Memorandom At Randomの最近のブログ記事
昨日と同じ今日はない
2010年3月11日 12:00
電車通勤片道45分の生活から職住近接の生活にシフトしてから四年が過ぎた。地下鉄の駅間隔で言うと、一駅半くらいの距離。早足の徒歩で13分~15分。二つの長い信号と三つほどの短い信号の待ち時間次第で、2分の時間差が生じる。例外的な豪雨の日のみ地下鉄を利用するが、ほぼ毎日往復歩いている。こんな距離と時間でも、ふだん車に乗り慣れて歩かない人には、遠距離で長時間に映るようだ。
塾生のKさんの足は車である。おそらくゴルフ場と町内の食堂にランチに出掛ける時以外はめったに歩かないだろう。彼は思い出したようにオフィスにやって来てぼくをランチに誘い出す。すでに店じまいをしてしまったが、歩いて2分弱のところに十割蕎麦の店があった。「近くの蕎麦屋に行こう」とぼくが言い、その店を目指して歩き始めた。店まであと30メートルかそこらの地点で、彼は口を尖らせて「どこまで行きますのん?」と不満そうに聞いた。どうやら彼には2分の距離が遠かったようである。
たとえ13~15分の距離でも、歩くルートのバリエーションは一桁の数ではない。東西南北を数十本の道が走っているのだから、何百何千通りの道程がありうるだろう。同じ道は飽きるから、真っ直ぐ行くところを手前の角で右折したり、右折してすぐの道を左折したりしながら、時には迷路を楽しむように、しかし当然オフィスの方向を目指して足を運ぶ。ぼくには手段や作業はもちろん、些細なことをするにあたって、同じするなら一工夫して楽しもうとする癖(へき)がある。この癖が嵩じると厄介な凝り性につながってしまう。
☆ ☆ ☆
道すがらにこれまた廃業した米穀店兼クリーニング店があった。店舗面積の80パーセントを閉じ、今ではクリーニングだけを扱っている。どんなルートを選んで歩いても、だいたいこの場所の前を通ることが多い。そして、米穀店を営業していたつい先月半ばまで、ぼくはその店の婆さんの「日課」をずっと目撃し続けていた。毎朝9時前後に路肩に置いてある植木のそばに米粒を一握りほど蒔くのである。待ち構えていたスズメが一斉に電線から降りてくる。餌蒔きの直前は、頭上からの糞に注意せねばならなかった。
ところが、もはや米屋は存在しない。ゆえにばら蒔く米もない。いや、住居も兼ねている様子なので自宅用の米はあるだろうが、シャッターが閉まってからのここ半月、婆さんを見かけない。つまり、長年にわたって餌付けされてきたスズメが朝食にありつけなくなったのである。スズメはどうしているのかというと、今もなお、ぼくが通り過ぎる時間帯に何十羽も電線に止まって米粒を待ち構えてピーピーと啼いているのだ。
実を言うと、前に住んでいたマンションには広いルーフテラスがあって、ぼくも好奇心からスズメに餌付けをしたことがある。ところが、糞を散らかすわ鳩までやって来るわで、近所にも迷惑がかかりそうなのでやめた。だが、やめてから何ヵ月も彼らが学習した習慣は続いた。スズメの体内時計は狂わずに決まった時間に餌をねだり餌にありつこうとする。昨日と同じ習慣が今日も正確におこなわれるのだ。婆さん不在の異変をよそに、餌中心のぶれない日々と言えば、なかなかカッコいい。しかし、彼らはまだ知らない、ある日突然、昨日と違う今日が、今日と違う明日がやって来たことを。何だか、ともすればノーテンキに生きてしまうぼくたちへの教訓のように思えてきた。
雨中のハプスブルク展
2010年3月10日 16:30
先週の土曜日は雨だった。雨降りが多いのを実感する今年の2月、3月だ。梅雨の季節と同じく、雨が続くと何だか日々の変化を感じにくくなってしまう。せっかくの休日の土曜日、会期終了間際ということもあって、「ハプスブルク展」を目指して京都国立博物館に行くことにした。実は、六年前にウィーン美術史美術館を訪れているので、今回の展覧会をパスしようと思っていた。というのも、その美術館所蔵の作品が多いからである。しかし、ブダペスト国立西洋美術館所蔵の展示作品も揃っていると知り、少なからぬ興味は持っていた。
七条駅から地上へ出ると少し肌寒い。雨の中を人がやけに大勢歩いている。駅員さんが教えてくれた、前売券を販売している書店兼タバコ屋では数人が並んでいる。「ほほう、最終週になるとこんな具合なのか」と気楽に構えていた。驚きはこの後で、博物館に着くと入口に「待ち時間90分」の表示が出ているではないか。本家のウィーン美術史美術館やピカソ美術館では待ち時間ゼロ、ヴェルサイユ宮殿はわずか10分、ルーヴル博物館でも5分も並んでいない。正直、とても1時間半も待てないと思った。手元の前売チケットを誰かに買ってもらおうかとすでに算段し始めてもいた。
