視線と視点の最近のブログ記事

できる人の想像力

2010年3月 4日 12:00

 まだ一ヵ月ほど先の仕事だが、二部構成の講演がある。第一部と第二部の講師は別、というのが通常だが、どちらもぼくが担当する。第一部がプロフェッショナル論で、第二部がマーケティング論。同一講師が別のテーマを語るケースは少ないが、これがぼくの馴染んだ欲張りパターンだ。聞く方も話す方も一テーマ4時間よりは二つのテーマを各2時間のほうが集中しやすい。別にテーマ領域の広さを自慢しているわけではない。一見異なった二つのテーマには共通のコンセプトや考え方が横たわっているものである。同日ゆえ学習の相乗効果も高い。何よりも、同額報酬で二本立てだからお得だ。

 第一部のプロフェッショナル論については、ここ数年、仕事の作法やプロの仕事術、あるいは発想の達人などの名称で講演と研修をしてきた。動機はいたって素朴だ。その道の専門家はどのようにして一人前になっていくのか、ひいてはどのように学べばそのようになれるのか、その学び方にぼくごときが少しでも関与して自己訓練を手伝えないかという思いがある。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見て感心することが多いが、特に番組に大きく影響を受けた結果ではない。

 当然のことながら、仕事ごとにプロフェッショナルの極意や流儀は異なる。これまでにNHKが取り上げた専門家で言えば、たとえばマグロの仲買人と今週の遭難救援隊員とでは技も道も精神も大いに違っている。おそらく一人前になるのに要する歳月も長短あるだろう。にもかかわらず、プロフェッショナルの誰もが等しく達している境地を窺い知ることはできる。共通の感覚や精神や頭脳の働きなどが一つの「型」として浮かび上がってくるのだ。いろんなプロフェッショナルと出会い観察し雑多に本も読んだ。そして未だ行く手に険しい道があることを自覚しつつも、少しずつ成長しているぼく自身の体験をもなぞっているうちに、数年前から「鍵を握っているのは想像力だ」という確信を得るようになった。

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 「いやいや、年季や経験や場数こそがものを言うのではないのか」という異論が立つかもしれない。しかし、よく考えてみれば、その類が高度な専門性の証になるとはかぎらない。天与の才を論うとキリがないから、同等の能力でその道に入った二人を仮定しよう。同年数で同経験を重ね同じ場数を踏んだとしても、そこにプロフェッショナル度の差が出るのはなぜだろう。固有の経験は、確実な積み重ねであるだけに基礎固めに力を貸すが、他方、偏ることもあるし融通性を欠くこともある。経験が未知の領域で応用力を発揮するためには、基礎的な技術が想像力と出合わねばならないだろう。

 ここまでかたくなに難しく考えなくてもいい。ぼくたちは、その人のキャリアによって専門家や名人を感じることは少ないのだ。いたずらにキャリアだけを積みながら、プロフェッショナルからは程遠い凡俗はいくらでもいる。協力会社の新人が何度もミスを重ねるので一言、二言意見したら、「今後は御社にはベテランを起用しますのでご容赦ください」と謝罪されたとしよう。それであなたは諸手を挙げて小躍りするか。否である。そのベテランが「できる人」という信憑性は、年季と経験によるだけでは確約されない。

 ぼくの知るプロフェッショナルたちは、決して経験に安住しないし、技量そのものにもこだわらない。彼らはほぼ共通して機転が働く。みんなよく先を読んでいる。先を読むが、ありとあらゆるシミュレーションを立てるわけではない。そんなムダをするのはアマチュアだ。プロフェッショナルは暗黙知によって要所だけを読む。結果の両極を読み、その間に起りうる状況をつぶさに想定せずとも、ものの見事に対応してみせる。それこそ想像力の手並みなのだ。プロフェッショナルはつねに期待される以上の成果を生み出す。その能力の拠り所を信念や使命感ととらえてもいいが、もっとも具体的でぼくたちが自己研鑽できそうなのが想像力だと思うのである。 

"アイディケーション"という方法

2010年2月24日 14:00

 一週間ほど前のブログで対話について少し嘆いてみた。セピア色した弁論(スピーチ)やアジテーションはあるが、対話がない。お気軽なチャットはあるが、対話がない。一方的な報告・連絡は絶えないが、意見を交わす対話がない。会議での議論? ファシリテーターの努力も空しく、だんまりを決めこむ出席者。あるいは、喋れば喋るで喧嘩腰になり、一触即発の人格攻撃の応酬のみ華々しくて、そこに冷静で穏やかでウィットのきいた対話はない。対談集を読んでも、波長合わせの同調中心で、挑発的な知的論争を楽しめる書物にはめったに出くわさない。

 対話がないと嘆くからと言って、日々の隅々の時間を対話三昧で埋め尽くしたいと願っているのではない。少しは対話のシーンがないものだろうかとねだっている次第である。「こんな理不尽なことがあって、とてもけしからん」とか「誰々がこんな話をしたので、おかしいと思った」とか。この類を意見と呼ぶわけにはいかない。事実や経験を左から右へと流して文句を言っているにすぎないのだ。だから、こんな連中の話を聞くたびに、ぼくはちょっぴり意地悪くこうたずねる、「で、あなたの考えは?」と。

