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    <title>Okano Note オカノノート</title>
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    <updated>2012-05-07T05:35:22Z</updated>
    <subtitle>

岡野勝志(おかのかつし)
1951年大阪生まれ

企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長
企画アイディエーター
岡野塾主宰

ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。
マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人材の課題に対して、「即答即決アイディエーティング」をおこなっている。
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    <title>「説明」ということ</title>
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    <published>2012-05-07T05:35:00Z</published>
    <updated>2012-05-07T05:35:22Z</updated>

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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/05/地下鉄案内表示　パリ web.html" onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/05/地下鉄案内表示　パリ web.html','popup','width=448,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/05/地下鉄案内表示　パリ web-thumb-240x160.jpg" width="240" height="160" alt="地下鉄案内表示　パリ web.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><div>　写真はパリの地下鉄の行先案内表示である。この下に立つぼくの前には上りの階段があるのみ。階段もエスカレーターも下りはない。</div><div><br /></div><div>　一段目の↓の箇所。上から順に○のついたMはメトロ。①と⑤は地下鉄の路線番号と終点が書いてある。二段目の↓は切符売場と案内所。三段目の↓は出口。ぼくたち日本人の感覚からすると、この状況では、下方向きの矢印は地下へ行くか後戻りするかを意味するような気がする。実は、「このまま前方へ進め」である。前方と言っても、階段なので「上がれ」ということだ。下向きなのに「上がれ」なのである。矢印など常日頃安易に使うが、この記号一つで意図を伝えるのは決して易しくない。</div><div><br /></div><div>　何を今さらというテーマである。そうではあるが、説明を要しないほど「説明」ということは自明ではない。『説明・説得』というテーマでお呼びがかるので、年に数回話をさせていただく。あれこれと意見交換していても、「説明とは何か」に明快に答えられる人はめったにいない。</div><div><br /></div><div>
<p>　辞書的な意味で言えば、とても簡単だ。それは、「あることの本質や意味や背景や事情などを、まったく知らない、またはあまりよく知らない人にわかるように言うこと」である。説明の定義は何となくこれでよさそうだが、「どのように」という説明の方法に関しては不十分。ふつう、説明とは「論理的に順序立てて包括的におこなうもの」と思われている。しかし、必ずしもそう断言できない。「印象的に要点のみ拾う」という方法もあるからだ。</p><p style="text-align: center;">☆　☆　☆</p>
<p>　ここで、問題を提起する。「わかっていることなら説明できるのか？」　</p><p>　イエスは楽観的に過ぎるし、ノーは悲観的に過ぎる。</p><p>　二十代の頃、友人が「たこ焼き」を見聞きしたことのないアメリカ人に説明するのを傍で聞いていたことがある。英語力のある男だったが、そんなことはあまり関係ない。見たことのないもの、知らないことについて相手に理解させるのは、説明者だけの力でどうにかなるものではない。「それ」について輪郭を摑みディテールまでわかるかどうかは、その説明を受ける張本人の知的連想力によるところが大である。</p><p>　他方、ろくにわからないからこそ説明できるということがある。専門家がこだわって一部始終語らねば気が済まないことを、ちょっとだけ齧ったアマチュアがかいつまんで説明できることがある。専門家のかたくなな説明手順を嘲笑うかのように、飛び石伝いに話して理解させてしまうのだ。専門家がわかっていることを説明できず、非専門家があまりわかっていないのに説明できたりする。</p><p>　説明の技術は、知識の豊かさや専門性と無関係ではないが、決して比例もしない。知っていても説明できないことがあり、さほど知らなくても説明できることがある。そして、説明がうまくいくためには、説明者だけの技術だけでは不十分で、説明を受ける者の背伸びという協力が欠かせない。説明の上手な人とは、相手をよく理解して、何を説明し何を説明しないかを判断できる人と言えるだろう。</p></div>]]>
        
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    <title>もう一つの読書</title>
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    <published>2012-04-26T06:55:00Z</published>
    <updated>2012-04-26T06:56:05Z</updated>

    <summary>　怠けてしまって読書会を10ヵ月近く主宰していない。名前を連ねてくれている二十名...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/04/日経「あすへの話題」1.html" onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/04/日経「あすへの話題」1.html','popup','width=448,height=329,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/04/日経「あすへの話題」-thumb-240x176.jpg" width="240" height="176" alt="日経「あすへの話題」.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><div>　怠けてしまって読書会を10ヵ月近く主宰していない。名前を連ねてくれている二十名近くのメンバーには申し訳ないと思っている。しかし、誰も何も言ってこない。遠慮しているのか、忘れてしまったのか、もう熱が冷めてしまったのか・・・・・・真相はわからない。</div><div><br /></div><div>　この読書会は「書評会」もしくは「会読会」と呼ぶにふさわしい性格のものである。会読会にはみんなが同じ本を読むニュアンスがあるが、自分で選んだ本を読み、それについてＡ４一枚程度に書評をしたためて発表するという勉強会だ。出席するとなれば、必ず読まねばならない。よほどの読書家でないかぎり、このような動機づけがないと読書は長続きしないし、集中して読むこともできない。</div><div><br /></div><div style="text-align: center;">☆　☆　☆</div><div><br /></div><div>　決してそんな素振りをしたことはないが、ぼくは読書家だと思われている。思ってもらって結構だが、相当なまくらに読むタイプである。一冊の本を隅から隅まで読んでも、書いてあることなど覚えることは不可能である。読書はそんな、誰かの知を自分に移植するような作業ではない。だから、拾い読みして触発されることに重きを置く。ページに書かれていることをヒントや触媒と見なして、そこから自分なりに推論を働かせて考えるようにしている。読書をして知識を身につけるのではなく、読書しながら考えるというわけだ。</div><div><br /></div><div>　本をしっかりと読むことを否定しない。それも重要である。しかし、読書を思考の源泉と考えるのであれば、この写真のように切り抜きを一ヵ月分ほど束ねて、フラッシュバック的に次から次へと異なったテーマを迅速に読みこなしていく方法もありうる。写真は日本経済新聞の『あすへの話題』。別に他紙のものでもいい。スタッフの一人がぼくのために切り抜いてくれるので、30枚ホッチキスでとめて、一気に読む。一枚が原稿用紙二枚弱、新書版に換算すれば40ページ程度だ。半時間あれば30のテーマに触れることができる。</div><div><br /></div><div>　「１テーマ１冊数時間」という集中的線的精読もあれば、新聞の切り抜きを束ねて読む「30テーマ30分」という集合的断片的多読もありうる。時には荒行のような読書をして脳の回路を活性化することが必要だろう。</div>]]>
        