しかし、思い止まった。何をそんなに急(せ)いている? と自問し、正午を少し回ったところなので、近くのうどん屋に入って腹ごしらえすることにした。待ち時間が増えるのか減るのかはわからない。博物館前で案内をしていたアルバイトの青年に聞いても、団体観光客が押し寄せているので判断がつかないと言う。「午後2時過ぎなら待ち時間が短縮されているだろう」という自分の希望的推論に賭けて、七条通を挟んで向かいの三十三間堂の門を二十年ぶりにくぐることにした。国宝三十三間堂を時間潰しに使ったらバチが当たりそうなので、きわめて神妙かつ真剣に見学した。
☆ ☆ ☆
博物館に戻ったら、待ち時間が60分になっていた。一応賭けはうまくいったようである。雨も上がった。とは言うものの、行列の並ぶ店を敬遠するぼくにとって1時間は長い。そこで、館外の常設ギャラリーで本を買うことにした。ハプスブルク関係は数冊あったが、品定めをして『ハプスブルク帝国』を買った。税別650円の一番安価な文庫本だったが、安いからではなく読みやすそうだったから求めたまで。待ち時間60分の表示はほぼ正しく、本も第3章まで読めたのであっという間に時間は過ぎた。
中世から近世にかけての西洋絵画の最大テーマは宗教と人物である。宗教画と肖像画が圧倒的な数を誇る。ぼく自身は絵画の解説をヘッドホンで聞くオーディオサービスを受けたことがない。しかし、宗教画と肖像画を鑑賞するときだけは説明付きのほうがわかりやすいだろう。歴史の背景や人物の身上を通してこそ絵の見方が深みを増すことはたしかだ。たとえば、さほど有名でもない「フランドルのある青年」というタイトルの絵なら素通りする。しかし、肖像画が「マリア・テレジア」であり、彼女がオーストリア系ハプスブルク家の女帝であり、かのマリー・アントワネットの母君であることを知っていれば、あるいは神聖ローマ帝国や当時のヨーロッパの勢力地図の知識が少しでもあれば、単なる一枚の肖像画としてその前を通り過ぎることはないだろう。
いや、絵画は気に入るか気に入らないかがすべてだ、色使いや構図やタッチが好みに適い、鑑賞していて楽しければそれでいいではないか、という考え方もある。何を隠そう、ぼくなどはそういう意見に強く与するほうなのだ。だから、キリストや聖書を知らないと理解しづらい宗教画にはあまり関心がない。どの教会にも掲げられている「受胎告知」を見るにつけ、「あなたは妊娠しましたよ」と天使が余計な世話を焼くものだと思っているくらいである。ぼくの好みの絵画は街の風景で、理屈はいらないし、気ままに時代や生活を偲びながら楽しむことができる。なお、三十三間堂の千体観音や観音二十八部衆像も宗教がらみ、さすがに歴史の予備知識がないと厳しい。
刻一刻の「追思考」
2010年3月 5日 12:00
「追体験」ということばはすっかり定着していて、みんなよく知っている。誰かが体験したことを自分なりに解釈して、あたかも自分が体験したかのように再現してみせることだ。たとえば芭蕉の『奥の細道』やゲーテの『イタリア紀行』を読み、自分なりに解釈しながら旅を疑似体験してみるのが追体験。旅程を辿って実際に旅をするという意味は含まれない。あくまでも、誰かの体験を想像上ないし机上で追うことが追体験である。
めったに耳にしないというか、ほとんど聞かないのが「追思考」というマニアックなことば(何かの本で見たので、ないことはない)。実を言うと、追体験よりも追思考のほうをぼくたちは日々頻繁におこなっている。今夜の会読会でぼくは小林秀雄を取り上げるが、読書という行為はまさしく追思考そのものなのだ。著者の考えたところをなぞるように、あるいは追っかけるように考えていく。原思考者と追思考者の間に絶対能力の差があれば追いつくことはなく、原思考をそっくり再現できるはずもない。結局は、自分の理解力の範囲内での追体験ということになる。
昨日「できる人の想像力」について書いた。その後、夜になって自宅でそのことについて考えてみた。偉い人の思考を辿るのも追思考なら、自分の考えたことをもう一度自分自身がトレースするように追ってみるのも追思考の一種だろう。なぜなら、今日考えている自分からすれば昨日考えていた自分はどこか他人のようでもあるからだ。自分による自分の追思考をしてみると、結果的に「再考」することになるが、いったんきちんと思考経路を追ってみて再生しようとするところに意味がある。
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昨日はプロフェッショナルを賛美するようなタッチで書き、専門性の源泉に想像力を求めた。自分で書いた記事を読み直し追思考した結果、想像力は源泉ではあるものの、それだけではやっぱり一流にはなれないことに気づいた。想像力豊かな専門バカもやっぱり存在するからである。日々良識をもって真偽や是非を感知する能力を実践しなければ、想像も根無し草のごとき空想で終ってしまうのだろう。
