ディベートセンスのない困った人たち

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 「どっちもどっちだ」という言い回しをあまり好まないが、こう表現するしかないという結論に達した。嘆かわしい失言とそれに対する季節外れのような攻撃、どっちもどっちである。

 柳田稔は「法相は二つのフレーズさえ覚えておけばいい」と支持者を前にして言い放った。二つのフレーズで国会での答弁を切り抜けることができると種明かしをしたものだ。その二つのフレーズは、政策論争の場には似つかわしくなく稚拙であった。おそらく学生たちが練習する教育ディベートの議論としても成り立たないレベルである。答えが分からくても切り抜けられると彼が言ったフレーズは次の二つである。

 1.個別の事案については答えを差し控える。

 2.法と証拠に基づいて適切にやっている。

 この話を聞いて、ぼくは冗談だろうと思ったが、実際に過去のビデオを見たら、更迭された元法相はこれらのフレーズを答弁で用いて切り抜けていた。この二つが答弁必勝法だとは呆れるばかり、と同時に、この逃げ口上を追い詰めることもできない尋問者も情けないかぎりである。失言・無責任・国会冒涜を非難する前に、尋問の甘さを悔い自戒すべきである。

 ディベートの反対尋問にも、相手の質問を切り抜けるいくつかのテクニックがある。たとえば初心者向けの一例として、イエスかノーかの返答に困ったら、ひとまずノーと答えよというのがある。これに対して初心者の相手が「なぜノーか」と尋ねてきたら、「ノーに論拠などない」と答えておく。さらに相手が「それはおかしい」と反発してきたら、「何がおかしいのか教えてほしい」と攻守逆転させる。うまくいくかどうかは別として、初心者どうしならペースを握れる可能性が大きい。

☆ ☆ ☆

 上記のテクニックはれっきとした詭弁術である。こんなテクニックをぼくは決して本気で教えているのではなく、半分ギャグのつもりである。けれども、意表を衝かれた質問に対して苦しまぎれの振る舞いを見せるわけにはいかない。プロフェッショナルと言えども、どんな質問にでも臨機応変に即答できるわけではないのである。ゆえに、答弁者にとって何らかの遁辞は不可避である。その遁辞を尋問者は即時にその場で捉えて弁明させねばならない。後日になってから後援会での暴露に怒り心頭に発しているのはタイミング外れと言わざるをえない。

 もう一度二つのフレーズを見てみよう。「個別の事案」について語らなくていったい何を語ると言うのだ。個別の代わりに、一般的で複合的な事案なら答えを出すのか。一般的で複合的とは普遍的ということか、それとも抽象的ということか。たとえば国防の場合、「尖閣」そのものは語らないが、「領土問題」については答えてもいいということか。こんなふうに詰めていけば、いくらでも尻尾を摑めるのだが、尋問者はまんまと逃がしてしまったようだ。二つ目の「法と証拠に基づいて適切にやっている」については、「適切に」を争点にして掘り下げるのが筋だろう。法と証拠を追いかけるといくらでもはぐらかしが効きそうである。

 個人的には国民がなめられたとぼくは思わない。なめられたのは野党の論争能力と反対尋問技術である。ゆえに野党は激怒するのだが、ならばあの程度の答弁なら百発百中で崩してもらわねば困る。ところで、元法相は政界引退後しばらくして自伝の中で告白しておけば笑い話で済んだだろう。現役中にギャグっぽく言ってのけては引責辞任も免れない。ぼくなら問責されないが、大臣には立場というものがあるのだ。お偉い方々は「人間は地位が高くなるほど、足元が滑りやすくなる」というタキトゥスのことばを噛みしめておくべきだろう。ついでに「口が滑ると足元が滑る」も覚えておくのがいい。

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プロフィール

岡野勝志(おかのかつし)
1951年大阪生まれ

企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長
企画アイディエーター
岡野塾主宰

ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。
マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人材の課題に対して、「即答即決アイディエーティング」をおこなっている。

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