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    <title>切り落とし</title>
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    <published>2012-04-23T07:15:00Z</published>
    <updated>2012-04-23T12:44:03Z</updated>

    <summary> 　一見わかりにくい写真だが、これはカステラの切り落としである。地域によっては「...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/04/カステラの切り落とし web.html" onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/04/カステラの切り落とし web.html','popup','width=448,height=161,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/04/カステラの切り落とし web-thumb-180x64.jpg" width="180" height="64" alt="カステラの切り落とし web.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span> <div style="text-align: left;">　一見わかりにくい写真だが、これはカステラの切り落としである。地域によっては「切れ端」や「端っこ」と呼んでいるらしい。肉の場合はだいたい切り落としと命名されているようだ。国産黒毛和牛のバラの切り落としなどと書いてある。もちろん、本体のブロック部分を切り分けたものよりも価格は安く設定されているが、切り落としでもグラム800円などというのはざらにある。</div><div style="text-align: left;"><br /></div><div style="text-align: left;">　外側にあろうが内側にあろうが、成分と中身は同じである。ただ、パッケージに合わせたサイズと形の規格があるから、不揃いに焼き上がるカステラなどは規格に合わせて整えねばならない。そのときに不要な端っこが必ず切り落とされる。繰り返すが、定価で売られる本体もこうして規格外になった部分も味に変わりはない。贈答用と自宅用と用途に応じて買えば、安上がりだ。</div><div style="text-align: left;"><br /></div><div style="text-align: left;">　ぼくの場合はカステラを贈答用に送ることなどないので、買うときはつねに自分用か親類用である。質よりも量を求める親類が多いのは幸いである。これまた幸いなことに、十数分も歩けばカステラ工房があって、そこの店先で切り落としを売っている。薄いのもあれば厚いのもあるが、目方を測っているから重さは同じ。散歩の途中で買って、自宅でコーヒーを飲むときにちょうど都合がいい。</div><div style="text-align: center;">☆　☆　☆</div><div><br /></div><div>　小難しい話にする気はないが、この規格品と切り落としの関係から「中心と周縁」という概念を思い浮かべる。中心必ずしも重要ではなく、周縁必ずしも瑣末でもない。「彼は会社の中心人物だ」という評価があっても、冷静に考えてみれば、いなければいないで何とかなる場合がある。そう、彼は中心ではあっても本質ではないのだ。</div><div><br /></div><div>　カステラの場合、中心も周縁も相互に支え合っているように思われる。周縁が本質的ではないからといって、周縁を始めからなくしておくわけにはいかない。高級なカステラなど結構、つねに切り落としで十分と考えるぼくは、オール切り落としを製造してくれたらいいと思っている。</div><div><br /></div><div>　あの割れおかきも全部最初から割っておいてくれたら安くなる（ひょっとすると、そうしているのかもしれない）。そう言えば、時々ランチに行っていた鉄板焼きの店でも、サーロインステーキ定食はほとんど売れず、誰もが切り落とし定食を食べていた。</div>]]>
        
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    <title>商売人失格</title>
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    <published>2012-04-17T22:45:00Z</published>
    <updated>2012-04-18T01:22:44Z</updated>

    <summary>　仏教用語としての正用からは外れるが、この話には「因果応報」と刻みたくなる。小さ...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[　仏教用語としての正用からは外れるが、この話には「因果応報」と刻みたくなる。小さな因果が確実に働いて、いずれ応報になる話。<div><br /></div><div>　数年前、兵庫県のとある駅に降り立った。駅前に、最近よく見かけるガラス張りの賃貸住宅ショップがあった。仕事は翌日だが前日入り。宿泊先として指定されたホテルの場所がわかりにくかったので、その店で尋ねた。</div><div><br /></div><div>　店員が「交番で聞きゃいいだろ！」と翻訳したくなるような語気で面倒臭そうに対応をした。おそらく知っているのだろうが、教えてくれなかった。十数秒の親切をしても日銭にはならないだろうが、駅前不動産なのだから交番の役割も担って何が問題か。地域のナビゲーター役になる絶好の立地にあるのに、なんという機会損失かと思った。</div><div><br /></div><div style="text-align: center;">☆　☆　☆</div><div><br /></div><div>　ぼくは残念に思っただけで、恨みも怒りも引きずらなかった。それでも、後日、もしこの方面に引っ越しする人がいたら、躊躇なく「あの駅前の○○不動産には行かないように」と助言する。「あの店」だけで済めばいいが、「あの会社」という烙印を押されてしまうと、同じ会社の、（善良かもしれない）他のショップにも影響が出るだろう。</div><div><br /></div><div>　因果関係というものは、辿ればどれも複雑だ。特に今の時代、「一因一果」などのような単純な因果関係はほとんどありえないだろう。だが、この一件に関して言えば、一事が万事になりかねない。</div><div><br /></div><div>　ちょうどその頃は、大阪の例の名門料亭がアウトになった時期に重なる。さんざんよからぬことを重ね、バレたりバレなかったりしながらも息を吹き返して延命してきた。あの料亭は、情けないことに、「ワサビの使い回し」というちっぽけな原因で終幕した。社会の堪忍袋の緒が切れたらおしまい。商売人にとって、一人一人の顧客は社会につながっている。PRとはPublic Relations、つまり「社会との関係づくり」にほかならない。商売人の原点はそこにある。</div>]]>
        