 ほとんど返答がなく無言である。考えめいた意見を聞けたとしても、「で、なぜそう思うのか?」と理由を問うと、たいていは沈黙するかお茶を濁すようなつぶやきで終わってしまう。良識ある人々はコミュニケーションの重要性をつねに説くが、いったい彼らの言うコミュニケーションとは何だろうか。空理空言をいくら大量に交わしても何事も共有などできない。ラテン語の起源をひも解くまでもなく、コミュニケーションには「交通可能性」という意味があって、ひいては人間どうしの「意味の共有」を目指すものだ。そもそも"communication"の"com"はラテン語では「公共の」「共通の」「一緒の」などを示す接頭辞。コミュニティ(共同体)やカンパニー(会社、仲間)などの英単語も"com-"で始まり、そうしたニュアンスを内包している。

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 お互いが触発されアイデアを交わす対話を「アイディケーション(idecation)」と名付けてみた。アイデアを創成するという意味の「アイディエーション(ideation)」と「コミュニケーション(communication)」の合成語である。「アイディケーションしようか」と持ち掛ければ、それは単なるお喋りではなく、また儀礼的な辻褄合わせの会話でもなく、事実も意見も論拠も示し、しかもとっておきのアイデアで互いの発想をも誘発していく対話を試みようということになる。

 先週久しぶりにプラトンの『プロタゴラス』を再読したが、一方的な弁論を巧みにおこなうプロタゴラスに対して、お互いの言い分や問いを短く区切って対話をしようではないかと異議を申し立てたのがソクラテスだ。二千数百年前の古代ギリシアで弁論術の指導を生業としていたプロタゴラスは、将来国家の要人となるべく勉学に励む若者たちにとってはカリスマ的ソフィストであった。『プロタゴラス』の前段を読むと、彼がいかにマイペースの弁論術を心得ていたかが手に取るように伝わってくる。

 しかし、その彼にあっても、ソクラテスに執拗に一問一答的に質問をたたみかけられるとたじろいでいくのである。そう、誰も口を挟まず、また誰も「ちょっと待った、聞きたいことがある」と問わない状況にあれば、いくらでも弁論に磨きをかけることはできるのだ。一人のカリスマが大衆や取り巻きのファンを酔いしれさせて説得するくらい朝飯前なのである。だが、他者からの問いや意見が加わる対話という方法に置き換わった瞬間、論説の基軸が揺さぶられる。弁論術で飯を食う人間には死活問題になるが、ぼくたちにとってはそれが「気付かざるを考える格好の機会」になってくれるだろう。狭い料簡で反論に腐っている場合ではない。

 スイッチが入ったような書き方になってしまった。アイディケーションのような方法は古臭くて面倒なのだろうか。もっと軽やかな、ささやくような「ツイッター」のほうが時代にマッチしているのだろうか。そのツイッターについて今日の夕方に塾生のTさんから個人教授を受ける。新しいコミュニケーションの可能性への好奇心ゆえである。もちろん、話がツイッター的に流れることはなく、アイディケーションになることは間違いない。  

「休まない」という生き方

2010年2月22日 14:15

 もしかすると近い将来に中国人が食べ尽くしてしまうかもしれないと危惧されるマグロ。中国での日本食ブームが火を付ける格好になり、日本人の専売特許であった海の食材の「蜜の味」を彼らが覚えてしまった。今後も需要が膨らみ続けると見込まれる。苦節三十余年の養殖技術が実り、養殖の可能性が高まってきたとはいえ、孵化してから40日間生存するのは千匹に一匹という。ビジネスベースに乗るにはまだ何年もかかるのだろう。マグロを好物とする人たちにとって深刻な事態であるに違いない。

 マグロの通には耐え難いことかもしれないが、マグロが食べられなくなると困るか? と問われれば、ぼくの場合は別段困らない。ちょっと残念ではあるけれど、しかたがないと諦めて代わりの食材へと触手を伸ばせばいいと思う。ちなみに、捕鯨に関しても論争に値するテーマではあると認識しているが、ことぼくに関して言えば、別に食べなくてもいい。鯨のベーコンやハリハリ鍋をずいぶん食したが、なければないでかまわないし、かれこれ五、六年は口にしていないから常食からは程遠い。繰り返すが、わが国の調査捕鯨の是非や鯨肉文化の話は、また別の問題である。

 話をマグロに戻す。天然マグロの平均寿命は40年らしい。広い世界の海のどこかで、人間のアラフォーよりも年上のマグロが泳いでいるのである。卵や稚魚の時期にほとんど死ぬので、正しく平均寿命を計算すれば40年になるはずはない。無事に成魚になって人間にも捕獲されなければという仮定での平均寿命だろう。この40年という数字に驚いたが、もっと驚いたのが「マグロは一生休まない」という事実である。なんとマグロは生涯ずっと泳ぎ続けるのである。口を閉じると窒息するので、口を開けておくためにはただひたすら泳ぎ続けるしかないのだそうだ。