めったに先行開示はしないが、今夜ぼくは小林秀雄の『常識について』を取り上げることを敢えて明かしておこう。そして、小林秀雄にはもう一編『常識』というエッセイもあることに気づき、本棚から引っ張り出して読み始めた。そこに次のような文章がある。「常識を守ることは難しいのである。文明が、やたらに専門家を要求しているからだ。私達常識人は、専門的知識に、おどかされ通しで、気が弱くなっている。」 ここから読み取れるのは、専門家の知識によく見られる「良識の不在」への批評精神だ。
この時点で、ぼくの考えは想像力から離陸して、同じエッセイの中の別の箇所を追思考していた。少し長くなるが丸々引用するので、興味のある方は小林秀雄の追思考をしてみてはどうだろう。
「生半可な知識でも、ともかく知識である事には変りはないという馬鹿な考えは捨てた方がいい。その点では、現代の知識人の多くが、どうにもならぬ科学軽信家になり下っているように思われる。少し常識を働かせて反省すれば、私達の置かれている実情ははっきりするであろう。どうしてどんな具合に利くのかは知らずにペニシリンの注射をして貰う私達の精神の実情は、未開地の土人の頭脳状態と、さしたる変りはない筈だ。一方、常識人をあなどり、何かと言えば専門家風を吹かしたがる専門家達にしてみても、専門外の学問については、無智蒙昧であるより他はあるまい。この不思議な傾向は、日々深刻になるであろう。」
昭和34年のエッセイゆえ、言葉の狩人にいちゃもんをつけられそうな表現が一部あるが、そんな些細はさておき、プロフェッショナルと想像力と常識に関してぼくの眼前の視界はだいぶ広がったような気がしている。小林秀雄の炯眼には感嘆する。
意識という志向性
2010年2月23日 12:00
久しぶりにここ一ヵ月のノートを繰ってみた。「意識」という括りにできそうな話題やことばをいくつか書き綴っているので紹介しておこう。
☆ ☆ ☆
無から何かを推理・推論することはできない。「何もないこと」を想像しようとしても、気がつけば何事かについて考えている。情報が多いから多様な推理・推論の道筋が生まれるとはかぎらない。また、情報が少ないからという理由で推理・推論がまったく立たないわけでもない。「船頭多くして船山に登る」という譬えの一方で、一人の船頭がすいすいと船を御していくことだってある。情報過多であろうと情報不足であろうと、意識が推理・推論に向いていなければ話にならない。意識がどこに向いているか―それを意識の志向性と言う。現象学の重要な概念の一つだ。
☆ ☆ ☆
悩んでいる人がいる。「意識は強く持っているつもりなのだが、なかなか行動につながらない」としんみりつぶやく。「フロイト流の無意識に対する意識じゃダメなんだろうね」とぼく。「というと?」と尋ねるから、こう言った、「フッサール流の意識でないといけない」。「つまりね、《~についての意識》。日本語を英語に翻訳するとき、意識ということばは悩ましいんだ。ぼくたちは意識に志向性を表現しない傾向があるけれど、英語では"be conscious of ~"となって、『~について意識する』としなければ成り立たない。この「~」の部分が希薄であったり欠落してしまうから、意識が意識だけで終わってしまう」。
そして、こう締めくくった―「意識と行動をワンセットで使ってあっけらかんとしているけれど、実は、意識と行動の間には何光年もの距離がある。いまぼくたちが行動側で見ているのは、何年も何十年も前に意識側を出発した光かもしれない。茫洋とした意識が行動の形を取るには歳月を要するんだ。しかし、『行動についての意識』をたくましくすれば、時間を大いに短縮できると思う」。
☆ ☆ ☆
フランスの思想家ローラン・ジューベールに次のようなことばがある。
「的(まと)は必ずしも命中させるために立てるのではなく、目印の役にも立つ。」
的を理想や理念に置き換えればいい。理想や理念を掲げるのは必ずしも実現するためだけではない。「日本一の何々」や「金メダル」を目標にしても、現在の力量からすれば天文学的な確率であることがほとんどだ。だからと言って、理想を膨らませ理念を崇高にすることが無意義ではあるまい。理想や理念は意識が向かう目印になってくれる。意識の志向性を失わないためにも対象は見えるほうがいい。
☆ ☆ ☆
バンクーバー五輪で日本人選手が凡ミスを犯した。戦う前に失格である。体重が重いほど加速がつくリュージュの競技では、体重の軽い選手に10キログラムの錘(おもり)を装着することが許されている。ところが、その女子の選手は計量で200グラム超過してしまって失格となった。また、スケルトンの競技では、国際連盟が認定するそりの刃に正規のステッカーを貼り忘れるミスがあり、この女子選手も競技に参加できなかった。
日本を代表する選手クラスである。国際試合経験豊富な役員やコーチもついている。当然「一流選手の意識」が強く備わっているに違いない。しかしだ、対象への志向性がない意識はリスクマネジメントにつながらない。ここで言う意識の志向性は、具体的な体重管理とステッカー貼付に向けられねばならなかった。