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    <title>名言格言辞典はおもしろい</title>
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    <published>2012-04-16T02:00:00Z</published>
    <updated>2012-04-16T02:00:37Z</updated>

    <summary>　レストランのメニューは勝手に決まらない。何がしかの意図に基づいて決まっている。...</summary>
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        <![CDATA[<div><img src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/04/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%90%8D%E8%A8%80%E3%83%BB%E6%A0%BC%E8%A8%80%E8%BE%9E%E5%85%B8-thumb-180x262.jpg" width="180" height="262" alt="世界名言・格言辞典.JPG" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></div><div style="text-align: left;">　レストランのメニューは勝手に決まらない。何がしかの意図に基づいて決まっている。その意図を「編集視点」と呼んでみると、同じようなことが辞典にも言える。辞典のコンテンツも適当に決まるのではなく、特殊な知識や文化などを背負った編集者が、ある種の編集視点からコンテンツを取捨選択している。</div><div style="text-align: left;"><br /></div><div style="text-align: left;">　名言や格言、ことわざの類に大いに関心があったので、若い頃からいろんな書物や辞典を読みあさってきた。ただ、箴言というものはおおむね単発短文であるから、覚えてもすぐに忘れてしまう。記憶にとどめようとすれば、文脈の中に置いたり他の概念と関連づける必要がある。しかし、別に覚えなくても、手元に置いて頻繁に活用していれば、自然と身につくものだ。</div><div><br /></div><div style="text-align: center;">☆　☆　☆</div><div><br /></div><div>　国語辞典でも定義や表現に編者の視点が反映されるが、名言格言ではさらに顕著になる。「世界」と銘打てばなおさらで、日本人が拾ってくる名言格言はフランス人のものと大いに異なる。写真の辞典はフランス人が編集したもの。索引を拾い読みするだけで、ぼくたちの発想との類似と相違が一目瞭然である。</div><div><br /></div><div>　まずギリシア、ラテン、聖書由来がおびただしい。中国・インド・アラビアがたまに出てくるが、この辞典の世界とは「西洋世界」と言っても過言ではない。それはともかく、おもしろいのは「各人は自己の運命の職人」というような長たらしい見出しが独立しているという点。十いくつかの名言格言をこの見出しに集約するとは、かなり主観的な視点と言わざるをえない。</div><div><br /></div><div>　「神」にかかわる名言格言はきわめて多い。「神」と「神々」を分けてあるし、「神の正義」という独立の項目もある。「ぶどう酒」に関する名言もさすがにいろいろと収録されている。「前払いをする」という項目は日本の辞典ではありえないだろう。</div><div><br /></div><div>　見出しの項目だけでも、日本人と西洋人の編集視点の特徴が見えてくる。ぼくたちにとって後景と思えるものが前景になっている（その逆もある）。世界というものへの視点がきわめてローカルだということも勉強になる。</div>]]>
        
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    <title>食事処に物申す</title>
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    <published>2012-03-30T05:30:00Z</published>
    <updated>2012-03-30T05:30:01Z</updated>

    <summary>　酒はだいたいどこの店にも同じものが置いてあるが、料理にはそこにしかない品もしく...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/il menu del ristorante.html" onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/il menu del ristorante.html','popup','width=1400,height=2012,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/il menu del ristorante-thumb-180x258.jpg" width="180" height="258" alt="il menu del ristorante.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><div>　酒はだいたいどこの店にも同じものが置いてあるが、料理にはそこにしかない品もしくは味という前提がある。たとえ他店と大差のない料理であっても、「うちにしかないうまいものを出す」という気迫が漲らねばならぬ。「この店は味自慢」と認めるからこそ、こちらも料理を決めてからそれに合う酒を選ぶ。</div><div><br /></div><div>　以上のようなことを、あくまでも個人的な意見として、「何を食べるかも決めていないのに、はじめに酒の注文を聞くべからず」と前回のブログに書いた。今日はその続編である。お品書きもしくはメニューについての話。</div><div><br /></div><div style="text-align: center;">☆　☆　☆</div><div><br /></div><div>　以前、コース料理が3500円、5000円、7000円というビストロがあった。将来顧客になるかもしれない団体の代表者と公認会計士とぼくの三人での会食だ。ぼくが場所と食事を決めてご馳走するという設定だった。店に入って席に就くなり、店員が「本日はご予約ありがとうございます。5000円のコースで承っております」と言ってくれたのだ。バカな確認をするものである。</div><div><br /></div><div>　コースとアラカルトは注文のしかたが違う。アラカルトならメニューを全員に配るから、接待であれ割り勘であれ、値段は全員に知られる。それはそれでよい。しかし、コース料理の場合で誰かが他のメンバーを接待しているときに、コース名と値段を明かしてはいけない。</div><div><br /></div><div>　割烹に「おまかせ料理」を予約して行きカウンターに座ったら、「本日はおまかせ料理ですね」と確認された。よく見ると、壁に「おまかせ料理　2,980円」と貼紙がしてあった。がっかりである。</div><div><br /></div><div>　イタリア料理店でワインリストからワインを選び、「これをお願いします」と指差ししたら、「こちらの2800円の赤ですね」とご丁寧にも金額を言ってくれた。</div><div><br /></div><div>　ご馳走されるほうは、ワインリストを渡されてもなかなか選びづらい。ざっと視線を走らせても、たいてい「お任せします」と言う。しかし、店によっては値段の安いものから高いものへと「秩序正しく」ワインを掲載しているところがあるから、指の差す位置によってどの程度のものを注文したかがすぐにわかってしまう。</div><div><br /></div><div>　以上のようなデリカシー違反の店は一流にはなりえないだろう。それはともかく、接待するときも接待されるときも疲れる手続きなので、この頃は、気のおけない人としか食事に行かないようにしている。メニューの値段もオープン、店も明朗会計というのがいい。</div><div><br /></div><div>【写真は英語とイタリア語が併記されているレストランのメニュー（イタリア・オルヴィエート）】</div>]]>
        