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 世間には一年365日働き続ける人がいるらしい。マグロのように不眠不休という意味ではなく、敢えて言えば「少眠無休」のような生き方。ぼくの周囲にはいない。夜更かしをして朝遅くまで熟睡し、平日の勤務時間に接待と称してゴルフに明け暮れる人は何人かいる。毎日が日曜日のように見えなくもないが、マグロ的生き方とは正反対だ。思うに、まったく休まないのも休みすぎるのも難しい。二十二年前の創業時の一、二年間、ぼくも休日をほとんど返上してよく働いたが、その時期を勤勉の日々だったとは思わない。得意先とのパイプも太くなり仕事も増えていくばくかの蓄財もできたが、失ったものも多かった。

 マグロに生まれなくてよかったと安堵しても、マグロであったら「休みたい」などとは思わないだろう。一生懸命に口を開けて猟師の魔手から逃れるべく泳ぎ続けるに違いない。こう考えると、環境と生物の生き様には運命的なものを感じざるをえない。ぼくたち人間も、厳密に言えば、マグロのように行動と生命が直結する生態系に置かれているはずである。しかし、そこに「絶対に口を閉じてはいけない」というような単純な定めはない。ある程度、仕事に関しても休みに関してもぼくたち自身の裁量に委ねることができる(そうならないとき、過労死や欝や自殺の問題が出てくる)。

 サラリーマン時代のぼくにとって、休み明けの月曜日はとても重苦しかった。「月曜日の憂鬱(マンデーブルー)」が世界の労働者共通の心理的記号のように思えた。土曜日や日曜日にしっかり休めるようにと、当該週はがむしゃらに働く。金曜日などいつも終電という人たちが未だに大勢いる。彼らにハッピーマンデーが授けられ、大手企業のサラリーマンや行政職員は年に四回、連続三日間休暇を取れるようになった。しかし、気がつけば「火曜日の憂鬱」が待っていた。休みとは不思議なもので、どこかで労働を悪と位置づけないと成り立たないような気がしてくる。

 「休まないという生き方」を批判するためには、「休むという生き方」の理論武装が必要だ。肉体か精神かはわからないが、ぼくたちは何のために休むのかをもう一度考えてみるべきだろう。「休まない」には意志があって愚痴がなく、「休めない」には愚痴があって意志がない。身体と精神の両方を緩めながらも、仕事への視線は休まないという生き方が最近やっとできるようになってきた。ちょっと遅きに失したか。  

自己検証しない人々

2010年2月10日 10:15

 相変わらず悪のささやきに騙される人たちが後を絶たない。手を変え品を変えての詐欺に悪徳商法。騙す側も懲りなければ、騙される側も懲りない。もしかすると、マスコミを定期的に賑わす事件はテーマは変われども同じ登場人物で繰り広げられているのではないか。オール前科数犯、オール被害数回という設定だ。道徳論的には騙すほうが悪いと言っておかねばならないが、騙される人たちの懐疑不足と検証不十分も大いに戒められるべきだろう。

 ふと思う。騙されるためには、人的交流が前提となる。人付き合いしていなければ、他人に騙されることはない。「ネット上で知り合った」というのも新しい交際の形態にほかならない。ある種の「お人好し」には他人の影がちらほら見えてしまうものだ。他方、こういう人たちと対極を成す種族も今時の人間関係事情を照らし出す。直接的対人関係が希薄で、なおかつネットでの出会いも志さない人々。彼らは他人には冷ややかな視線を向けたり一言一句を懐疑したりする。まるで近世哲学のスーパースターだったデカルトの末裔のように、少しでも疑わしければ徹底的に疑う。

 デカルトの演繹は、「明らかに真以外は認めない、小さく分けて考える、単純から複雑へと向かう、見落としがないかすべて見直す」の四つの規則にしたがう。疑って疑って疑い続ければどうなるか。最後に一つだけが残る。「疑っている精神」である。「何から何まで疑い、すべてが偽だと考えていても、そう考えている自分だけは確かな何かだ」とデカルトは思い至り、あの哲学史上もっとも有名なスーパーキャッチ「我思う、ゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」を生み出した。

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 デカルト懐疑主義はよく批判に上がる。「我思う、ゆえに我あり」なら「我食べる、ゆえに我あり」でもいいではないか、と。なぜ「我思う、ゆえに『思う』あり」というように導出しないのか、と。たしかに「コギト・エルゴ・スム」という響きのラテン語は17世紀の知性の心を過度に揺さぶったかもしれない。それでもなお、デカルト自身は幼い頃から身につけてきた自分の先入観や感覚をも排除して、肉体から何から何まで懐疑した。ここには強烈な自己検証も含まれていたことを忘れてはならない。

