、著者とは対話していなかった。こんな読書は何の役にも立たない。持続不可能な快楽にすぎない。一年や二年もすれば、その読書体験は跡形も残っていないだろう。

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 先日新聞を読んでいたら、『知の巨人ドラッカー自伝』(日経ビジネス人文庫)が書評で取り上げられていた。関心のある向きは買って読むだろう。なにしろピーター・F・ドラッカー本人の自伝である。この本を読む人は著者も書名も忘れないだろう。おそらくドラッカー目当てに読むからだ。他方、その書評の下か別のページだったか忘れたが、新書の広告が掲載されていた。それは見事に浅知恵を暴露するものだった。書名は忘れたが、ほんの90秒で丸ごと朝刊が読めるというような本だった。これが真ならば、もうぼくたちは読書で悩むことはない。いや、読書以外の情報処理でも苦しまない。理論化できれば、その著者はノーベル賞受賞に値する。ノーベル何賞? みんなハッピーになるから、平和賞だろうか。

 朝刊は平均すると28~32ページである。文庫本を繰るのとはわけが違って、新聞を広げて捲(めく)るのに1ページ1秒はかかる。つまり、30ページなら30秒を要する。残り1分で30ページを読むためには、あの大きな紙面1ページを2秒で読まねばならないのである。さっき試してみたが、一番大きな記事の見出しをスキャンしただけでタイムアップだ。「ろくに本も読まずに極論するな」と著者や取り巻きに叱られそうだが、著者も極論しているだろうし、その本を読まない人に対しては多分にデフォルメになっているはずだ。おあいこである。

 現時点で有効なように見えても、一過性の俗書は俗書である。他方、時代が求める即効的ノウハウ面では色褪せていても、良書は良書である。そこで説かれたメッセージは普遍的な知としてぼくたちに響く。長い歴史は書物の内容に対して厳しい検証を繰り返すものだが、どんなに後世の賢人に叩かれようとも、たとえば古代ギリシアの古典もブッダのことばも論語や老荘思想も大いなるヒントを授け続けてきた。そして、間違いなく、本との対話、ひいては著者との対話が溌剌としている。 

速読と大量刷り込み

2010年9月26日 09:30

 速読の話の続き。本をまともに読んだキャリアのない人が、一念発起して読書に向かうとする。このとき、誰かに教わって速読を試みても、ほとんど読めないだろう。何もアタマに入ってこない。文字を読んで培った知識の受容器が小さいから、文字情報を高速処理できないのである。これはコンピュータの処理能力によく似ていて、結局は容量に応じた情報量しか処理できないのである。理解と記憶の度合いは、自前の受容器の大きさにほぼ比例する。

 その人が速読の訓練を積み重ねても、見開きページ上での眼球の動きが速くなるだけで、アタマがついていくようにはならない。しかも、理解しなければと焦るほどに読む速度にブレーキがかかってしまう。今さら嘆いてもしかたがないが、結局は「もっと幼少年時代に本を読んでおけばよかった」という述懐に落ち着く。「四十歳からのやり直し読書」のような本がすでに世に出ているに違いないが、四十歳からやり直すなら、「何のために本を読むのか」をしっかりと問い、じっくりと読むしかない。つまり、精読。

 ところで、十代前半までの読書習慣はもっぱら環境に左右される。親自身がよく読むとか、親が物語を読んで聞かせるとか、自宅の書棚に本がたくさんあるとかだ。仮に家庭にそんな環境がなくても、友人に本好きがいたり国語の先生が読書を大いに薦めたりしてくれたら、本を読む癖がつきやすい。図書館や町内の書店なども環境要因になる。こうして、幼少年時代の読書は好奇心に突き動かされて、大きな楽しみとなる。楽しいから手当たり次第に読み、速読など意識せずとも、自然と速く読め、かつよく覚えるようになる。これは、ある意味で、脱意識的な大量刷り込みを可能とし、知識や思考の受容器を発達させてくれる。

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 以上のことは、ことばを覚えるプロセスと同じだ。ぼくたちは人の話を耳から大量に聴き、概念と意味を推理してことばを習得してきた。このような会話における音声と聴覚の関係が、読書では文字と視覚の関係に置き換わる。概念知識と言語体系の中で意味理解が進むのだから、このような習慣を身につけてきた人は、初めて読む内容であっても類推が働く。つまり、アタマの中に理解の手掛かりとなる知と言語がすでに備わっているのだ。密な蜘蛛の巣と疎な蜘蛛の巣とでは、前者のほうが餌となる虫を捕獲しやすいのと同じ理屈である。

 読書のスピードは徐々に加速してくるものだ。決してある日突然速読できるようにはならない。幼少時から本に親しんできた人は、速読トレーニングなど積まなくても緩急自在に本を読める。やさしい本なら時速100キロメートルで飛ばすように読み、手強い本なら狭い路地をゆっくりと歩くように読む。読書習慣に乏しかった人ほど速読の功を焦る。いきなり高速運転をしてもただ目的地に到着するだけで、読み理解し楽しむなどの余裕はない。誰もが速読上手な読書人になれるとはかぎらない。

 手遅れを自認するのなら、そして義務や見栄で読書をするのではなく、必要や好奇心から読書習慣を身につけようと思うなら、急いで「読後」へと向かうのではなく、「読中」、つまり読むというプロセスそのものにじっくりと浸ることだろう。傍線を引いたり囲んだりとマーキングし、いい話だ、ためになる、おもしろいと思えばそこに付箋紙をくっつけておけばいい。このような精読を続ければ、徐々にスピードが速まっていく。やがて、広角的に文章を拾えるようになり知が起動してアタマが活性化するはずである。きついことはきついが、中年以降の読書習慣の始まりはおそらくこれしかない。

速読は「読み方」なのか

2010年9月24日 08:45

 昨年一月に会読会を始めてから、読書について考える機会が増えた。「同じ本を二度読むほうがいいのか」、「読みながら傍線を引き付箋紙を貼るべきか」、あるいはもっと根本的な「どんな本をどのように読むか」などを問うては答え、その答えの理由も考える。とりわけ、古典的な「速読か精読か」という問いを無視できない。今のところ、平均的読書人が本を速く読む必要などないという立場を取る。速読とは本の内容に向けられた行為ではなく、本の冊数をこなす行為にほかならない、と考えるからである。

 趣味が多読なら、浅く広く速く読めばよろしい。また、特定テーマにすでに詳しい職業人の場合は、関連図書をいくらでも速読できるに違いない。あるいは、課題として読書を迫られている人は、とりあえず急いで通読しておきたいだろう。速読はこれらの人々の願望やニーズに応えることができそうだ。ここで言う速読とは「速やかに目を通すこと」であって、よく理解することまでは約束しない。まったく知らないことが書かれた本を30分やそこらで読むことはできない。ある程度理解できている内容なら、知識量に応じた速度で読めるのである。

 英文ライティングを生業とし始めた二十代の後半に英語上達の方法をいろいろと独学していた。文章スタイルも英文雑誌のエディトリアルも広告コピーの勉強もした。その勉強の一つに速読があった。アルファベットという26の表音文字だけの文章と日本語の文章の速読をまったく同列で語ることはできない。また、外国語と母語という相違も決定的である。しかし、視野を広げてパターンを認識するという点はまったく同じだ。