あなたの「やらねばならない」という意識、「さあ、頑張ろう」という意識、きちんと「何か」に向けられているだろうか。先週のぼくの意識は空回りだった。仕事の、やるべき作業対象があまりにも漠然としていたからである。
成功事例の学び方
2010年2月20日 18:30
座右の銘ほど頻繁に使うわけでもない。また、ここぞというときの伝家の宝刀でもない。おそらく誰もが発しそうな、どこででも耳にしそうな格言。実際に使われているかもしれないが、一応ぼくの自作で「人は人からもっとも多くを学ぶ」ということばがある。これには注釈が必要で、人物にひれ伏すように学ぶわけではない。世間によくある「偉人伝」に書いてある、いいことづくめで成功物語に酔いしれるのではなく、人物の功罪を学ぶという意味である。
平均的ビジネスマンがひも解く程度に企業と製品の成功事例や人物の成功秘話を研究したことがある。成功には最大公約数的な法則もうかがえるが、すぐれて顕在化する共通要素は少ないということがわかる。つまり、ほとんどの成功事例はそれぞれ固有であり特殊なのである。もちろん範とすべきビジネスモデルや理想の人物像は存在するだろう。しかし、長い歴史から見れば、普遍的な評価に浴するのは一握りであって、ほとんどは一過性の現象に終わる。また、世界を視野に入れれば、成功法則には軽視できないほどのバラツキがある。ケーススタディは一筋縄ではいかない。
近年成功美談にうつつを抜かすことはなくなった。懐疑的とまではいかないが、ほどほどに感心した後は丁重に流しておく。決して過度に思い入れをして秘訣を探って何とか生かしてやろうなどとは思わない。あまりいい譬えではないかもしれないが、ローヤルゼリーとプロポリスが蜂にとってスグレモノだからという理由で、蜂ではない人間が何かに憑かれたように摂取するのは考えものだ―という具合。蜂の成功、必ずしも万物の成功に通じず、である。
☆ ☆ ☆
昨年12月にテレビで視聴した番組に成功事例につながる話題が二つあった。一つは、九州のDIYホームセンター。知る人ぞ知る「ムダな品揃え」を売りにしている企業である。どんなニーズにでも対応する覚悟の背景には強い顧客へのコミットメントがあるに違いない。顧客の欲しいもの・必要なものが、たとえ量的に捌けなくても、たった一人のニーズに適うならば一個でも仕入れるという。頭が下がる思いだが、こうして「あの店に行けば必ず何かがある」という心理が顧客のマインドに醸成されていく。とはいえ、この成功事例がそっくりそのまま活用できるとは考えられない。二番煎じというそしりを受けて真似をしても、多様化する顧客ニーズのすべてを満たすことなど常識的にはありえない。
もう一つの例は、「『できない』と言わない」を掲げる畳店の話だった。ぼくの見た場面は、ある居酒屋が注文した畳替えだ。畳替えはある種のリフォームである。店舗規模の大きい居酒屋が畳替えをしようと思えば、通常一日や二日の臨時休業を強いられる。だが、この畳の専門会社の売りは24時間対応。ものの見事に深夜の閉店時刻から翌日の開店時刻までの間に仕上げてしまう。旅館や料亭の大広間の畳の縁飾りもオリジナルなニーズにきめ細かに応える。感心ひとしきりのサービス精神である。
いずれの事例でも独創的な経営精神が余すところなく発揮されている。実際、顧客に向き合う商いの魂にぼくは強く鼓舞されもした。だが、正確に言うと、精神と道は違う。精神に倣(なら)うことはできても、取るべき道には現実的にできることとできないことがあるだろう。少なくとも、ぼくのような企画業や講師業で身を立てる者がありとあらゆるニーズを満たすことなど不可能なのである。すなわち、ぼくの限界が市場の限界。えらく弱気なように響くかもしれないが、これまで持ち続けてきた諦念(たいねん)の一つだ。自らが得意とするところと「できないこと」を慎ましく明示してこそ、存在が意味を持つ。
二つの成功事例からぼくが学んだのは、顧客満足のための具体的方法論などではなく、何事も徹底する精神のほうであった。
理想と現実のギャップ
2010年2月15日 14:00
「ある新聞記事を読んでいたら、『理想と現実にギャップがある』と批評しているのだけれど、言いっ放しで消化不良だった」
「どういうこと?」
「ざくっと理想は書いてあるんだ。そして理想を叶えるべく実行している現実の策も書いてある。しかし、そこにギャップがある! というわけ。読者にはそのギャップが何だかよくわからない」
「なるほど。ギャップって割れ目や隙間のことなんだが、落差や食い違いだよね。理想と現実のギャップとは、理想と現実が一致しないという意味だな。で、その記者はギャップが生じていることを書いてはいるが、ギャップを埋めるべきかどうかとは言っていないわけ?」
「まさしくその通り。ぼくは常々思うんだけれど、たとえば『意見の相違だ』とか『コミュニケーションギャップだ』などと言ってすました顔をしている書き手がいるけれど、それじゃ批評になっていないのではないか」