 おそらくデカルトはすべてに辛かったのであろう。ところが、当世の懐疑主義者は「他人に辛く自分に甘い人々」なのである。他人の失態は一事が万事とばかりに目こぼしすることはなく、自分のエラーは試行錯誤よろしく大いに許容する。言い換えれば、他人の過小評価、自分の過大評価・・・・・・自分大好き、バーチャル完璧主義・・・・・・。自分の回りに必ず一人や二人はいるし、自分自身の中にもそういう性向が少々あることに気づくだろう。

 やむをえないことなのかもしれない。今こうしてキーボードを叩きPC画面上に文字を連ねている現実理解ほど、ぼくには確かな自己認識はできてはいないだろう。外に向けた鋭い懐疑の視線は、内に向けた瞬間矛先を鈍らせる。自己検証というものは不足気味かつ甘くなりがちな作業なのだ。こういう甘い習慣が形成されるとどうなるか。学ぶことができなくなり進化が止まる。では、どうすれば自己検証できるようになるか。相互検証を通じての自己検証というほかない。立場を入れ替えての論争術であるディベートにはその機能が備わっているのだが、そういう視点でおこなわれているのか、ぼくは「懐疑的」である。  

風土と食を考えるきっかけ

2010年2月 9日 11:00

 元来食への関心がきわめて旺盛なほうである。グルメや貪欲という意味の旺盛ではない。また近代栄養学的な視点からのマニアックな健康志向でもない。きわめて素朴においしいものをゆっくり楽しく食べたいと熱望するのであり、旬という季節感や土地柄という風土への意識が底辺にある。今ではまったく後遺症のかけらもないが、五歳のときに事故で腎臓を患い、その後の一年間、無味な食事生活を強いられた。塩分、糖分、脂肪分がほとんどなく、超薄めに味つけされた野菜とご飯ばかりを食べていた。「余分三兄弟」のない食生活であった。今の食への思い入れは、その反動のせいかもしれない。

 世間で言う「飯食い」ではないが、米食民族の一人としての自覚はある。ぼくにあっては、ご飯は必要欠くべからざる主食である。食べたいときには玄米や五穀米もいただくが、原則は白飯。但し、風土に忠実なので、本ブログでしばらく紹介していたイタリア紀行の折りには、"Quando siete a Roma, fate come i romani."を実践する。「郷に入っては郷に従う(ローマではローマ人のように振舞う)」だ。だからパンとパスタとトマトと肉食中心の二週間でも平気である。ミラノ名物リゾット頼みしてまで米を求めない。体調不良を来すこともない。

 塾生の一人に米問屋の経営者Tさんがいる。給食業、弁当屋さん、飲食店向けに「おいしい炊飯」の啓発をおこなっている。米を買ってもらうための販売促進の一環ではあるが、情熱家はどこかで「損得抜き」の発想をするものである。彼のプレゼンテーションをお手伝いすることになった。彼いわく「炊飯技術が向上して家庭でのご飯が小量炊飯でも飛躍的においしくなった。米は大量に炊くほうがおいしいという通念があったが、業務炊飯はうかうかしておれない」。正直言って、おかずがおいしいけれど、ご飯が粘ってうまくないという店があって、がっかりする。これなら自宅の炊きたてのほうがうんとうまいと思ったりしていた。先週からこの仕事をきっかけに風土と食をあらためて考察している。

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 二十歳前後からの愛読書、和辻哲郎の『風土』に次のような一節がある(前々段落でイタリアの話を書いたが、おもしろいことに和辻は『イタリア古寺巡礼』という本を著している)。

 「食物の生産に最も関係の深いのは風土である。人間は獣肉と魚肉のいずれを欲するかにしたがって牧畜か漁業かのいずれかを選んだというわけではない。風土的に牧畜か漁業かが決定されているゆえに、獣肉か魚肉かが欲せられるに至ったのである。同様に菜食か肉食かを決定したのもまた菜食主義者に見られるようなイデオロギーではなくして風土である。」

 ぼく流に言い換えれば、主義主張で食材や調理を考えるな、ということになる。過食やバランスの悪い食事は「知識」によるものである。知識がバーチャルグルメを生み出して、わざわざ食べなくてもいいもの、さほどおいしくもないものに向かわせるのである。もう少し切実かつ禁欲的に語れば、その時期に手軽に手に入る食材の恵みに依存するということだろう。ちなみに食材には保存のきくものと鮮度勝負のものがある。米や小麦やイモなどは前者だから年中口に入る。ゆえに主食になりえているに違いない。

 今日の話に特別なオチはない。以上でおしまいだが、昨日飛び込んできたキリンとサントリーの企業統合決裂のニュースは、めでたしめでたしである。食品製造業の企業がメガ化する必要などどこにもない。ましてや食と風土を持ち出すならば、キリンにもサントリーにも「飲食と企業風土」の固有の独自性があるだろう。もし統合が実現していれば、世界一の規模だがおもしろくも何ともない巨大企業に映っただろうに違いない。ヴィトンとシャネルが一つになると文化崩壊が想像できるように、食産業にあってももっとも重要な文化性がどちらの企業からも消えてしまうことになっていただろう。   

巨人の肩に乗っているか?