 英語では速読をスキミング(skimming)とスキャニング(scanning)に大きく分ける。スキミングは要点の読み取りであり、重要な記述とそうでない記述を嗅ぎ分ける作業である。要点や重要な箇所は読者それぞれだから、スキミングという速読の結果、読み取った内容も読者それぞれである(このことは読書行為の特性であって、速読や精読とは無関係だ)。他方、スキャニングは検索型の読み取りである。パソコンのウィルスソフトと同じで、スキャンしてウィルスを探すように、ある特定のキーワードや目当ての用語をさっと見つけ出す。いずれも速読のための技術としてトレーニングも考えられている。

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 速読は精読よりも理解と記憶にすぐれているという説もある。これには一理ある。たとえば、ゆっくり喋る人の話が分りやすいとはかぎらない。意味はことばのつながりや文脈において成されるので、間が空くと理解に時間を要する。音声を聴き取れさえすれば、早口のほうが理解しやすく記憶に残りやすいという側面もたしかにあるのだ。しかし、他者ペースの話を聞くにせよ自分ペースで本を読むにせよ、結局はスピードの遅速ではなく、アタマがついていくかどうかの問題になってくる。

 功罪という点では、速読そのものに「罪」などない。過ちは人に起こる。それまでの自分の読書体験の貧しさを顧みず、ただひたすら速読すれば本の内容がよく理解できるという早とちりである。「功」については、先にも書いた、見える文章群の範囲を広げるという点が最大だろう。しかし、広角認識ができるから速読できるのか、それとも速読するから広角認識が得られるのかのどちらが真なのか判然としない。まるでニワトリとタマゴの関係に思えてくる。

 速読するために別の訓練があるのか、あるいは速読そのものが何かの訓練なのかという問い方もできる。ぼくにとっては、広角認識もスキミングも、速読がらみのスキルはすべてトレーニングに思えてくる。しかも読書のためではなく、スピード思考のためのトレーニングなのである。速読は本の読み方の一つのメソッドと言うよりも、思考や言語の活性化に役立つのではないか。本の理解と記憶を保証はできないが、アタマを働かせる功ならありそうなのである。

 速読は「読み飛ばし」の技術でもある。読み飛ばせるのは、内容をある程度分かっているからだ。ある方面の本を何冊も読んでいれば、類似の本ならば要点も分かるだろうし読み飛ばしもできる。しかし、断言してもいいが、まったく知らないことをハイスピードで読むことはできない。仮に速読できたとしても、理解はいい加減、後日記憶にも残っていない。いや、理解も記憶も完璧だと言うのなら、その御仁はモーツァルト級の天才に違いないのである。

記憶の中の魚

2010年9月21日 19:00

 魚について語ることなどめったにないが、昨日取り上げたついでに魚にまつわる記憶を少しまさぐってみた。小学生まで遡ったら、魚の記憶が肉の記憶を圧倒していた。記憶領域の狭い肉の大半は鯨肉で、臭みの強かった豚肉がそれに次ぐ。牛肉は「ハレの日」のすき焼きとして登場するくらい。日々の食卓には、脳に良いと言われるDHAを豊富に含んだ、安価な青魚が並んでいた。同じものばかりで飽きるから、どこの家でも調理に工夫を凝らしていた。

 肉が魚に追いついたのは肉じゃがやカレーライスをよく食べるようになってからか。やがてトンカツ、少し贅沢になって、ビフカツにビフテキ。もちろん常食からは程遠かったが、肉と魚の記憶がほぼ互角になるのが中学生から高校生にかけての頃だ。やがて一気に肉食時代がやってきた。二十歳になる前に羊肉も食べ始めていた(ラムではなく、くせの強いマトン)。気がつけば肉を好むようになっていた。定食屋のメニューも肉が優位になったのだろう。回転寿司などない頃、二十代にとっては高級化した寿司や刺身に手が届かなくなった。

 庶民的な大阪の下町で育った。近所にまだ田んぼがあってザリガニがいた。あまり衛生的ではない川も流れていたが、そこに鮒(フナ)がいた。近所のオヤジがその川の鮒を食べて肺ジストマに罹(かか)ったという話を聞いた。あの川の生き物を口に入れるのは相当勇気があったか、よほど腹が減っていたかのどちらかだろう。十分加熱しなかったのに違いない。ちなみに、鮒の洗いは今でも鰻屋で出すところがある。食材豊富な現在、わざわざ鮒や鯉を食べる人は少なくなった。ぼくは鮒ずしはまったく平気だが、本場近江以外での愛食家をほとんど知らない。

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 小学生の頃、父のバイクに乗せられて南紀へよく行った。目当ては鯵(アジ)である。バケツ一杯などと粗っぽく勘定するほど、いくらでも小鯵が釣れた。細かくタタキにしたり南蛮漬けにしたりフライにしたり。一週間は鯵づくしになった。

 そんなある日、父が鱸(スズキ)を釣って帰ってきた。ぼくにとっては「スズキ」は人名でしかなく、まさか魚にそんな種類があるとは知らなかった。悪戦苦闘しながら父は友人に手伝ってもらって魚拓を取った。なにしろ優に1メートルを超える大物だから墨を塗るのも一苦労だったに違いない。しかし、今にして思えば、鱸というのはだいたいそんな大きさなのである。これは刺身と洗いにして食べた。洗いは新鮮さが勝負なのだが、魚拓に手間取ってからの味はどうだったのか。鮮やかな白身だったのは覚えているが、残念ながら味の記憶はない。鱸はフレンチで食べる機会のほうが多くなった気がする。

 その鱸が出世魚だと聞いたのは後年のことである。出世・・・・・・何と懐かしく響くことばだろう。立身出世にあるように、人は誰でも将来大人になったら出世するものだと思っていた。世間では「早く大きくなって出世して親を楽にしてあげなさい」などと普通に言っていたものだ。だが、これは切ない願いであって、大きくなってもダメな奴はダメということもやがて学ぶ。社会的に高い地位に到ることと成長は違う。実際、鰤(ブリ)がワカシやツバスの出世形であると誰が断言できるだろう。

 関西では成長するごとにツバス→ハマチ→メジロ→ブリと名称が変わる。関東での名変わりはぼくにはあまり馴染みのない、ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリとなる。たしか富山だったろうか、「がんど」と書いてあって、聞けばハマチのことだった。さてさて、ブリは実際に出世しているのだろうか。もちろんブリには出世の自覚はないだろう。気の毒なことに、ブリがどんな体長であっても出世前でも、人は釣り上げて食ってしまうのだ。

 落語や歌舞伎の世界だけでなく、ビジネスの世界でも成長とともに改名してみてはどうか。少なくとも出世した気にはなるかもしれない。ブランドを築いた成功者は改名を好まないだろうが、歴史的には明治の頃までは名前をよく変えたのはご存知の通りだ。幼名が日吉丸で、元服後に藤吉郎という通称まであったのが秀吉だ。苗字のほうはもっと改姓を重ね、木下、羽柴、平、藤原、そして豊臣に到った。今では姓を頻繁に変えるのは胡散臭い。