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    <title>注文の順序―食事か酒か</title>
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    <published>2012-03-26T09:05:00Z</published>
    <updated>2012-03-26T09:05:12Z</updated>

    <summary>　どう見ても居酒屋とは呼べない、ある程度の格のある割烹。あるいは少々値の張る寿司...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<p>　どう見ても居酒屋とは呼べない、ある程度の格のある割烹。あるいは少々値の張る寿司屋。こんな店で席に着くなり、「まず飲み物のご注文からおうかがいします」と促される。</p>
<p>　庶民的居酒屋で多人数ということになれば、それもやむをえない。年配者が和を乱すこともないだろうと、一応妥協する。しかし、実のところ、「とりあえずビール」など論外だ。集まりの冒頭の乾杯で足並みを揃える必要などまったくない。これは単に幹事と店側の都合にすぎない。</p>
<p>　二十代に入って酒を飲み始めた頃から異様に思っていた。</p><p>　酒を飲むことよりも食べることを優先しているからかもしれないが、「飲みに行かないか？」に未だになじめない。「食べに行かないか？」でなければならない。「飲みに行かないかには、食も含まれているんだよ」と言い含められても、納得しづらい。野暮を承知で言う、ぼくは食べに行くのであり、食べたいものに合わせて飲み物を決める。ゆえに、最初にドリンクを注文しない。するときは、何を食べるかがわかっているときである。</p><p style="text-align: center;">☆　☆　☆</p><p>　先月、お店訪問のようなテレビ番組で、「（焼きとり）の白レバーを頬張り、生ビールで胃に流し込む」というナレーションを耳にした。不快であった。この取材者はまず「とりあえずビール」を注文し、その後お店がお薦めする一品、白レバーを頼んだ。</p><p>　胃に流し込まれる白レバーにも流し込む生ビールにも失礼である。早食い大食いコンテストでもあるまいし・・・・・・。じっくりと味わい、食と酒の相性を味わうべきではないか。自称グルメには咀嚼時間の短い輩がとても多い。三口ほど噛んで酒を流し込みながら、通ぶってはいけない。</p><p>　場末の居酒屋とは一線を画すると自負する飲食店なら、洋の東西を問わず、食べ物の注文が先である。メニューを眺めて「ああでもない、こうでもない」と考慮する時間から食事が始まっている。よく来る店で注文するものもだいたい決まっていても、時間をかける。しかるべき後に、好みの酒を選ぶか薦めてもらう。</p><p style="text-align: center;">☆　☆　☆</p><p style="text-align: left;">　もちろん例外もある。高級な焼酎を一本もらったりワインの店で薦められて買ったりするときは、「はじめに酒ありき」だ。また、料理と連動させなくてもよい食前酒や食後酒もありうる。しかしながら、何を食べるかに迷い、その料理に合いそうな酒を選ぶという時間を楽しむべきである。おそらく、「飲み放題付き宴会コース」なるものが、選択の自由と時間を奪うようになったのだろう。</p>]]>
        
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    <title>時刻表からの自由</title>
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    <published>2012-03-21T08:35:00Z</published>
    <updated>2012-03-21T08:35:09Z</updated>

    <summary>　あらかじめ時刻を決めることによって、ぼくたちはどれだけ助かっていることか。予定...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<p><a onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/metro (Paris) web.html','popup','width=448,height=252,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/metro%20(Paris)%20web.html"><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; WIDTH: 188px; FLOAT: left; HEIGHT: 112px" class="mt-image-left" alt="metro (Paris) web.jpg" src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/metro%20(Paris)%20web-thumb-180x101.jpg" width="180" height="101" /></a><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; WIDTH: 169px; FLOAT: left; HEIGHT: 112px" class="mt-image-left" alt="Bus (Paris) web.jpg" src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/Bus%20(Paris)%20web-thumb-180x120.jpg" width="180" height="120" />　あらかじめ時刻を決めることによって、ぼくたちはどれだけ助かっていることか。予定通りに日々の仕事がはかどるし約束も守れる。</p>
<p>　特急や飛行機が決められた時刻から１時間も２時間も遅れるようでは困る。いや、もっと困るのは、予定の時刻よりも早く出発されることだ。これでは間に合いようがない。 </p>
<p>　しかし、敢えて限定的に異論を唱えてみたい。日常的な小さな時刻の決まりごとにはもっと鷹揚であってもいいではないか。いや、一時間に５分～１５分の頻度で発着するような公共交通機関に時刻表などいらないのではないか。時間は重要である。しかし、時間を細かく刻んだ「時刻」はスローライフを遠ざけ、心の平安を奪いかねない。</p>
<p align="center">☆　☆　☆</p>
<p>　いつぞや「カフェと舗道とメトロ（地下鉄）がパリ名物」という話を書いた。パリのメトロはとても便利である。なにしろ、数百メートルに一駅あって、網の目のように走り、慣れてしまえば乗り継ぎがとても簡単だからだ。駅のホームはパターン化されておらず、タイルもデザインもすべて違う。これまた慣れてしまえば、駅名の表示を見なくても、ここが何駅だと言い当てられるようになる。</p>
<p>　パリのメトロに時刻表はない。「あと何分で電車が来る」という表示が出る。それで十分である。さらに、バスにも時刻表がない。バス停でも「あと何分で到着」という表示が出る。ぼくの経験では待っても最長10分前後である。実を言うと、ぼくは国内外を問わず、バスが気に入っている。地下鉄以上にである。なぜなら、バスなら街の光景が見えるからだ。観光客はバスに乗るほうがいい。</p>
<p>　日本では、地下鉄のダイヤを分刻みにした代償として、バスが都会でも１時間に１、２本というルートが増えた。残念なことである。時刻表などいらないから、せめて１時間に３、４本、同じ路線をぐるぐると走らせればよろしい。</p>
<p>[写真左はパリのメトロの入口。このレトロな文字の駅は少なくなった。写真右は始発のバス停留所]</p>]]>
        