2010年1月28日 11:45

 「巨人の肩」の話、知っている人なら読売ジャイアンツの豪腕投手の肩でないことはお分かりだろう。これは万有引力でおなじみのアイザック・ニュートンの言だ。「もし私がより遠くを眺めることができたとしたら、それは巨人の肩に乗ったからである」とニュートンは言った。巨人の肩とは、人類が引き継いできた知の集積の比喩である。

 人はこの世界に手ぶらで生まれてくるが、まったくのゼロ状態ではない。すでに遺伝子の中に数百万年前の人類とは異なる、「進化した可能性」を秘めている。他の動物と大きく隔たる潜在能力を発揮できるかどうかは別問題としても、何がしかの踏み台を保有していることは間違いない。やがて、学習と経験を通じて知識を蓄え世界を少しずつ広げていく。具体的に言えば、学校にはカリキュラムという踏み台があり、図書館や書店には書物という踏み台がある。こうした踏み台は時代を追うごとに性能がよくなり高くなっていく。

 この踏み台が巨人の肩なのである。ぼくたちは地面に立って世の中を見渡す必要はなく、先人たちの知をうまく活用して一気に高いところから展望する機会に恵まれている。江戸時代の寺小屋で学ぶ子どもたちも誰かの肩に乗っただろうが、肩の高さがだいぶ違う。いつの時代も、後世は前時代までの叡智を活用できる。しかも、巨人はどんどん大きくなり数も増えていくから、理屈の上では人類はより遠くより広く世界を眺望できるようになっていくはずだ。

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 だが、話はそう簡単ではない。たとえば物理学の世界。なるほど相対性原理は人類史上最大級の巨人だから、その肩に乗れるアインシュタイン以後の物理学者の望遠力は、アインシュタイン以前の先輩を圧倒しているだろう。けれども、これら先輩たちは別の巨人の肩に乗っていたわけで、自分たちよりも後にさらに大きな巨人が現れることを想像することはできなかった。つまり、残念がりようがなかった。素人考えでは、アインシュタイン以前と以後で学徒の研究労力は天と地ほどの差があるように思える。

 言語学ではソシュール、哲学ではデカルトなどのように、歴史の節目となる巨人があらゆる分野で出現した。発明なら、火薬、羅針盤、活版印刷、蒸気機関、自動車、コンピュータ・・・・・・。そのたびにより大きな巨人の肩へと乗り移ってきたわけだが、そのように乗り移って際立った望遠力と視界を手に入れたのは、一握りの人々に過ぎないのではないだろうか。たとえば、書物を読まず文書も残さず、ただひたすら論争だけに明け暮れたソクラテスの肩をぼくたちはうまく乗りこなせていると言い切れるか。

 いや、逆に、巨人の肩に乗ることによって知の重要な何かを落としてしまっているフシがある。人類全体に関してはニュートンの言う通りかもしれないが、個としての人間の能力はここ一万年、確実に高まったと言いうるかと問えば、ぼくは少し怪しい気がしている。すぐれた巨人の肩に乗れる後世の人々がつねに優勢であることを示す証拠は乏しい。ソクラテスばかりで恐縮だが、文字を通さずに誰が何を語ったかを逐一記憶して議論するなど、想像を絶する知力ではなかったか。

 巨人がいても、肩に上らねばしかたがない。仮に肩に乗っても見渡さなければ意味がない。巨人の肩はいくらでもあるし、いつでも乗せてくれるのだが、乗ろうとしない時代のようである。現在、月平均読書量が一冊以下の人々が過半数を占めるらしい。本一冊読むのに重い腰を上げねばならないのだ。巨人の肩に乗って遠くを見晴らす以前に、現代人はまず肩に乗ることから始めなければならないようである。 

"インコンビニエンス"を生きる

2010年1月21日 12:30

 昨日使った「愚者と知者」の対義語関係もしくは二項対立に違和感が残ったかもしれない。ふつう愚者とくれば「賢者」である。ところが、この賢者、人生の摂理や宇宙の哲理を悟りきった隠遁的存在を漂わせてしまう。愚かな者という表現を素朴で軽い気持で使っているから、賢者よりもうんと身近な知者にした次第だ。バカに対して「賢くて知恵のある人」という意味合いである。

 本題に入る。愚者と知者を分かつ一線、それは知識・学問でもなければ度量でもない。知識豊富かつ学問に秀でている愚者がありうる。また、度量という懐の深さや大らかさが知者を確約するわけでもない。人は、便利から過剰に受益し安住することによって愚者となり、不便と戦いながら何とか工夫をしようとして知者となるのである。したがって、一人ひとりが、時と場合によって、バカになったり賢くなったりする。