旨い魚は旨い

2010年9月20日 21:00

 「旨いものは、やっぱり旨いねぇ」と誰かが言い、自分もよくそう言うことがある。どんな商品か店か忘れたが、「旨いもんは旨い」という関西弁のコマーシャルがあったのを覚えている。この種の文章は同語反復文と呼ばれる。英語ではギリシア語源のトートロジー(tautology)という表現を使う。論理的にはまったく意味を成さないものの、主語と述語に同じ用語を使うのだから、どこから見ても完璧に自明になるのは当たり前だ。

 けれども、完璧に自明なほど、ただ旨いと言うしかない料理がある。「旨いもんは旨い」の「もん」の箇所は、食べるものなら、肉でも野菜でも中華でも何でもよい。一昨日の土曜日、金沢でいただいた刺身盛はまさに「旨い魚は旨い」であった。五月にご馳走になった、山間(やまあい)の茶屋でのイワナ会席も絶品だったが、いずれも「旨い」の右に出る形容詞は思い浮かばなかった。

 いくらかは表現力もあるつもりだが、旨いものに出合ってしまうと品評のためのことばを失ってしまう。食材を絶賛するときのぼくたちの語彙不足ときたら、何という体(てい)たらくだ。「旨い」か、それに近い褒めことばか、あるいは、唸るか無言かのいずれかだろう。グルメレポーターのように「お口の中が宝石箱」のようなコメントは現実的にはありえない。もし「舌が抱腹絶倒の幸福感に浸っています」などと冷静に語れるならば、それは未だ美味に到っていない何よりの証拠である。

☆ ☆ ☆

 しかし、旨い魚は実に旨いのである。ほんの十年ほど前は「旨い肉は旨い」だったのだが、肉の上限は見えてきた。別に最高級の肉を極めたからではない。自分の懐具合における極上にはほぼ出合った気がしている。それには理由があって、ぼくにとっての旨い肉は「とろけそうなほど柔らかい肉」ではないからだ。柔らかい肉が旨い肉ではありえず、むしろ「頼りない肉」なのである。口に入れた瞬間とろける肉を食べるために大枚をはたく気はない。予算内で楽々済ませられ、野趣溢れる肉汁が広がり、しっかりした歯応えのある肉にぼくは十分に満足できている。

 ところが、魚ときたら、いくらでも上には上がある。たとえば、「これは究極のブリだ」と感嘆したと思ったら、翌年に別の場所で別のブリを絶賛することになる。刺身が旨いと思ったら、ブリカマがもっと旨かったりもする。年齢のせいかもしれないが、魚のほうに奥行きを感じる今日この頃だ。

 ここまで旨い魚を絶賛してきたくせに、少々興ざめなことを書こうとしている。「旨い魚は旨い」というのは不正確で、実は「旨い魚」などないのである。生のままであろうと焼こうと干そうと煮ようと、魚が旨いのではない。旨さは魚側の属性ではなく、人間側の、味覚を含む五感と価値観によって捻出される。昨今用いられることばでは「知覚品質」が近い。「旨い」とは、ぼくたちが「認めていて好んでいる価値の表現」なのである。裏返せば、「不味(まず)い」は、「認めるどころか、嫌っている価値の表現」だ。だから、「旨い魚は旨い」と「不味い魚は不味い」のいずれもが成り立つ。しかも、同じ魚料理について二様に評されるのである。

貨幣には意図がある

2010年9月17日 08:15

 円高と市場介入の話ではなく、もっと身近なお金の話。先日、鶏料理の店に「二人」でランチに行った。同じ定食、700円のものを注文した。食べ終えてぼくが先にレジへと立ち、財布から「千円札」を出して店員に手渡した。ポケットから小銭入れを出さなかったし、出そうとする素振りもせず、ただ千円札を出して勘定を待った。それなのに、その店員は「ご一緒ですか?」と尋ねたのである。

 一人五百円のワンコインランチなら、そう聞いてもいいかもしれない。二人分ならきっちり千円だからだ。けれどもランチは700円。千円では二人分はまかなえない。ゆえに、千円札を出した後に小銭を足さなかったぼくが自分一人分を払おうとしたことを、店員は即座に察知するのが当たり前だった。黙って百円硬貨三枚のお釣りをくれたらいいのである。

 機転がきかないのは、「ご一緒ですか?」が口癖になっているからなのだろうか。かもしれない。しかし、だいたいにおいて、ランチの勘定が別々か一緒かは、レジでの客の振る舞いや空気でわかるものだ。レジ係なら読まなければならない。いや、そんな大げさな話ではなく、視野をほんの少し広げるだけで、ぼくの後ろの連れも財布を手にして勘定を待っていたのが見えたはず。加えて、ぼくの千円札の出し方を見れば別々の支払いというのは一目瞭然だった。「ご一緒ですか?」と聞かれて、「えっ、これ(千円札)で二人分にしてくれるの?」と切り返してもよかったが・・・・・・。

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 論理クイズの一種に次のようなものがある。

 場所は小劇場の切符売場。この小劇場には普通席と指定席があり、普通席1300円、指定席1800円の料金設定になっている。一人の客が売場で二千円を出したら、係が「普通席ですか、それとも指定席ですか?」と尋ねた。客は「普通席をお願いします」と答え、係は700円のお釣りを差し出した。続いて別の客が来て、同じく二千円を窓口に出した。すると、今度は係は何一つ尋ねることなく、「指定席ですね」と確認してから200円のお釣りを渡した。

 係は同じ二千円を出した二人の客に対してなぜ別々の応対をしたのだろうか? これが問題。金持ちそうな身なりから判断した? いや、そんなバカなことはない。五千円札か一万円札を出されたら、係は「普通席ですか、指定席ですか? 何枚ですか?」と聞いたはず。これがヒントだ。

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 切符売場係のこの人には紙幣と硬貨の内訳パターンができているので、会話を交わさずとも出された貨幣の種類を見ただけで何枚いるとか普通席か指定席かがわかることがある。実は、最初の客が差し出した二千円は千円札二枚だった。だから、客が告げないかぎり、1300円の普通席か1800円の指定席のどちらを求めているのかはわからない。それで、聞いたのだ。ところが、二人目の客が出した二千円の内訳は千円札と五百円硬貨二枚だった。普通席なら千円札と硬貨一枚でいい。つまり、指定席を求めたことが即座にわかる。

 別に大それたスキルなどではない。初歩的な推理能力である。しかし、お金を総額でとらえて貨幣の内訳で判断しない人間には、単純なお釣りの引き算すらおぼつかない。鶏料理店の店員はこのことをよく学ぶ必要がある。

日付のない紙片

2010年9月16日 08:40

 百円だった、その本は。古本屋で。百円とは驚きだ。気づけば買っていた。手に取ってペラペラ捲ると、あの古本独特の日陰の干草のような匂いが少し鼻をついた。初版が昭和26年2月15日。誰かさんとほとんど誕生年月日が同じ。但し、今手元にあるそれは昭和43年8月1日の改訂重版だけど。