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    <title>読んだふり</title>
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    <published>2012-03-12T23:20:00Z</published>
    <updated>2012-03-12T23:20:16Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp;　会読会を三年前から主宰している。ずいぶんごぶさただと薄々気づいてい...]]></summary>
    <author>
        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<p><a onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/読んだふりと読んでいない本(web)-thumb-240x342.html','popup','width=240,height=342,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/読んだふりと読んでいない本(web)-thumb-240x342.html"><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="読んだふりと読んでいない本(web).jpgのサムネール画像" src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/03/読んだふりと読んでいない本(web)-thumb-240x342-thumb-180x256.jpg" width="180" height="256" /></a>&nbsp;　会読会を三年前から主宰している。ずいぶんごぶさただと薄々気づいていたが、調べてみたら昨年６月以来集まっていない。何という鈍感ぶりだろうか。そのことを反省するものの、メンバーの誰からもプッシュも問い合わせもないのもまた不思議な話だ。なければないで済むのならいっそやめようか・・・・・・。いや、ぼくはそんなふうに考えない。むしろ逆で、無用の用と割り切って意地でも続けたくなる。 来月あたりに再開するつもり。</p>
<p>　どんどんページがめくれる楽しめる本もあれば、宿題として強制でもされないと読めない本もある。ましてや、読んだ本について仲間に語るとなると、単に読むだけではない、読解咀嚼力を試されるプレッシャーもかかる。しかし、ここに「読んだふり」という方法がある。これをテーマにした二冊の本を紹介しよう。</p>
<p align="center">　☆　☆　☆</p>
<p>　左側は<strong>『読んでいない本について堂々と語る方法』</strong>（ピエール・バイヤール著）。目次に目を通しただけで、ろくに本文を読みもせずに薀蓄できる方法を指南する（但し、タイトルに似つかわしくなく、まったく胡散臭い本ではない）。ちなみに、一部の本について、ぼくはかねてからろくに読まずに「類推読み」をしてきた。たとえば一章のみ、いや、場合によっては一頁だけ読んで本について語るのはできないことではない。</p>
<p>　もう一冊は、<strong>『読んだふり』</strong>（河谷史夫著）。著者の書評を集めた本だ。読みもしていないのに読んだふりして書評を書くようなニュアンスがあるが、これも別に怪しい本ではない。むしろ、この本は前著とはまったく逆のコンセプトで題名を付けている。</p>
<p>　「あなたのあの書評はいいですねぇ。相当深く読み込んでおられますねぇ」と褒められたときに、「いえいえ、ろくに読んでいませんよ。ただ<strong>読んだふり</strong>してるだけです」と答えるのだ。実は、ものすごい読み方をしているにもかかわらず・・・・・・。こちらは、よく読んでいるくせに齧っただけのふりをする、読書ダンディズム。</p>
<p>　古典も新刊書も読みたい、しかも熟読も多読もしたいと欲張るのなら、これら二冊が象徴する読書法を取り入れざるをえないだろう。ところで、ここで紹介した二冊をぼくがどの程度読んだのか・・・・・・それは想像にお任せする。ある本について語るとき、読んだのか読んでいないのかは、案外見破られないものである。</p>]]>
        
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    <title>青色の魅力</title>
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    <published>2012-02-29T05:50:00Z</published>
    <updated>2012-02-29T05:50:27Z</updated>

    <summary> 　敢えて一色ということになれば、ぼくは青色を好むが、身に着けるときはさほどでは...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<p>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/Capri.html','popup','width=325,height=448,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/Capri.html"><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; WIDTH: 186px; FLOAT: left; HEIGHT: 245px" class="mt-image-left" alt="Capri.jpg" src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/Capri-thumb-240x330.jpg" width="240" height="330" /></a></span>　敢えて一色ということになれば、ぼくは青色を好むが、身に着けるときはさほどではない（というよりも、芸能人でもあるまいし、青に執着していては日々の衣装や仕事着に困る）。青を好む性向はおおむね青を基調とした風景や絵画に対してであって、カーテンや調度品が青いのは願い下げだ。但し、水性ボールペンや万年筆のインクはすべて青色である。まあ、こんなふうに何から何まで好き嫌いを貫き通せるものではない。</p>
<p align="center">☆　☆　☆</p>
<p>　上記は二年前に書いたブログの一説である。</p>
<p>　「何色が好き？」と聞かれて即答する人がわが国には多いが、現実的に言えば、ものと色は切り離せるものではない。それでもなおかつ、ぼくは青の変幻自在なまでの多様性に憑りつかれてきた。</p>
<p>　たとえば街の光景にカメラを向ける。建物のレンガの壁色は茶色である。その茶色にもいろんな変化形があるが、写真を見て少々濃く写っていたり薄く写っていてもあまり気にならない。実際の壁色と若干違っていても、街の景観全体を邪魔してしまうような影響を感じない。</p>
<p>　しかし、青になると話が違う。濃淡の微妙な差が気分を大いに変えてしまうし、色合いにしても、たとえばウルトラマリンかプルシアンブルーかコバルトかによってまったく変わってしまう。青いインクを七種類ほど持っているが、紙に滲みこませればみんな違う。写真であれスキャナーであれ、再現した時点ですでに現実から離れている。青はじかに見るしかなく、再現もむずかしいし、ことばではなおさら表現不可能である。青だけにこう感じることが、ぼくの青贔屓の証なのだろう（つまり、緑が好きな人は緑に同じような感覚を抱く）。</p>
<p align="center">☆　☆　☆</p>
<p>　ラピスラズリ色のインクを探しているが、なかなか見つからない。この紙にあの色で文字を綴ってみたいと思うが、未だに実現していない。</p>
<p>　ところで、ナポリ沖のカプリ島にあまりにも有名な「青の洞窟」がある。十年程前にたまたま見れる機会があったが、あの青は想像しにくい青である。見る角度や空気や天候も違うから、訪れた人の数だけの青があるに違いない。デジカメも持っていなかったし、洞窟内で少々揺れもあったので、記憶には残っているが、記録にはない。</p>
<p>　ぼくとしては、島周辺の海の青―イタリア語でいう"azzurro"（アズーロ）―だけで十分堪能していた。そして、単行本サイズくらいの一枚の絵を帰国してすぐに描いた。現実の青を再現する気もなければ技術もないので、アズーロよりもだいぶスカイブルーにしか描けていない。その絵が冒頭の一枚だが、ほとんどフィクションである。</p>
<p>　</p>]]>
        
