第5講 スピーチとエッセイの技法04
スピーチ上手のヒント(下)
スピーチ上達の続き。今日は残る5つのヒントをお話しします。
数分のスピーチなら、芝居がかった自己陶酔トークでも十分にしのげます。実際、このようなトークの延長で一時間かそこらの講演をしている著名人もいます。テンションの高い熱弁で時間をもたせる人も稀にいますが、だいたい一時間ほど聴いていると退屈してしまいます。
ぼくは講演よりも先に丸一日や二日間にわたって人前で話す研修から入りました。長丁場なので、自己陶酔していては場がもたないし、いかにも弁論というスピーチでは飽きられてしまいます。必然、できるかぎり自然流で、自分の持ち味が生かせるような対話トーンを基調としてきました。要するに、「話す」から「ふつうに会話する」へのシフトです。
時間の短いスピーチでもこれでいいと思います。歌舞伎調や時代劇調の、「かつての弁論」の時代は終わっています。スピーチは、どんなTPOであれ、カジュアルトークでいいし、それでなければ納得も共感もありえないでしょう。
9 話す前に自分の話すモチベーションの確認を
プロフェッショナルの場合、依頼を受けてから話す内容を考えていては手遅れです。依頼があろうとなかろうと、普段から周囲の人間をつかまえて話していることを話すのです。日々の経験や研究から導かれた自分の意見や考えを伝えるのです。だから、自分にとって未成熟なテーマの講演を、依頼されたからという理由だけで受けてはいけません。
この精神は誰がスピーチするときも貫くべきでしょう。何のために話すのか、ほんとうに話さねばならないのか、話したい・話すべきだという、強い動機づけを確認しておくべきです。モチベーションが高まらないときは、手短にスピーチを終えるのが賢明です。義理でスピーチをしなければならないとき、ぼくはそうしているし、最近仕入れたジョークを紹介してさっさと終わります。
10 毒舌、批判はちくりとユーモラスに
スピーチには、テーマや専門用語や差別語など数々のタブーがあります。だからと言って、こられのタブーとは別の批判精神も控え目にというわけではありません。たとえば、人の失態を批判して笑ってもいいのです。但し、その人自身を批判したり笑ったりしてはいけない。毒舌には力があるし、毒舌を好む知性派も多いですが、毒舌ほど芸のいるものはありません。
毒舌や批判にはユーモアを添えるのが常套手段ですが、笑いは経験から生まれるセンスです。ジョークを仕入れて覚えても、笑ってもらうためには絶妙のタイミングと話法が必要です。自分がおかしくてしかたがないことが、実は世間一般ではまったくおもしろくなかったりするのです。毒舌とユーモアの匙加減を覚えるのはやさしくありません。
11 聞き手とのシンクロ
スピーチの値打ちは、話者と聞き手が空間と時間を共有するリアルタイム性にあります。話し手の現在の居場所と聞き手の地点が違っていたり時間にズレがあったりしてはまずいのです。「今を共有すること」が重要なのです。
ところが、話術に没頭してしまうと話し手の「ナビゲーター機能」がおろそかになってきます。伝える意識が弱くなって話す意識が強くなると、聴衆が見えなくなるのです。伝えるべきメッセージを見失ってはいけません。少々脱線するのはいいけれども、メッセージをそっちのけにして自己表現に溺れてはいけません。
12 双方向コミュニケーションにおける4つの要素
コミュニケーションが双方向性を前提としていることは今さら言うまでもありません。しかし、スピーチになると「一対多のワンウェイトーク」であると錯覚してしまうのです。
スピーチもコミュニケーションの一つですから、そこには、①情報の発信源としての「話し手」、②話し手が展開する意見・情報・理由などの「メッセージ」、③メッセージを提示する言語的・非言語的手段やメディアとしての「チャネル」、④メッセージを聴いて意味を共有しようとする「聞き手」の4つの要素が関わっています。この4つを組み合わせると次のような関係が見えてきます。
1 話し手とメッセージの関係
同じメッセージでも話し手(声、語彙、発音、身振りなど)によってニュアンスが変化します。また、メッセージの信憑性や説得力も、話し手の信頼性によってもたらされます。
2 話し手とチャネルの関係
チャネルによって話し手の影響力は変わります。その影響力は、話し手のチャネルの得意、不得意でも決まります。たとえば、少人数なら余裕綽々で話せているのに、大勢の聴衆を前にすると神経質な話しぶりになる人がいます。これはマイナスです。
3 話し手と聞き手の関係
国際会議などでないかぎり、話し手と聞き手はおおむね文化的、経験的、言語的特性を共有しています。しかし、理解や参照の枠組みが微妙に異なるのは当然なので、話し手はよく聞き手の特性を認識し、聞き手がどのように話し手としての自分を解釈しつつあるのかに敏感でなければなりません。
4 メッセージとチャネルの関係
コミュニケーションチャネルそのものがメッセージにもなりうることがあります。狭くて汚い部屋で話せば、その環境そのものが話し手のメッセージの質を減殺します。マイクの調子が悪くてノイズが多いと、メッセージそのもののノイズが多いように聞こえるものです。
5 メッセージと聞き手の関係
そこに何十人何百人がいても、メッセージの意味はつねにパーソナルなものとして伝わります。つ まり、メッセージは必ずしも全員に一定ではなく、また話し手の論理そのままに響いているわけではありません。その日の聞き手一人ひとりの痛み喜び、好き嫌いによっても変化します。
6 チャネルと聞き手の関係
プレゼンテーションの方法、時間、場所、機器の有無などのチャネル環境から、聞き手は様々な意味を読み取っています。蒸し暑い超満員の講堂とクーラーのきいた部屋では聞き手の心理と生理はまったく異なります。
《続く》