 やれやれ、昭和で時を語るには無理がある。西暦に「翻訳」できない連中が増えてきたから。知っての通り、いや、知らないかな、昭和○○年の○○に25を足すと、西暦19□□年の□□になるんだね。東京オリンピックは昭和39年で、39に25を足すと64だから、西暦1964年というわけ。

 その本を書いたのは、1960年代に日本でも哲学ブームを巻き起こしたあの人。そう、サルトル。猫も杓子もサルトル。なんて言われたかどうか知らないが、とにかくサルトル。ぼくの尊敬するY氏が嵌まった哲学者サルトル。実存主義をもっとも有名にした、パリ生まれのジャン-ポール・サルトル。少しくどいか。

 屁理屈をこねるとキリがない。大雑把に言えば、実存主義というのは「人間存在の独自のあり方」だ。そこらにある道具や事物と同じように人は存在していないぞ、というわけ。で、その本の題名? そうそう、その話。それは、サルトル33歳のときの長編小説『嘔吐』だ。

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 小説は日記風になっている。詳しくは書けない。なぜかって、途中で読むのをやめたから。サルトルの哲学書を読んだ知り合いはそこそこいるけれど、この『嘔吐』の最終行まで辿り着いた奇特な読者は回りにいない。未来の読者のためにあらすじは書かない。いや、書きたくても書けないし・・・・・・。

 少し抜き書きすると、こんな調子。

 きのうどうして私はつぎのような愚劣で得意気な文章を書くことができたのか。『私はひとりぼっちだ、しかし空から街へおりてくる一群のように歩いている』と。文章を飾ることは必要ではない。私はある種の情況を明瞭にするために筆をとっている。文学を警戒すべきである。ことばを捜すことをせず、筆の走るままにすべてを書くことだ。

 さらに読み進んだ別の箇所には次の一行がある。

 記すことなし。存在した。

 不条理で不思議な空気が充満してくる。異様なほどの精細な描写もあるし・・・・・・。小説の冒頭で、どんなふうに記すべきかを書いている。プロローグと言えばいいのだろうか、それが「日付のない紙片」という見出し。出だしはこうだ。

 いちばんよいことは、その日その日の出来事を書き止めておくことであろう。はっきり知るために日記をつけること。取るに足りぬことのようでも、そのニュアンスを、小さな事実を、見逃さないこと。そして特に分類してみること。どういう風に私が、このテーブルを、通りを、ひとびとを、刻みタバコ入れを見ているかを記すべきだ。なぜなら、変ったのは〈それ〉だからである。この変化の範囲と性質を、明確に決定しなければならない。

 この書き出しだけでも、読んだ意味があった気がしないでもない。いつか辛抱して完読しようとは思うけれど・・・・・・。いや、その時間があれば別の本を読むほうがいいか。どうだろう、『嘔吐』。よければ、読んでみる? えっ、読む前から吐き気がするって? それは正しい感覚かもしれないね。

人の何に賭けるのか

2010年9月15日 08:15

 「賭け」と口に出しただけで危うい匂いが漂ってくる。賭け事ということばに爽やかなニュアンスはない。うしろめたく、まっとうではなく、堂々と胸を張りにくい。だから、その方面の愛好家は賭け事などと呼ばずに、「競馬」や「パチンコ」や「麻雀」などと遊戯内容を明かすことによってマイナスイメージをやわらげようとする。

 それでも、求人募集に応募した面接で「趣味は競馬です」とか「パチンコファンです」などと情報公開する者はほとんどいないだろう。万が一「趣味は賭け事です」などと舌を滑らせてしまったら、競馬やパチンコ関連業でも不採用になるかもしれない。別の場面、たとえば何らかの決意表明などでも、「ここが勝負どころです」と言うのはいいが、「一か八かの賭けに出ます」は向こう見ずで物騒だ。安心して見ていられない。

 ところが、ことばにして「賭け」とは言わずとも、ぼくたちは様々な状況で何がしかの賭けを人に対しておこなっている。面接をして誰を採用するか、その判断は一種の賭けである。応募者も「趣味は賭け事」と言わないし、面接官も「よし、君に賭けた」とは言わない。しかし、一方は会社の未来に賭け、他方は将来の人材に賭けている。

 賭博は偶然性の要素を含む勝負事であるが、回数を重ねていくと強者・弱者に色分けされる。人材の成長可能性を読むのを賭け事と同じ扱いするつもりはないが、まったく非なるものとも言い難い。なぜなら、過去の実績と現在の技能や力量を踏まえ、将来性を見極めて採否の決定を下すのは、その人物への賭けにほかならないからだ。賭けは当たるかもしれないし、外れるかもしれない。経験を積んだ人事の眼力が問われるところである。

☆ ☆ ☆

 だが、学校を出たばかりの若者の成長可能性を見抜くのは容易ではない。履歴書というペーパーに記載された出身大学やその他諸々の経歴・賞罰という「事実」、そして面接と入社試験の成績(あるいは縁故など)が、はたして精度の高い評価を支える証拠になりうるのか。確率論的にはなりうるだろうが、評価はあくまでも個人単位である。ところが、国家公務員住宅の家賃が相場の半額以下という事実が明るみに出た昨年11月、著名人がまさかというコメントをしているのを聞いて呆れてしまった。

 元検事の評論家と行政学専門の大学教授は「家賃が高いと優秀な公務員が集まらない」と、ぬけぬけと言ってのけたのだ。彼らが言う「優秀な公務員」とは実績を積んだ社会人ではなく、新卒のことである。つまり、「優秀な公務員になるであろう新卒を集めるためには、世間の家賃相場の半分以下で住宅を用意せねばならない」と言っているのである。

 優遇を期待して公務員になる人間と、そんなことなど当てにもせずに公務員を志望する人間がいるだろう。前者が優秀で後者がさほどでもないなどという推論は当然立たない。二十二、三才の時点で公務員マンションに格安で住もうとする連中を、優秀な公務員候補と格付けしてしまう愚かしさを嗤(わら)うべし。現状の優秀性のみを見て成長可能性に目配りなどまったくしていない。まるでデータ重視の本命主義だ。安い家賃や住宅手当に期待などせぬ活きのいいダークホースに賭けてみる勇気はないのか。

ミスとグズ、または失敗と怠惰

2010年9月14日 08:45

 先週の水曜日、塾生Sさんの会社の全社会議の第三部として『広告の話』について講演した。若い社員さんらはぼくの想像以上に仕事のありように気づいてくれたようだ。決してやさしい話ではなかったが、紹介した事例と仕事線上の課題や願望との波長が合ったと思われる。ぼくの出番はそれだけだったので、第一部と第二部での話は聞いていない。懇親会の席で見せてもらった会議資料をちらっと見れば、そこに次の一文があった。社是である。