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    <title>実録「生肉を喰らう」</title>
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    <published>2012-02-22T07:15:00Z</published>
    <updated>2012-02-22T07:15:18Z</updated>

    <summary>　実録なので、デフォルメしない。淡々と事実と意見を書くことに徹する。 　焼肉店で...</summary>
    <author>
        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.proconcept.co.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>　実録なので、デフォルメしない。淡々と事実と意見を書くことに徹する。</p>
<p>　焼肉店ではユッケや牛刺しを出さなくなった。先週の土曜日、六人で焼き肉を食べに行った折、注文係のK氏はレバ刺しと生のセンマイを頼んだ。焼肉店では内臓の刺身なら出すくせに、赤身の刺身を出さない。発端となった例の「食中毒事件」の経緯など諸般の事情を理解しつつも、解せない話である。</p>
<p>　焼肉用のロースやカルビを買ってきて、自宅で細かく切ってユッケのように仕立てて食べるのは自由だろう。これを禁止する条例はなく、自己責任のもとで食べればよい。「これはいい肉である」と判断したら、ぼくは焼かずに適量を生で食べる。まったく何事も起こったことはない。</p>
<p>　よく行く焼肉店も、例の事件前までは、焼肉用の心臓（ハツ）を注文すると、必ず「生でもいけますよ」と付け加えていたものだ。ましてや「熟成赤身肉の上」とくれば、ほとんど生で食べるのが暗黙の了解のようになっていた。その日も、半分程度生で食べるつもりで、熟成赤身を注文した。</p>
<p align="center">☆　☆　☆</p>
<p>　焼肉はワイワイガヤガヤと賑やかにというイメージだが、ぼくの持論は違う。じっくりと肉質を見ながら絶妙に焼き、そして静かに食べるべきものだと思っている。しかし、その日は、少々お酒も飲み話も弾んでいた。箸でつまむ熟成赤身肉をろくに見もせずに、一切れをワサビで、もう一切れを塩で食べたりしつつ、「おや、いつもと少し違う食感・・・・・・」と思っていた。そして、三切れ目をつまんだ瞬間、それが注文した熟成赤身肉でないことに気づいたのである。</p>
<p>　よく見れば、それはツラミだった。繊維が少なくて赤身に少しよく似た、上ツラミだった。結論から言うと、店が熟成赤身を上ツラミと間違えたのである。聞き間違いするには発音が違い過ぎる。何のことはない、別の客の注文と混線したという次第だ。それはともかく、生れて初めて上ツラミを生食し、気づいた時には二切れはすでに胃袋に収まっていた。</p>
<p>　上ツラミの味は格別であった。そして、腹痛も中毒も起こらなかった。</p>
<p>　焼肉店でユッケを禁じるのは理不尽であり滑稽な話である。しかし、文句を言ったり逆らったりする暇があったら、スジや脂身の少ない良質の肉を買ってきて、自宅で調理して食べればいいだけの話だ。同じ値段で店で食べる量の３倍はいける。</p>
<p>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/paris ハラミのユッケ web.html','popup','width=448,height=298,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/paris ハラミのユッケ web.html"><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="paris ハラミのユッケ web.jpg" src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/paris ハラミのユッケ web-thumb-240x159.jpg" width="240" height="159" /></a><font style="FONT-SIZE: 1em">写真は昨年11月23日、パリ滞在中のアパートでの食事。右下に見えるのがバスティーユの朝市で買ったハラミ。ユッケよりも大きくぶつ切りにして200グラムほど食べた。</font></span></p>]]>
        
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    <title>もう少し議論してみないか</title>
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    <published>2012-02-17T01:25:00Z</published>
    <updated>2012-02-17T01:25:06Z</updated>