「その種の言いっ放し評論がないことはないだろうが、そもそも本人がギャップとは何かについてよくわかっていないのだと思う」
「というと・・・・・・」
「ギャップというのは、XとYの差。人の場合なら、XさんとYさんの認識の相違とか。本来一致することを目指してはいるけれど、そこに埋められない差があるということ」
「人の場合ではなく、理想と現実の場合ならどう考えたらいいんだろう?」
「現実が理想に追いつくまでの距離になるのだろうね。やりたい趣味があって、長年ずっとやろうと思っているが、まだ着手できていない状況。これは理想と現実のギャップ。あるとき一念発起してその趣味を始めたら、理想に追いついたというわけだ。でも、追いついたら追いついたで、今度は上達したいという新たな理想が生まれるから、つねに何らかのギャップがそこには存在する」
「それなら、理想を低くすれば、理想と現実のギャップは小さくなるね。しかも、ギャップが存在する時間も短くなる」
「そうなんだ。朝出社する。三件のメールに返信をしなければならない。これは目標なりノルマと呼んでもいいが、一種の理想だ。まだ返信していない状態は理想と現実にギャップがある状態。しかし、ものの数分間も作業をすれば理想は叶う。こんな簡単な理想なら楽勝だ。けれども、ぼくたちが掲げる理想はふつう容易に実現できないことのほうが多い。だからこそ理想と呼ぶに値するわけだろう」
「たとえば婚活。理想の結婚相手が見つからないとギャップはあり続ける。埋めたければ、現実において見つける努力をするか、理想をうんと下ろしてくるかのどちらかと言うわけだ」
「ギャップが存在する原因を理想が高すぎることに求めるか、あるいは現実の策の不十分さや努力不足に求めるか・・・・・・少なくともこのことをよく理解しておかないと、ギャップを埋めることはできない。また、絶対に一致しないXとYを設定しても意味がない。死んでしまった愛犬を生き返らせるという理想に対しては、現代科学ではどんな現実的手段を講じることもできないからね」
「毎朝散歩をするとか毎日50ページ本を読むなどはほどよい理想と言えるかもしれない」
「たしかに。しかし、その場合は、『毎日』が重くなってくる。何かの本で読んだが、当時ケーニヒスベルクと呼ばれた小都市で生まれ育ったカントは、毎日きっかり3時半に家を出て、樹木の生い茂った『哲学者の小道』を8往復したそうだ。『明日小道を8往復する』という一度かぎりの理想なら現実的に可能だろうが、これが毎日となると気の遠くなるようなライフワークになる。カントは見事に理想と現実のギャップを埋め続け、『ケーニヒスベルクの歩く時計』とまで言われた。休んだのは生涯に二度だけだったらしい」
「その二回だけのギャップをカントはさぞかし悔しがったのだろうね」
「おそらく。話を結んでおこう。当たり前のことだが、ギャップが埋まるのは理想が達成されたときと、始めから理想と現実に差がないとき。後者は現実のみを生きているという状態だ。きみが読んだ新聞記事のように、理想と現実の間にギャップがあることをよからぬように評論する人が多いが、現実側から理想に近づこうと努力をしている過程ではいつでもギャップは存在する。ギャップがあるというのは、少なくとも何がしかの理想を目指しているという点では必ずしも悪いことではない」
「義理チョコ」の是非
2010年2月 8日 12:30
「義理チョコの是非」を本気でぼくが問うことは絶対にない。結論から言うと、是でも非でもなく、好きか嫌いかの話にすぎないと思っている。たとえ百害一利であろうと、はたまた百利一害であろうと、一人ひとりが義理チョコを贈るか贈らないか、あるいは貰うか貰わないかを、自分自身で判断するしかない。また、貰った義理チョコに対して一ヵ月後にお返しをするかしないかも男性諸君の判断に委ねるしかない。
バレンタインデーが近づいてくると、「バレンタインデーなんかいらない」という論題や「バレンタインデーの義理チョコをやめるべきである」という論題を思い出す。ディベートの議論のテーマを論題と呼ぶが、バレンタインデーとチョコレートは入門者向けの格好の価値論題になってくれる。実際、かつてぼくの二日間ディベート入門研修の初日に実施する「ミニディベート」では、バレンタインデーをネタにした論題をよく扱った(なお、ミニディベートとはぼく独自の簡易ディベートの命名で、ふつうは「マイクロディベート」と呼ばれている)。
