リスニングと言うと、ヒアリングと併せて外国語の学習と結びつくことが多いようです。使い慣れている母語の場合には、あまりリスニングやヒアリングなどと言いません。むしろ、「日本語なんて生まれ育った国のことばだ、聴く努力なんてしなくていいじゃないか」などと少々横柄な態度を取りがちです。
しかし、外国語になったとたんに、聴くことを異様にクローズアップします。それもそのはず、英語でもフランス語でも中国語でも、慣れ親しんだ日本語のように左団扇で聴き取れないからです。
でも、実を言うと、日本語だって十分に聴き取ってなどいないのです。物理的に聞き取れることと、意味されていることを認識できることは別問題なのです。