    <summary>　論理思考や議論の技術を指導してきたわりには、日常茶飯事理詰めで考えたり議論した...</summary>
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        <![CDATA[<p>　論理思考や議論の技術を指導してきたわりには、日常茶飯事理詰めで考えたり議論したりしているわけではない。そんなことをしていると身が持たない、いやアタマが持たない。論理や議論がアタマを鍛えてくれるのは間違いないが、同時に感覚的な面白味を奪ってしまう可能性もある。だから、ふだんからユーモアやアートもよくしておかないと、バランスが取れなくなる。</p>
<p>　ところで、ディベート嫌いの人でも、自分の子どもが意見を主張してきちんと議論できることに異を唱えないだろう。かつてのように「理屈を言うな！」という苦し紛れの説法をしていると、理屈どころか何も喋らなくなってしまう。昨今、若手が仕事でもほとんど理屈を言わなくなったので、ぼくなどは「もっと理屈を！」と言い含めているありさまだ。</p>
<p>　老若男女を問わず、物分かりがいい振りをする人が増えたような気がする。心身に負荷のかかる批判をやめて、ストレスを緩和できる「褒め」に向かうようになった。低次元で馴れ合うばかりで相互批評をしない。嫌味を言わず毒舌も吐かない。但し、本人がいない所では言いたい放題なので、結局はイエスとノーの二枚舌を使い分けることになる。こんな生き方をしていては、アイデンティティを喪失する。無口になり、考えるのが億劫になる。</p>
<p align="center">☆　☆　☆</p>
<p>　明日、中・高・大学生チームが参加する<a href="http://www.kobegakuin.ac.jp/~tkk/total_info/details.cgi?n=91">ディベート大会</a>が神戸で開かれる。ぼくとぼくの仲間が組織している関西ディベート交流協会（KDLA）から20名前後の審査員が協力する。橋下徹のディベート能力重視の説に便乗するわけではないが、年に一、二度でいいから、真剣に議論をしてみると、思考のメンテナンスができると思う。たまにでもいいから、イエスとノーしか選択肢がない争点に自分を追い込んで、是非論を闘わせてみればいい。</p>
<p>　Aさんは今日も言いたいことがあるのに言えない。その言いたいことは、もしかすると、組織にとっても議論の相手にとってもプラスになるかもしれないのに、黙っている。Bくんは「イエス」で妥協してはいけない場面なのに、また「ノー」を言えずにイエスマンになっている。何でもイエスは何でもノーよりも質（たち）が悪い。</p>
<p>　議論は戦争ではなく、検証によってソリューション探しをするものなので、回避する理由はどこにもない。商取引で最初に金額を明示するのと同じで、コミュニケーションの冒頭で意見を開示しておくのは当たり前のことなのだ。たまにでいいから、大樹に寄らない姿勢、長いものに巻かれない覚悟、大船に乗らない勇気を。同論なら言わなくてもよく、異論だからこそ言わねばならないのである。</p>]]>
        
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    <title>買う、忘れる、見つける、喜ぶ</title>
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    <published>2012-02-07T07:55:00Z</published>
    <updated>2012-02-07T07:55:00Z</updated>

    <summary>　財布に一万円札が入っているとする。当たり前のことのようだが、よくよく考えるとあ...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<p>　財布に一万円札が入っているとする。当たり前のことのようだが、よくよく考えるとありがたいことである。だが、ありがたいことではあるが、うれしくて感極まってしまうことはないだろう。 
<p>　では、その一万円を失くしてしまったらどうか。がっかりである。がっかりするが、容易にあきらめきれないから、当然家中そこらじゅう、たぶん机の上や引き出しの中、封筒の中までも探すはず。ぼくのようなマンション住まいなら、共用部分の廊下や踊り場、それにエレベーター、今帰ってきた道中をしばらく逆に辿るかもしれない。いや、きっとそうする。だが、探すのに疲れておそらくあきらめることになる。やがて月日が流れて、忘れる。</p>
<p>　しかし、天災と朗報は忘れた頃にやってくる。何かの拍子に、その一万円札を本と本の隙間に見つけてしまうのだ。そして、はしゃぐように喜ぶ。最初から財布に入っている一万円札を見つけるのとは天と地ほど違って、狂喜のあまり小躍りしても不思議ではない。</p>
<p align="center">☆　☆　☆</p>
<p><a onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/GAUDI図録.html','popup','width=2087,height=2150,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/GAUDI図録.html"></a>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/GAUDI~2.html','popup','width=336,height=346,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/GAUDI~2.html"><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="GAUDI~2.JPG" src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/02/GAUDI~2-thumb-180x185.jpg" width="180" height="185" /></a></span>　怠けているわけではないが、「今度の週末こそは・・・・・・」と先送りしているうちに、二ヵ月以上が過ぎた。土産物だけは手渡したが、バルセロナとパリで買った本や絵葉書、集めてきた資料やパンフレットに入場券や切符、それに写真の類はほとんど帰ってきたときそのままで、手つかず状態である。</p>
<p>　少し反省したのが一昨日の日曜日。手始めにB4サイズほどの紙袋の中を整理しようと、ガサっと取り出した。ずしりと重く手のひらにあたったのがこのガウディの図録である。もちろん買ったのを覚えているから、失くした一万円札を見つけるときほどの驚きはない。</p>
<p>　しかし、ページを繰ってみてあらためてガウディの天才ぶりに驚嘆した。写真が鮮明で、とてもきれいな図録である。</p>
<p>　海外でこの種の図録を買うとき、語学ができるできないにかかわらず、ぼくは現地語バージョンを記念に買う。バルセロナで買ったこの図録、当然スペイン語〈カスティーリャ語）でなければならない。ところが、ミラ邸のギャラリーでスペイン語版は売り切れていた。それならば英語にしておけばいいものを、ぼくはバルセロナの公用語であるカタルーニャ語版を買い求める暴挙に出たのである。</p>
<p>　それでも、固有名詞を頼りに読んでいくと三分の一くらいは何となくわかる。もちろん、「何となくわかること」と「はっきりわかること」は全然違う。それでも、写真を中心にカタルーニャ語を追うだけでも、値打ちがあるように感じる。そう、買って、忘れかけていたが、袋の中に見つけて大いに喜んでいるのだ。最近どうも感動が足りないと思うのなら、いったん忘れるか失くしてしまうのがよさそうだ。</p>]]>
        
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    <title>まずい鯖寿司の話</title>
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    <published>2012-02-03T07:10:00Z</published>
    <updated>2012-02-03T07:10:10Z</updated>