バレンタインデーの由来にまで遡って論争するまでもないだろう。また、いつ義理チョコが始まったかを追及しても意味がない。国や地方自治体、あるいは職場で義理チョコを制度にしているわけではないから、嫌なら習慣に縛られなければいい。そう、義理チョコの是非は政策論などではないのだ。だいたいがチョコレートを贈るのに「本命」も「義理」もないだろう。ダイヤの指輪を義理でプレゼントする男性はいないだろうし、一人の愛する女性に贈るときに「本命ダイヤ」ということばが彼の脳裏をよぎることもあるまい。職場の好きな人にチョコを贈っていたが、その人だけに贈ると目立つので、カモフラージュするためにその他の男性にも配った。それを義理チョコと呼ぶようになっただけの話ではないか(一瞬、この時点でお中元・お歳暮論にも触れようと思ったが、チョコレートから脱線するので、やめる)。
☆ ☆ ☆
繰り返すが、義理チョコの是非は政策論ではない。広く容認された社会的慣習やしきたりでもない。あくまでも個人の判断に委ねられる年に一回のパーソナルイベントにすぎない。ゆえに、是非を議論するのなら、価値論でなくてはならないだろう。価値論は「本来白黒のつかないことを、白黒をつけるべく相反する議論を交わす」。最終的には本人が決めればいいのだが、せっかくだから遊び心で是非の白黒をつけようじゃないか―こんなふうに構えて議論するならいい。アームチェアーに座ってのディベートならともかく、実社会では成人が真顔で義理チョコの是非を論争したり論評したりしないほうがよろしい。あまりにも幼すぎる。
新聞に次のような四十過ぎの男性の投稿があった。
「『義理チョコ』をもらった男性が甘いものが嫌いだったり、お返しとかで経済的にも精神的にも負担をかけたりする場合があるからです。(中略)バレンタインデーにチョコを贈るのは製菓会社の商戦と割り切り、商魂に踊らされた贈り物、特に『義理チョコ』の習慣はやめるべきではないでしょうか。」
反論の内容よりも、下線部の問いかけが詮無いことなのである。制度でも何でもないのだから、投稿者が何と言おうと、義理チョコの習慣をやめるかやめないかは当事者たちが決めればいいことだ。いや、この投稿者だって「やめるべき」という個人的な意見を述べたにすぎないという見方もあるだろう。それならば、「製菓会社の商戦」とか「商魂に踊らされた贈り物」などという「社会的な理由」にまで論点を広げなくてもいい。バレンタインデーシーズンに限らず、製菓会社はいつでも商戦を繰り広げているし、商魂に踊らされた贈り物を持ち出すのなら、ビールも海苔もハムも同じだ。そもそも企業は商戦と商魂によって商売を成立させているのである。甘いものが嫌いな男性にチョコレートを贈るように、アルコールを飲まない人にビールを贈ることだってある。それが社交や交際の常である。
義理チョコ。贈りたければ贈ればよろしい。貰いたければ黙って貰えばよろしい。経済的・精神的負担になるなら贈らねばいいし、お返しが経済的・精神的負担になるならば貰わねばよろしい。そんなことをすると職場の人間関係がギスギスするなら、つべこべ言わずに、その程度の人間関係の職場だと割り切って義理チョコを贈り贈られ続ければよろしい。なお、聞くところによると、バレンタインデーが日曜日だとほっとする人が多いそうだが、案外その点にこそ義理チョコへの本意がありそうだ。
適者生存について
2010年2月 5日 12:30
オフィスのぼくの椅子の後ろの本棚に、ジェームズ・アレンの『「思考」が運命を変える』がずいぶん以前から収まっている。最近はこの手の生き方の手引き書をあまり読むことはないが、若い頃はデール・カーネギーなどを英文でよく読んだものだ。アレンの本も二、三冊読んだ記憶がある。「思考が運命を変える」という主張に対するぼくのスタンスは賛否五分五分。思考要因もあるが、環境や風土などの構造要因もあって、思考もその枠内で決定されるはずとも考えている。
その本のまえがきには次のように書かれている。
「進化論には『適者生存』という考え方があるが、思考や行動においても、よい思考や行動が環境にもっとも適した『適者』として生き残り、悪い思考や行動は滅んでいく。」
人類の歴史全体で見れば適者生存してきたかもしれない。また、好ましい思考や行動をする者が適者として残ってほしいという願望もある。だが、悲しいかな、現実が必ずしもそのようになってはいない。馬鹿げた思考をしたり愚かな行動に出たりする者が案外うまく立ち回って生き残り、適者を従えて威張ったりしている。アレンは「原因と結果の法則は完璧な法則」と言うが、部分的・個別に見れば、好ましくない原因が成功という結果をもたらしているケースが結構目立つのだ。
☆ ☆ ☆
というふうに、一見アレンにイチャモンをつけたようだが、原因と結果の法則がほぼ完璧に当てはまる例がある。それは飲食業界である。「まずくてぼったくり」は不適店であり必ず淘汰され、「うまくてリーズナブル」は生き残る。顧客獲得競争にあって、前者は滅びてしまうのである。年が明けてから、出張も少ないので、プチマーケティング研究を兼ねてオフィス近くの飲食店をつぶさに観察し、実際にランチに立ち寄ってもみた。この界隈で創業してから23年目、飲食店事情には店舗側のオーナーや料理人以上に精通していると自負している。