 「ミスには寛容に、怠慢には厳しさを。慣れ合いのない優しさ、責め心のない厳しさ」

 生意気なことを言うようだが、ぼくにとっては目新しいものではない。しかし、このメッセージにとても素直に感応できた。なぜなら、そのように生きてきたし、怠慢(そして、その日常化した惰性の延長としての無為徒食と放蕩三昧)を、自他ともに戒めてきたからである。天賦の才があるわけではないし、油断しているとついつい怠け心に襲われる弱さを自覚しているから、たとえ使い古されたことばである「努力」や「精進」をも盾にして怠慢に抗するしかないと考えてきた。

 かつてエドワード・デ・ボノが水平思考(やわらかい発想)のヒントの一つとして、「ありとあらゆる要素を考える」を掲げた。まったくその通りで重要なことなのだが、これはぼくたちにとっては至難の業だ。あらかじめありとあらゆる要素をシミュレーションできれば、たしかにミスは大いに減るだろう。しかし、賢人が何もかも見据えた上でなおも失敗を犯してしまう現実を見れば、凡人の仕事が日常茶飯事的にミスと隣り合わせにあることは容易に想像できる。いくら注意しても、「ミスは起こるもの」なのである。

 だからこそ、ミスには寛容でなければならないのだ。但し、己のミスの言い訳のために他人のミスに寛容であろうとするのは姑息である。ミスに対して寛容であるというのは、自他を問わず、仕事上のミスの蓋然性に潔くなれという意味でなければならない。リスク管理に意を凝らしても起こるミス、あるいは複雑な外的要因によって起こるミスに対しては、月並みだが、再発を防ぐ処方しかない。その処方をアタマに身体に叩き込むしかない。

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 経験を積み熟練度を増すにつれてミスは徐々に減るもので、看過してもいいほど小さくなってくる。しかし、最後の最後まで残るミスの原因は油断であり、その油断を許してしまう慢心と怠惰に遡る。慢心と怠惰は人間の本性の一部だから、つねに見張っていなければならないのだ。だから「怠慢には厳しさを」なのである。ぼくの知るかぎり、怠慢から派生するミスを相変わらず繰り返す人間は、本人の自力による救済は不可能である。誰かが手を差し伸べてやるしかない。とても時間がかかるし徒労に終わる可能性も高いが、放置すれば組織悪や社会悪としてはびこってしまう。

 社是の後半の「慣れ合いのない優しさ」と聞けば、「親しき仲にも礼儀あり」を連想する。フレンドリーであることはいいことである。しかし、ついつい甘味成分が過多になって関係がべたついてしまう。お互い相手を理解し優しい眼差しを向けるのはいいが、そこにはさらりとした抑制が働いていなければならない。Sさんとぼくは長い付き合いで信頼関係も強いが、見えない一線を互いに暗黙のうちに了解している。

 最後の「責め心のない厳しさ」は人への対峙のあり方にかかわる。自分はその人をどうしてあげたいのか、なのだ。立ち直れないほどこてんぱんにやり込める厳しさも世間にはある。叱責のための叱責、逃げ場のない窮鼠状態への追い込み。困ったことに、自分に甘い指導者ほど我が強く相手を強く責める。だが、指導者側の鬱憤発散のための厳しさでは話にならないのだ。

 ぼくはと言えば、議論になればきわめて厳しく辛い。相手を妥協せずに論破し、矛盾点を徹底的に追及する。理由は明快で、一段でも高みへと成長してほしいからにほかならない。どうでもいい相手に厳しさなど不用だから、議論に引きずり込むまでもないのである。

文字にしてわかること

2010年9月12日 11:00

 目を閉じて腕を組み考えている。傍からは考えているように見えるだろう。だが、目を開けて腕組みをほどくと、明瞭な考えを巡らしていた痕跡が何一つないことに気づく。何だか渺茫(びょうぼう)とした平原をあてもなくさまよってきたかのよう。つかみどころのないイメージはおびただしく現われては消え、消えては現われた。ことばの断片だって見えたり隠れたりもした。一部の語は響きもした。しかし、考えていたつもりのその時間のうちに豁然とした眺望が開けていたのではなかった―ということが後でわかる。

 考えるということは雑念を払うことではない。むしろ、雑多なイメージや文字の群れを浮かばせては、その中に紛れ込み、そこから何かを拾い出して結んだり、ひょいとどこかへ飛び跳ねたりすることだろう。ぼくは沈思黙考という表現を好むが、現実の思考にはそんな落ち着いた趣はない。もちろん瞑想とはさらに距離が隔たる。雑念を払おうとする瞑想は、ものを考えるという行為の対極に位置すると言ってもよい。

 考えているプロセスは、実はぼくたちにはよくわかっていない。また、考えたことと紙の上に書いていることはまったくイコールではないのである。腕を組んで考えた(つもりの)ことのある部分は漏れこぼしているし、いざ書き始めたら考えもしていなかったことを綴っていたりする。考えたことを書いていると思っているほど、考えたことと書いていることが連動しているのだろうか。むしろ、書いている今こそが考えている時間であり、次から次へと現われる文字の群れが思考を誘発している気さえする。

☆ ☆ ☆

 あることばや漢字がなぜこのように綴られ発音されているのかが急に気になり出すことがある。さっきまでふつうに使っていたのに、ふと「ぬ」という文字が変に見えてきたり、「唐辛子」が人の名前のように異化してきたりする(「変」という文字が変に見えてくる話を以前書いた)。今朝は「一」が気になり、これを「いち」と読むことがさらに気になり、その一に「人」や「品」や「点」や「匹」がつくことがとても奇妙に思えてきた。それで、目こそ閉じはしなかったが、ぼんやりと「一」について考えていたのである。

 ふと我に返れば、まっとうなことを考えてなどいなかったことがわかった。考えているつもりの大半が「ぼんやり時間」なのだろうと思う。試みにノートを取り出して「一人」と適当に書けば、何となくその文字に触発されて「一人でも多くの人」という表現が浮かんだので、そう書いた。そして、「一人でも多くの人に読んでほしいと語る著者の本心が、一人でも多くの人に買ってほしいであったりする。読まれなくても買ってもらいさえすればいいという本心。では、ぼくたちは、一人でも多くの人に本心からどうしてほしいと思い、どうしてあげようと思っているのか。明文化は一筋縄では行かない」と続けた。

 ペンを持って紙の上を走らせるまではそんなこと考えてもいなかった。いや、考えていたかもしれないが、言語的には何一つ明快ではなかった。おそらく、「一」という対象に意識が向けられて、かつて考えたり知ったり経験したりした脳内のことばやイメージが起動したのだろう。そして、リアルタイムで書き、その書いている行為がリアルタイムで考えを形作ったと思われる。「下手の考え休むに似たり」に通じるが、文字化せずに考える時間は凡人にとっては無駄に終わる。とりあえず書く。書くという行為は考えるという行為の明快バージョンと見なすべきかもしれない。

コロケーションの感覚

2010年9月10日 08:30

 誰かが話すのを真剣に聴いているものの、注意が内容にではなく、「ことばのこなれ具合」のほうに向いてしまうことがないだろうか。ぼくはしょっちゅうそんな体験をしている。話の中身を聴いてもらえない人やことばの表現と流暢さに悩んでいる人には、今日の話は参考になると思う。少々難しいが・・・・・・。