 コンビニエンスを指向すればするほど、ぼくたちは愚かさを増す。この反対に、インコンビニエンス(不便・不都合・不自由)を受容して改善したりマネジメントすることによってぼくたちは知恵を発揮する。コンビニエンスに胡坐をかくよりも、インコンビニエンスと共生するほうが賢くなるという理(ことわり)である。だが、注意せねばならないのは、インコンビニエンスをコンビニエンスへと変えようとする知は、コンビニエンスの恩恵に浴しようとする魂胆に支えられている。すなわち、知者は愚者へと向かうべく運命づけられているのだ。便利から不便へとシフトする人間がめったにいないのは、愚者から知者への変容がたやすくないことを示している。

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 ホモ・サピエンスの考古学的歴史を辿れば、不便や欠如が知恵を育んだことは明らかである。困惑が工夫を生む。粗っぽい事例で恐縮だが、獣に襲われたり食糧が腐敗する不都合が「火」を生み、草食動物を巧みに狩猟できないから「犬」を訓練して猟犬とし、農作によって貯えた小麦や米がネズミに食われるので「猫」を飼い始めた。もちろん、諸説いろいろあるが、あることがうまくいけば別のまずいことが発生し、そのつどアタマをうんと使ったに違いない。環境の変化がつらい、だから適応しようとして進化する。つまり、インコンビニエンスが人類を知者へと導いた。

 同時に、知恵を絞り苦労して手に入れたコンビニエンスも増大してくる。もちろんさらなるコンビニエンスのために知力が増進することもあるが、不便な環境に汲々として捻り出す知力には及ばないだろう。言うまでもなく、不便だから便利にしようというのは後付けの話である。決して初めに不便ありきではない。たとえば、電話のない時代、不便はなかった。電話に関して不便を感じたのは、町内のどこかの家が電話を設置して隣近所の取り次ぎをしてくれるようになったからだ。取り次ぎするのも面倒、取り次がれる方も気を遣う。というわけで、日本電信電話公社にこぞって加入するようになり、時代が便利になった。

 公衆電話や自宅の電話は十分に通信を便利にしてくれた。携帯電話がない時代、不便はなかった。しかし、どこかの誰かが携帯を発明してコンビニエンスをもたらした。するとどうだろう、電池が切れた、携帯を自宅に置いてきたなど、携帯が使えない状況になったとたんに不便が発生してしまう。携帯に慣れ親しんだ人間は立ち往生し、愚者であることを露呈する。携帯のなかった時代、ぼくたちは緻密なことばを交わして時間と場所の約束を取り決めた。携帯を手にした今、「10時に京都駅。着いたら携帯に電話ちょうだい」でおしまい。言語の知だけを見ても衰えているのは明らかだ。

 賢くなりたければ、コンビニエンスに依存しないことである。時々意識的にインコンビニエンスを生きてみる。すぐに答えを見ないで、難問を解こうと試みて知を使う。絵文字でメールを送らずに、じかに会って思いを伝えてみる。コンビニエンスへとひた走る現代、愚は知よりも強し。ゆえに、ゆめゆめ油断することなく、知を以て愚を制しなければならない。インコンビニエンスを生きることが、一つの有力な方法である。 

知者と愚者―どちらが生き残る?

2010年1月20日 11:45

 今年最初の会読会を来週金曜日に主宰する。年末から昨日までいろんなジャンルにわたって十数冊ほど「軽読」していて、何を書評すべきか迷っている。ちなみに軽読とは、文字通り軽くざっと読むこと(その後、これぞという本をしっかりと再読する)。今年も雑多に読むつもりではあるが、大きなテーマとして「人、人間、人類」を見据えていて、そこから派生する「力、技、術、法」なども絡めていきたいと思っている。

 昨年最後の会読会では「宇宙と地球」の本を取り上げた。このテーマを継承するなら、「人類700万年の歴史」を拾える。もちろん「ことばと芸術」も範疇に入る。「日本人がどこから来たか」も興味をそそる主題だし、うんと時代を駆け下りてきて幕末、あるいは流行の「龍馬」を語るのもよい。タイトルに惹かれて古本屋で買った『かたり』(坂部恵)は、「う~ん、難解」と反応されるかもしれないが、知を刺激するだろうし新しい発見も多いはずだ。

 この他に、イタリア人ジャーナリストの手になる「バカ」をテーマにした一冊の文庫本がある。書き出しが動物行動学者のコンラート・ローレンツとの出会い。本章に入ると、オーストリアの「ある学者」との往復書簡的論争が繰り広げられ、人類の進化を「知性 vs バカ」の対立で描き出してみる。イタリア語の原題は『愚者礼讃』。どうやらエラスムスの『痴愚神礼讃』の書名を捩(もじ)っているようだ。アイロニーであり、逆説的に読まねばならないのは言うまでもないが、真に受けたくなる説も多々ある。この本を取り上げるかどうかはまだ決めていないが、愚者と知恵に関して再考する機会を得ることはできた。