アレンの適者生存論が見事に当てはまる。勝ち組と負け組の鮮明な構図が浮かび上がるのだ。現在は勝敗が明確になって、負け組が閉店・廃業しつつある。つまり、店舗減少期にさしかかり、少数の勝ち組が生き残って、それらの店に客が集中している状況だ。競合激化から寡占共存の様相を呈している、と言ってもよい。隣のビルの地下のテナントなどはこの一年で三回変わった。現在の店も風前の灯、まもなく消えそうな雰囲気だ。おそらく、しばらくは少数の勝ち組だけが客の常連化に成功したり、客を奪い合うのではなく分かち合って繁栄していくのだろう。勝つ者は鬼のように勝ち続け、負ける者はあっけなく滅びてゆく。
ところで、朝青龍はどうだったのだろう。最後の一事は論外だが、ある価値観から見た好ましくない行動の数々にもかかわらず、彼は頂点に君臨してきた。そういう意味では絵に描いたような「最適者生存」の例であった。だが、意に反して相撲界引退という幕切れは、彼が結果的に適者ではなかったことを意味する。彼に同情することはないかもしれないが、記者会見を見ていてぼくは思ったのだ。世界に出て行き活躍しているわが国のアスリートたちの、いったい誰があのような場面でその国の言語で質疑応答がこなせるのか。わずかに中田がイタリア語でヒーロー会見したのを知っているだけである。
見誤ってはいけない。顔は日本人のようで同じアジア人と思ってしまうだろうが、彼は騎馬民族の末裔、大草原で生まれ育ったモンゴル人なのである。思考構造は日本人とはだいぶ違うのだ。その彼の言語能力にぼくは舌を巻く。問われているのは、彼の品格や身の振り方なのではなく、相撲界という鎖国社会の中途半端な規範主義なのではないか。国技なのか国際的格闘技か? 日本固有の古典的興行なのかオープンなスポーツなのか? 自らの適者生存の危うさに気づかねばならないのは、相撲協会のほうだろう。
能力について考えた一週間
2010年2月 3日 09:00
ブログにはコメントをいただく。「ブログ上にコメントしにくい」という人たちは、メールや口頭で意見を寄せてくれる。この一週間は、まったく偶然なのだが、人および人の能力について考察する機会が多かった。言いっ放しにしておかないで、余燼が熱いうちにアトランダムに少し振り返っておこうと思う。
☆ ☆ ☆
昨日の、アイデア不足を精神主義でごまかす話にはコメントをいただいた。企画性の高い仕事をしている人なら誰もが経験するだろうが、アイデアは出ないときにはどんなに足掻(あが)いても出ない。現ナマの札束を目の前に置かれようと何十発の鞭に打たれようと、どうしようもない。焦る。焦ってどうするかというと、内からの叱咤激励系のコトバの鞭、すなわち「何が何でもやるんだ! 頑張るんだ!」で身体を打つ。もちろん効果などない。精神主義とは、ある意味で「玉砕的」であり「自爆テロ的」であることを知っておくべきだろう。アイデアが出ないとき、ぼくは着実な作業に打ち込む。精神に向かわず現実に向かう。一年前のレジュメを書き直したりパワーポイントのフォントや色をいじったり。とにかくコツコツ作業を積み重ねる。アイスブレークの最良の方法は作業か、散歩だと思っている。
☆ ☆ ☆
先週の金曜日に「ぼくは決して遅れない。足りない才能を納期遵守力でカバーするタイプである」と書いたら、「そんな心にもないことを」と言われた。「足りない才能なんて思ったことはないでしょ?」という意味である。いやはや、謙遜でも何でもないから、困った。人が一度読めばわかることを二度読まねばならないし、断片的で雑多な知識はまずまず持ち合わせているが、体系的に知を組み立てるのは苦手である。「かく仕上げたい」と思う方向に文章も書けていないし、仕事も運べていない。企画をしていながら、私塾のコンセプトを伝えるのは不器用である。ぼくは理想とする才能への道未だ険しと痛感しているのである。但し、確実にできることはその日のうちにやり遂げるようにはしている。その一つが「期限を守る」なのだ。あり余る才能があっても、期限を破ればすべておしまい。ゆえに期限を守る。
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「あ、この人、自分がわかっていないなあ」と感じることがないだろうか。たとえば、自分のことを笑わせ上手だと信じきっている人がいる。ジョークを言ったりはしゃいでみたり、タイミングを見計らっては笑わせようとする。また、間違いなく笑わせることができると確信している。もちろん彼は自分自身をおもしろい人間だと思っているから、ナルシストよろしく自分のネタにも笑う。やむなく周囲も苦笑い。こうして、彼は「オレは笑わせ上手」を生涯疑うことがない。他者が描く像と自画像の間には落差がある。「パーセプションギャップ」というが、自分はこうだと思っているほど、他人の眼にはそう映ってはいない。よく自戒しておきたい。