 ことばのこなれ具合に関連して、連語《コロケーション》の話を二年前の『ことばの技法』という講座で少し取り上げたことがある。そのニューバージョンのためにおもしろい演習を作ってみようと思い立ったのが週始め。直後、塾生Mさんのブログで「コーパス(corpus)」についてのくだりを見つけた。Mさんは日本語の専門家だから、この方面の言語習得理論によく精通している。

 来月の私塾大阪講座のテーマが言語なので、記事中の反チョムスキーやピンカー贔屓の話も興味深く読ませてもらった。ぼくの講座の半分はソシュールがらみだが、ほんの少しだけチョムスキーとピンカーにも言及するつもりだったので、よい参照ができた。私塾では最後の15分間を一人の塾生のコメントタイムに充てている。そして、来月のそのクローザー役を務めるのが彼なのである。きっと別の視点からぼくの生兵法を補足してくれるだろうと勝手に期待している。

 さて、コンピュータ処理機能の高度化によってコーパスが加速していることは想像できる。ただ、ぼくのコーパス観は相当に古くて陳腐化しているかもしれない。なにしろ最初にコーパスに関心を抱いたのが、27年前に発行された『現代米語コーパス辞典』(1200ページの分厚い本だが、共著ではなく、坂下昇が一人で書き下ろして編んだもの)。アメリカではコーパスが当時以前から重要視されていた。

  コーパス。「ことばの素材大全集」という意味だ。もう少し説明すると、一定期間に発行された書物からありとあらゆることばを拾い集めて収録し、コンピュータ処理によって言語の推移や特徴を統計的に分類する、膨大な標本データベースということになる。現在のコーパスの認識もこんなふうでいいのだろうか。いや、高度な技術の恩恵を受けて、想像外の分類や検索が可能になっているに違いない。

☆ ☆ ☆

 前掲の辞典に続き、翌年に同じ著者が『現代米語慣用句コーパス辞典』を出した。ちょうどその頃、ぼくは国際広告・海外広報の仕事で英文を書いていたので、こちらの本をよく活用した覚えがある。慣用句とは「決まり文句」のこと。見方を変えれば、ことわざや金言などを含む定番的な表現は、耳にタコができそうな常套句でもあるのだ。しかし、頻繁に使われてきただけによくこなれているし、文化や精神の共有基盤に根ざしてもいる。そんな慣用句を適材適所的に使いこなす人には「ことば巧者」という印象を抱く。

 少し迂回したが、やっと冒頭のコロケーション(collocation)に戻ってきた。コーパスという、膨大なことばの標本から、時代ごとにどんな慣用句の頻度が高いかということがわかる。そして、慣用句というのはおおむね二語以上で表現されるから、ことばとことばのつながり、すなわち「こなれた連語」の事例があぶり出されてくる。手元の日本語コロケーション辞典を適当にめくると、【調子】という項目があり、相性のよい動詞と連語になった「調子が出る」「調子が外れる」「調子に乗る」「調子を合わせる」「調子を崩す」が挙がっている。

 広告の見出しや実験小説の表現、それに新商品の命名などでは、時折りコロケーションを崩す冒険を試みる。新しい語の組み合わが注意を喚起しアヴァンギャルドな効果を出すからだ。しかし、ふだんのコミュニケーションになると話は別で、スムーズに二つ以上の語がつながるほうが文意がよく伝わるのは当然。だから、こなれ具合が悪いと耳障りで、肝心のメッセージに集中できなくなってしまう。

 二つ三つの語が慣用的に手をつなぎ、一語のように機能するのがコロケーション。形容詞と名詞あるいは名詞と動詞の組み合わせをそのつど考えていては話がはかどらない。だから、ぼくたちはコロケーションを身につけて言語活動を省エネ化しているのだ。コロケーションセンスを磨く近道は、アタマで覚えるのではなく、口慣らしによる身体への刷り込みに尽きる。自分が気に入っていて波長の合う、よくこなれた文章を音読するのがいい。必ずしも名文である必要はない。

映画の思い出いろいろ

2010年9月 8日 10:00

 今はもう長時間観る馬力はないだろうが、昭和の二十年代から四十年代にかけて父親はよく映画館に足を運んでいた。ぼくの父親に限ったことではない。子ども目線から見た街中の大人の娯楽と言えば、映画かパチンコだったはずである。あとは喫茶店にたむろしてコーヒーにタバコ(昭和には「珈琲と煙草」と表記するのが似つかわしい)。

 小学校時代、父親にずいぶん映画に連れて行かれたが、よく覚えているのは『アラモの砦』と『荒野の七人』、それにジョン・ウェイン主演の西部劇シリーズくらい。ヒッチコックの『裏窓』など、子どもにはわかりづらい作品も観せられた。ストーリーを覚えているのは、後年になってテレビで観たからにほかならない。ビデオが発明される前であり、テレビで放映するのはマイナーな映画ばかり。そんな時代だったから、中学生までは自主的に映画を観ようとしたことはない。いろいろと映画は観たのかもしれないが、決して映画マニアだったわけではない。

 高校も二年の後半になると受験勉強期に入るが、ひょんなきっかけから時折り映画鑑賞するようになった。遊び半分で試写会に応募したら当たったのがきっかけだった。たしか最初の試写会はスティーブ・マックイーン主演の『砲艦サンパブロ』。そのあとにウォルター・マッソーとジャック・レモンの『おかしな二人』なども当選した。いや、実を言うと、応募したら必ず当たったのである。だから、劇場で実際に何を観たのかをすべて覚えてはいないが、結構よく試写会に行っていたのだ。

☆ ☆ ☆

 試写会通いは大学生の頃まで断続的に続いた。これだけ映画を観ていたのに、映画が三度のメシより好きなわけではなかった。ぼくは本性的に映像派ではなく活字派だったので、視聴覚的効果をあてがわれ、ともすれば受身的になってしまう映画をいつも醒めて鑑賞していた。大学生時代の映画鑑賞の目的は純粋に英語のヒアリング強化のためであったし、後日シナリオを手に入れて表現の勉強もした。この頃『ペーパー・ムーン』や『ラブ・ストーリー』で知った英語表現を今も覚えている。

 本がなくなると困るが映画がなくなっても困らない。テレビで放映される映画をチェックするわけでもなく、たまたま縁と時間があれば観る程度だし、途中でさっさとチャンネルを切ることもある。社会人になってから映画館に行くのはせいぜい年に一回。数年間まったく映画と無縁の時期も複数回あった。そのぼくが、今年は三度も映画館に足を運んでいるのである。

 まず『アリスインワンダーランド』(原題"Alice in Wonderland")。原作ルイス・キャロルの小説がどう映像化されるかに興味があった。この種のメジャーな作品を観るのは例外的だ。あとは、『オーケストラ』(フランス映画、原題"Le Concert")と『ボローニャの夕暮れ』(イタリア映画、原題"Il Papa di Giovanna")の二作。いずれも原題と邦題が違う。前者は「コンサート」、後者は「ジョヴァンナのパパ」だ。ここのところ、年に一度か二度観る映画はだいたいミニシアターで上映される、人生をちょっとばかり考えさせる作品である。エンターテインメント的にもてなされるだけの作品はもういい。読書傾向に近くなったのかもしれない。