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 愚か者やバカということばの何と強いこと。知恵者などひとたまりもない。ところで、先祖であるホモ・サピエンスの出現以来とても賢くなってきたように思える一方で、ぼくたちはサピエンス(知恵・賢さ)とはほど遠い愚かな行動を繰り返したりする。家庭と暮らし、組織と仕事、社会と文明などによく目を凝らしてみれば、知の進化と同時に、知の退化や劣化という現象をも認めざるをえない。大木がある高さ以上に成長しないように、知性にも成長の限界があって、もしかすると進化が止まって劣化へと向かっているのかもしれない。

 ITどころか、紙と筆記具と本を手に入れるのさえ困難な時代に、先人たちはさまざまな命題に挑んだ。彼らの知の足跡を辿ってみると、ここ数百年、いや二千数百年にわたって思考力が飛躍的に高まってきたと証明する勇気が湧いてこない。たしかに現代に近い人々ほど知識は豊富だし、おびただしい難題を解決してきただろう。しかし、解決策には新たな弊害も含まれ、問題は山積するばかりである。

 周囲だけでなく、広く社会を見渡してみると、知者もいれば愚者もいる。知者が先導してすぐれたチームを形成していることもあれば、他方、こんな愚か者が大勢の知者を率いていていいのだろうかと泣きたくなる組織も存在している。時代はやや愚者有利に差し掛かったとぼくは見ている。集団化は便利と効率を追求する一方で高度な知を必要としないから、人材はみんな均(なら)されてしまう。当然没個性が当たり前になるので、みんな普通になってしまう。集団的普通は、いくら頑張っても歴史上の一人の天才には適わないだろう。知者の敵は集団なのだ。知を生かしたければ、少数精鋭しかない。いや、そもそも精鋭は小集団でしか成り立たないのである。《続く》

「食域」というアイデンティティ

2010年1月15日 13:30

 二日続けてアイデンティティの話。仕事にもスポーツにもそれぞれに「それらしい本分」が備わっていてほしいと願う。同様に、民族や風土が育んできた食性がやみくもに損なわれるのを目撃するのは忍びない。自然の摂理でそうなるのならまだしも、珍しいレシピや度を過ぎた折衷を求めるあまり、己の食性を乱すことはないだろう。

 食性ということばは生存のための本能的行動に密着しているようだ。そこで、生命とは無縁の欲望のほうに少し近づいて「食域」という造語を用いることにしたい。ざくっと食やレシピのレパートリーと想像してもらえればいい。言うまでもなく、食は饗する側と饗される側の協働によって成り立っている。料理するだけで食の儀は終わらず、料理なくして饗宴が始まることはない。長い食文化の歴史を通じて、人類は実にさまざまな食材を組み合わせて料理を完成させ口にしてきた。いつの時代も食域は前時代よりも広がる。この国の食域の広さは間違いなく世界一を誇っている。

 「この料理なら許せるが、あれはダメ」というのが人それぞれの食域になる。以前、鰻の薀蓄家であるTさんのことを紹介したが、各地で鰻を食べてきた彼でさえ、うな重に振りかけるのは山椒のはずで、決して黒胡椒をかけることはあるまい。あるいは、タレがデミグラスソースのうな丼を食したことはないはずだ。つまり、世間の共通認識として、黒胡椒やデミグラスソースを使ったら、それはもはやうな重やうな丼ではないという「食域のアイデンティティ」があるということだ。

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 そのTさんにはもう一つの顔があって、ソフトクリーム大好きおじさんなのである。どこに行っても、抜け目なくソフトクリームを見つけては楽しむらしい。彼のブログではこれまでに醍醐桜、伊予柑、山ぶどう、バラ、メロン、白桃、ほうじ茶、柿、マスカット、いちじくなどのソフトクリームが紹介されてきた。驚くばかりである。ぼくなどは本場イタリアで食べるジェラートもバニラか濃厚ミルクのいずれかだ。どんなにメニューが揃っていても、ぼくの食域にはバニラかミルク以外のものは入ってこない。こう言い切るのは、好奇心旺盛にしていろんな種類を食べてきたからこそである。その結果、ソフトクリームにおけるいかなる新種もバニラやミルクを越えないことを知った。

 Tさんの最近のブログには次のように書かれている。「メニューを見ると『昔ながらのソフトクリーム』とある。ソフトクリーム好きの私としては即追加注文。しっかりした柔かさで、味も濃厚。去年はいろいろ変わりソフトを食べてきたが、やっぱりソフトクリームの原点はこの味」。ほら、やっぱり。ソフトクリームもジェラートも原点はバニラ味かミルク味なのだ。

 フィレステーキや伊勢海老を丸ごと一匹乗せたお好み焼きはお好み焼きではない。別々に食べるほうが旨いのに決まっているからであり、どんなにひいき目に見ても折衷効果に乏しい。フォアグラやトリュフの寿司も、寿司のアイデンティティに反して食域を欲張ってしまっている。ぼくの中ではタラコパスタはぎりぎりオーケーだ。見た目はともかく、味としてはアンチョビに似通っているからである。但し、箸でスパゲティを食べるのは食域侵犯であり、パスタのアイデンティティが崩れてしまっている。