    <summary>　今日は恵方巻が飛ぶように売れているが、ふだん食べる太巻よりも格段にうまいわけで...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[　今日は恵方巻が飛ぶように売れているが、ふだん食べる太巻よりも格段にうまいわけではないだろう。ただ、通常切り分けて食べるのを「痛快丸かぶり」するから、うまさの触感が増しているかもしれない。<div>　人から聞いた話だが、恵方巻ではなく、まずい焼き鯖寿司の話を書く。</div><div>　とある店の焼き鯖寿司がうまいとテレビでべた褒めだったので、Yさんは差し入れにと買った。土産にした本人は食していない。鯖寿司をもらった女性二人は「テレビで評判のうまい」という触れ書きをアタマの片隅に置いてYさんが去った後に食べたという。結論から言うと、「とてつもなくまずかった」。彼女ら二人とYさんは一緒に働く、きわめて親しい関係にあるが、翌日会った時にさすがに「Yさん、あれはまずかったよ」などとは言わない。それが良識というものだ。</div><div>　一ヵ月ほどしたある日、三人が一緒にいるときに、たまたま別の土産物をもらったそうで、味の話になった。そこで、「Yさん、言いにくいんだけど、この間の鯖寿司ね、全然おいしくなかった」と一人の女性が切り出した。告げられたYさんは驚いた。まるで自分の責任のように感じたのも無理はない。</div><div style="text-align: center;">☆　☆　☆</div><div>　うまい・まずいは人それぞれだ。この焼き鯖寿司に関するかぎり、二人の証言しかないので結論を下せない。だが、Yさんはその店の評判よりも友人である二人の女性の声を信頼する。悔しいが、Yさんは店にもテレビ局にも文句は言えない。「うまいと言って買ってくださる人が大勢いる」と言われたらそれまでだ。したがって、マスコミの「イチオシ情報」を今後鵜呑みにせず、その店の焼き鯖寿司を二度と買わないようにする。むろん、Yさん一人の抵抗で店が淘汰されることはないだろう。</div><div>　それにしてもだ。賞味期限や成分偽装などの品質問題には文句を言えるが、味を問題としてクレームはつけにくい。スカスカのおせち料理には文句を言えるが、てんこ盛りになったまずいラーメンには心中「まずい」とつぶやいて、これまた心中「二度と来てやるものか！」とつぶやくのが精一杯の抵抗である。</div><div>　ぼくの経験では「名物にうまいものなし」はだいたい当たっているが、それでもそのまずい品が名物であり続けるのは、ぼくとは味覚が違って「うまい」と評する者が後を絶たないからだろう。加えて、人には自ら選択したものがまずかった時に「うまいと思い成そう」という心理が働く。《認知的不協和》の一種だ。</div><div>　さあ、夕刻になったら、うまい恵方巻を買って帰ろう。買う時点では「うまい」は仮説である。頬張ってから味の良し悪しが判明する。もしまずかったら、また後日悪口を書いてみようと思う。</div>]]>
        
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    <title>語学学習に学ぶ習得のヒント</title>
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    <published>2012-01-31T07:55:00Z</published>
    <updated>2012-01-31T07:54:55Z</updated>

    <summary>　二十年前に『英語は独習』という本を書いた。初版のみで増刷はない。出版社としては...</summary>
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        <name>プロコンセプト研究所</name>
        
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        <![CDATA[<p>　二十年前に『英語は独習』という本を書いた。初版のみで増刷はない。出版社としては妙味のない企画に終わったが、ぼくとしては語学学習の正論を著したつもりだった。ものを学びアタマと身体に叩き込んで「自動化」するには、《これ》しかないと言い切ってもいいだろう（書名は「英語・・・」となっているが、実は学習論一般としても成り立つと今でも思っている）。</p>
<p>　《これ》とは「只管音読（しかんおんどく）」だ。ただひたすら声を出して読むのである。音読ができるためには、英語なら英語の（１）発音・イントネーション・リズムの基本が身についていて、（２）読んでいる文章の意味がある程度わかっていることが前提となる。</p>
<p>　何の取っ掛かりもない外国語を朝から晩まで聴いても、一生話せるようにはならない。イメージと結びつかない言語は意味を成さないのである。目の前にモノがありイメージがあり、ジェスチャーがあってシーンがあるからこそ、想像をたくましくしてことばがわかるようになる。母語ですでに概念を形成している成人なら、ふつうに英語の発音ができて文章の意味がわかれば、集中的に大量音読をおこなうと早ければ数ヵ月である程度のことは話せるようになる。</p>
<p align="center">☆　☆　☆</p>
<p>　アルファベットを用いる言語のうち、日本人が文字面で発音しにくい筆頭は、実は英語である。英語はほとんどの人が最初に接する外国語、しかも何年もやっているから文字を読めるようになっているが、スペルと発音の関係はきわめて不規則なのだ。フランス語もそのように見えるが、これは英語を先に学んだからそう錯覚するだけで、先にフランス語をやっていると英語の不規則性はなおさら際立つ。</p>
<p>　その英語を数年間ふつうに勉強してきた人なら、中学程度のテキストを何十回と声を出して読みこなせば、単語単位ではなく動詞を中心とした構文単位で意味がつかめるようになる。だから文章が話せるようになるのである。とはいえ、どんなに力説しても、「あなたはもともと英語ができたから、早々と話せるようになっただけで、例外ではないか！？」となかなか信じてもらえない。</p>
<p><a onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/01/イタリア語入門テキスト.html','popup','width=2534,height=3546,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/01/イタリア語入門テキスト.html"><img style="MARGIN: 0px 20px 20px 0px; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="イタリア語入門テキスト.jpg" src="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/01/イタリア語入門テキスト-thumb-180x251.jpg" width="180" height="251" /></a>　ぼくは英語以外では、イタリア語をまずまず話し、スペイン語を聴いて少しわかり、フランス語も少々読める。それぞれ異なったスキルだが、まさに学習方法と費やした時間を反映した結果にほかならない。イタリア語はほんの少しの基礎知識をベースに、誰にも教わらず、ただひたすら音読した。特に一冊目の入門書はおよそ半年間続けた。英国で発行されたイタリア語教本である。この後、むずかしいCDや教本も勉強したが、ほとんど音読はしていない。つまり、最初に只管音読さえしっかりしておけば語学の土台はできるのである。</p>
<p>【写真＝イタリア語の教本。只管音読すると、一年も経たないうちにページも剥がれてこのくらい痛ましい姿になる】</p>
<p>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/01/イタリア語入門テキスト.html','popup','width=2534,height=3546,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.proconcept.co.jp/blog/assets_c/2012/01/イタリア語入門テキスト.html"></a></span>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
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