 というような次第で、映画ファンから見れば、とてもなまくらな鑑賞をしている。ぼくは映画愛好家などではなく、時々美術館に行くように映画館に行く。直感的に行く。そして、少しいいものに出合ったら大いに満足して帰ってくる。数を絞っているせいか、ハズレがほとんどない。

過剰なる礼讃

2010年9月 7日 12:40

 さして強い関心もなく、また親しんでもいない事柄だからといって、頭ごなしに否定するほど料簡は狭くないつもりだ。だいいちそんなことをしていたら、きわめて小さな世界でごくわずかな関心事をこね回して生きていくことになってしまう。そんな生き方は本望ではないから、異種共存をぼくは大いに歓迎する。そして、多様性に寛容であるからこそ、自分の存在も関心事も、ひいては意見も主張も世間に晒すことができると考えている。

 「ブログを時々読ませてもらっています。ツイッターのほうはやらないのですか?」と聞かれたこと数回。「ツイッターには関心ないのですか?」とも言われた。ツイッターに関しては本も読み、年初に塾生のTさんのオフィスに行って詳しく教わり、その後に食事をしながらIT系のコミュニケーションメディアについても意見を交わした。「ツイッター、いいのではないか」と思ったし、そして今も、「ツイッター、はまっている人がいてもいいのではないか」と考えはほとんど変わっていない。ただ、ぼくはツイッターに手を染めてはいない。どうでもいいなどとは思っていないが、ツイッターをしていない。する予定もないし、しそうな予感も起こらない。

 物分かりのいい傍観者のつもりなのに、ツイッターをしていないだけでツイッター否定論者のように扱われるのは心外である。ぼくは自動車を所有せずゴルフもしないが、自動車とゴルフの否定論者ではない。車についてゴルフについて熱弁する知人の話に「静かに、かつ爽やかに」耳を傾ける度量はある。関心もなく親しくもない人間と話をするし食事もする。ごくふつうにだ。しかし、恋い焦がれることはない。強く求めもしないし強く排除もしない。いや、それどころか、存在をちゃんと認めている。共存するのにたいせつなのは、情熱ではなく寛容だと思うのである。

☆ ☆ ☆

 IT関連の知り合いから定期的にメルマガが配信されてくる。一人はかつて親しかったが、ここ数年会っていない。もう一人は一、二度会った程度で、「名刺交換した方に送らせてもらっている」という動機からの配信だ。前者がツイッター礼讃者であり、後者がipad礼讃者である。後者のメルマガはほとんど見ないが、前者には時々目を通す。彼は「ツイッターがすごいのは、世界中の人と出会うきっかけを提供していることだ」と主張する。さらに、「もっとすごいことは、繋がりを維持し続けることができることにある」と強調する。まことに申し訳ないが、本人が「すごい」と力を込めて形容するほど、ぼくにはすごさが伝わってこない。

 世界の人々との繋がりを特徴としたのはツイッターが最初ではない。かつては飛行機がそうだったし、電話・テレックスがそうだった。旅をして現地の人々と交流するのも繋がりだろう。実は、繋がりはずいぶん使い古されたことばなのである。しかし、よく喧伝されるわりには、世界の人々は現実的には繋がってなどいない。ツイッターによって具体的にどう繋がっているのか、そして、繋がりとはいったいどういうことなのかが実感としてわからない。彼の言い分はぼくには仮想にしか見えないのである。

 最後に「特に書く内容を熟慮もせず、時間的コストもかけず、多くの人と繋がりを維持することができる」と締めくくっている。彼は真性のツイッター礼讃者のようだ。熟慮もせずに書くメッセージをやりとりして、いったいどの程度に世界の人々は繋がることができるのか。ツイッター上だけでなく、安直なつぶやきで日々繋がろうとしている人たちはいくらでもいる。そして彼らは対人関係上もネット上もただつぶやくのみ。その場かぎりの、思いつきのつぶやきごときで世界の人々が繋がるなどということはにわかに信じがたい。

 手紙を否定しないように、ぼくはツイッターも否定しない。しかし、構造のうわべだけを過度に礼讃するツイッター信奉者に首を傾げている。

全体と部分の関係

2010年9月 6日 12:00

 よくある折りたたみ式のヘアドライヤーを使っている。整髪のために使うのではなく、濡れた髪を乾かすためである。そのドライヤーの折りたたみ部のプラスチックが欠けた。小指の爪ほどのかけらだ。「強力瞬間接着剤」で何度もくっつけようと試みたが、100円ショップで買ったその接着剤、まったく強力ではない。くっつくことはくっつくのだが、折りたたみ部を伸縮させるとすぐに剥がれてしまう。それ以上意固地にならず、また、買い替えようとも思わず、機能そのものにまったく支障がないので今もそのまま使っている。

 これは、部分の欠損が全体に対して特段の影響を及ぼさないケースだ。しかし、さほど重要ではない部分が全体の価値を落としてしまうこともある。たとえば、チャーハンに入っているグリーンピースやカレーライスに添えられた福神漬け。これらの取るに足らない脇役のせいで食事を心から楽しめていない人たちがいる。彼らは、嫌いなグリーンピースを福神漬けを悪戦苦闘して排除しようとする。全体に関わるマイナスの部分に容赦ならないのである。

 実は、ことばというものは、ある文脈でたった一語が足りないだけで意味を形成しづらくなる。ことばはお互いにもたれ掛かってネットワークを構築しているので、ある語彙の不足・忘却は既知の語彙全体の使い方にも影響を及ぼす。

 では、アタマの働きはどうなのだろうか。人の身体には欠損を補おうとする機能がある。アタマも同様で、たとえば左脳に傷害が起こると右の脳が部分的に代役を務めることはよく知られた話だ。だが、精密機械の小さな一部品の故障が機械全体の不具合を招くように、言語と思考は一つの異常や不足によって全体の磁場を狂わせてしまうと考えられる。個がそれ自体で独立しているのなら不都合はないが、おおむね個は全体あっての存在なのである。だからこそ、個の問題はつねに全体に関わるのだ。

☆ ☆ ☆

 「全体は部分の総和以上であり、全体の属性は部分の属性より複雑である」とはアーサー・ケストラーの言である(『ホロン革命』)。ケストラーによれば、「複雑な現象を分析する過程で必ず何か本質的なものが失われる」。つまり、全体を個々の部分に分解しても全体と部分の総和はイコールではないということである。このことは少し考えてみれば納得できる。レシピの材料の総和以上のものを料理全体は備えているし、住宅はあらゆるコンポーネントを組み立てた以上の存在になっている。

 腕時計の完成形という全体構想に合わせて部品が作られ集められるのであり、一軒の家の設計図があって初めて柱や壁や屋根やその他諸々の部材が規定されるのである。決して部分を寄せ集めてから全体が決まるのではない。この話は、総論と各論の関係にも通じる。意見の全体的なネットワークを総論とするなら、各論が勝手に集まって総論を形づくっているのではない。思想や価値観の根幹にかかわる、その人の総論がまずあるべきなのだ。