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いろんな会社を見てきた。いろんな経営者も見てきた。成功法則はわからない。無策でもうまくいくし、諸策万全にして潰れていく企業もある(逆も真なり)。水が方円の器に随うように、人材は組織の大小やカラーに柔軟に適合するわけではない。水も固体、液体、気体と大きく変化したり多様な顔を見せるが、人材の多様性はそれどころではない(つくづく十人十色とはうまく言ったものだと思う)。企業システムと人材には相性がある。あるシステムにどんな人材も適応するようなら、そのシステムそのものは平凡で、十人一色的特徴を持っているのだろう。システムから入るのではなく、人から入る。ぼくは「企業は人なり」よりも「人が企業なり」に分があると思っているので、人間の勉強をする。システムの勉強には熱心ではない。
人それぞれのテーマ
2010年1月31日 10:00
休みの朝だが、少し調べたいことがあって本を読み、ついでに関連項目をネットで拾っていた。電源オフの直前、知り合いのブログをいくつか覗いた。更新頻度はいろいろあるが、みんな頑張って書いている。ぼくはと言えば、ブログを始めてから今年の6月で丸二年になる。ほとんどの読者はぼくを知っている人たちだと思われる。そんな読者のうち、数人の知人もしくは塾生は驚きを示す。驚きは、「感心する」と「呆れる」の二つの意味を含む。
感心してくれる人は褒めてくれている。表現はいろいろだが、おおむね「よくもまあ難しいテーマについて週に四日も五日も書けるものですね」に集約される。呆れる人は必ずしも貶しているわけではないのだが、なぜもっと小さな記事にしたり写真を入れたりしてフレンドリーにしないのかという意味を込めて、「よくもまあ難しいテーマについて週に四日も五日も書けるものですね」と評するのである。そう、いずれの人たちもコメントの内容は変わらない。
ぼくの筆頭読者はぼく自身なのである。まず自分のアタマを整理するために文章化している。文章化の第一義は、あくまでも考えを明快にして筋道を通すためであり(できているかどうかは別問題)、それをメッセージにして第三者に伝えるのはその次の段階だ。「よくもまあ難しいテーマ」と言われるが、難易の感じ方は人それぞれである。また、ぼく自身小さなノートにメモしている事柄を発展させた話が中心なので、自分ではまったく難解なテーマだとは思っていないし、よそ行きにアレンジしているわけでもない。
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ぼくだって問い返したい、「よくもまあ、自分のことや身の回りのことなど、どこにでもありそうな話を毎日毎日書けるものですね」と。昨日は誰々と飲食し、会社では何々をして、自宅で子どもや犬と遊んで、風呂に入って寝た、明日から旅行だ、楽しいな・・・・・・このような体験と感想の羅列だけなら、ぼくなどもう何も書けなくなってしまう。ほとんど毎日がきわめて日常的な「ケ(褻)」の連続で、非日常的な「ハレ(晴れ)」などめったにないから、たちまちネタ切れを起こしてしまうに違いない。
辛辣なアイロニーのつもりはない。若い頃何度も日記に挑戦したが、日々の出来事や思いを徒然なるままには書けなかったのだ。明治の文豪たちの筆致、たとえば「檜屋にて山本と飯を食らふ。日高くして酒を一合ばかり煽(あお)る。ほろ酔い気分の儘、外気に触れるや否や小便を催すなり」のような文章が、精細に丹念に筆書きされたのを羨ましく眺めたものである。平凡な日常を観察する習性を持ち合わせてはいるが、そこまで接写的に感想を連ねるのは苦手だった。やむなく、気づいたり考えたり想像したりすることを書くようになったのである。
作家の阿刀田高も講演で同じようなことをユーモラスに語っていた。正確には再生できないが、「自分はミステリーなどの創作ばかりを手掛けている。創作は大変だろうと同情されるが、そんなことはない。自分からすれば私小説なるものを書く人間のほうがずっと大変だと思う」という話があった。まったく同感なのである。「私」の視点から日々の行いや小さな事件や思いつきを真面目に書き綴ることはぼくにはできない。
自分のこと、身の回りのことを諄々と書く私小説家には、マンネリズムにびくともしない逞しさを感じてしまう。「朝六時半に起きた。寒い朝だ。トイレに立って小便をする。洗面で髭を剃り顔を洗い髪をセットして着替え、妻とトーストを食べた。昨日はイチゴジャム、今朝は黒ゴマペーストであった」。仮に一度こう書いたら、別のページで二度と同じことを書けない。また、この程度のことを文飾豊かに言い換えようとも思わない。ゆえに、ぼくは体験や知識から触発された考えや意見を主として書く。それならいくらでも書けるからだ。決して偉ぶっているのでもなければ、私の日々を徒然記す作者を馬鹿にしているわけでもない。「テーマは人それぞれだ」と思いなしている次第である。