 かつてフレンチもイタリアンも箸でいいではないかと思った時期もある。ところが、小鍋にキノコといっしょに煮込んだ牛のほほ肉をパリで食べ、濃厚なミートソースでからめた手打ちの平麺をボローニャで食べたとき、フォークやスプーンなどの西洋食器が旬の料理と不可分の関係にあることを思い知った。以来、箸を置いてある物分かりのいいフレンチやイタリアンの店を敬遠する。そのような店の料理は洋風仕立ての和風創作料理(または和風仕立ての洋風創作料理)と呼ぶべきである。いや、たいてい創作料理ではなく「盗作料理」になっている。レシピの多様化や新作への挑戦は大いに結構だが、堂々としたアイデンティティの強い原点料理を忘れないでほしいものだ。 

アイデンティティという本分領域

2010年1月14日 11:00

 インターネットとメールの時間は最大で一日2時間と決めている。これは最大値なので、そんな日は月にほんのわずか。ブログを書くのに半時間以内、お気に入りに10件ほど入っている著名人・塾生・知人のブログに目を通したり気になる情報をチェックするのも半時間以内。PCにはずっと電源は入っていることが多いが、インターネットとメールで1時間を超えることはまずない。なにゆえにこのような自制について書いたかというと、仕事の本分が、ともすればPC的な作業に侵犯されているのではないかと危惧するからである。

 ぼくは代表取締役という立場にあるが、企業経営者であることを本分だと考えたことはない。創業以来、ぼくの本分は「企画者」であり続けている(青二才的に言えば、「世のため人のための企画者」)。最近では「アイディエーター(アイデア創成人)」と自称して、知・技・生・業・術などに関する新旧さまざまなテーマについて新しい切り口を見つけ出し、発想し編集し著し提示し語ることを仕事にしている。マーケッターとかコンサルタントとかレクチャラーなどとも呼ばれるが、これらの肩書きはアイディエーターの下位概念にすぎない。つまり、ぼくの仕事におけるアイデンティティ(自分らしさ、自己が自己である証明)は「アイディエーション(アイデア創成)」にあると自覚している。

 そのように強く自覚していても、PCによる作業はそれ自体があたかも本分であるかのような顔を見せる。IT技術者でないぼくにとって、キーボードを叩き、キーワードを検索し、メールのやりとりをするのは仕事の本分にとって手段にすぎない。その手段に一日の半分を食われるようであってはならない。すべての仕事が前段で掲げたアイデンティティに接合している自信はない。しかし、自分らしさから大きくかけ離れた仕事とアイデンティティ確立の仕事の間に、ストイックな「節度線」なるものを引いておくべきだと少々肩肘を張っている。

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 アイデンティティには「自己同一性」などの訳もあるが、人間ばかりに使うことばではない。たとえば、野球とソフトボールは瓜二つだが、厳密にはそれぞれに「らしさ」があって微妙に"DNA"が違う。延長になるとソフトボールではノーアウト2塁の状況を設定する。いわゆる「タイブレーク」だが、この方式を北京五輪で野球に用いたのは記憶に新しい。あのような制度を野球で使うのは、小さなルール改正の一つであって野球の本分を汚すものではないと言い切れるのだろうか。

 妥協なき質実剛健と思われるかもしれないが、ぼくは野球の本分に「引き分けなし」と「決着がつくまで戦い続ける」があると考えている。日本のプロ野球の引き分け制度は、野球のおもしろさを半減させ本分を歪めているのではないか。延長12回で決着がつかなければ引き分けとするのが現状だ。すると、同点で12回裏開始時点においては「先攻に勝ちがなく後攻に負けがない」が確定する。この引き分けルールもタイブレークも苦肉の策ではあるが、野球というスポーツの遺伝子組み換えになってしまってはいないか。

 野球の話をがらりと変える。大学時代、ぼくは英語研究部に所属し二回生の終わりから一年間部長を務めた。部長在任中に数人の部員が「交流機会が少ない」のを理由に辞めたいと言ってきた。副部長は留まるように説得しようとしたが、ぼくは去る者追わずの姿勢を貫いた。「この部の本分は英語研究であって、交流ではない。交流の意義を否定しないが、交流優先で研究お粗末では話にならない。厳しいようだが、君たちの英語力で何が交流か。交流だけを望むなら、根無し草のような他部へ行けばよい」と突っぱねた。それから三十数年経つが、今も私塾の運営に関してはこの考え方を崩してはいない。しっかりと学ばない集団に交流などありえないのである。

 食のアイデンティティの話を書くのが本意だったが、前置きそのものが一つのテーマになってしまった。ブログを書く制限時間の30分が過ぎようとしているので、食の話は明日以降に綴ることにする。   

プロフィール

岡野勝志(おかのかつし)
1951年大阪生まれ

企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長
企画アイディエーター
岡野塾主宰

ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。
マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人材の課題に対して、「即答即決アイディエーティング」をおこなっている。

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