 人の顔色を見てそのつど間に合わせの各論を立て、それらの各論を足し算したら総論になったなどというバカな話はない。総論はさまざまな意見の全体を見晴らしている。それはつねに漠然としながらも、人生や世界や他者に対して変わりにくい価値を湛える。総論という意見のネットワークにはもちろんケースバイケースで各論が入ってくる。それはまるで、時計や家にソリッドな堅強系の部品とデリケートな柔弱系の部品が共存するようなものだ。各論に極論があってもいいが、総論には全体調和論がなければならないのである。

話をする人、耳を傾ける人

2010年9月 3日 17:50

 昨日と一昨日、二日間の企画研修を実施した。アタマも話も大丈夫だが、毎年少しずつ足腰に負荷がかかる。適度に立ったり座ったりし机間を歩いたりしていればいいのだが、熱が入るとついつい同じ場所に立ちっ放しで喋ってしまう。最近パワーポイントを遠隔操作できるリモコンを使い始めたので、ずっと立っていることが多くなった。座って話をするよりも立って語りかけるほうが性に合っているので悲観すべきではないが、歳相応に足腰を鍛錬せねばならないと実感する。

 身体のどこかに不調があると、話しぶりに支障を来たす。さすがにキャリアを積んできたので、体調管理には気を遣っている。出張や研修の前には飲まないし人付き合いもしない。夜更かしは絶対にしない。したがって、過去に絶不調で研修や講演を迎えたことは一度もない。それでも、少々肩や背中が痛かったり足がだるかったりすることはある。たとえばふくらはぎや土踏まずに痛みがあると、話しながらも神経がそっちに過敏になったりする。

 脳の働きと身体の調子と言語活動は密接につながっている。いや、一体と言ってもよい。アタマが活性化していない、あるいは身体が変調であるという場合には、満足のいく話ができない。但し、それは、調子のいいときと比較する話し手側の自覚であって、初対面の受講生が「今日の講師は調子が悪そうだ」などと認識することはない。彼らは、これまで受講した講師と比較して「今日の講師は下手くそだ」と判断するだけである。

☆ ☆ ☆

 講師と受講生、すなわち話をする人と耳を傾ける人の講義品質に対する評価は同じではない。話す側の自我像と聞く側の描く他者像が一致することは珍しいだろう。仮に一致していようと不一致であろうと、アンケート以外に知るすべはない。しかも、アンケートが受講生たちの所見を素直に表わしているともかぎらない。話す側が意図する効果・演出と、聞く側が期待する学習成果もだいたい乖離しているものである。

 ぼくの研修や講座における意図は内容によっていろいろだが、おおむね五つに集約できる。それらは、(1)新しい発見、(2)好奇心をくすぐる愉快、(3)適度にむずかしい、(4)有用性、(5)わかりやすい、である。

 ぼくにとって、話が受講生にとってわかりやすいことは最重要ではない。背伸びもせずに余裕綽々でわかってしまうような話では、後日あまり役に立たないのだ。つまり、(5)は(4)の妨げになることがある。ゆえに、(4)のためには(3)において手を抜けない。しかし、(3)への挑戦意欲を維持するためには(2)が必須になる。むずかしくても楽しければ集中が持続するものである。その結果、貴重な時間を費やしてもらうに値する新しい発見をプレゼントすることができる。以上の目論見を逆算すれば、上記の優先順位がぼくの意図になる。

 塾生のIさんが先日のブログで、「岡野先生の話はおもしろい。でも、むずかしい」と評していた。ぼくの意図からすれば、ほぼ最高の褒め言葉である。そして、彼は時々講座で話した内容を「新たに学び発見した事柄」として取り上げてくれている。思惑通りに上位の三つが伝わっているのだ。自惚れてはいけないが、手応えを感じる。よし、有用性とわかりやすさにも一工夫をという気になってくる。

押し入ってくる情報

2010年9月 2日 07:00

 リチャード・ワーマンの『情報選択の時代』が発行されたのが1990年(翻訳は松岡正剛)。原題"Information Anxiety"は「情報不安」という意味である。同書の第1章には次のような記述がある。

 「毎週発行される一冊の『ニューヨーク・タイムズ』には、十七世紀の英国を生きた平均的な人が、一生のあいだに出会うよりもたくさんの情報がつまっている。」

 それはそうだろうと思うかもしれない。なにしろ400年前との比較なのだから。しかし、よく考えてみてほしい。ぼくたちが一週間に耳にし目にする情報は週刊の『ニューヨーク・タイムズ』一冊程度ではないのだ。テレビにインターネット、毎日の新聞に会話、雑誌に書籍、それに仕事上の諸々の情報を総合すれば、一週間でかつての英国人の生涯五回分の情報に晒されている計算になる。これは一年で「二百五十回の生涯」、60年で何と「一万五千回の生涯」に相当する情報量に達する。

 IT時代に突入する前、情報にまつわるキーワードが「情報収集」だったことを思い出す。昨今、この四字熟語にはめったにお目にかかれない。情報を集める必要がなくなったのである。情報は勝手に集まってくる。メディアに対して自分を開いておきさえすれば、大多数の人々にほぼ同量で同質の情報が「押し入って」くる。そして、その量たるや、情報洪水などという表現が甘く響くほどの凄まじさなのだ。

☆ ☆ ☆

 前掲書『情報選択の時代』は、20年前に情報不安症の兆候を察知していた。どんなに爆発的な量の情報にまみれても、人は情報が足りない不安に苛(さいな)まれる。このような予見をするからこそ「自制的選択」を基軸にした情報行動を強く意識せねばならないのである。情報選択とは、一般人にとっては広範囲から少量ずつ主体的に取り込むことだろうと思う。腹一杯情報を消化せねばならない理由など微塵もない。

 知らなくてもいいことが次から次へとやってくる。こちらの優先順位などにはお構いなく、ただでさえ情報の扱いに四苦八苦している記憶の領域に闖入し占拠してしまう。手元にあるいくつかの情報だけで十分に仕事に役立てることができるにもかかわらず、押し入ってきた情報をちらっと見たのが運の定めか、もはや手に負えなくなって仕事が遅滞してしまう。そんな連中を最近とみに目撃するようになった。

 そうなっては抵抗不可能である。窓越しに覗いたら隣りの垣根のすぐ向こうに情報が迫ってきている・・・・・・そんな気配を感じた時点で手を打たねばならない。「知らなくてもいい情報がやってきても、知らん顔をして受け流せばいい」と油断していると手遅れだ。なぜなら、それが知らなくてもいい情報だと知ってしまった時点で感染しているからである。対策はただ一つ。週に何度か、自分が持ち合わせている知識で何とかやりくりする、情報鎖国主義を貫くのだ。決して「自知防衛」を怠ってはいけない。

プロフィール

岡野勝志(おかのかつし)
1951年大阪生まれ

企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長
企画アイディエーター
岡野塾主宰

ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。
マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人材の課題に対して、「即答即決アイディエーティング」をおこなっている。

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